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春日部 37
しおりを挟む堀田の彼女のアパートからマンションまではそんなに遠くなくて、町屋の鼻歌三曲分くらいでマンションまで着いた。
町屋は上機嫌だった。
鼻歌はJ-POP。
普段町屋はそういうのはあんま聴いてねぇから珍しいなって思った。
やっぱりというか、歌詞はうろ覚えだったようで、なんかどんどん変な歌詞になってった。終いには歌詞が全部俺の名前になったのは笑った。
ハズくて擽ったくて「馬鹿だろ」って言っちまったけど、町屋は嬉しそうに「あははー」って笑ってくれた。ちきしょう。
町屋のミニライブが三曲連続ラブソングだったことに気付いて、ひょっとして俺のプロポーズが嬉しくてテンション上がったのか?って思っちまった。
さらに胸の辺りがムズムズして悶えた。
幸せの海で溺れそうになりながら、なんとか契約駐車場に着いた。
町屋がエントランスまで競争しようって言ってきたから、酔っぱらい相手に容赦なく勝利を収めさせてもらった。
二百メートルを全力疾走して、ぜーぜー言いながらエレベーターに乗って、玄関のドア開けて、完璧に二人だけの空間に辿り着いた。
町屋に冷蔵庫で冷えてるペットボトルの水を渡して、ソファーに並んで腰かけて、一息吐く。
うまそうに喉鳴らして水を飲む町屋。
横顔をじっと見てたら中身が半分くらい無くなったペットボトルを押し付けられた。
「今日の春日部は、僕の顔見過ぎじゃない?」
「ダメなのかよ?」
「全然ダメじゃないけど、なんか照れる。……じゃあ、僕も見ちゃお。」
そっからにらめっこみたいになって、本気で変顔を作ってくる町屋にしてやられた。
変な顔もすっげぇ愛おしい。
さっきまで変な形に歪んでた頬をそっと撫でる。
「……あのさ、町屋。」
「うん。」
「さっき、……観覧車で言ったことマジだからな。」
「うん。」
嬉しそうに目を細める町屋。
「結婚すんだから、指輪も買おうぜ。」
「うん。」
「実家に行って、お前のことちゃんと紹介したい。」
「……いいの? そんなことして大丈夫?」
「大丈夫だって。」
「……嬉しい。」
「新婚旅行も行くぞ。……あんま金はかけらんねぇけど。」
「うん。」
頬に添えた俺の手に、町屋は手を重ねてきた。
俺と同じくらいデカくて筋張った手は温かくて、気持ちいい。
「俺さ、絶対にお前を幸せにするから。お前が将来、堀田のこと諦めて俺にして良かったな、って思ってくれるように頑張るから。」
町屋は「うん」って頷きかけて、ハッとしたように目を見開いた。
その後、町屋の手は俺の手から離れちまった。
喪失感と違和感。
「あ、あの、僕、春日部に言わなきゃいけないことがあって……。」
なんか、焦った感じで言いづらそうにして眉を下げる町屋を見て、胸の奥がズキリと痛んだ。
これから自分も愛を囁きます、ってツラをしてねぇから。
さっきまでのうっとりしたような雰囲気は全くなくて、困ったような申し訳ないような顔して、俺の顔色を伺ってる。
何でだ?って考えた時、町屋がなんの言葉に反応したのかに思い当たっちまった。
頭ん中に、お化け屋敷の中で堀田に抱きつかれて笑ってた町屋の姿がチラついた。
まさか。
抱きつかれて触れ合って、やっぱり堀田を諦め切れないって気付いた、とか今さら言い出すワケじゃねぇよな。
一瞬、心臓が嫌な音を立てたけど、有り得ねぇことだってすぐに思い直した。
……いやいや、町屋はその後プロポーズを受けてくれたし、さっきまで上機嫌だったじゃねぇか。絶対に違うだろ。
大丈夫だ。
マジでネガティブ過ぎる。
町屋のことになるとなんで俺はすぐ不安になっちまうのか。
何を言い出すつもりか知らねぇけど、大丈夫だ。冷静になれ。
落ち着く為に深呼吸したら、別のことが頭に浮かんできた。
ひょっとして、町屋の家族のことかもしれない。
俺が家族に紹介するなんてこと言ったから、自分の家族のことも俺に言わなきゃって思ったのか。
町屋が家族と連絡とってるトコは見たことねぇし、疎遠、つーか勘当されたんじゃねぇかと俺は思ってる。だから、それを俺に話してくれようとしてるんじゃねぇか。
きっと、そうだ。
それは無理に話さなくていいし、事情があるんだろうから、俺のことは家族に紹介してくれなくても大丈夫だ。そう町屋に言ってやろうとした。
その前にもう一回深呼吸しよう。
そう思った時、町屋のちょっと厚めの赤が鮮やかな唇が『堀田』という形に動いて、深呼吸どころか息が止まった。
「堀田のこと、なんだけどさ……。」
なんだよ、堀田がどうしたんだ?って何気ない顔して返事は出来なかった。
「あ、ああ」って短い返事をすんのが精一杯。だから笑うのには失敗した。多分、引きつった酷ぇツラしてると思う。
そんな俺を見て町屋は、一層困ったような顔をしたあと、ゆっくりとソファーから降りて膝をついて正座した。
そして、綺麗に手を着いて、俺に頭を下げた。
土下座?
土下座してまで謝られる覚えなんて俺には一つもねぇ。
さっき『まさか』って思った事以外は。
その『まさか』なのか?
目の前が暗くなった。
堀田は俺の親友だ。
昔から、思ってた。
なんで女は堀田じゃなくて俺を好きになるんだ。こんないいヤツ、なかなかいねぇのに、って。
でも、町屋にだけは堀田を選んで欲しくねぇ。
「町屋、言わなくていい。」
情けねぇ声が出ちまった。
堀田は結婚すんだから、それは無理なんだ。あの女は絶対に堀田を離さねぇし、俺だって町屋をどんなことしたって離すつもりはねぇ。
だから100%無理なんだ。
俺にわざわざ言わなくていいから、諦めてくれ。
そう言いたいのに、これ以上喋ったら吐きそうで声がでなくて下唇を噛んだ。
「いや、あの、やっぱり言わないと春日部に申し訳ないし。ホントは墓まで持ってこうと思ってたんだけど……。」
町屋は更に頭を低くした。
サラサラの前髪がフローリングに広がるくらい。
「春日部、本当にごめんなさい。」
持ってるペットボトルの中の水が波打ってる。唇も震える。「いやだ」って短い単語も出なくなっちまった。
それなのに耳は正常で、町屋の声がやたらゆっくり、しかもはっきりと聞こえてきた。
「僕」
「堀田のことが」
「好き」
――嘘、だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
「だって」
「嘘ついてた」
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