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デート、デート!
しおりを挟む「わりぃけど、今デート中だから、邪魔しないでくんねぇ。」
肩に置かれた手。近い顔の距離。ちょっと不機嫌そうな低い声。
心臓が凄い早さで動き出して、僕は女の子達と何を喋っていたかを一瞬で忘れた。
多分、女の子達もそう。
春日部の周囲5メートルは時が止まったかのように静かになってた。
「行くぞ。」
春日部の声でまた時は動き出し、女の子達は「えっ?」「えっ?」と顔を見合わせた後、悲鳴のような歓声のような声を上げた。
騒ぐ女の子達に構わず、春日部は僕の腕を引っ張り神社までの道を早足に歩いた。
背後からはまだ興奮したような声が聞こえた気がしたが、頭の中はさっきの春日部の言葉で占められていて、彼女達の声は何一つ僕には届かなかった。
春日部がこんなことを言ってくれるなんて夢みたい。けど、掴まれた腕が春日部の手の汗で濡れてるから夢じゃない。
そのまま夢心地のような状態で暫く歩いて、鳥居の前まで来たところで春日部は振り返り、僕の腕を離した。
その頃には僕のフリーズしていた口も動くようになっていて、だらしなくニヤニヤと緩んだ顔を見られてしまった。
「笑うなよ。」
春日部は僕の顔を見て不機嫌そうにしてるけど、これは恥ずかしい時にする顔だって僕は知ってる。
さっきの発言もだけど、腕を引っ張りながら男同士が歩いていたのだから注目の的だったに違いない。僕には春日部しか見えてなかったから平気だけど、春日部は相当恥ずかしかったはず。
「ごめん。」
「まだ笑ってんじゃねぇかよ。……ったく、お前が俺ほっといて長話するからだろ。」
「うん。ごめん。次からはちゃんと、彼氏と来てるからごめんね、って言うことにする。」
「……かれ、し…?」
「うん。彼氏。」
春日部はもう一度、彼氏、と小さく呟くと、ハッとしたように僕を見た。
「お前も彼氏じゃん!」
春日部が何を言いたいのかは分かる。
彼氏と対になる言葉は彼女なのに、僕も男だから『彼氏』そのモヤモヤ感が思わず口に出たのだろう。
「やっぱり、そこ気になっちゃう? じゃあ、別の言い方の方がいいかな。……ダーリン?」
「オイ、それはやめろ。普通でいいだろ。」
「普通って?」
小首を傾げて意地悪をしてみる。
「……こ、恋人?」
何で疑問形?とは思ったけど、春日部の口から出てきた「恋人」はとても甘ったるくて僕の心は満たされた。
「了解。"恋人と来てるからごめん"、だね。春日部も女の子に囲まれたらこのセリフ使ってもいいよ?」
「あ? 俺には威圧感があるから、大丈夫だ。」
「えー、ずるい。」
「ずるくはねぇよ。時間が押してっから、そろそろ行くぞ。」
「はーい。」
拝殿に着き、お賽銭を入れ二礼二拍手をして手を合わせた。
ここは学問の神様が祀られている神社。
大学を無事卒業できますように、と、管轄外だとは思うが、春日部とずっと一緒にいられますように、とも願っておく。
一礼をして隣を見ると、春日部はまだ手を合わせている。
後ろに人は並んで無かったから、ここぞとばかり春日部をじっと見つめさせてもらう。
屋外だと、色素の薄い髪の毛はより明るく見える。
ヘアサロンで染めているのだとずっと思っていたが、地毛だった。髪の根元が黒くなっていることが無いから気が付いた。
真っ黒で真っ直ぐな僕の髪の毛とは対照的で明るくて柔らかい髪の毛。
綺麗だからいつも触りたくなって、触ると春日部が気持ち良さそうな顔をするからもっと触りたくなる。
髪の毛だけじゃなく、形よい額にも触れたいし、勝ち気に上がった眉にも指を這わせたい。榛色の瞳とじっと見つめ合いたいし、スッとした鼻に僕の鼻を押し付けたい。薄目の唇にはもちろんキスして、すっきりとした顎のラインを舌で舐め回したい。男らしく出っ張った喉仏には軽く歯を立てて――
「町屋?」
「え? あ、長かったね、何お願いしてたの?」
体のことに思いを馳せる前に、春日部の祈りの時間が終わってしまったから、学問の神さまの前で不埒な妄想を垂れ流すことにならずに済んだ。
僕の質問に春日部は「あ? そんなの教えるワケねぇじゃん」と言って、来た道を戻った。
「あ、待ってよ。」
「早く来いよ。」
素っ気ない言葉とは裏腹に、恋人の距離まで近付くのをちゃんと待ってくれる春日部が好き過ぎる。
タイムスケジュール的に次はランチ。胸がいっぱいで食欲がないけど予定通りに事を進める。
洋食屋に着くと12時近くということもあり行列が出来ていた。最後尾に並ぶと、春日部はポケットからスマホを出した。画面を見て眉を寄せた後に周囲を見回していることから、Aを探しているのだろうと思われる、
――あの男に町屋の側うろつかれんの、気分わりぃから。
デートをすることが決まった日、春日部が見せてくれた独占欲は、涙が出そうなほど嬉しかった。
好きな相手に執着されていると感じるのは幸せなこと。
だから僕だって、少しはそういう気持ち、出したっていいよね?
「春日部、誰も見ないで僕だけを見てよ。……僕たちは恋人同士、なんだから。」
本人だけに聞こえるように囁いて、空いている方の手の小指を絡ませると、春日部はビックリしたように僕を見た。
でも、僕が微笑むと見開かれていた瞳は徐々に細まっていった。
僕の好きな優しい笑顔。
「しゃーねぇなぁ、お前だけ見てやるよ。……でも、それ、なんつー感情か知ってっか、町屋。」
僕の顔を覗き込む春日部は、すっごく楽しそう。
「……知らないから、教えてよ。」
僕が惚けると、春日部はスマホをポケットに仕舞い、絡まった小指を目線の高さまで持ち上げた。
まるで指切りしてるみたい。
「嫉妬、つーんだよ。彼氏クン。」
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