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墓場

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    かなり酔っ払っている自覚がある。

    ジムの後だったせいで喉が渇いていたのも多少あるが、春日部の気遣いが嬉しく、気分が高揚し羽目を外してしまったのが主な理由だ。


    会計を済ませて座敷から立ち上がる時、足元が少しおぼつかなくなっていた。
    ふわふわと雲の上を歩いているような感覚だった。こんなこと初めてだ。

    歩き方がおかしかったのか「おい、大丈夫かよ」と二人に心配されたが、気分がいいだけで具合も悪くない。ただふわふわしているだけだったので「大丈夫だよ、あははー」と答えた。二人がそれに何と返事をしたのかは、覚えていない。

    駅で堀田と別れ、春日部と電車に乗った。電車は比較的空いており、座ることができた。



    やけに揺れる電車だ。

    ゆさゆさと揺れているのは心地悪いわけではないが、不安だ。この暑さでレールが曲がってしまっているんじゃないだろうかと、脱線が心配だ。
    それにやけに暑い。体から汗が吹き出ている。クーラーが壊れているのだろうか?節電か?
    にしても、コタツに入っているような暑さだ。

「あつ、い。」
「やっと起きたか、くそ酔っ払い。」

    春日部の声がやけに近くから聞こえる。骨伝導?ってくらいダイレクトに。

    目を開けると、頭頂部が見えた。無造作なくせ毛風にセットされた、色素の薄い髪の毛。

「……あれ?春日部?」
「あれ?じゃねーよ、お前。取り敢えず早く降りろ。俺だって、大の男を担いで、暑くて死にそうなんだよ。」

    僕の腕は春日部の首に巻き付いていて、足は膝裏に腕が回され、担がれている。

    おんぶをされていた。

    記憶が途切れているが、僕は多分電車で寝てしまって、起きなかったのだろう。
    仕方なく春日部がおんぶして運んでくれた、と。
    改札も、ひょっとしたら階段もおんぶしながら歩いてくれたのかと思うと、人目もあって恥ずかしかっただろうし、ひたすら申し訳ない。

「ごめん。今降りる。」

    春日部は降りやすいように腰を曲げてくれた。舌打ちをしながらだけど。

    まだ少しふわふわしているけど、歩くのは大丈夫そうだった。
    春日部の背中はシャツが張り付くほど汗で濡れていた。僕の前面も同様だ。
    自動販売機で、お茶のペットボトルを買って春日部に手渡す。春日部は黙って受け取ると縁石に腰を下ろして、お茶を一気に飲み干した。よほど喉が渇いていたのだろう。
    自分用に買ったお茶を差し出し、もう一本飲む?と聞けば、頷いたので渡した。新しくお茶を買い、僕も縁石に腰をかけて、キャップを開けた。

「ごめんね、重かったでしょ。」
「マジで、思ったより重かった。」

    お茶を飲み、人心地ついたのであろう春日部は、汗で張り付いた髪の毛をかき上げて僕を軽く睨んだ。

    色気のある仕草と表情に、言葉が詰まった。そんな僕を尻目に、春日部は不用意なことを言った。

「筋肉が付いてるからだよな。お前、意外といい体してるもんな。」
「そうかな?」
「ああ。俺、お前の体、初めて見た時マジでびっくりしてよ。」
「……あははー、何?もっと、ヒョロいかと思ってた?」
「いや、そうじゃなくて。……笑うなよ?」
「うん。」
「……マジでオッパイないのか、って思った。」
「えー、何それ。あるわけないよー、僕、オトコノコだもん。」
「そうなんだよな。お前、男だもんな。力も強いし。」

    僕は女の子になりたいわけでも、女装をしているわけでもないのだからオッパイなんてあるわけない。しかも上半身を見たのはチンポを見た後だ。だからそんなことは春日部だって分かっていた。
    それでも、認めたくなかったのだろう。完全な男相手に性欲を発散させていることを。

    以前僕は、女の子だと思って目を瞑っていればいいと春日部に言った。
    しかし今は行為の時も目も開いているし、チンポまで擦り付けられているし、それこそオッパイもない。僕を男だと認識している事は間違いない。
    それでも、春日部の口から改めて「お前、男だもんな」という言葉が出たことが嬉しかった。

「そうだよー。力がなきゃ、毎日春日部を出来ないでしょ?」
「なっ、おっ、お前なぁ!」

    嬉しかったので酔いに任せて口を滑らせてみたら、予想通り、顔を赤くして春日部は慌てた。
    可愛らしくて、カチリと僕のスイッチが入ってしまった。

    マンションまであと100メートル。けど、帰る前にちょっとだけ触れ合いたい。

「ねぇ、春日部、僕、キスしたい。」
「……は?おまっ、何だよ急にっ。」

    大丈夫。
    さっきから人は一人も通ってない。誰も見てない。でもひょっとしたら誰か見てるかも。そんな危うい状況でキスしたい。
    誰にも知られちゃいけない二人の関係を、誰かに教えてしまいたい。

    腹の底あたりがくすぐったいような、甘くて切ない疼き。慣れない感覚に操られるみたいに、らしくないことを思ってしまっている。

「だめ?」
「嫌、だ。」

    嫌、か。

    まぁ、そりゃそうかと納得して、冗談だよと言って立ち上がろうとした。しかし、伸びてきた手に顔を掴まれ戻された。

    春日部の端正な顔が近付き、唇が合わさる。

    くっついてすぐに離れた唇は、不器用に弧を描いた。

「……なんで?」
「町屋は、悲しいんだろ?」

    何が、と聞こうとして堀田のことかと理解する。


    堀田に片思いなんてしていない、春日部とセックスしたくて誤解を利用しただけ。

    それを伝えれば春日部は何て言うだろう。今なら少し怒った後に「ったくよ」と舌打ちしつつも許してくれるような気はするが、その後の関係はどうなるか分からない。

「僕は悲しくなんてないよ、大丈夫。」

    言えたのはこれが限度。

    春日部は「そうか」と言って立ち上がり、マンションの方へ歩き出した。

    しかし、数歩進んで僕が付いて来ていないことに気付くと、振り返った。

「早く来ねぇと、慰めてやんねーぞ。」


    月に照らされた春日部の微笑みは魅惑的で、僕は墓場まで持っていくものを一つ増やすことを決めた。
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