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訂正
しおりを挟むすっかりいつもの調子に戻った春日部は「すげぇいい匂いすんな」とコッヘルの蓋を開けて僕が炊いた炊き込みご飯の具合を確認した。
いい感じに炊けていたらしく「ありがとな」って言うように僕の頭をくしゃりと撫でてくれた。
もっと褒めてー、と春日部に纏わり付くと「火ぃ使ってっからはしゃぐなって」と注意された。
つれない。
でも、つれない態度の春日部も好き。
僕がどこかに行っちゃうんじゃないか、って不安な顔をした春日部にはキュンとしたけど、ちょっとつれない態度なのも春日部らしくて安心感がある。
まぁ、どんな春日部でも無条件に好き、って話なんだけど。
やや潔癖性の春日部は足をウエットティッシュで念入りに拭いて靴を履き、手を洗って歯磨きをした後、すぐに調理に取りかかってくれた。
豚肉を焼き調味料を入れ、フライパンの上に直接生姜を摺りおろしていく。
生姜は皮ごとおろし金で摺りおろし最後にフライパンに投入するのが春日部の拘り、と言うか好みらしい。
胃を刺激する豚の脂の濃厚な香りと、ピリッと辛い、でも爽やかな香りが混じり口の中が過剰な水分で潤った。
「よし、できた」と春日部はフライパンをそのままアウトドアテーブルの真ん中に置かれた鍋敷き(ただの板)の上に置いた。
このダイナミックな感じがキャンプっぽくて堪らない。
テーブルの上に置いているオイルランタンの光を浴びているせいか、いつもより豚肉がつやつやと輝いて見える。
ものすごく美味しそう。
誕生日ディナーは豚肉のしょうが焼きと、炊き込みご飯、それと骨付きフランクフルトを焚き火で炙ったもの。
缶ビールで乾杯をする。
カツッとアルミ缶をぶつけ合って「誕生日おめでとう」と「ありがとう」それと「いただきます」を交わしてからビールを一口。
クーラーボックスの中に保冷剤と一緒に保管してあったビールは喉を冷やしながら食道を通っていく。
空きっ腹には刺激が強いが、それが心地いい。
季節を問わず冷たいビールは正義だ。
しかし本命はしょうが焼きだ。
すかさず口に放り込むと、ふほはっ、と変な息を漏らしてしまうほど熱かった。
それでも歯を立て噛み千切ると、甘辛い味付けと豚の脂がじゅわりと染み出てきた。
これこれ!と叫びたくなるくらい美味しい春日部のしょうが焼き。
咀嚼中だから口は開けられないが、早く美味しい!と伝えたくて春日部を見て何度も頷いた。
「ふはっ。……ホントお前って、俺の飯食うとすげぇ幸せそうな面するよなぁ。」
春日部にそう言って笑われたけど、実際幸せなんだから仕方ない。
以前、僕は『誕生日には毎年春日部のしょうが焼きを食べたい』と春日部に言った。
その時はセックスはしてたけどまだ親友っていう関係だった。
だから、毎年誕生日には…っていう希望は、ただの夢物語のようなものだった。
何言ってんだよ、って断られること前提だったのに春日部は『まぁ、いいけど』って言ってくれた。
安請け合いした春日部を嬉しく思いつつも、守られない約束かもしれないと当時は少しだけ寂しく思ったりもした。
その時の僕に教えてあげたい。
まだまだオマエは春日部を知らないんだ、って。
春日部は僕を傷付けるような人間じゃないし、守れない約束をする男でもない。
重ねた時間が長くなって知れば知るほど好きになる。
だから多分、未来の僕は今の僕に優越感たっぷりの顔で言うんじゃないかと思う。
『僕の春日部はサイコーだよ』って。
そういう未来が来るってことを、22歳になったばかりの僕は信じてる。
高原の夜は冷える。
けれどまだ寝るのは勿体ないから、焚き火台の近くに椅子二脚くっつけるように移動し、もう少し語らうことにした。
春日部が作ってくれた『お手軽アヒージョ』をつまみに今度はホットワインを飲んだ。
缶詰の牡蠣のオイル漬けにマッシュルームとチューブ入りのニンニクを入れ火にかけたものは、ワインがよく進む。
ささやかな虫の声と薪が爆ぜるパチパチという音は心が休まる。
僕たち以外の人の声は聞こえない。
キャンプ場には他に2グループほどいるが、それぞれ離れた場所に居る為、互いの生活音や声はほとんど耳に入ってこない。
スマホもバッグに入れたままだし何にも追われない、二人っきりの贅沢な時間。
最近見たニュースの話、クセの強い教授のモノマネ、足の形がエジプト型かギリシャ型かなんて見比べて、堀田が以前牡蠣にあたった話、それらを語らいながら過ごした。
そして、ぽつりぽつりと続いていた会話が完全に途切れた。
焚き火台の火はだいぶ小さくなっている。
時計を見ると、もう少しで日付が変わりそうだ。
そろそろ寝るか、と春日部は言い後片付けをしようと椅子から腰を浮かせた。
僕はちょっと待ってと春日部に言って椅子に座り直してもらう。
僕は今日中に言っておかなければならないことがあった。
「ねぇ、去年、僕の誕生日の夜、春日部に言ったこと覚えてる?」
「……ああ。覚えてる。」
僕は春日部に『ずっと一生僕の親友でいて』と言った。
春日部の心の一番近いところに居たいって思ったから。
「あの時、ずっと親友でいたい、って春日部に言ったよね。」
「ああ。あれはだいぶハズかったけど、すげぇ嬉しかった。」
「そっか、ありがと。……でも、ちゃんと訂正しとかないと、ダメだと思って。」
「ん。……言って、くれんのか?」
春日部は後片付けをする為に手に取ったシェラカップを地面に置くと、横にいる僕の手を握って包み込んだ。
そして、ちょっと恥ずかしそうに、でも期待を込めた顔で僕を見た。
否定的な答えなんて返ってこないことは分かってるのにドキドキしてしまう。
観覧車でプロポーズしてくれた時の春日部の心境を思うと尊敬してしまう。
「……春日部は何があっても、ずっと僕の最愛の人です。僕も春日部の最愛でいられるように精進します。だから、一生親友、改め、生涯のパートナーでお願いします。」
手を握りあったまま頭を下げると、コツン、と登頂部に春日部の額が軽くぶつけられた。
頭をくっつけたまま「精進ってなんだよ、堅すぎ」って突っ込まれ「そのような所存でございます」と返した。
春日部は笑い出して僕もつられて笑って、無性に春日部に抱きつきたくて堪らなくなって、握られていない方の手を春日部の背中に回した。
春日部もぎゅっと腕に力を入れて僕を抱き返してくれた。
「もう二度と訂正は受け付けてやらねぇからな。」
耳元で聞こえる甘く切ない声に頭がクラクラする。返事に窮していると追い討ちが。
「あと、精進はほどほど、つーか、しなくてもいいから。これ以上町屋に惚れちまったら俺がやべぇから。」
「く、……春日部ッ!!」
秋の夜長は終わらず。
僕たちは誕生日ケーキよりも甘い言葉を吐き合い、閉ざされたテントの中で濃密に絡み合った。
★
今度の年末年始は、前回僕がバイトした温泉旅館で春日部と泊まり込みのバイトをして過ごした。
それぞれベテランの従業員と組んで仕事をしたから、あまり一緒にはいられなかったが、休憩時間が合えば一緒の布団で仮眠を取った。
寝るために用意してもらっていた部屋は従業員用のアパートで、一部屋しか空きがなく友達同士なら構わないだろうと春日部とは同室になった。
しかしバイト期間中はセックスはおあずけだった。
部屋は個室ではあるが壁が薄く、頻繁にシーツも替えられない。
一緒の布団で体を寄せ合えばムラムラして辛いが、我慢。
それでもくっついていたかった。
性欲的にも体力的にもキツイバイトが終わり、最終日に手渡しされたバイト代を手にして真っ先に行った場所はラブホ……ではなくジュエリーショップだった。
――僕たち二人の結婚指輪を作りたいんです。
そう言った時の店員の顔と言ったら…。
しかし客商売。
唖然とした顔をすぐに引っ込めて営業スマイルで指のサイズを計り、指輪の種類、指輪の内側に刻む文字等の相談に乗ってくれた。
どこからどう見ても結婚指輪というフォルムでさえあれば意匠に拘りの無い春日部が選んだのは、とてもシンプルなプラチナリングだった。
僕もそれがいいと思っていたから、指輪選びはすぐに済んだ。
あとは指輪に刻む文字。
"Forever love"だとか結婚記念日だとか、あまり長い文字数でなければ自由に文字を入れていいらしい。
相談の結果、互いの名前を彫ってもらうことにした。
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