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幸せになって
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「ユーリオン様、わたくし…」
わたくしはユーリオン様の部屋に案内され、すぐに結婚のことをお断りして、謝ろうとしました。
けれど、ユーリオン様はわたくしの手を取り、ソファーまで連れて行くと、そこに座るように促し、自身も隣に座りました。
「今、お茶を入れさせるから。」
優しく微笑まれてしまい、二の句が継げられなくなってしまいました。
「昨日は、よく眠れた?」
「……はい。」
昨日クロードと男女の交わりを持っていたら、今、凄い罪悪感に襲われていたことでしょう。
「君が心配で、黙って見張りをつけていたことを、まず謝らせてほしい。」
わたくしはここに来る時、その方に話し掛け、案内してほしいと言って馬車に一緒に乗ってきたのです。
見張りの方が、クロードを監視する意味も、もうないと思いましたので、そうお願いいたしました。
やがて、いい香りのお茶が運ばれてきました。
「このお茶は、母体にもいいらしいから。用意させたんだ。北方で採れるハーブの、」
「あのっ、ユーリオン様、わたくし、今日はお断りをしに来たのです。」
早く、言わなければと思いました。ユーリオン様に期待を持たせたまま、世間話をさせてしまうのは良くないことだと思ったのです。
「……それは、君の本心?」
わたくしを、見つめる瞳は悲しげでした。
「はい。」
「クロード君に、そう言うように言われたのではなくて?」
「いいえ。わたくしの意志なのです。」
ユーリオン様はわたくしが嘘を言っていないのをわかってくださったのでしょう、何も言葉を発しなくなり、ソファーの背に体をもたれさせました。
「わたくしは、クロードを愛しているのです。」
残酷なことを言っているのかもしれません。
ですが、ユーリオン様には、実の弟を愛した愚かな女のことなど、きれいさっぱり忘れていただかないといけないのです。
「ユーリオン様には申し訳なく思っています。婚約破棄についての償いは、いつか必ずいたします。」
黙って聞いていたユーリオン様でしたが、息を一つ吐き、わたくしに向き直りました。
「何も、いらないよ。あいにくお金には困っていないしね。それに例えば君からお金が送られてきたとして、俺はその日から眠れなくなってしまうよ。君が生活を切り詰めて用意したお金かもしれないと思ってしまうだろうから。」
ユーリオン様の言葉に涙が出てきそうになりました。けれど、わたくしが泣くのは筋違いなのです。
「エルフィー、俺は君が生きているなら、どんなことも大した問題じゃないんだ。昨日もそう言ったよね。」
わたくしに微笑みかけるユーリオン様の瞳は、やはり陽だまりのように温かくて一緒に過ごした日々を思い出してしまいます。
今のクロードに向ける愛とは違う形で、わたくしはこの方が好きだったのです。
「だから、クロード君と幸せに暮らしていけるように、願うことだって、できるよ。」
わたくしはとうとう顔を覆って、泣き出してしまいました。
ユーリオン様はわたくしの体をそっと抱き寄せ、頭を撫でてくださいました。
この方はどこまでも優しい。
昔からそうでした。
「とても、良く似合っているね。」
髪飾りのことを言われているのでしょう。出掛ける時にクロードがつけてくれたのです。
「横恋慕をしたのは俺なんだ。」
意外な言葉に、顔を上げようとしたわたくしの頭をユーリオン様は軽く抑え、自分の胸に引き寄せました。
「このまま、聞いてほしい。」
ユーリオン様の鼓動が聞こえます。
「俺は昔、君とクロード君が伯爵夫人と一緒にうちに来た時にエルフィーに一目惚れをしたんだ。あれは君が9歳の頃だったよね。エルフィーは子どもなのにちゃんとしたレディで、その背伸びをしている様がすごく可愛いかった。……俺はね、そんな君を手に入れたくて伯爵が断れないことを知っていて父に無理を言ったんだ。そして、婚約者にしてもらった。」
確かにユーリオン様の許嫁として、わたくしは家柄的に相応しくないとまでは言えませんが、もっといい相手がいらっしゃったはずなのです。
そんなやり取りが侯爵様とお父様の間にあったのは知りませんでした。
「クロード君はその時から君にべったりだった。君もそれを良しとしていて、二人はまるで小さな恋人同士のようだったよ。そこに、俺が割って入ったんだ。だから、君たちは何も俺に対して罪悪感を抱くことはないんだ。……どうか、幸せになって、エルフィー。」
わたくしはユーリオン様の胸の中で涙を止めることができず、嗚咽を漏らしてしまいました。
「宿屋の外で、クロード君が待っているだろうから、俺は君を見送らないよ。」
わたくしと一緒に部屋を出たユーリオン様は、いつもと変わらない笑顔をわたくしに向けました。
「はい。……ユーリオン様、お元気で。」
それしか言うことができませんでした。
ユーリオン様の幸せを願う言葉を口にしようと思いました。でも、優しいこの方を傷つけてしまったのはわたくしです。それを口にすることなどできませんでした。
俯いてしまったわたくしの肩に手を置いて、ユーリオン様はもう一度、こう仰いました。
「必ず、幸せになって、エルフィー。でないと俺は、夜眠れなくなってしまうからね。」
触れられた肩が温かくて、わたくしはまた涙を流してしまいました。
「姉さま!」
ユーリオン様のおっしゃった通り、クロードは宿屋の外で待っていました。
泣いた跡のあるわたくしの顔を見て、不安そうに彼は近付いてきました。
「クロード、我が家に、帰りましょう。」
わたくしが笑顔を作ると、何かを聞きたげだったクロードも、それを飲み込んで笑顔になりました。
「はい。姉さま。」
わたくしたちは手を繋いで歩き出しました。
手からクロードのぬくもりが伝わってきます。
ユーリオン様が願ってくださった、わたくしの幸せはこの手の中にあります。
ですから、どんなことがあってもこの手を、――クロードを、ずっと離さない。そう心に誓いました。
わたくしはユーリオン様の部屋に案内され、すぐに結婚のことをお断りして、謝ろうとしました。
けれど、ユーリオン様はわたくしの手を取り、ソファーまで連れて行くと、そこに座るように促し、自身も隣に座りました。
「今、お茶を入れさせるから。」
優しく微笑まれてしまい、二の句が継げられなくなってしまいました。
「昨日は、よく眠れた?」
「……はい。」
昨日クロードと男女の交わりを持っていたら、今、凄い罪悪感に襲われていたことでしょう。
「君が心配で、黙って見張りをつけていたことを、まず謝らせてほしい。」
わたくしはここに来る時、その方に話し掛け、案内してほしいと言って馬車に一緒に乗ってきたのです。
見張りの方が、クロードを監視する意味も、もうないと思いましたので、そうお願いいたしました。
やがて、いい香りのお茶が運ばれてきました。
「このお茶は、母体にもいいらしいから。用意させたんだ。北方で採れるハーブの、」
「あのっ、ユーリオン様、わたくし、今日はお断りをしに来たのです。」
早く、言わなければと思いました。ユーリオン様に期待を持たせたまま、世間話をさせてしまうのは良くないことだと思ったのです。
「……それは、君の本心?」
わたくしを、見つめる瞳は悲しげでした。
「はい。」
「クロード君に、そう言うように言われたのではなくて?」
「いいえ。わたくしの意志なのです。」
ユーリオン様はわたくしが嘘を言っていないのをわかってくださったのでしょう、何も言葉を発しなくなり、ソファーの背に体をもたれさせました。
「わたくしは、クロードを愛しているのです。」
残酷なことを言っているのかもしれません。
ですが、ユーリオン様には、実の弟を愛した愚かな女のことなど、きれいさっぱり忘れていただかないといけないのです。
「ユーリオン様には申し訳なく思っています。婚約破棄についての償いは、いつか必ずいたします。」
黙って聞いていたユーリオン様でしたが、息を一つ吐き、わたくしに向き直りました。
「何も、いらないよ。あいにくお金には困っていないしね。それに例えば君からお金が送られてきたとして、俺はその日から眠れなくなってしまうよ。君が生活を切り詰めて用意したお金かもしれないと思ってしまうだろうから。」
ユーリオン様の言葉に涙が出てきそうになりました。けれど、わたくしが泣くのは筋違いなのです。
「エルフィー、俺は君が生きているなら、どんなことも大した問題じゃないんだ。昨日もそう言ったよね。」
わたくしに微笑みかけるユーリオン様の瞳は、やはり陽だまりのように温かくて一緒に過ごした日々を思い出してしまいます。
今のクロードに向ける愛とは違う形で、わたくしはこの方が好きだったのです。
「だから、クロード君と幸せに暮らしていけるように、願うことだって、できるよ。」
わたくしはとうとう顔を覆って、泣き出してしまいました。
ユーリオン様はわたくしの体をそっと抱き寄せ、頭を撫でてくださいました。
この方はどこまでも優しい。
昔からそうでした。
「とても、良く似合っているね。」
髪飾りのことを言われているのでしょう。出掛ける時にクロードがつけてくれたのです。
「横恋慕をしたのは俺なんだ。」
意外な言葉に、顔を上げようとしたわたくしの頭をユーリオン様は軽く抑え、自分の胸に引き寄せました。
「このまま、聞いてほしい。」
ユーリオン様の鼓動が聞こえます。
「俺は昔、君とクロード君が伯爵夫人と一緒にうちに来た時にエルフィーに一目惚れをしたんだ。あれは君が9歳の頃だったよね。エルフィーは子どもなのにちゃんとしたレディで、その背伸びをしている様がすごく可愛いかった。……俺はね、そんな君を手に入れたくて伯爵が断れないことを知っていて父に無理を言ったんだ。そして、婚約者にしてもらった。」
確かにユーリオン様の許嫁として、わたくしは家柄的に相応しくないとまでは言えませんが、もっといい相手がいらっしゃったはずなのです。
そんなやり取りが侯爵様とお父様の間にあったのは知りませんでした。
「クロード君はその時から君にべったりだった。君もそれを良しとしていて、二人はまるで小さな恋人同士のようだったよ。そこに、俺が割って入ったんだ。だから、君たちは何も俺に対して罪悪感を抱くことはないんだ。……どうか、幸せになって、エルフィー。」
わたくしはユーリオン様の胸の中で涙を止めることができず、嗚咽を漏らしてしまいました。
「宿屋の外で、クロード君が待っているだろうから、俺は君を見送らないよ。」
わたくしと一緒に部屋を出たユーリオン様は、いつもと変わらない笑顔をわたくしに向けました。
「はい。……ユーリオン様、お元気で。」
それしか言うことができませんでした。
ユーリオン様の幸せを願う言葉を口にしようと思いました。でも、優しいこの方を傷つけてしまったのはわたくしです。それを口にすることなどできませんでした。
俯いてしまったわたくしの肩に手を置いて、ユーリオン様はもう一度、こう仰いました。
「必ず、幸せになって、エルフィー。でないと俺は、夜眠れなくなってしまうからね。」
触れられた肩が温かくて、わたくしはまた涙を流してしまいました。
「姉さま!」
ユーリオン様のおっしゃった通り、クロードは宿屋の外で待っていました。
泣いた跡のあるわたくしの顔を見て、不安そうに彼は近付いてきました。
「クロード、我が家に、帰りましょう。」
わたくしが笑顔を作ると、何かを聞きたげだったクロードも、それを飲み込んで笑顔になりました。
「はい。姉さま。」
わたくしたちは手を繋いで歩き出しました。
手からクロードのぬくもりが伝わってきます。
ユーリオン様が願ってくださった、わたくしの幸せはこの手の中にあります。
ですから、どんなことがあってもこの手を、――クロードを、ずっと離さない。そう心に誓いました。
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