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緣
しおりを挟む僕の頭の中では、春日部に言われた色々なバージョンの『大丈夫』が木霊していた。
『大丈夫だからな?』
『大丈夫だって』
『心配すんな、大丈夫だから』
本当に、大丈夫、だった?
僕が呆けている一方で話は続いていた。
「え、じゃあオレ、町屋くんと兄弟になんの!?」
興奮気味に叫んだ幸君に、優しく奏君が答えた。
「違うよ、幸。今話してる養子縁組は兄さんと町屋さんが親子になる手続きのことだから。」
「ええー、町屋くんがオレの弟になるんじゃないのかよ! ちぇー。」
「何で弟なんだよ。例えば兄弟になったとしてもお前が末っ子なのは変わんねぇよ。ったくバカだな。」
春日部が突っ込みを入れる。
バカ、は間違いなく悪口だが、どこか温かみを感じる。
「うるせーよ! アホモ兄貴にはバカって言われたくねーから。」
「あぁ? まだ言いやがるか!」
「アホなのは間違いないし、町屋くんに対してだけでもホモなんだからアホモだろ!」
「よぉし、徹底的にやってやる。表に出ろ、クソガキ。」
「ぼーりょく人間!」
「もう、やめなよ、二人とも。町屋さんに呆れられたらどうするの。」
春日部は、僕の名前を奏君から出されて言い合いを止めた。
そしてばつが悪そうに眉を下げ僕の方を向いた。
「呆れちまったか?」
悪さをして叱られた時の犬のような表情。
その後ろには全く同じ表情の幸君もこちらを見ている。
春日部と幸君の顔の作りはあまり、というか全然似ていない。でも、表情が同じでどこからどう見ても兄弟だった。
僕が「そんなことない」と首を振ると、二人はホッとして今度は控えめにだが、また言い合いを始めた。
奏君と視線が合うと、やれやれといった感じで苦笑いをされた。僕も笑顔を返す。
本当に仲が良くて羨ましい。
ケンカというよりはじゃれ合いに近い。
幸君は春日部に構ってもらいたくて、春日部はなんだかんだ言って幸君が可愛い。まるでお約束のようにパターンの決まった遊戯。誰かが止めてくれるっていう安心感もあって、二人は安心してケンカをしてる。
ぼんやりと想像してしまう。
もし僕が春日部家の本物の兄弟だったなら、なんて。
僕は奏君と一緒に、騒ぐ春日部と幸君を宥めるのだろうか、それとも一緒になってケンカする?それでお母さんに怒られてお父さんに心配そうな顔をされて、お祖父さんに豪快に笑われる?
毎日騒がしくて、孤独なんて感じる暇もなくて、ここが『帰る場所』だなんて、わざわざ確認するまでもなくて。
想像すると胸が温かくなって、目頭は熱くなってくる。
この家族の一員になれたなら。
お母さんは『結婚するなら養子縁組するんでしょ?』と言ってくれた。
僕を家族として受け入れてくれるという意思を見せてくれたということ。
願ってもないことを提案してもらっている。
今すぐにでも春日部の籍に入りたい。
――それなのに、今の僕ではそれは難しい。
「あの、すみません、お母さん。……養子縁組のお話なんですけど。」
騒ぐ春日部たちに負けないように声を張ると、僕の声に驚き、場がシンと静まった。
お母さんは「うん」と相槌を打って、僕を見つめた。
全員からの視線も感じる。
隣にいる春日部からは息を飲んだ音も聞こえた。
「凄く、凄く嬉しい話で、正直、そこまで許して貰えるなんて思ってなくて、感動しています。……でも、すみません。僕の家族関係は複雑で、春日部、……京さんとの養子縁組はちょっと難しいんです。」
僕は頭を下げた。
膝に置いた手が悔しさで震えそうになった。それをぎゅっと固く握り込むことで抑える。
僕は遠い親戚と養子縁組をしている。
新たに縁組みをするには、町屋家と養子縁組の解消を行わなければならない。
町屋家の義両親は真斎藤の許可がなければ了承しないだろう。となれば申し立てをするしかないが、どんな妨害があるか分からない。
春日部を僕の籍に入れることも容易ではない。
いくら縁を切ったと言えど、僕は真斎藤の血を継ぐ者。
遺産等、すべての権利を放棄する約束はしたものの、法的には必ずしもそうではない。
もし僕に何かあった場合、春日部を真斎藤家のゴタゴタに巻き込みたくはない。
僕は春日部と戸籍上で繋がることは出来ない。
今のままでは。
「顔上げろよ、町屋。」
声がした直後に隣から手が伸びてきて、僕の握りこぶしを包み込んだ。
春日部の手が触れ、僕の手から力が抜けていった。
頭を上げて隣を見るといつもの優しい笑顔。
「俺こそ、ごめんな。お前の立場に立って考えりゃすぐ分かることだよな。俺が家族にそこまでちゃんと説明できてなかった。お前に言わせちまって、悪かった。」
「……春日部。」
「それに俺は別に戸籍には拘らねぇよ。結婚してるんだってこと、お互いがちゃんと分かってるだけで十分だから。……母ちゃんも、みんなもそれでいいよな?」
「そうね」とお母さん。
「久々に家族が増えるな」とお父さん。
「いいんじゃね」と幸君。
「うん」と奏君。
「確かに、戸籍なんて関係ないからな」とお祖父さん。
全員、笑顔だった。
みんなの優しさに涙が出そうになった。涙目の僕を見て春日部は頭をくしゃりと撫でてくれた。
それから、お祝い、ということで夕食を一緒に食べることに決まった。
買い出しに出掛けることになり、僕と春日部とお爺さんの三人で家を出た。
ちなみに弟君たち、特に幸君は一緒に行きたがったが、お母さんに受験生なのだから勉強をしていなさい、と止められていた。
運転はお祖父さんがしてくれると言うので、お祖父さん所有の7人乗りのSUVに乗り込んだ。
助手席は僕。春日部は二列目の後部座席。
何も言ってはいないが、出発前にお祖父さんは運転免許証を僕に見せてくれた。
ゴールドだった。
高齢者ドライバーの事故率のことなどを考慮し、僕を安心させる為に見せてくれたのだろう。
おいくつなのかと、生年月日の欄を見て驚いた。
今年で61歳だった。
「若い。」
思わず呟いてしまった。
見た目は確かにそれくらいに見えるが、もっと年を取っているものだと思っていた。
春日部は来年で22歳だから、若々しく見えても少なくとも70歳近くなのかと。
春日部家は早婚の家系なのか。
頭の中で計算をしていると、お祖父さんは後部座席を振り返った。
「なんだ、京、ひょっとして言ってないのか?」
「あ? 何を?」
「世界の子どもが全員俺の子だってこと、だよ。」
「変な言い方すんなよ、じいちゃん。やべぇ宗教でもやってんのかと思われんだろ。違うからな? 町屋。」
「う、うん…?」
頷いたものの、なんの話か分からない。
「えーと、俺はじいちゃんの子で、母ちゃんも奏もじいちゃんの子なんだよ。あ、血は俺しか繋がってねぇけどな。……多分。」
さらりと明かされた春日部家の家庭事情に、僕は驚かされた。
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