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退院 ★真木

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※作中の医師は作者の知識の限界と想像とご都合主義が合わさった産物です。ファンタジーとしてお楽しみください。

―――――――――――――――――――――――



ルイの母親と医師、三人の話し合いの結果、俺は夏休みいっぱい、ルイの世話をすることになった。

バイトとして。



ルイの母親は「ルイをお願いします」と俺に言った後に、こう続けた。

「私には無理ですから」

ルイの母親は現在、仕事で重大なプロジェクトを抱えていて忙しく、ルイの世話は出来ない、ということだった。
今日はなんとか抜けられたが、これからまた新幹線でとんぼ返りし仕事をするそうだ。

だから、それが落ち着くまでの二ヶ月間、俺にルイの世話を頼みたい、と。

しかも医師からはこう言われた。

「木崎さんは、記憶障害のせいで心と体のバランスが取れておらず不安定です。退院してから暫くは木崎さんをケアできる人が傍にいる状況が好ましいです」

ルイの記憶障害、いわゆる記憶喪失はこの先、治るか治らないか、わからない状況なのだそうだ。
日々の生活の中で徐々に記憶が戻ることもあるし、一度に全部の記憶が戻ることもあり得る。逆に何年経っても何も思い出せないこともあるのだという。

だから大切なことは、記憶が戻ろうが戻るまいがルイ自身がきちんと日常生活を出来る状況にしていくこと。

その環境として一番いいのがルイが信頼している人間と暮らすことのようだ。

だからルイの母親は退院後は俺とルイで共同生活をしてほしいらしい。生活費はもちろん、バイト代も支払うから、と。

医師は俺の負担を考えてルイの母親に「木崎さんの退院後はヘルパーを雇い、ご実家で療養させることも検討しましょう」とは言ってくれたけど、俺はルイのことを引き受けることにした。

今の状況のルイを放ってはおけない。

さすがに学費を親に払ってもらっている身分で大学は休めないけど、夏休みの間だったらルイに寄り添うことが出来る。


距離無し友人を脱しようとしていた矢先に、共同生活をすることになるなんて皮肉なものだとは思ったけど、それでもたった二ヶ月間、もしくはルイの記憶が戻るまでのことだ。

それに今のルイは俺を求めてるから、それに応えたいって思った。



退院当日、ルイを連れて病院を出た。
ルイの母親は来なかった。
医師と話し合いをしたあの日しかこちらには来ていない。本当に忙しいのだろう。
俺とは電話でのやり取りを何回かして、ルイとはあの日、少し顔を合わせた――と言ってもルイが怯えた為にほんの一瞬だけ――以来、没交渉だ。
ルイの母親の態度に思うとところが無い訳じゃないけど、俺が口出しするのは違うと思うから心の中に留めておく。



タクシー乗り場で空車を二人で待っていると、今日、これで何回目だ?って質問をされた。

「ね、真木君と、一緒に住むの、どんなおうち?」
「狭ーい、狭ーい、アパートだよ、1Kの」
「せまーいせまーい、わんけーのアパートっ、……楽しみ」

ルイは今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらいに機嫌が良かった。
一緒に暮らすことは言ってあって、早く退院したいとルイは今日を指折り数えていたから。


アパートに着いて、外階段を登り通路を歩いて一番端の部屋の前に立ち、合鍵で扉を開けた。

「じゃじゃーん」
「わぁ!」

ルイは興味深そうに部屋をキョロキョロと見回している。
自分の部屋を見て何か思い出すんじゃ?と実は期待してたんだけど、そんな様子は無くて少し残念に思った。

焦りは禁物。

無理に記憶を戻そうと俺だけが躍起になると、ルイにストレスがかかる。
医師にも俺がすることはほとんど無いと言われた。共に暮らして病院の定期検査に付き添う程度で大丈夫だと。

『木崎さんは真木さんのことが凄く好きみたいなので、真木さんと一緒に居るだけで木崎さんの脳はいい刺激を受けているんですよ』

だから、そんなに気負わなくていい、そう医師は俺を励ました。


今は記憶だけでなく精神まで10歳に退行してしまっているが、肉体に精神が追い付くのはそう難しいことではないらしい。
それに『手続き記憶』と呼ばれる、今まで体で覚えたことのある記憶――例えば車の運転など――はあるので、普通に生活を送っていけば社会性も取り戻せるだろう、とのことだった。

何か不安なことがあっても医師からのアドバイスも受けられる。

だから、俺は楽しくルイと生活をしていけばいいだけ。

これくらいのことでバイト代まで貰うのは忍びないけど、他のバイトが出来ない状態だから、生活費の為にもルイの母親からお金は貰うことにした。

共同生活をするにあたって、二人で住めるようなマンションも用意するとルイの母親に言われたけど、医師によれば住んでいた場所で生活することで、記憶を思い出すきっかけになるかもしれないとのことだったから少し狭いけどルイの部屋で二人で住むことにした。

ルイの部屋で泊まったこともあるし、自分の部屋より物がなくてすっきり片付いているから過ごしやすいし、すぐ隣に自分の部屋もあることだし不便は感じないはず。


「ねぇ、真木君、ここが、わんけー?」
「そうだ。1K。ワンケーのワンは1って意味で一部屋。……えーと、寝室、…寝る部屋が一つあるってこと。ケーはキッチンで、台所って意味。だから、1Kの意味は一つの寝たりする用の部屋の他に台所の部屋があるよってこと、だ。……わかるか?」
「うん、わかった。やっぱり真木君は物知りだね」
「まあな」


その後、ロフトを発見したルイは秘密基地を見付けた子供みたいにはしゃいだ。

「あ、あのね、僕、夜、ろふと?で寝たい」
「あー、ここ、夏は暑くて寝られたモンじゃねーぞ」
「そっか。だめ、かぁ」
「……ダメとは言ってないだろ」
「え、いいの? やったー、真木君も一緒だよ」
「げ。俺もか」
「一緒がいい」


こんな雰囲気、懐かしいな、ってふっと思った。

最近のルイはクールな感じになって、しょんぼりした顔も弾けるような笑顔もあんまり見せてくれなくなってたから。

クルクル変わる表情が昔のあどけないルイの顔と重なって、可愛いなって思った。

それで自然と手が伸びてルイの頭を撫でてた。

大人のルイにこんなことしたら怒られそうだけど、今のルイは「えへへ」って嬉しそうにして受け入れてる。

なんだよ可愛い奴め、って胸がほわっと温かくなって、俺がルイを守ってやるからな、って気になってしまった。

自分の中の父性の目覚めを感じていると、そういえばこんな気持ち、昔もあったよなって思い出した。

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