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指輪 【本編完結】
しおりを挟むジュエリーショップから指輪の加工が終わったと連絡が来たのは1月末のことだった。
当初は加工に1ヶ月ほどかかると言われていた。
2月2日の春日部の誕生日に間に合わないのは残念だったが、自分で稼いだ金で指輪を買うことに拘った結果だった。
それが3週間と少しで仕上がって、誕生日にも間に合ったなんて凄く嬉しいサプライズだ。
さっそく二人でジュエリーショップまで赴き、店員から指輪を受け取った。
真っ白なリングケースの中に並ぶ二つのプラチナリング。
「ヤバい。」
「やべぇ!」
二人とも思わず同じ感想を口にしていた。
そしてハイファイブ(※片手ハイタッチ)をした。
パチンと強めに春日部の掌が当たったが、夢見心地のせいか痛みは感じない。春日部もそうだったみたいでニコニコしてる。
とにかく『ヤバい』以外の言葉が見つからないくらい興奮した。
店員に「確認をお願いします」と言われ、春日部は自分の服でごしごしと手を拭いた後、恐る恐る指輪に手を伸ばした。
そして、ゆっくり摘まむようにして持ち上げると内側に刻まれている文字を読んだ。
「トモハル。」
初めて呼ばれた下の名前。
春日部の声はヴァイオリンのように滑らかで、美しい。
まるで愛の告白を聞いたみたいに、胸がいっぱいになる。
感動にうち震えていると「お前も見てみろよ」と満面の笑みの春日部に言われた。
飴細工を触る時みたいにそっと僕も指輪を持ち上げた。
『Kyo』
店内照明を反射させ、キラキラと輝く文字。
今すぐに指に嵌めて閉じ込めてしまいたくなったが、我慢。
初めて指輪を嵌めるのは、それなりにムードのある時がいい。
指輪をリングケースに戻し店員に「大丈夫です」と告げると、小さな手付き紙袋の中にリングケースは収められた。
それを店員から「ありがとうございます」と「お幸せに」という言葉と笑顔と共に受け取った。
店員の言葉が嬉しくて「こちらこそありがとうございます」と告げ店を出た。
客に対する当たり前の祝福なのだろうが、その当たり前が僕にはありがたくて嬉しかった。
『指輪交換の義』は、春日部の提案で、ある場所ですることになった。
春日部の誕生日当日、朝早く起き車でその場所まで向かった。
一歩足を踏み入れると、神聖な雰囲気に包まれる。
ここを訪れるのは半年ぶりだが、その間に色々なことがあったからもっと昔のことのような懐かしささえ感じた。
ここは、僕たちが二人で出掛ける行為を初めて『デート』と呼んだ場所。
学問の神様の社。
半年前、僕は大学を無事に卒業できるようにと願った。
そしてもう一つ『春日部とずっと一緒にいられますように』と管轄外のこともお願いしていた。
なんと、春日部も僕と同じようなことを神様にお願いしていたらしい。
あの日に春日部は、自分の中の僕への気持ちを認識したようだ。
Aに見せつける為の偽物の恋人じゃなく、ホンモノになりたいっていう気持ち。
恋とか愛とかは、当時はよく分かってなかったみたいだけど、僕の一番傍にいたいって想いははっきりしていたみたいで。
「町屋を誰にも渡したくねぇ、って思って、すっげぇ神頼みした」
当時は聞いても絶対に教えてくれなかった願い事を、照れ臭そうに話してくれた。
僕よりも熱心に時間をかけて手を合わせていたことを思い出して、胸が温かいもので満ちてくる。
二人の思い出の場所。
ここで初めて結婚指輪を嵌める。
『ずっと一緒』という想いは指輪という形になった。
それを互いに渡し合うのならば、春日部が提案してくれたこの場所が一番だと僕も思った。
朝の神社は人もまばら。
ぽつりぽつりと受験生と思われる人たちが最後のお願いなのだろうか、数人、参拝にやってきている。
僕たちも拝殿に向かって手を合わせた。
何度も心の中でお礼を言い、管轄外のことですみませんと謝った。
そして、境内のあまり人が来ない場所に移動して、僕たちは向かい合った。
僕が大事に抱えていた袋の中から、リングケースを取り出しパカリと蓋を開いた。
並んだリングを一つずつ持って、リングケースだけを袋に戻して地面に置いた。
まずは僕から。
春日部の左手を胸の高さまで持ち上げて、ゆっくりと薬指にリングを通した。
春日部は少し緊張した面持ちで、じっと僕の行動を見守り、指の根元までリングが収まると感嘆したような吐息を漏らした。
「……春日部。」
「ん?」
指から僕へと春日部の視線は移り、色素の薄い榛色の瞳の中に僕がいるのを確認してから言葉を発した。
「愛してる。これからも、ずっと。」
「ああ。」
春日部は頬を染めてふわりと笑った。その笑顔はまるで人間を惑わす天女のようで、魅入られた僕はだらしなく相好を崩した。
そして、今度は春日部の番。
春日部は握りしめていた右手を開き、出てきた僕の指輪をじっと見つめ、そこに短く唇を落とした。
その行動に見とれていた僕の左手を取り、薬指にリングをするすると通した。
ぴたりと嵌まった指輪の上へ、また春日部はキスを落としてきた。
頭を垂れ、まるで王子が姫に愛を乞うような行為に、ドキドキする。
数秒触れただけだったが、指は熱をもってピリピリとし、その痺れが心臓にまで伝わった。
もしこれを受験生が見ていたら勉強どころではなくなるかも、なんてことが頭を過ったが、試験や面接で動揺しない為の予行練習だと思って勘弁してもらいたいと心の中で詫び、目の前の春日部に集中した。
「これで、お前は俺のモンで、俺はお前のモンだからな。」
春日部らしい表現に、僕は「うん」と返事をして、たった今キスされた場所を口まで持っていった。
指はまだ熱いが、つるりとしたプラチナの表面の感覚が気持ちよくて、ちゅ、ちゅ、と唇で何度も触れた。
すると春日部から「おい、やらしい顔すんなって」と言われ止められてしまった。
断じてそんな顔をしたつもりは無かったが、神社も参拝客が増えてきたので、もう一度神様にお礼とお詫びをしてから帰ることにした。
車のエンジンをかけ、ハンドルを握ると左手にいつもと違う固い感触があった。
その感触が愛しくて、左手を握ったり開いたりしながらニンマリとしていると、春日部から笑い声がした。
「やっぱ、違和感あるよな。」
春日部も僕同様、普段からアクセサリーはあまり着けないから、違和感があるらしい。
「不思議な感じだよね。」
「ああ。指輪すんの初めてだからな。」
春日部は自分の左手をすごく愛しそうに右手で撫でた。
可愛くてセクシーでキュンとして、思わず変なことを言ってしまう。
「でも、きっと、段々気にならなくなってくんだよね。……ハジメテは違和感半端無いけど、慣れてくると気持ち良くなっちゃうものだしね。」
「……は? 気持ちよく…? っ、お前、何の話してんだよっ。」
「えー?」
「えー、じゃねぇよ! 隙があれば下ネタ挟むのヤメロ!」
「あははー。」
「笑ってこまかすな。」
『ごめん』『赦さん』『赦して』『ったく』『春日部大好き』なんて幸せな会話をしながらマンションまで車を走らせた。
これからは春日部の指には僕が贈った指輪があって、僕の指には春日部がくれた指輪がある。
この指輪はどんな時も僕と寄り添ってくれるだろう。
何かあった時、肩に力がガチガチに入ってる時だったり、もしかしたら二人の関係性に悩み初心を忘れてしまった時だったり。
そんな時に左手の薬指に嵌まってる指輪を見たら、きっと思い出す。
これの為に二人で年末年始にキツいバイトをしたこと、バイトが終わり疲労困憊の中、バイト代を手にジュエリーショップに直行したこと、店員に何て言って話を切り出すか直前まで車の中で話し合ったこと、――そして、今日のこと。
そうすれば、勝手に頬は緩んで心に温かい血が巡り、大概のことは『何でもないこと』って思えるに違いない。
★
神社から戻ると春日部の誕生日の準備を始めた。
誕生会はマンションでする。
シャンパンとケーキとステーキを用意して。
プレゼントは4月から必要になる通勤用のバッグ。ビジネスバッグのような堅苦しいものではないが、社会人が持つのに相応しいものを選ばせてもらった。
とても喜んでくれて、ステーキも焼き加減を褒めてくれたし、ワンホールのケーキを冷蔵庫から出して「春日部一人で食べて」と渡すと「マジで!?」と春日部は興奮してくれた。ワンホール食いは夢だったらしい。
本来なら前年のようにどこかへ泊まりがけで旅行に行こうと思っていたのだが、卒業式が終わったら新婚旅行に出掛ける予定も立てていた為、誕生日の予算をそちらに投入することにした。それでマンションでの誕生会となったのだが、春日部はとても楽しそうにしてくれているからホッとした。
新婚旅行は、車で国内旅行をすることにしている。
新婚旅行と言えば、ヨーロッパや南の島が定番かと思うが、それは『いい大人』になったら行くことにした。
予算が尽きるかタイムリミットが来るまで気ままに旅をする。
行く先は漠然と南の方角。
キャンプ場かビジホでなるべく宿泊場所は低予算に抑える。
今しか(もしくは定年退職後にしか)出来ない新婚旅行をしてみようと思ってのことだった。
誕生会でも、どこの県のアレが食べたい、とかあの場所の観光がしたいという話は深夜まで尽きなかった。
そして二人とも喋り疲れ、酔っていることもあり、いつの間にか寝ていた。
起きたら、頭の下にはいつもの固い枕があった。でも今日からその枕にはプラチナのリングが嵌まってる。
カーテンの隙間から差し込む太陽の光にピカピカと反射するそれを確認して、幸せな気分で二度寝をした。
春日部の誕生日はそんな感じで過ごした。
★
春日部の誕生日が過ぎ、少し経った頃、驚くことがあった。
祖母から、僕宛てに現金書留が届いたのだ。
外袋の中には『寿』と書かれたご祝儀袋。
中身は百万円。
送ってきたのは間違いなく祖父だろうが『寿』とは何を指しているのか。
これはどういうことか。
普通に考えればこの時期、祖父が孫に贈る祝い金は、卒業か就職祝いに思えるが、これは『寿』と書かれているのだ。
まさかの、結婚祝い…?
僕は『春日部と結婚したいと思っている』とも祖父に告げている。
だから送ってきたのか。
そうだとしたらとても嬉しいが、そもそも本当に結婚祝いなのか分からず春日部に相談してみた。春日部は「あのじいさん、マジで分かりづれぇな」と頭を悩ませた。
そして、二人で色々調べた結果、これは結婚祝いで間違いないだろうという結論に至った。
祝儀袋の水引も結婚祝いに使われるもののようだったし、金額は百万円だが、札の枚数が偶数にならないように99枚の一万円札と五千円札2枚に調整してあった。
結婚祝いと判明はしたが、どうすべきか迷ってしまう。
わだかまりは解けたとはいえ、僕は真斎藤から身を引いている。
祖父宅に電話をして「お祖父様ありがとう!」と気安く言える立場では無い。
だから祖父はわざわざ亡くなった祖母の名前で祝い金を送っているのだろうし。
僕が思案していると、だったら…、と春日部が提案してくれたのは『お礼にウェディングフォトを送りつけちまわね?』という、祖父にとってはお礼になるか嫌がらせになるか分からないものだった。
男二人、紋付羽織袴かタキシードで並び写真を撮られるところを想像すると、叫び出したいような恥ずかしさがある。
でも、普通のカップルがするであろうことを体験できるのかと思えば嬉しさもある。
気づいたら「それ、いいかも」って笑いながら返事をしていた。
これからやることは山積みだ。
ウェディングフォト撮影に、卒業式に、新婚旅行、それと堀田とユキさんへの結婚祝いのプレゼント選びもある。ついでに就職の準備も。
でも、喜ばしいことだから、いくら山積みになっても構わない。
だけど、長い人生には喜ばしいことだけじゃなく、嬉しくないような事態だってきっと山ほどあるのだろう。
普通の夫婦にだって訪れる苦境も、普通じゃない僕らだからぶち当たる試練も。
でも、どんな時でも僕の傍には春日部がいてくれるから大丈夫だって思えるし、大丈夫にしてみせる。
二人ならどうにかなる。
明日からも、ずっとずっと僕らは二人一緒だ。
<終>
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