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黒龍編
26.
しおりを挟む「入るよ、ヨト」
襖が開き、片手にランプを携えたルハオがヨトの部屋へと入る。
真っ暗な部屋で蹲る姿を確認すると静かに横に座り、その小さな体を慰めように優しく頭を撫でた。
ルハオは身に付けていた黒装束の胸ポケットから1枚の写真を取り出すと、顔を伏せたままのヨトにそれを差し出す。
「これ、落としてたよ。…会えたんだね『王子さま』に」
その言葉に、ピクっとヨトの体が反応を示す。
ゆっくりと体を起こすと、涙でぐちゃぐちゃの目元を腕で拭い、ルハオが差し出した写真を受け取る。
「この写真……」
それはルークと訪れたロアーナの店で、彼女がヨトへと贈った…ルークの幼い頃の写真だった。
「……大体の事情は里長から聞いたよ。…辛かったね」
その写真に写る無垢な笑顔に、止まったはずの涙がまた溢れてくる。
写真を大事そうに抱き締めるヨトの背中をルハオは優しく撫でてやると、ヨトは首を静かに横に振る。
「いえ…、ありがとう兄さん…」
「せっかくあの時の王子様に会えたのに…」
「その…あの時の王子様…、って」
真っ赤になった目を見開いて、ヨトはルハオをじっと見遣る。
(あの時カエラム王宮の私室で、俺とルーク初めて対面したはずだ。なのに、ルハオ兄さんはルークを知っている…どころか、過去に俺とルークが会っているような口ぶり…どういう事なんだ)
「あぁ、そうか。君のあの時の記憶は王子によって消されてるんだっけな」
ヨトの背中を撫でていた手を、ルハオは自分の頭に持っていき「やってしまった」と軽く頭を搔く。
「どういう事なんだ、ルハオ兄さん。俺とルークは…この任務が初対面じゃ、ない…?」
「あー、…まぁもう再会出来たんだし…時効でいいよね」
ははは…と乾いた笑いをするルハオを他所に、ヨトの頭の中にはある声が響いていた。
『ヨト…、絶対迎えに来る。もう一度会えたら、その先はずっと一緒にいよう』
(この、声…夢で何度も聞いた……)
「……っ…!!」
ヨトの脳内を凄まじい激痛が走る。
あまりの痛みに、片手で頭を抑えてその場に再び蹲った。
「ちょ、ちょっと!!?ヨト!!ねぇ、ヨト!!」
焦るルハオの声が段々と遠のいていく。
もう片方に握っていた写真が「クシャッ」と音を立てた。
(……あの声、そうだ……あの、夢で見ていた少年は、……ルーク、だ……)
━━━
瓦礫と黒煙が広がる大地に、黒髪の男児は立ち尽くしていた。
その水色の瞳が映す光景…自分の生まれた里で一体何があったのか、まだ幼い脳では理解が追いつかない。
元々身寄りがなく、里長夫婦が彼の面倒をみていてくれていた。
その夫婦も、近所の優しい皆も、何処にも見当たらない。
あの黒い龍が里に舞い降りて…ヨトは、大切なものを全て失ってしまった。
何処に行く宛てもなく疲れてしまったヨトは、近くの瓦礫にもたれかかって空虚な眼で蒼穹を見上げた。
暫くすると、人の話す声がヨトの耳に入る。
(誰か、いるのかな…?)
もしかしたら里の人間がヨトを探しにしたのかもしれない、…逆に、黒龍をこの地に放った奴らが戻って来たのかもしれない。
いづれにせよ、ヨトに立ち上がり逃げ出す気力など残っていなかった。
(俺、どうなるんだろ。…もう、どうでもいいや)
呆然と空を眺めるヨトの傍に、ひとつの影が近寄っていた。
「おい、お前大丈夫か?」
その声のする方を、ヨトは無気力な顔のままゆっくりと振り向く。
金色の綺麗な髪の毛は太陽の光を浴び、まるで宝石のような輝きが印象的な子供が、そこに立っていた。ヨトよりは少し歳上だろうか、少年はヨトを目が合うとすぐさま駆け寄って来た。
「お前、怪我は?痛いところあるか?」
煤まみれの頬を優しく撫で、心配そうにヨトの体を確認する。
「ない」
愛想の無い声でそう答えるヨトに、その少年は安堵の息をついた。
「そうか、よかった。…オレはルーク。お前名前は?」
「……ヨト」
「ヨト、か。おいでヨト。安全な場所に行こう」
ルークと名乗る少年に引っ張られ、ヨトは重い腰を上げると、その腕が引く方へと歩みを進めた。
ルークが連れてきた場所は、隣のチェイラの里だった。
どうやら彼は他国の魔術師で、黒龍召喚調査の為にこの地にやって来たのだという。
チェイラの里長に事情を話すと、彼は快くヨトの面倒を見る事を引き受けてくれた。
そうしてヨトには、里長という父親と、彼の実子であるグアンとルハオという兄弟が出来た。
その事もヨトにとっては嬉しい出来事に違いないが、それよりも彼にとってはルークという存在に出逢えたことが大きかった。
「ねぇルーク。今日もコクリューチョーサにいくの?」
「あぁそうだよ。だからヨトはチェイラで待ってて。帰ってきたら一緒にいるから」
「やだ。ルークが行くなら俺も行く」
「あのな…、嫌な思いするだけだぞ」
「ルークが一緒ならいい!1人になるの嫌だ」
「わかった…何があっても絶対守ってやる。だから傍を離れるなよ」
そう言ってルークの手を握って離さないヨトを、ルークは可愛くて仕方ないと微笑み、その手をぎゅっと握り返した。
あの日…ルークがヨトを助けた日から、2人はどんな時も一緒に居た。寝る時も、食事の時も、どこに行って何をする時もずっと手を繋いでいた。
ルークはヨトに誰よりも優しく接し、寂しくないようにと片時も傍を離れなかった。
そんなルークにヨトは次第に心を開き、それは自分でも気付かないうちに恋心へと変わっていく。
ルークも自分に引っ付いてくるヨトが可愛くて仕方なく、ヨトが笑顔になる為ならば何でもしたいと思うようになった。
2人は互いに惹かれあい、自然と無くてはならない存在へと変わっていった。
「ねぇ、ルークって王子様なの?」
「ん?そうだけど…どこで聞いたの?そんな事」
「ルハオ兄が言ってた!……ってことは、もしルークとケッコンしたら、俺お姫様になるの?」
「まぁそうだね。って、…ヨトは俺と結婚したいの?」
「うん!そうしたら、ずっとずっと一緒だよね!」
「一緒だね。じゃぁ、俺のお嫁さんになってヨト」
「うん!!……えっと、えっとね…ルーク…」
「なぁに?……っ!!」
ヨトはルークの唇に「ちゅっ」と音をたてて自分の唇を重ねた。
「…こうするのがケッコンの約束だよって、俺を育ててくれたおばさんが言ってた!」
「そ、そうなの?じゃぁ、もうこれでヨトは俺のお嫁さんになるの決まりだね。嫌だ、はナシだよ?」
「やったぁ!!ルークだいすき」
「俺も、ヨト。大好きだよ」
2人は強く抱き締めあった。
だが、時は残酷で……
3ヶ月が過ぎた頃に、黒龍調査が終了しルークはカエラム王国への帰還を余儀なくされた。
「ごめん、ヨト。今の俺だと…ヨトを連れて帰る事が出来ない……」
泣きじゃくるヨトを、ルークは強く抱き締めながら、自身も泣きそうな顔でそう告げた。
「……ルーク、いなくなるの?俺をおいていくの……」
そう言うヨトの表情は、あの日黒龍が襲った里で出会った時と同じように…絶望で彩られていた。
「……っ、……。ねぇ、ヨト…聞いて」
「……なに…」
「今の君に、この別れはつらすぎるだろ…だから俺といた記憶を消すよ。でも俺が大人になったら絶対お前を迎えに来る、約束する。そうしたらその先はずっと一緒にいよう……大好きだよ」
「…でも、俺がルークのことわすれちゃったら…せっかく会えても、俺、ルークにだれ?って言っちゃうよ?」
「それでもいい。何度でも、君に好きになってもらうから」
「……ふふ、なにそれ……。ぜったい、だよ…?俺のこと、忘れないでいてくれる?」
「当たり前だろ。こんなに大好きなヨトの事忘れられるはずがない。…だから、安心して。それまで元気にここで暮らすんだよ」
「うん、やくそくだよ。だいすき、ルーク」
「俺も大好きだよ、ヨト」
そう言ってルークがヨトの背中を撫でると、そこでヨトは意識を失った。
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