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同居
しおりを挟む親友の未来を思う気持ちを利用して、僕はまんまと春日部と共に生活できる権利を手に入れた。
こうなったからには、友人の前にセックスという文字が付くような関係になりたい。
前回のような失態は許されない。
一緒に住むことに決めてすぐの週末、堀田も加えた三人で引っ越し作業を行った。
といっても、春日部が住んでいた部屋は家具付き物件だったようで、大きい荷物は布団くらいだった。レンタカーで二往復し、半日もかからず作業は終了した。
その後、コーラとピザで軽く引っ越し祝いみたいなことをした。堀田はしきりに「やっぱり俺が住みたかった」と言っていたが、その度に春日部は眉をピクリと動かし「この部屋はお前に似合わん」とあしらっていた。
夕方になり堀田はバイトの時間が近づいたので、帰っていった。
それぞれに『くれぐれも町屋クンに迷惑かけんなよ』『春日部がこれ以上女でやらかさないように監視してやって』という言葉を残して。
賑やかな堀田がいなくなり、二人の間には微妙に緊張した空気が漂っていた。
それを払拭するように、明るく「そう言えば」と言って、春日部にキーケースを手渡した。
「ああ、スペアキーか。サンキュ。でも、こっちの小さい鍵は?」
「南京錠の鍵だよ。春日部の部屋の内側につけておいたから。」
内側、という言葉が意味することを一瞬で悟った春日部は、何度か瞬きをした後、頭を掻きながら僕から視線を逸らした。
「つーか、壁とかドアに穴開けて大丈夫なのかよ。」
「大丈夫だよ。賃貸じゃないから。ここはね、高校卒業した時、生前贈与で貰ったんだー。」
「すげぇ、さすがは金持ち。」
「あははー。」
気にした点は、おそらく壁のビス穴のことではなかったはずだが、春日部は他に何も言わなかった。
安心して暮らせることを十分に分かってもらい信頼を得て隙を突く。それが春日部を堕とす戦略だった。
僕はなるべく外出するようにした。春日部もバイトがある為、朝しか顔を合わせないこともあった。
互いの生活を尊重しつつも、部屋探しを手伝ったり、たまに食事を一緒に摂ったりなどして穏やかに生活しているうちに、春日部はすっかりこの暮らしに馴染んでいったようだった。
こうして春日部の警戒心は解け、僕たちは以前よりも仲良くなることが出来た。
ここまでくるのに3ヶ月ほどかかってしまったが、そろそろ動いてもいいのかもしれない。
テスト期間も終わり、もうすぐ夏休みだし、今なら『新しい部屋が見つからない』という負い目も加勢し、僅かな触れ合い程度なら許してもらえるという自信がある。
ちなみに何故部屋がこうも見つからないのかと言えば、僕が裏から手を回しているからだ。そのせいで住んでもいないアパート数部屋分の家賃を払うことになっているが、どうせいらない金だから問題ない。
僕は昔の名字を捨て家族と絶縁する代わりに、生前贈与と称した金を渡されている。
『気持ちの悪い男色の孫。家族の恥さらし』の僕が、この金をどんな風に使ったって誰も構いやしないだろう。
そんな風に金にものを言わせるようなやり方をしてでも春日部を引き留めたかったのは、セックスがしたいという下心だけではなかった。
僕は春日部との暮らしを気に入ってしまったのだ。
春日部の気配のある部屋は居心地が良く、朝一番に交わす「おはよう」はモチベーションを上げてくれる。
最近は部屋代の代わりにと、バイトのない時は食事を用意してくれるようになった。
三人兄弟の長男の春日部は、共働きの両親に代わり家事をしていて、料理も出来た。
完全な男料理ではあるが、それがまた美味かった。
自分が誰かと共に生活をして、それを幸福だと思う日がくるなんて思わなかった。
そんな気持ちも性欲とはまた別の話で、風呂上がりの春日部を見ればムラムラするし、夜は壁一枚挟んだ向こう側のことが気になる。
チャンスがあればものにしてやろうという気はあった。
チャンスはやってきた。
夏休みに入ってすぐに、堀田と三人でうちで飲むことになったのだが、堀田は急にバイトが入り来られなくなった。
つまみも用意していたし、じゃあ二人で飲むかということになった。
二人で飲むかと言ってきたのは春日部だ。あのことを忘れてはいないようだが、これまでの平穏な生活ですっかり安心しているのだろう。『お前は酒癖が悪いから、あんまり飲み過ぎるなよ』と自らあの日のことを持ち出してくるくらいだった。
そして――、
大学生男子が酔って話す内容なんて下ネタが7割。9割と言わないのは就職の(以下略)。
「ぶっちゃけさ、男とのセックスの何がいいワケ?女とやりてぇって思わねぇのか?」
このリビングでTシャツとハーフパンツの部屋着で寛ぐ春日部はもはや見慣れた情景となっている。
「女の子とやりたいとは思わないかな。男の何がいいって言われても……僕、女の子としたことないし比べようがないよ。」
「童貞のままでいいのかよ。高校ん時とか、女子に大分モテただろ?」
童貞ではない。女の子のマンコに入れなきゃ童貞という意味ならそうなんだろうけど、春日部は違う意味で言っているように思う。
僕が『ネコ』なんだという決めつけが春日部の中で出来ている。多分中性的な顔のせいだろう。
僕はそれを敢えて否定しない。
この場で、実は…なんて告白すれば、警戒心がぶり返してしまうかもしれないから。
「モテた、のかな?告白はそこまでされなかったと思う。高校の時は年に10回くらい?女の子の友達はいっぱいいたから、女子扱いだったんじゃないかな?」
「その見た目で年に10回は少ねぇな。」
「そうなのかな?」
堀田が聞いたら間違いなくイケメン税を徴収されそうな話だ。
「男からも告白はされたりしたのか?」
「あー、うん。何回か。でも僕、同級生とか近い人とはそういった関係にならないようにしてるから。」
言った後に『しまった』と思った。僕の好きな人は堀田ということになっているのに。設定が破綻している。
しかし、春日部はそうは思わなかったようだ。
そんな自己ルールを崩してしまうくらいに堀田のことが好きなのだと解釈したようだ。
春日部は、あー、と言って自分の頭をくしゃりと掻いた。
「……キツイ、か?堀田を諦めんのは。」
この後のことを想定し、慎重に言葉を選ぶ。
「キツイ、って言ったら何かしてくれるの?」
「俺に、出来ることなら。」
「……春日部にしてもらいたいことなんて何もないよ。」
春日部は『そうか』と言って眉を下げ申し訳無さそうな顔をした。
堀田を諦めろと言ったことで、友人が苦しんでいる。しかし自分には何もしてやれることはない。
胸が痛いのだろう。
春日部は実は情に厚い男だった。
友人。――気恥ずかしい言い方をすれば親友、になってしまえば、驚くほど無防備に心に入ってこようとする。
堀田に対してもそうだ。ちょっとそれが分かりづらいのは、付き合いが長く口調が荒くなっているからだろう。
おそらく『処女に手を出さない』というルールも堀田の為。堀田の理想とする『童貞と処女で付き合い、そのまま結婚』の為に、処女とはやらない。堀田の相手を取ってしまう可能性があるから。
そんな奴が罪悪感でいっぱいの顔で僕を見ている。
「ごめん、意地悪な言い方しちゃった。」
「いや……。」
「あ、一つだけお願いしたいことがあった。」
「何だ?」
「……一分だけ、抱き締めてもいい?ちょっとだけ堀田の代わり、してほしいんだ。」
罪悪感を持たせた後に、ハードルが低い(と思わせるような)お願いをする。
男女の駆け引きを放棄し続けた男は、常套手段に引っ掛かりあっさりと頷いた。
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