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現状維持 ◆ルイ

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独り暮らしの狭いバスルームで僕は自慰に耽る。

「っ、……ん、ハァ、真木っ、そこ、だめっ」

アパートの隣には真木が住んでいる。でも今はバイトの時間だから声が漏れ聞こえても問題ないだろう。

ローションでぬるついた指で孔を撫で、指を差し入れて中の善いところをグリグリと押して、たまらず性器を擦ると気持ち善くて切なくて、また真木の名を呼んでしまう。
最後は真木の声で『いけよ、ルイ』と囁かれる妄想をして、果てた。

この行為に罪悪感はない。

真木のことを思って自慰をすることは睡眠と同じで、僕の生活には絶対に必要なものだ。
こうでもしなければ、ちょくちょく僕の部屋へとやってくる真木を友人の顔をして迎えられないから。


男同士でも繋がれる場所があると知ったのは、いつだっただろうか。十代の半ばには孔に触りながら自慰をするようになり、最近では自分の指が三本まで入るようになった。そして指だけでは少しの物足りなさも感じ始めていた。
ディルドを購入すべきか迷う。
男性器を模したものであれば、僕の指なんかよりは真木のものを再現してくれるだろう。
しかしディルドでも満足できなくなった場合、自分がどうなってしまうのかを考えれば踏み出すには勇気がいる。

僕が真木をそういった目で見ているのは変えようの無い事実だが、どうこう出来る未来なんて無いことはわかっている。
だからといって他人を使い解消することも考えたくない。真木以外の人間に触られる想像をしただけで鳥肌が立つ。
持て余した熱は自分だけで処理していかなくてはいけない。

そうやって熱を逃がすことは今のところどうにかなっているが、どうにもならない焦りはある。

真木にとって僕は親友で、今、一番近くにいる存在だ。
でも、それ以上を高望みなんて出来ない。

真木は女の子が好きだから。

自分の真木への想いがバレて積み重ねた親友としての絆が失くなってしまうのは最悪の事態だ。


真木と出会ってからの10年で『友人』の適切な距離感は学んだ。

ベタベタし過ぎれば周囲の人間に、あいつらはホモだと噂され真木に迷惑を掛ける。小学生こどもの頃には許されていた接触や『大好き』という言葉も、大人になれば違う意味合いになってしまう。
だから自分が友人の域からはみ出した行動をしていないかを常に気に掛けている。
気持ちが漏れてしまわないよう平然とした顔を作り毎日を過ごしている。

僕にとっては幸い、――真木にとってはそうではないだろうが――真木に恋人が出来そうな兆候はまだない。
出来るだけ現状維持をし続けたい。それが僕の望みだった。


しかし、現状維持が難しくなるようなことが起きてしまった。

【佳奈子ちゃん】がやたらと僕に話し掛けてくるようになったのだ。
僕はちゃんと告白を断った。好きな人かいるから、と。
それなのに隙を見つけては話しかけてくる。課題終わった?とか、お菓子食べる?だとか、本当にどうでもいいことで僕と真木の二人の時間に割り込んでくる。僕なりに『あなたに話し掛けられるのは迷惑です』といった態度で接しているのに全くめげない。
そうこうしているうちに、真木は僕につれなくされた【佳奈子ちゃん】を慰め、二人は少し仲良くなった。
「ルイって、人見知りなんだよ」と言い【佳奈子ちゃん】に嬉しそうに笑い掛ける、そんな真木を見るのは耐えられなかった。

とうとう我慢が出来ずに僕は【佳奈子ちゃん】を呼び出した。
もう一度、僕は【佳奈子ちゃん】を好きになることが無いこと、周りをうろつかれるのは迷惑だということを告げた。
タダでとは言わない。お金をあげるから諦めてとさえ言った僕に【佳奈子ちゃん】は少し悩むような素振りを見せた後「お金よりもエッチがいい」と言ってきた。
エッチとは何のことだと固まる僕に「これだけ綺麗な顔の男の子と一回セックスしてみたかったのよね」と続けた。
やたらと発色のいい赤い唇がニイと弧を描くのを見て怖くなり、この人のどこが超絶綺麗なのかと真木に問いただしたくなった。
冗談じゃないと答えた僕に【佳奈子ちゃん】は「残念。だったら付きまといは、やめてあげられないなぁ」と言い立ち去った。無邪気を装った口調に僕は怖くて震えた。

きっと【佳奈子ちゃん】は僕のことを好きな訳じゃないんだろう。
本当に好きだったら、好きな人がこんなに怯えているのに楽しそうには出来ない筈だ。
一回のセックス。彼女がしたいのは本当にそれだけなのだろう。
だからといって僕は体なんて差し出したくはなかった。

【佳奈子ちゃん】は宣言通り翌日も僕たちの会話に割り込んできた。
そして会話中に然り気無く真木の肩に触れた。
それを見て、僕は【佳奈子ちゃん】を殺したくなった。

真木を殺人犯の友人にしたくはないから、僕は自分の心を殺すことにした。

【佳奈子ちゃん】を呼び出し、ラブホテルへと誘った。入り口でシステムがわからず呆然としたが【佳奈子ちゃん】がいくつかの操作をすると部屋に入ることは出来た。

一回だけと何度も念を押し、事を始めたが結果を言えばセックスなんて出来なかった。

いくら心を殺しても体は拒否反応を示し勃起せず、それどころか嘔吐までしてしまった。
【佳奈子ちゃん】には役立たずだの、それでも男かと散々罵られた。
結果的に「もういいや。ほんっと期待外れ」と呆れられ僕はホテル代を払った後、解放された。
ひどい目に遭ったが、やっとこれで真木と『現状維持』に戻れるという安心感もあった。

だが【佳奈子ちゃん】とラブホテルに入ったところを、同期生に見られていて噂になり、真木の知るところとなってしまった。
【佳奈子ちゃん】は噂をされても平然としており、否定も肯定もしなかった。あと数日で夏休みにに入るのでうやむやになると踏んでいるのかもしれない。
しかし僕に至っては真木に問いただされ、平然とは出来なかった。

夕方、アパートの僕の部屋に訪ねてきた真木は強ばった顔をしていた。

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