【本編完結済】ヤリチンノンケをメス堕ちさせてみた

さかい 濱

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真相

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    春日部を紹介できるような家族が、僕にもいたら良かったのに。

    春日部の実家に行ってから、僕は前よりも強くそう思うようになっていた。

    でも誰もいないんだよな……と諦めていたが、たった一人居たことをある日の買い物の最中に思い出した。
    デパートの売り場に並ぶランドセル。
    販売時期のピークは過ぎたのか、ひっそりと並べられたそれを眺めていると、ある人の顔が浮かんだ。

    父方の祖母。

『ともちゃんの好きな色にしていいのよ』

    僕が通った私立の小学校には指定のランドセルは無く、ランドセルの色は公立と同様自由だった。
    しかし僕は、黒や紺、茶色など『真斎藤家の子息』から外れない色を選ぶべきだと子供ながらに思っていた。
    実際母は黒色をオーダーしようとしていた。『それでいいわよね』と決定事項を告げられていたから。
    だから、祖母の言葉に驚いた記憶がある。

    手を引かれて、初めてのデパートに訪れた思い出は、皮の光沢が鮮やかな青色と共に蘇った。

    残念ながらランドセルを用意してくれた祖母に実際にそれを背負い小学校に通う姿は見せることは叶わなかった。
    あまり多くを記憶していないが、思い出の中の祖母は朗らかに笑っていて、僕にも優しかった。

    そんな祖母なら『あらまあ』と少し驚きつつも男同士で結婚してしまおうなどと思っている僕たちを歓迎してくれるのではないか。

    そんな想像をして、春日部を墓参りに誘った。


    そこでまさか祖父と遭遇することになろうとは、思ってもみなかったのだが。




    4年ぶりに生まれ故郷に訪れたが、思ったほどの感傷はやってこなかった。
    好んでは足を踏み入れないだろうと思っていた土地だが、いざ訪れてみると呆気ないほど『普通の街』だった。

    当時とは街並みが変わっていたせいだけでは無い。
    自分の居場所が『春日部の隣』にきちんと用意されている今では見える景色が違ってくるということに気付かされた。


    開発され変わりゆく街並みの中に、数百年前から変わらない佇まいを見せつける寺。
    そこに祖母は眠っている。

    祖父は長男で真斎藤家の先祖代々の墓も管理していたが、祖母が亡くなった時、祖父は新しく墓を建てた。
    祖父は祖母の家の宗派で祖母を弔うことにしたようだ。
    それがどういう意味を持つのか僕には分からない。
    何か確執があったのかもしれないが、僕自身が確執だらけなのだから、祖父母にも何かがあってもおかしくはない。

    そういう家だ、真斎藤は。

    そういった意味では父と母も犠牲者だ。

    ――全く同情はしないが。

    父は愛する人とは結ばれず、母は独身時代の夢を諦めた。

    きっと腹の中では真斎藤を憎んでいたはず。
    憎しみと過大なる権力による恩恵を天秤にかける日々は、あの日、僕が陥れられた日に崩壊した。





    少し離れた場所に春日部を待たせ、僕は祖母の墓前で祖父と対峙していた。


    真斎藤家と関わることで春日部との平和な毎日が崩れてしまうことが何よりも恐かった。だから祖父と春日部が顔を合わせてしまったのを見て、逃げるようにあの場を去った。

    しかし、春日部から『本当にこのままでいいのか』と問われ、心が動いた。

    昔のままの僕では無いことを祖父に突きつけなくてはいけない。

    逃げるのではなく、正面から僕が春日部を守るんだ。


「お祖父様、少しだけお時間をいただけますか?」
「……話せ。」

    男同士のキスシーンを見せられた直後であるにも関わらず、祖父は低く落ち着いた声で僕に答えた。


    祖父は厳格な人だ。
    誰に対しても、

    僕が絶縁される前まで、年に4、5回ほど祖父とは会う機会があった。

    両親は義務のように祖父宅へと僕を連れて行った。

    僕は祖父の前ではいつも萎縮していた。
    子どもの頃は難しい顔をしている祖父が単純に恐ろしかったし、ある程度年を重ねてからも畏怖の念は抱いていた。
    それに、余計なことは喋るなと両親からの無言の圧力も受けていた。

    祖父から、ある程度の期待はかけられているのは感じていた。
    それがプレッシャーになっていて、会うのが億劫になっていた。
    それでも、祖父から『男色など気持ちの悪い孫だ』と言われた時にはショックを受けた。

    言い捨てられたあの時、両親のどちらか(もしくは両方)が僕の冤罪に関わっているのではないかと思い至った時よりも、ショックを受けた。
    期待をかけられてプレッシャーに思う一方で、僕に期待しない両親よりも祖父のことを身近に思っていたからなのかもしれない。我ながら複雑な深層心理だ。


「……しかし、随分と安物を着ているのだな。」

    過去を思い出し、なんと切り出すべきかと迷っていたら、祖父は僕の着ているスーツを下から上に眺めてそんなことを言ってきた。

    就活用のセミオーダースーツが祖父にとって安物に見えるのは当たり前だが、こんな会話をわざわざ今持ち出してくるとは思わなかった。

    若干戸惑ったが、返事はすんなりと出来た。

「僕は普通の大学生ですから。これで十分なんです。このスーツで就職活動をして、無事就職先も決まりました。」
「そうか。」
「はい。」

    会話は途切れた。
    祖母が生きていた頃は、こんな張り詰めた空気の中から僕を連れ出してくれた。
    ちらりと墓石に視線を移す。
    釣られるように祖父もそちらに目を移した。

    僕は祖母と後ろにいる春日部に勇気をもらい、言わなければならないこと、――過去に言っておくべきことだったことを口にした。

「4年前のことですが。……僕は、誰かを手に入れるために、暴力などという手段を絶対に取ったりはしません。」

    祖父からの返答は簡潔。

「証拠は出せるのか。」

    視線も墓石に注がれたままだ。

「……ありません。ですが、僕はお祖父様も知っての通りゲイです。そして、好きになる相手はノンケ……普通に女性を好きな男性です。そういった人が僕という男に堕ちていく様を好ましく思うんです。技術で体も心も蕩けさせたい僕が、あんなおぞましい一方通行の行為をして、さらにそれで関係の継続を求めるなんてこと、絶対にしないんです。考えたこともないです。昔も、今も。」

    祖父は僕を見た。
    僅かに眉が上がり、珍しい表情をしている。

    自分は何を聞かされているんだ、という顔。

    僕だって祖父に何を言ってしまっているのか、と思う。
    時間が経って冷静になった僕はこのことを恥ずかしく思うだろうが、仕方ない。
    ツケを払わされているのだから。

『真斎藤 朝晴』ならそんな手段は取らないだろう、と、思ってもらえる努力をしてこなかったツケ。

    公共の場で、しかも妻の墓石の前で縁を切ったはずの孫から赤裸々な性嗜好を聞かされるなど、祖父にとっても悪夢だろう。

    しかし、ツケは僕だけが払うものじゃない。祖父にも払ってもらいたい。だから我慢してほしい。

「今、僕には愛する人がいます。さっき顔を合わせましたよね? 彼です。彼は生涯を誓えるほどの相手です。結婚したいと思っていて、だからお祖母様にも報告に来ました。……その愛する人にも誓って言えます。僕は性暴力などという行為を絶対にしていません。」
「……今、それを言う目的はなんだ。」
「けじめです。今さらですが、お祖母様の前でちゃんと言うべきかと。僕の愛する人も背中を押してくれましたし。」
「私は、ついでか。」

    そう言いながら墓石にまた視線を移した祖父。
    少しだけ目元が緩んで見える気がするが、気のせいかもしれない。

「……お祖父様の望むような人間になれず、申し訳ありませんでした。」

    僕が頭を下げると、祖父は『もういい』と言うように片手を挙げた。

「冤罪は証明されている。お前が真斎藤を捨てた後も調査は続行していた。お前がいなくなって気を抜いたのか、割りとすぐに尻尾を出した。」

    驚いて顔を上げると、祖父はちらりと自身の腕時計を見てやや早口に話し始めた。

「お前に襲われたと言ったあの男はもう居ない。」
「……え、まさか。」
「日本には、という意味だ。すべてを吐く代わりに生存権は認めている。……首謀者が誰だったかを知りたいか?」

    返事が出来ずにいると、祖父は一つため息を吐いた。

「其奴も今は日本にはいない。B国に配属した。お前を陥れてまで欲しかった地位を手に入れて満足だろう。」

    『手に入れた地位』ということは首謀者は腹違いの兄だったようだ。
    そこに驚きは無い。
    やはりそうだったか、と思った。

    しかし、B国に配属とは。
    B国は鉄鉱石の輸入先だ。
    治安もインフラも最悪で、近くの海域には海賊も出る。
    『死の配属先』と呼ばれている場所。
    確かにそこで鍛え上げられれば、成り上がることも可能だろう。
    耐えられれば、の話だが。


    首謀者が義理の兄なら、共犯者は父か。

    覚悟はしていたが、その事実には少しだけ胃が重くなった。
    しかし僕の考えを先回りした祖父がそれを否定した。

「一応言っておくが、お前の両親はあの件には一切関わりはない。パソコンを盗んだのはお前の母親の愛人だった。」

    僕の知らぬ間に真相は解明されていた。

「何故、それを今になって僕に教えてくれる気になったのですか。」

    不思議だった。
    無実が証明されていることを僕に教えなかった理由は分かる。
    犯罪を犯したかどうかなど関係なく、忌み嫌うゲイであり、逃げ出した弱虫の孫などいらない。という意思。
    しかし、そうであれば、今だって黙っていた方が得策だろう。

「あれは、孫の中でお前を一番気にかけていた。」

    祖父の手が墓石に触れた。
    『あれ』という言葉が指しているのは祖母だと分かる。

    祖母が僕を気にかけてくれたのは、両親の不仲のせいもあったのだろう。

「息子夫婦に離婚をさせてやるべきだ、そしてお前をうちで引き取るべきだと何度かあれに言われたことがあった。だが、私は聞き入れなかった。真斎藤家は代々そうやって血を繋いできたのだから、と。しかし、実際のところは政略結婚でも幸せになれることを、あれに否定されたようで悔しさもあってはね除けた。……だから、4年前のことは私にも責任がある。……申し訳ないが、時間切れだ。外せない会議がある。まだ何か言いたいことはあるか?」

    僕が問いかけた『何故、それを今になって僕に教えてくれる気になったのか』その明確な答えは無かったが、僕を切り捨てた理由が祖父の贖罪であるならば、一つの結論が出る。

    祖父は逃げたがっていた僕を自由にする為に、真斎藤から僕を弾き出した…?

    そんな、まさか。


    何も言えないでいると、祖父の視線は僕の背後に移った。

「後ろの君は、何か言いたそうだな。」

    振り返ると春日部がいた。
    腕を組み、少し不機嫌そうな顔をしている。

    待っていてほしいと言ったのに、来てしまっていたようだ。
    一体いつから。

「話はなんとなく分かったけどよ、町屋に気持ち悪い、とまでは言う必要、無かったんじゃね?」

    話まで聞かれてしまっていたようだ。

    忌憚の無い春日部の言葉にぎょっとするが、それを祖父は不快には思わなかったようで、一歩春日部の方へ近づいた。

「あの発言は必要だった。」
「じゃあ、なんで必要だったかをちゃんと町屋に言ってやれよ。」

    祖父は僕を見ると、少し目を細めた。微妙な表情の変化だが、笑っているようで悲しんでいるような、そんな表情だ。

「私は4年前から、この日にここに来ることにしている。朝晴は幸せなのだろうかと、あれと話をする為だ。……これで勘弁してもらいたい。」

    勘弁してもらいたい、その言葉だけは春日部に向けられた。
    春日部は少し納得がいかない顔はしていたが「はい」と返事をした。

    そこで本当に時間切れとなった。
    祖父の秘書が迎えにきた。


「春日部君、礼を言わせてほしい。」

    教えていないはずの名前を言って祖父は去っていった。
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