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春日部⑬

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「悪い、それは受け取れねぇ。もう、そういうの止めたんだ。」

    俺の目の前にいる女は、小さく折り畳んだ紙を俺に突き出した体勢のまま固まった。
    目は真ん丸に見開かれていて、こぼれ落ちそうだ。

    紙にはこの女の連絡先が書かれているはず。「やりてぇんなら連絡先書いた紙寄越せ。二回目と処女はお断り」常にそう言ってきたから。
    それをもう受け取らねぇことにした。

    必要ねぇから。



    この女、ちょっと驚き過ぎじゃね?って思った。けど、自分の今までの行いを振り返れば、謝られることも断られることも想定してねぇよな、って思ってもう一回謝っておいた。

「ごめんな。」

    女はパカッと口開けて何か言い出しそうだったけど、ちょっと待っても口パクパクさせたまんま結局何も言ってこなかったから、その場から去った。


    何回かそんなことを繰り返してたら、噂になってたらしく堀田にすげぇビックリされた。
    「お前どうしちゃったワケ!?」って。
    セックスに飽きた時期でも連絡先の紙だけは受け取ってたのに、断って、更に謝るなんて、急な友人の変化に堀田は青天の霹靂だと興奮気味だ。
    学食で、まぁまぁ目立つくらいにデカイ声で騒がれて、勘弁してくれって思った。

「うるせーよ。EDでも不治の病でもねぇって。」
「じゃあ、何かの宗教に目覚めたとか? お前を改心させる宗教、興味あるわー。」
「ちげーって。俺もいい大人だし、誰彼構わず、つーのは倫理的にやっぱり良くねぇだろ。」
「大人! 倫理! 意味調べるから誰か辞書持ってきてー!」

    うるせーよ、と思って無視してカレー食おうとしたら、町屋が来た。

「辞書?」
「あっ、町屋クン、来たっ。ちょっと、どうしたらいいか教えてくれよ。」
「どしたの?」
「春日部が変なんだよ。」
「変?」

    町屋が、俺の顔を見て小首をかしげたから、両手を上げて首を振って、そんなことねぇよ、って伝えた。

「いや、変だから。とりあえず町屋クン座って。」

    町屋はA定食の乗ったトレーをテーブルに置いて堀田の隣に座った。
    今日のA定食はアジフライ。
    こんがりキツネ色に揚がったフライはうまそうだ。夕飯は揚げ物にするか。いや、二食連続揚げ物だと町屋が胃もたれしそうだから、違うもんにしよう。今日は特別寒いから、鍋なんてどうだ。塩ちゃんこ鍋。締めはラーメンで。

    夕飯に思いを馳せてたら、友人二人は勝手に俺のことを話し始めた。


「春日部さぁ、どっか悪くしたみてーで、最近変な行動繰り返してンだけど、なんか心当たりある? 病院連れてった方がいーかな?」
「えー? 心当たりはないけど、変な行動って?」

    堀田のちょっと大袈裟な報告に町屋は「それはあり得ないね」だとか「マジでどこか悪いのかも」なんて、飯にも手ぇ付けねぇで喋り込んでて、お前までそんなに驚くのかよってちょっと傷付いた。


    紙を受け取るのを止めた理由を、さっきは大人だの倫理観だのって堀田には言ったけど、もっと単純なことだった。

    女とやりてぇって、全く思わなくなったから。

    俺が沢山の女と寝てたのは、有り余る性欲の処理。
    でも、それだけじゃなかったんだろうなって最近気付いた。
    性欲を満たす為、つー理由が99%で、残りの1%の部分で"何か"を求めてた。

    俺は渇いてた。

    性欲のすんげぇ近いトコに、"満たされない何か"がいつもあって、それを満たしたいのに満たせなくて、俺は闇雲に色んな女とセックスしてたんだと思う。

    それに何で気付いたかっつーと、今は満たされてるから。

    手っ取り早く気持ち良くなれるしやっとくか、つー適当なセックスじゃなくて、心から気持ち良くなれるセックスがあったんだなって、町屋とやってみて分かった。

    精神も安定してる気がする。
    以前だって別に不安定だったワケじゃねーけど、今は満たされてっから、生活に余裕みたいなもんが出来てる。
    それで他人の気持ちを少しは考えられるようになって、自分のことを振り返って反省した。

    いくら同意の上でも、やってることはサイテーで、もし町屋にそんな態度取られたら俺は落ち込むどころの話じゃねぇと思うから、自分を改めた。


「あのなぁ、俺はどこも悪くねぇよ。以前の俺が悪かったんだ。」

    病院の何科に俺を連れて行くべきか、まだ話し合ってる二人に向かってそう言うと、今度は「ひょっとして、二重人格!?」なんて言いやがったから、ふざけんな、って中指立てておいた。


    とにかく俺は変わる。

    その方が町屋の親友として相応しい気がするから。

    町屋の顔見てそんなこと思ってたら、町屋が何もかも見透かすような綺麗な瞳で俺を見つめてきて、心の声が聞こえたかと思ってドキッとしちまった。

「取り敢えず、春日部が謎の成長を遂げたってことでいいんじゃない?」
「うーん。やっと、ズル剥けの大人になったってことかァ。」
「あ?俺は中坊ン時からズル剥けだからな。」
「二人とも、ここ居酒屋じゃないからね?」
「あっ、最近飲んでないし飲みに行くか!大人の春日部様に奢ってもらおうぜ、町屋クン。」
「あははー、賛成。」
「オイ、ふざけんな。」

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