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春日部③
しおりを挟む堀田に彼女らしきものができた。
いつもの安居酒屋で飲もうと堀田に言われて、連絡がつかねぇ町屋抜きで取り敢えず二人で飲み始めることにした。
一杯目のジョッキをほぼ一気に飲み干して一息ついた辺りで、「実は…」と堀田に言われて、彼女の写真を見せられた。
思ったことは、二つ。
一つは、この女、処女じゃねぇんじゃね?だった。
俺はなんとなく、処女かどうかが分かる。処女を避けて寝てるから。
男といる時の態度、――余裕?みたいなので大体分かんだけど、この女は写真を見ただけでも堀田よりも一枚も二枚も上手、つー感じがする。悪い意味じゃなくて、普通に経験を積んできた女、という意味で。
年齢を聞くと25歳で、堀田のバイト先の社員らしい。
そこだけはホッとする。
もし大学関係の女なら、堀田を利用して俺に近付いてくるパターンが考えられるからだ。
今までもそういったことが何度もあって、堀田には嫌な思いをさせてきた。
嬉しそうな顔をしている友人にはとても言いづれぇけど、大事なことだと思うから「多分、この人はお前の求めてる処女じゃねぇぞ」と忠告した。
堀田は一瞬ポカンとした顔になった後、急に笑い出した。
「お前、覚えてたのかよ。何年前の話だよ。」
「……8年と1ヶ月と、えーと……今日が9月2日だから、12日前だな。」
「記憶力やべぇ。恐っ!」
恐いって何だよと睨んだけど、堀田はゲラゲラといつまでも笑ってて、話が進みそうにねぇ。
「じゃあ、お前、処女じゃなくてもいーのかよ?」
ヒーヒーと腹を抱えた堀田は、浮かんできた涙を指でこすりながら「ああ」と肯定した。
「そんなに笑うことかよ。だってお前、ずっと童貞だし、大事に守ってきたんだと思うじゃねぇか。」
「わはははっ、……ふぅ。童貞守るって、変な言い方すんなよ。ゾワッとしたじゃねーか。」
「違うのか?」
「違うって。いや、違わねぇか。」
「どっちだよ。」
「童貞と処女で、つーのは、まぁ、正直憧れがない訳じゃねーけど、考え方なんて変わるだろ?」
「でも、あんなに熱く語ってたじゃねぇか。」
「あん時のこと、思い出すのやめて!ハズイから!」
あん時、とは、堀田が『夢』を語った日のこと。
あれは中一の夏。
二人で釣りをしに行った。
防波堤に座り、一向にアタリの来ねぇ竿先を見つめながら堀田は自分の結婚観を語った。
堀田の両親はその時、不仲でギスギスしていた。父親の不倫疑惑が原因で、家庭内で喧嘩が絶えなかった。
堀田は、そんな夫婦にはなりたくねぇんだと言った。
『俺、将来結婚する時は、一生お互いだけって夫婦になりたい。童貞と処女で結婚するんだ』
それからずっと童貞のままだし、てっきりその夢を持ち続けているんだと思ってた。
「だから、思い出すのやめろって。」
「あ、ああ、わりぃ。」
「……俺、今からすんげぇハズイこと言うけど、聞くか?」
「聞かねぇよ。」
「人を好きになるって、そういうことなんだよ。」
「あ?」
「恋をしたら、今までの理想とか、どーでも良くなんの。非処女とか年上とか、そんなの全っ然、関係なくなんの。」
「そんなモン、なのか?」
「初恋もまだの、くそヤリチンにゃ分かんねぇだろーけどな。」
「うぜー。」
得意気な顔をして『恋』を語る友人はうぜぇけど、多分俺よりずっと大人なんだろう。
――恋をしたら、今までの理想とか、どうでもよくなる、か。
俺は恋に理想なんて持ってねぇ。
恋なんてのはセックスをするまでの面倒臭ぇ前準備に過ぎねぇから。俺は顔がいいから、恋なんてしなくてもセックスしたいって女は寄ってくる。
だから、堀田の言う通り、初恋もまだだけど、それに何の疑問もねぇ。
――無かった。
でも、堀田が『恋』をまるで宝物みてぇに言うから、置いていかれたようで、少し焦る。
自分にも『何もかも関係ねぇ』って思えるくらいの恋をする日が来んだろうか。
なんて、柄にもねぇこと考えてたら、町屋から「今から向かうね」ってメッセージが届いた。
堀田に彼女(仮)のことを告白されて、初めに思ったことのもう一つは町屋のことだ。
アイツ、このことを知ったらショック受けんだろうな、と。
堀田に、町屋には秘密にしようなんてことは言わねぇ。理由を聞かれたらうまい嘘が思い付かねぇから。
それに、彼女(仮)が出来たと知れば、必然的に諦めざるを得ないんだから、いい機会だ。
でも、惚気る堀田に、デートのアドバイスまでしてやる町屋を見て、黙っていられなくなっちまった。うまいこと話を逸らして、ひたすら関係ないことを話し続けた。
町屋は終始楽しそうにしてたけど、無理してんのかもしれねぇ。酒をいつもより飲んでいる気がする。それこそ、俺たちの『過ち』が始まった日よりも。
案の定、町屋は潰れた。
電車に乗るまでは、怪しいながらもなんとか大丈夫だったが、座った途端に眠り出した。
降りる駅の少し前に起こせばいいかと放っておいたけど、町屋は俺の反対側に座っていた若い女の肩に頭をもたれかけさせてた。
「すんません」と言い、町屋を起こそうとしたけど、起きねぇ。「大丈夫ですよ」と女は言うが、頬を赤く染めていることから面倒なことになりそうだと思い、仕方なしに自分の方へと町屋の頭を引き寄せた。残念そうな顔をした女に「コイツ、ゲイなんで」と言ってやりたくなった。もちろん言わなかったが。
マンションの最寄り駅まであと5つ。もう少しだけ寝かせておこうと、自分も目を瞑る。
肩に触れている頭から、シャンプーの匂いがするが、うちのもんじゃねぇ。スポーツジムに行っていたから、そこのもんなんだろう。
クスクス、クスクス。
笑い声がする。
ハッとして目を覚ませば、俺たちに視線が集まっていた。見せもんじゃねぇぞ、って思ったけど、男二人が肩を寄せ合い眠りこけてたんだから、異様な光景には違いねぇんだろう。
肩を寄せ合うどころか、町屋とは裸で抱き合うような仲だし、キスもしちまってる。
しかも二回目のキスは自分から。魔が差したつーか、ついしたくなって、よく分からねぇ感情のまま、しちまった。
それが知れたら周囲の人間からどんな目で見られんのか、考えるげんなりする。
面倒臭ぇことになんだろな、と思うのに、町屋との行為を思い出して、チンチンが膨らみそうだ。
いたたまれずに、立ち上がりドア付近に移動した。ぼんやりと窓の外を見ていると車内アナウンスが流れた。
「次は、○○駅、○○駅です。お出口は――」
電車は最寄り駅を通り過ぎていた。
眠ったのは一瞬かと思っていたけど、すっかり寝過ごしちまったようだ。
町屋を何とか起こして、次の駅で降りたけど、町屋はホームに座り込んじまった。
逆方向の電車はホームが違うし、最終一本しかなかった。
結局、最終に乗り遅れ、一駅分、大の男を背負って歩くことになった。
タクシーなんて、貧乏大学生が使っていいもんじゃねぇ。なんて意地を張らなきゃ良かった。
町屋は思ったよりずっと重かった。
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