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求む、幻覚解除法
しおりを挟む「だめかな?」
彼は幻覚を見せられ、私に好意を持ったんだ。
アザリ君は、私に黙って青山くんに術を掛けた。
私があの日、青山くんとの思い出がほしいと言ったから、アザリ君は私が彼と付き合いたいのだろうと思って、術を掛けてくれたのだ。
私の、せいだ。
「その気持ちは、青山さんの本当の気持ちじゃ、ないんです。」
私は幻覚が解けてくれるのではないかと、鞄の中に入れてあった隠し撮り写真とメモをテーブルの上に広げて見せた。これを見た時のことを思い出せば、自分がそんな気持ちになるはずがないことに気が付いてくれるかもしれない。
それらを見た青山くんは、眉間にシワを寄せ嫌悪感を露にしている。
彼の口が『キモ』と動いたのも確認できた。
「私は質の悪いストーカーなんです。」
私が語り掛けると、青山くんは顔を上げた。
目が合った瞬間、彼の顔から嫌悪感が剥がれ落ち、溢れんばかりの笑顔になった。
「爽子ちゃんなら、ストーカーでもいいよ。」
「違うんです。とにかくそれは幻覚と言いますか、とにかく間違いなんです。」
「間違いじゃないよ。だって俺、爽子ちゃんのこと好きだから。」
私は写真やメモ以外にも、今まで行ったストーカー行為を彼に説明した。
抱き枕や尾行の話をしていると、今にも怒り出しそうな表情になるのに、私と目が合うとたちまち頬を染めて笑顔になるのだ。
どうやら私の顔を見てしまうと、彼は幻覚によって私を愛しいと思ってしまうようだ。
きっとアザリ君が私に見せた幻覚と同じように、彼の好きな人の顔を私はしているのだろう。
「私は貴方のことが、もう好きではありません。この先、二度と会うこともないと思います。」
だったら会わなければ解決するだろう。
顔を見るから駄目なのだから、顔を見せなければいいのだ。
そうしているうちに、幻覚も解けていくのではないだろうか。
「ストーカーするほど好いてくれたんじゃないの?」
彼は傷付いた顔をした。
「そう、ですけど、とにかくもう好きではないんです。」
それは本当の気持ちだった。
新しい部屋に引っ越して、アザリ君のことは思い出して泣きそうになっても、青山くんことはただ、罪の意識があっただけで、会えなくて悲しいとか切ないとかそんな気持ちにはならなかった。
元々の思いが一方通行だったせいもあるのかもしれないけれど、芸能人に熱心に憧れる中学生のような気持ちに近いもの、だったのではないかと、今になってみれば思う。
「忘れてください。これ、今日、用意出来るお金がこれしかなくて、」
ATMからおろした30万円の入った封筒を青山くんに差し出した。
「何、これ。」
「お金です。迷惑料、と思っていただければ…。」
「これで、忘れろって?」
「足りるとは思っていませんし、後から訴えていただいても、構いません。」
青山くんは封筒には一切触れず、悲しい顔をして目を伏せた。
「…そんなことはしない。……君が、夢に出て来るんだ。その度に俺は想いを募らせてしまう。…諦めないでいるのは自由、だよね?」
「…っ、やめて、ください。」
「どうして?爽子ちゃんは俺のストーカーだったんだよね。今度は俺がストーカーになったっていいでしょ。」
青山くんは顔を上げ、封筒を差し出している私の手を両手でぎゅっと握った。それは痛いというほどではないが、私の手を逃さないくらいの力は込められていた。
「離して、ください。」
「やだ。俺、ストーカーだもん。」
いたずらっぽく笑われても、笑みを返すことなど到底出来ない。
彼が、私のストーカーに?
彼の本当の意志でもないのに、そんな犯罪を犯させるわけにはいかない。
私は観念して今までの経緯を話した。
アザリ君との出会いから、彼が私の願いを叶え青山くんに幻覚を見せたことまでの話だ。
ただ、契約の代償が筆おろしだったことは、言わなかった。恥ずかしいからということもあるけど、アザリ君と私だけの秘密にしたかったからという思いもあった。
「私、悪魔と契約したんです」などという話、信じてもらえないだろうとは思ったけど、意外にも彼は真面目に話を聞いてくれた。
「つまり俺は、幻覚を見せられてるだけで、爽子ちゃんをほんとは好きじゃないってこと?」
「そうです。」
「その幻覚を俺に仕掛けた悪魔とやらは、今どこにいるの?」
「……わかりません。」
青山くんはため息を吐いた。
「俺、爽子ちゃんの話だから真剣に聞いてたけど、オカルトって全然信じてないんだよね。だから隣の部屋が事故物件?でも長年あのアパートに住み続けてるわけだし。」
私だって青山くんの立場なら信じられないだろう。
「でも、本当なんです。」
「だとしたら、爽子ちゃんのせいで俺はこんな切ない気持ちにさせられてるってことだよね?」
「はい。重ね重ね、本当に申し訳ないです。」
「うーん、だったら、責任取って俺と付き合えばいいんじゃないの?」
彼は両手で包むようにしていた私の手を優しく撫でた。その行為のお陰で手の拘束力が弱まり、私は手を引き抜くことができた。彼はそれを寂しげな瞳で見つめている。
「私は、付き合えません。」
「俺は爽子ちゃんを諦めたく、ない。」
これでは堂々巡りだ。
幻覚自体を解かなくてはどうしようもないかもしれない。
それに周囲の人々にチラチラと見られている気がする。私達は別れ話でもしているように見えているに違いない、好きでもない女に告白して、さらに拒絶される様を晒さねばならない青山くんの気持ちを考えると、もうここで話すのは止めた方がいいだろう。
「青山さん、あの、ちょっと時間をください。」
「……いいよ。でも毎日電話していい?」
「毎日、ですか。」
「うん。了承してくれないと俺、このまま君の家まで尾行してしまうかも。俺はストーカーだから。」
そう言い、恋する青年の顔で笑った青山くんを見て、私は自分の犯した罪を更に実感した。
早く、彼を正気に戻さなくては。
それから、私は幻覚がどうやったら解けるのかをインターネットや本で調べた。
病院、投薬、宗教、修行。
そんなことばかりしか、解決策と呼べるものはないようだ。けれどこれを青山くんには勧められない。
彼は自分が見たくて幻覚を見ているわけではなくて、ただ、幻覚を見せられているだけなのだ。
一刻も早く幻覚を解くには、やはり幻覚を掛けた人にやってもらうのが一番なのかもしれない。
そんな結論にたどり着いたものの、アザリ君とどんな顔をして再会すればいいのか分からない。
私が彼にしたことを思えば、許されないことのように思う。
そもそも、どうしたら会えるのか、その方法さえわからないのだ。
これといった解決策が見つからないまま、ただ時が過ぎてしまっていた。
夜10時、スマホから電話の着信音がする。
あれから青山くんは、宣言通り毎日電話を掛けてきた。
その日のニュースの話や、仕事の話、そして私に愛の言葉を告げるために。
私はそれらを全て聞いた後に
「その気持ちは、幻覚のせいなんです。」
と言い続けた。
今日も同じ話をしなくてはいけない。早くどうにかしなければ。
私はため息を吐きながら電話に出た。
『あ、俺。今日、隣の部屋に新しい入居者が来たんだよ。』
「……そうですか。」
『その人が挨拶に来て、幽霊の話をしてきたから、悪魔が出るって教えてあげたよ。そしたらその人、何て言ったと思う?』
――入居者、悪魔が出る…。
私は、その時、悪魔の呼び方を知っている人がいることに気が付いた。
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