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不発
しおりを挟む堀田からの突然の告白に僕たちは慌て、こちらのサプライズは不発になった。
驚かせることはおろか、堀田には信じてもらうことも出来なかった。
堀田は春日部の彼女が急遽来られなくなって僕が人数合わせの為に来て冗談を言っているのだと思い込んでる。
僕たちが必死に「ホントに付き合ってるんだ、恋人同士だ」って言っても、堀田の脇腹を引き攣らせるだけだった。
大笑いをされて「ひー、もうヤメテっ。一年分笑わせてもらった。ナイスジョーク」って腹を抱えながら親指を立てられた。
春日部が必死になればなるほど、堀田が笑ってしまって駄目だった。
確かに何百人の女の子と寝たか分からない『くそヤリチン』――"元"が付くとはいえ――が急に男の友人と付き合い出した、などと告白してきても堀田には信じられないことだろう。
それはある程度予測済みだったのだが、堀田のサプライズに動揺し、慌て、どこか嘘っぽい感じになってしまったのか説得力が無かったようだ。
最後には「ハイハイ、わかった、わかった。取り敢えず中入ろうぜ。ククク」と流される始末。
これ以上しつこく食い下がっては困惑気味なユキさんにも悪いし、結婚報告のおめでたい雰囲気をぶち壊すことにもなりそうだったので仕方なく断念した。
春日部は納得がいってなかったようだが、後日機会を見て話すことにして取り敢えず遊園地を満喫することにした。
僕と春日部のチケット代は共有の財布から支払った。
それを見た堀田にツッコミを入れられた。
「財布一緒とか、お前ら夫婦かよ。」
「夫婦じゃねぇけど、恋人だからな。」
「わははっ、その設定、まだ続けんのかよ。」
「ホントなんだってー。」
「町屋クンまで悪ノリし過ぎっ。ひょっとして何かの罰ゲーム?」
「罰ゲームじゃないし、本気なんだけどなー。……あ、これは共有の財布で、ガソリン代とか交遊費みたいなのを出すことにしてるんだ。いちいちワリカンにするの面倒だから春日部と僕で同額を入れて管理してて。」
財布を片手に話していると春日部にそれを奪われた。
「管理してんのは俺だけどな。コイツに渡すと勝手に金増やしちまうから任せらんねぇ。」
財布は春日部の尻ポケットに仕舞われた。
それにいち早く反応したのはユキさんだった。
「えっ、増えちゃうの?何それ、普通逆だよね。ふふっ。でも、共有の財布、いいかもね。あっくん、私たちも明日からそうしょっか。」
「あー、いいね。うん、そうしよう。管理はユキちゃんね。」
「いいよー、私が管理しても勝手にお金は増えないけどね。」
クスクスと笑うユキさんにデレデレと笑い返す堀田。
二人は然り気無く手を繋いでいた。
幸せそうな二人の仲に当てられ、ただでさえ暑いのに、更にここだけ気温が上がったような気がした。
園内に入り『20分待ち』と書かれた絶叫系のアトラクションの前に並びながら、堀田カップルの今後のことを色々聞いた。
妊娠はしていないこと。
十月には籍を入れる予定であること。これは多分堀田に正式な内定が出てから、ということなのだろう。だから今は婚約状態。
式はお金を貯めて新婚旅行を兼ねて海外で二人で挙げる予定であること。ちなみに御披露目パーティーはするようだ。
結婚を決めたきっかけは、一緒に住むアパートを探していたら、入居審査が通らないかもしれない物件があると気が付いたこと、らしい。
恋人同士の同棲では契約が出来ない。でも夫婦だったらOK。
恋人同士が審査が通りにくいのは別れた場合、家賃が払えない状態に陥りやすいから、らしい。夫婦よりは安易に別れられるからという理由のようだ。
恋人と夫婦では社会的信用が違う、ということ。
それで「いっそ、籍入れちゃう?」となったらしい。
と言っても軽い気持ちでは無く、いつかは結婚する相手なのだから早まっても構わないだろう、ということみたいだ。
堀田の結婚。
正直、すごく驚いた。
来年卒業とは言え、僕たちは学生で『結婚』なんてまだまだ先の出来事のように思っていたから。
特に僕なんて一生縁の無いもの――実家に居た時は政略結婚させられるんだろうなとは漠然と感じていたけど――だと思っているから尚更。
でも二人の様子を見ていると凄くお似合いだし、互いをよく思い合ってることが分かって見ていて心が温かくなった。
素直に応援したいな、とも思った。
それに、ちょっとだけ二人が羨ましくなった。
籍を入れるということは法的にも家族になるということ。
配偶者。
愛し合ってる二人の行き着く先にある、ある意味当たり前の『正しさ』。
それを行使できる二人がとても眩しくて。
僕は春日部と一生一緒にいるつもりだし、春日部もそう言ってくれてる。
それでも堀田とユキさんのことが羨ましくなってしまう僕は随分と欲張りだ。
★
春日部は意外なことに絶叫系コースターが苦手だった。
遊園地自体、中学の修学旅行以来訪れたことが無かったらしく、久々だし大丈夫だろうと乗ってみたらやっぱり苦手だったようだ。
隣で「やべっムリっ」「あ、あー、うわぁあああ」「助けて町屋ッ」と悲鳴を上げられて、僕は少し興奮したが、春日部はぐったりしていた。
なので絶叫系は、これだけにして今度はお化け屋敷に。
今度は堀田が悲鳴を上げた。
薄暗く狭い通路を、僕、堀田、ユキさん、春日部の順で縦一列で進んだ。
順番はお化け屋敷が苦手な堀田が散々悩んで決めた。
一番手も最後尾も嫌だが、彼女だけは守りたい、そんな順番。
「まっ、待って、町屋クン、早いって。」
「えー、普通だよ。あ、あそこに、何かある。」
お化け屋敷は、変に凝ったところも無い古めかしいタイプ。
堀田は入ることを初めは躊躇していたが、小学生が笑いながら出口から出てきたのを見て「これだったら」と苦手克服の為に挑んでみた。しかし、いざ入ってみるとやはり怖いらしかった。
「ヒッ、何かって、ナニっ!? ちょ、一回止まって!」
「オイ、堀田、早くしろよ。後ろの奴等に追い付かれちまうって。」
「あっくん、頑張ろ♡;」
「ユキちゃん……頑張る。」
「あれ、なんか変な音しない?」
「えっ、や、何の音っ!?駄目だっ、もう一気に走り抜けようぜ、あ、やっぱ無理だ、待って町屋クン、離れんなって。」
「あははー、擽ったいから抱きつかないでよ、堀田。」
「あ? オイッ、ふざけんな、堀田。町屋から腕離せ。」
「怖いって、無理だって。」
「一人で歩けんだろ、早く離さねぇとシメるぞ。」
「そんなこと言ったって腰抜けそうなんだって。」
「大丈夫?あっくん。ほら、私と腕組も?」
「うん。ごめん、ユキちゃん。」
「落ち着いた?」
「うん。なんとか……ありがと。情けなくてごめん。」
「ふふ。そんなことないよ。あっくん、可愛い。」
「……チッ、行くぞ町屋。」
堀田とユキさんを追い越して先頭に立った春日部は僕の手を取って歩き出した。
ふいに筋張った手に強く握られて、僕は思わずニヤけてしまう。
薄暗く、堀田とユキさんとは少し距離が離れたから僕たちの行為に気が付かない。
ありがたく二人の世界を満喫することにする。
「春日部、僕もお化け怖ーい。」
冗談を言って、体を寄せたら、
「お前は俺が守ってやるから。」
そんな返事をされて優しい笑顔を貰って、胸がキュンキュンしてしまった。
守ってもらう、なんてことを想像したことは無いが、純粋に嬉しい。
「じゃあ、僕も何かあったら春日部を守るね。ジェットコースターから落ちそうになったりした時とか。」
「……ぐ、想像させんなよ。」
春日部は空いてる方の手で僕の額を小突いた。
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