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怪我の理由
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三十代半ばほどに見える大男は、ベッドから足をはみ出させ眠っていた。傷が痛むのか、額に汗をかき時折眉間にシワを寄せている。
怪我の状態を医師に訊ねると、かなりの量の血を失ってしまっている為に何日かは絶対安静とのことだった。命に別状はないとのことで安堵したが、あまりに辛そうに寝ているので痛み止めを打っていないのかと聞いてしまったが、医師は『もちろん痛み止めを打ってはいるが、身体が大きいので通常の量では効かないのだろう』と難しそうな顔をした。
痛み止めを追加すればいいのではないかと思ったが、そんな単純なことでもないらしく、量を増やした場合の臨床データがないので、医師としても責任が持てないと言われた。可哀想だが大男には耐えてもらうしかなさそうだ。
失血の原因は背中から脇腹にかけての切り傷。深く切れてはいたが厚い筋肉のお陰で臓器までは傷ついておらず、傷を縫合しただけの処置で済んだとのことだった。それと足首が腫れているので捻挫もしています、とも言われた。
何があってそんな傷を負ったのかは本人に聞いてみないと分からない。回復を待つしかないだろう。
大男を発見してくれた看護師は、血濡れの大男を見た時は未知の生物と遭遇してしまったのかとパニックになったと苦笑いをしながら言っていた。そのまま放置せずにいてくれたことに感謝し、礼を言い病院に渡す金(治療費+謝礼)とは別に心付けを渡した。
入院の為の個室を用意してもらい、付き添いで泊まることにした。そこまでする必要はないのではないかとエンリに言われたが、ここにはかなりの数の人間がいる。けがを負った大男に対して医師や看護師、入院患者が酷い仕打ちをすることは考えてはいない。しかし、目が覚めた大男が見慣れない場所にパニックを起こし、逃げ出してしまう可能性があるのだ。もしも、怪我の原因がフタナリによる暴力だった場合、ここは安全な場所で危害を与える人間がいないこと。希望するなら保護をすることを伝えて安心した状態で治療に専念してほしいのだ。だから、今日だけ、目覚めるまでは私が付き添いたい。今は夕方なので朝まで一泊することになるだろう。
社長だけでは心配です、とエンリが言って聞かないので、二人で病室に泊まることにした。エンリは仕事が出来る上に気遣いも素晴らしい。ヒカルだけでなく、社内でも人気があるらしいのも頷ける。
簡易ベッドを二つ搬入してもらう際に『ここは病院です。壁があまり厚くありません』と看護師に遠回しにセックスをするなと言われ苦笑いが漏れてしまう。前例が多分にあるらしい。
ヒカルとシュウに今日は帰れないという伝言を運転手に託した。
「付き合わせて悪いわね、エンリ。」
「いえ。それより、このオスは、どういった――――っ。」
「どうしたの?」
「あ、い、いえ、急に、服をお脱ぎになったので驚いてしまって。」
外出着のまま寝ると服がシワになってしまうから脱いだのだけれど、そんなに驚かせてしまうとは思わなかった。明日もこの服を着なければならないので、自分としては当然の行動だったのだけれど。
「あ、ごめんね?エンリは脱がないの?シワになっちゃうんじゃない?」
カッチリとした仕事着のスーツを指差してそう言うと、エンリはゴクリと喉を鳴らした。
「……あ、いえ、わたくしは横になりませんのでお気になさらず。」
「そんな訳にはいかないわ。交代で仮眠を取りましょう。」
せめて上着だけでもと思い、エンリの着ているジャケットのボタンを外してあげようとした。
「いえ、本当にっ、…ああっ。」
私が声に驚きボタンから手を離すと、エンリはくるりと後ろを向いた。自分の身体を抱き締めるようにしてエンリは立っていて、肩が僅かに震えていた。
「……エンリ?ごめんなさい、余計なお世話だったわね。……私、エンリ以外に親しくしている同性がいなくて距離感がおかしかったのかも。気を悪くしてしまった?」
付き合いが長いとはいえ、馴れ馴れしい行為だったのかもしれない。
「あ、あの、ち、違います。気を悪くなどっ、悪いというよりは良く……そうではなくてっ。…わ、わたくしっ、実は、か、身体にコンプレックスがありましてっ、服を脱ぎたくないのですっ。」
どこからどう見てもナイスバディなエンリにコンプレックスがあるなどと思ってもみなかった。いつも冷静な秘書が取り乱してしまうほどのことをしてしまったことに更に申し訳なく思った。
「ごめんなさい。私って駄目ね。……コンプレックスのある人の為にも服を作り出している最中なのに、配慮が足りなかったわ。」
私が頭を下げた気配を感じたのか、エンリはこちらを振り返った。
「い、いえ、頭を上げてくださいっ。社長は何も悪くはありません。わたくしが邪な……いえ、気にし過ぎなだけなのです。こちらこそ、ご配慮頂いたのに、失礼な態度をしてしまい申し訳ございませんでした。」
「そんなことないわ。私が悪いの。……でも、私はエンリの身体をすごく魅力的だと思ってるから、あまり思い悩まないようにね?」
「っ、あ、ありがとうございます。…………ハァッ、この部屋、暑くありませんか?」
「そう?」
エンリは自分の手の平で顔にパタパタと風を送りながら、ジャケットを脱いだ。
あれ?コンプレックスは?と一瞬思ったけれど、おそらくブラウス姿までは大丈夫なのだろう。
私の視線を感じたのかエンリは僅かに首を傾げた。そして自分が手に持っているジャケットを見て一瞬動きを止めて、それをまた羽織り直した。
「……社長、本当にお気になさらないでください。そのことより今は、このオスのことです。どういった人物なのでしょうか。」
どういった人物。
私もそれは気にかかっていた。筋肉隆々な見た目に、日に焼けた肌。短く刈られた黒髪はべとついておらず、爪や髭の手入れもされていて身体が清潔に保たれている。
その外見だけでも、今までに見てきたオス三人とは真逆なことが分かる。
普通オスは、オスであることを隠したがるものだと思っていた。オスであるというだけで虐げられるので髪を長くし、身体をなるべく隠して生活をして身を守るのだ。しかし、この大男はオスであることを隠すつもりは全くないようだ。しかも定期的に身体を清める手段があるということは生活の基盤があるということでもある。
もっと観察しようと近づいて見る。上半身裸で包帯だけを巻いた状態なので肌は見えている。綺麗なものだった。不快な臭いもしないし火傷の痕も一切ない。かすり傷が僅かにある程度だ。隠れている下半身を確認しようと布団を捲り上げようとした時、低い声が病室に響いた。
「フェラでもしてくれんのかい?美人さん。」
声の方を見ると、藍色の切れ長の瞳と目が合った。
大男は笑おうとしたのだろう。しかし、傷が痛んだのか顔を歪めた。
私は大男から距離を取り、自分の腕を後ろに回して敵意がないことを伝えた。そしてエンリには医師を呼んで来てもらうようお願いしてから大男と向き合う。エンリは心配そうにしながらも私の指示に従った。
「わかりました。すぐに呼んでくるので社長は服を着ておいてください。」
下着姿のままだったことを思い出し、慌てて服を着た。
仕切り直し、大男と再度向き合うと『いい眺めだったのに、残念』と言われ、そんな軽口をまだ叩けるのかと安心した。
ここは病院だから安心してほしいことを告げると、大男は困ったような顔をして入院費の心配をした。足りるかな、と。
この状況で一番に金の心配?しかも『足りるか』。あまりに普通の反応に逆に唖然としてしまう。
「あなたは、何者…?」
「何者って、プロフィールでも言えばいいのか?普通は自分から名乗るもんだろうに……まぁ、いいか。俺は、ガイナ・ロステン、37歳のオス。職業は猟師だ。」
「猟、師…?」
「ああ、この傷は熊にやられた。」
ガイナは悔しそうな顔をして、自分の脇腹をそっと押さえた。
「熊…?人間にやられたのではないの?」
「人間なんかにやられるかよ。…俺は今だって簡単にあんたの首を折れるのに。」
思わず後ずさった私にガイナは声を出し笑った。笑ったがやはり脇腹が痛んだのか、変な声を出した。
「ヒイアッ、痛ったっ、…前言撤回。今はやっぱり、無理っぽい。」
涙目で私を見上げているのに、どこか余裕が感じられる。手負いの状態でフタナリと対峙しているのに怯えがない。
肉体を鍛えるということがこんなにオスに自信をもたらすのだろうか。
その堂々とした様は、まさに私が前世でよく見た"男"の姿だった。
怪我の状態を医師に訊ねると、かなりの量の血を失ってしまっている為に何日かは絶対安静とのことだった。命に別状はないとのことで安堵したが、あまりに辛そうに寝ているので痛み止めを打っていないのかと聞いてしまったが、医師は『もちろん痛み止めを打ってはいるが、身体が大きいので通常の量では効かないのだろう』と難しそうな顔をした。
痛み止めを追加すればいいのではないかと思ったが、そんな単純なことでもないらしく、量を増やした場合の臨床データがないので、医師としても責任が持てないと言われた。可哀想だが大男には耐えてもらうしかなさそうだ。
失血の原因は背中から脇腹にかけての切り傷。深く切れてはいたが厚い筋肉のお陰で臓器までは傷ついておらず、傷を縫合しただけの処置で済んだとのことだった。それと足首が腫れているので捻挫もしています、とも言われた。
何があってそんな傷を負ったのかは本人に聞いてみないと分からない。回復を待つしかないだろう。
大男を発見してくれた看護師は、血濡れの大男を見た時は未知の生物と遭遇してしまったのかとパニックになったと苦笑いをしながら言っていた。そのまま放置せずにいてくれたことに感謝し、礼を言い病院に渡す金(治療費+謝礼)とは別に心付けを渡した。
入院の為の個室を用意してもらい、付き添いで泊まることにした。そこまでする必要はないのではないかとエンリに言われたが、ここにはかなりの数の人間がいる。けがを負った大男に対して医師や看護師、入院患者が酷い仕打ちをすることは考えてはいない。しかし、目が覚めた大男が見慣れない場所にパニックを起こし、逃げ出してしまう可能性があるのだ。もしも、怪我の原因がフタナリによる暴力だった場合、ここは安全な場所で危害を与える人間がいないこと。希望するなら保護をすることを伝えて安心した状態で治療に専念してほしいのだ。だから、今日だけ、目覚めるまでは私が付き添いたい。今は夕方なので朝まで一泊することになるだろう。
社長だけでは心配です、とエンリが言って聞かないので、二人で病室に泊まることにした。エンリは仕事が出来る上に気遣いも素晴らしい。ヒカルだけでなく、社内でも人気があるらしいのも頷ける。
簡易ベッドを二つ搬入してもらう際に『ここは病院です。壁があまり厚くありません』と看護師に遠回しにセックスをするなと言われ苦笑いが漏れてしまう。前例が多分にあるらしい。
ヒカルとシュウに今日は帰れないという伝言を運転手に託した。
「付き合わせて悪いわね、エンリ。」
「いえ。それより、このオスは、どういった――――っ。」
「どうしたの?」
「あ、い、いえ、急に、服をお脱ぎになったので驚いてしまって。」
外出着のまま寝ると服がシワになってしまうから脱いだのだけれど、そんなに驚かせてしまうとは思わなかった。明日もこの服を着なければならないので、自分としては当然の行動だったのだけれど。
「あ、ごめんね?エンリは脱がないの?シワになっちゃうんじゃない?」
カッチリとした仕事着のスーツを指差してそう言うと、エンリはゴクリと喉を鳴らした。
「……あ、いえ、わたくしは横になりませんのでお気になさらず。」
「そんな訳にはいかないわ。交代で仮眠を取りましょう。」
せめて上着だけでもと思い、エンリの着ているジャケットのボタンを外してあげようとした。
「いえ、本当にっ、…ああっ。」
私が声に驚きボタンから手を離すと、エンリはくるりと後ろを向いた。自分の身体を抱き締めるようにしてエンリは立っていて、肩が僅かに震えていた。
「……エンリ?ごめんなさい、余計なお世話だったわね。……私、エンリ以外に親しくしている同性がいなくて距離感がおかしかったのかも。気を悪くしてしまった?」
付き合いが長いとはいえ、馴れ馴れしい行為だったのかもしれない。
「あ、あの、ち、違います。気を悪くなどっ、悪いというよりは良く……そうではなくてっ。…わ、わたくしっ、実は、か、身体にコンプレックスがありましてっ、服を脱ぎたくないのですっ。」
どこからどう見てもナイスバディなエンリにコンプレックスがあるなどと思ってもみなかった。いつも冷静な秘書が取り乱してしまうほどのことをしてしまったことに更に申し訳なく思った。
「ごめんなさい。私って駄目ね。……コンプレックスのある人の為にも服を作り出している最中なのに、配慮が足りなかったわ。」
私が頭を下げた気配を感じたのか、エンリはこちらを振り返った。
「い、いえ、頭を上げてくださいっ。社長は何も悪くはありません。わたくしが邪な……いえ、気にし過ぎなだけなのです。こちらこそ、ご配慮頂いたのに、失礼な態度をしてしまい申し訳ございませんでした。」
「そんなことないわ。私が悪いの。……でも、私はエンリの身体をすごく魅力的だと思ってるから、あまり思い悩まないようにね?」
「っ、あ、ありがとうございます。…………ハァッ、この部屋、暑くありませんか?」
「そう?」
エンリは自分の手の平で顔にパタパタと風を送りながら、ジャケットを脱いだ。
あれ?コンプレックスは?と一瞬思ったけれど、おそらくブラウス姿までは大丈夫なのだろう。
私の視線を感じたのかエンリは僅かに首を傾げた。そして自分が手に持っているジャケットを見て一瞬動きを止めて、それをまた羽織り直した。
「……社長、本当にお気になさらないでください。そのことより今は、このオスのことです。どういった人物なのでしょうか。」
どういった人物。
私もそれは気にかかっていた。筋肉隆々な見た目に、日に焼けた肌。短く刈られた黒髪はべとついておらず、爪や髭の手入れもされていて身体が清潔に保たれている。
その外見だけでも、今までに見てきたオス三人とは真逆なことが分かる。
普通オスは、オスであることを隠したがるものだと思っていた。オスであるというだけで虐げられるので髪を長くし、身体をなるべく隠して生活をして身を守るのだ。しかし、この大男はオスであることを隠すつもりは全くないようだ。しかも定期的に身体を清める手段があるということは生活の基盤があるということでもある。
もっと観察しようと近づいて見る。上半身裸で包帯だけを巻いた状態なので肌は見えている。綺麗なものだった。不快な臭いもしないし火傷の痕も一切ない。かすり傷が僅かにある程度だ。隠れている下半身を確認しようと布団を捲り上げようとした時、低い声が病室に響いた。
「フェラでもしてくれんのかい?美人さん。」
声の方を見ると、藍色の切れ長の瞳と目が合った。
大男は笑おうとしたのだろう。しかし、傷が痛んだのか顔を歪めた。
私は大男から距離を取り、自分の腕を後ろに回して敵意がないことを伝えた。そしてエンリには医師を呼んで来てもらうようお願いしてから大男と向き合う。エンリは心配そうにしながらも私の指示に従った。
「わかりました。すぐに呼んでくるので社長は服を着ておいてください。」
下着姿のままだったことを思い出し、慌てて服を着た。
仕切り直し、大男と再度向き合うと『いい眺めだったのに、残念』と言われ、そんな軽口をまだ叩けるのかと安心した。
ここは病院だから安心してほしいことを告げると、大男は困ったような顔をして入院費の心配をした。足りるかな、と。
この状況で一番に金の心配?しかも『足りるか』。あまりに普通の反応に逆に唖然としてしまう。
「あなたは、何者…?」
「何者って、プロフィールでも言えばいいのか?普通は自分から名乗るもんだろうに……まぁ、いいか。俺は、ガイナ・ロステン、37歳のオス。職業は猟師だ。」
「猟、師…?」
「ああ、この傷は熊にやられた。」
ガイナは悔しそうな顔をして、自分の脇腹をそっと押さえた。
「熊…?人間にやられたのではないの?」
「人間なんかにやられるかよ。…俺は今だって簡単にあんたの首を折れるのに。」
思わず後ずさった私にガイナは声を出し笑った。笑ったがやはり脇腹が痛んだのか、変な声を出した。
「ヒイアッ、痛ったっ、…前言撤回。今はやっぱり、無理っぽい。」
涙目で私を見上げているのに、どこか余裕が感じられる。手負いの状態でフタナリと対峙しているのに怯えがない。
肉体を鍛えるということがこんなにオスに自信をもたらすのだろうか。
その堂々とした様は、まさに私が前世でよく見た"男"の姿だった。
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