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外の世界

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それからヒカルは教科毎に雇った家庭教師と、1日の半分以上の時間を勉強に費やした。
家庭教師はきちんと面接をしてから雇った優秀な者たちだ。厳しくはあるようだが、ヒカルを傷つけるような人間はいない。
ヒカル自身が学習意欲が高いので教える側としてもやり甲斐があるらしい。小テストをすれば前回よりもいい点数を取ってくれるらしく、教師はヒカルを素晴らしいと褒めた。それに、基礎の教え方も良かったと、ついでに私も褒められた。ほとんどがヒカル本人の努力の賜物だが、それにほんの少し、私も貢献できていたことを嬉しく思った。


ヒカルが受験勉強をすることにより、日中ヒカルと遊べなくなったシュウは、私にべったりになった。ヒカルには、負担をかけて済まないと謝られたが、最近は少し思春期?反抗期?と思わせるような態度(子ども扱いをすると怒る、オス同士の話だからと私に隠し事をする…)をシュウに取られてへこんでいたので、構うことが出来て逆に嬉しいと返事をしておいた。

この日も仕事の合間にシュウに付き合っていると、手を引かれて庭に連れて行かれた。シュウは『ミッコ、みて』と言い、草の上に両手を着いた。そして、足を蹴り上げ、持ち上がった足のバランスをうまく取り何歩か進み、逆立ちを見せてくれた。

「凄いっ、シュウは運動神経がいいのね。」
「ウン。ガイナも、いってた。」

手に付いた草や土を払いながら、得意気に笑ったシュウの笑顔が可愛すぎて、癒される。

最近シュウは自然に笑えるようになった。前までの笑い方もチンパンジーのようで愛らしかったけれど、口角を上げて白い歯を出し、目尻を下げている顔は見る度に頭を撫で回したくなるほど可愛い。最近は髪型に気を使っているのか、撫で回すと怒られるのでたまにしかしないが。

シュウの体力と精神年齢が実齢差に近づいてきたように感じる。逞しくなり自立心が高まって、なんでも自分でまずはやってみようとする傾向が見られる。読み書き計算の学習もやりたいと本人が言い出した。ヒカルが勉強しているのを見て、何かが琴線に触れたのか『ヒカル、カッコイイ!』と言っていたので、真似をしてみたかったのだと思われる。しかし、いざ、勉強を初めてみると、楽しかったのか投げ出したりはせずに頑張っている。

勉強時間を終える時、私は良く出来ましたと褒めてやることにしている。するとシュウは必ずと言っていいほど『シュウ、カッコイイ?』と聞いてくる。シュウがどういった格好良さを勉強をすることに見いだしているのかは、いまいち不明だが、頑張る姿は間違いなく格好良いので『カッコイイ!』と答えている。きまぐれに同席したガイナがそんな私たちを見て『バカップルみたいだな』と茶化した。シュウは『馬鹿』も『カップル』も言葉を学習し理解していたので、カップルはいいけど馬鹿はダメ!とプンプン怒っていた。

色々な意欲が増して、シュウの精神面が成長しているのはガイナのお陰もある。ガイナはシュウに木刀を持たせ毎朝鍛練させている。ヒカルも以前は一緒にやっていたが、勉強もあるし、モデルのこともあって(余計な筋肉はつけられない)今はシュウ一人だけになった。しかし、こちらも投げ出さずに毎日木刀を振っている。つるりとしていた手のひらが、ゴツゴツと固くなるほどに頑張っているのだ。

肉体を鍛えることは精神を鍛えることにも繋がっているのだろう。

シュウがガイナに怯えていたのは初めだけだった。優しくすると言ってくれてからガイナの怪我が治るまで、彼は毎日ガイナの部屋に庭で摘んだ花を届けていた。ガイナは『え、俺、口説かれてんのかな』と戸惑っていたが、怯えながらも自分のところにやってくるシュウを可愛く思ったのだろう、頭を撫でて礼を言っていた。その顔がとても優しくてシュウもガイナに馴れていった。

そして、ガイナと仲良くしていくうちに色々な体験談を聞き、シュウは屋敷の外に興味を持つようになっていった。
ある日外に行きたいと言われたので、シュウを車に乗せて街中を走った。しかし、シュウが求めていたのはそういうことでは無かった。自分の足で冒険がしたいのだと言う。私はそれを許可することがなかなか出来なかった。
最近シュウはオスの特徴が出始めていた。もしオスだとばれて、心ないことを言われたら?最悪なことに危害を与えられたら?私は守りきれるのか、と。
そんな私をガイナは諌めた。
知らない場所に行き、ゴミ置き場からガラクタを拾い宝物を見つけたと騒ぎ、同じくらいの年の子とケンカをしながら遊ぶ。シュウくらいの年の子ならばとっくに経験していることを何故させてやらないのか、と。自分がちゃんと見ているとも言われ、それならばとシュウを送り出した。

初めて外に出た日は、ガイナがボディガードよろしく睨みをきかせてくれていることもあり、何事もなく帰ってきた。ただの散歩がとても楽しかったらしくキラキラとした笑顔で『ミッコ、おそと、ゆるしてくれて、ありがとう!』と言われた。

二回目の外出は、膝を擦りむいて帰ってきた。公園で遊ぶフタナリの子どもと追いかけっこをして転んだようだ。この時も興奮しながら様子を話してくれた。『シュウが、いちばん、足が、早かった!』と。

そして、三回目、シュウはびしょ濡れになって帰ってきた。
フタナリの子どもたちにやられたのだという。ガイナに聞くと『遊びの範囲だ』と言われた。しかし、シュウは落ち込んでいた。『どうして、シュウは、手からお水、出ないの?』と。
フタナリが魔法を使えることは教えてあった。しかし、実際自分よりも小さな子どもが、自分の出来ないことをやってのけるのを目の当たりにして、悔しくて泣いてしまったのだという。抵抗もできずに泣いて、ただ水を浴びまくるシュウに子どもたちは、つまんないと言って仲間から外したのだそうだ。

やるせないが、こればかりは仕方のないことだと慰めようとしたが、ガイナに止められた。
そんな言葉をかけて、諦めさせていいのか?負け犬のままでいさせるつもりか?相手は同じ子どもなんだぞ、と。

オスはその境遇から色々なことを諦めて生きている。けれどそれは初めからそうだった訳ではないだろう。オスというだけで、夢を叶える機会を理不尽に奪われ、いつしか夢など見るだけ無駄だと諦めの中で命を繋ぐ為だけに生きるようになるのだ。

そんな日常からオスを救いたいと思っていたはずなのに、私がシュウに諦めを教えてどうするのだ。

私はシュウにやり返したいかと聞いた。シュウはやり返したい、ではなくて対等同じくらいになりたいと言った。優しい答えに胸が詰まる思いだった。
だったら自分に任せろと、プラスチック製品を製造する自社工場に無理を言い、世界でたった一つ、シュウだけの為の『大容量タンク付き水鉄砲』を作ってやった。水鉄砲自体がこの世界にはないので、出来上がったものを見て、シュウばかりではなく、ヒカルとガイナも驚いていた。操作法を教えるとシュウは『まほうみたい!』と興奮し喜んでくれた。

ガイナにケンカの際の立ち回り(腕の届く範囲に近づくな、正面に立つな、手のひらの向きに注意しろ等)を教えてもらい、迎えた四回目の外出。
今度は私もこっそりとついていった。木の影からそっと見守る。
シュウは公園にいた子どもたちに遊ぼうと自分から声をかけ、水鉄砲を見せた。そこからは、水の浴びせ合いになった。
向かってくる水に対しフタナリは防御をすることが出来る、その方法は自らも水の魔法を繰り出し相殺させるというやり方だ。しかしながら、大容量かつパワフルな水鉄砲の威力はすさまじく子どもたちは防御しきれていなかった。シュウも子どもたちも身体はびしょびしょに濡れていた。戦い(遊び)は拮抗していた。
しかし有限であるタンクは水が尽き、シュウは負けた。

しかし、シュウは笑顔だった。
シュウだけでなく、一緒に遊んだ子どもたちも『やるじゃん』と言って笑っていた。
最後には『楽しかったね』『また遊ぼう』と言い合って別れた。

オスだって色々な手を使えばフタナリに対抗できる。そして、シュウ個人を知ってもらえれば仲間だとフタナリにも思ってもらえるのだ。公園にいた子どもたちが、たまたま差別意識が低いだけだったのかもしれないし、オス自体を知らなかっただけなのかもしれない。でもシュウと遊んで楽しかった、という事実は変えようのないものだ。

それからもガイナが付き添い、シュウは外に出掛けた。しかし、子ども同士、楽しく遊ぶ一方で、差別をされているという悲しい現状もシュウは身をもって知ることになった。自分とガイナに向けられる遠慮のない嘲りの視線や罵倒。せっかく出来た友人の親にオスだとばれ、二度とうちの子に近づくなときつく言われたり…。
シュウは、オスというものの現状での地位を悟った。
本当に危険なもの以外を排除しない方針のガイナ。彼はシュウに視野を広くしろと言い聞かせた。
色々な人間がいることを知り、絶対に分かり合えない人間と、接触を持つことで分かってくれる人間、そして例外は私のようなオス好き、それらを見極めて対処をしていくことがオスが生きていく上で重要なことなのだと教えた。

シュウには少し難しい話だったのではと心配したが、自分なりの解釈が出来たのか、ガイナに大きく頷いてみせた。

私が思っているよりもシュウはしっかりしている。子どもはいつまでも子どもではないのだ。

私から知識を、ガイナから人間関係を学び、シュウなりの答えを出していく毎日。そんな充実した日々を過ごしている中、事件が起こった。

クローバーがシュウに会いに来たのだ。

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