不本意にも隠密から婚約者(仮)にハイスピード出世をキメた俺は、最強執着王子に溺愛されています

鳴音 伊織

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黒龍編

18.

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目を覚ますと、窓から注ぐ眩い光が視界に広がる。
「ん……朝、か……」
ルークは気怠そうに起き上がり、隣で気持ち良さそうな寝息を立てる、世界で1番愛しい人間の頭を優しく撫でた。
明け方までこのベッドの中で官能的な姿を魅せてくれたこの可愛らしい男は…全く起きる素振りを見せない。
「…可愛い寝顔」
「……ふにゃ…」
この部屋に来たばかりの頃は、緊張した面持ちでルークがベッドに引き摺り込んでも、背を向けて小さくなって寝ていた。
だが今は…ルークの腕に抱き着き、安心した顔で寝言まで言うこの状態だ。
(今日は急ぎの仕事もない…起きるまでこの顔を眺めているか)
そう思い夜具に戻ろうとするも…ルークの所在を確認するノックの音がそれを許さなかった。

「……入れ」
足元に投げた黒いガウンを肩に掛け、ベッドの中から入室許可の言葉をかける。
「おはようございます、ルーク様。執務室でアレキサンダー様がお待ちです」
ルークが幼い頃から彼の面倒を見ているメイドのエルザが部屋に入り、深々と頭を下げた。
「こんな朝早くにか」
「…………お言葉ですがルーク様、今はもう昼前でございます」
「は?……分かった。すぐに行くと伝えてくれ」
ルークは至極煩わしそうに自分の頭を掻きながら、ため息混じりにそう告げた。
「かしこまりました」
「あぁ、待てエルザ」
「なんでございましょう?」
再びエルザは深く頭を下げて、部屋を後にしようとしたその足を、ルークの言葉が引き留める。
「今日は出掛ける。後でヨトの服も何か見繕って持ってきてやってくれ」
「ヨト様の、ですか……?」
「あぁ、ヨトが最大限可愛らしくなる服…お前なら用意出来るだろ」
そうルークが言った瞬間、エルザの眼光が鋭くなる。
「お任せ下さい。ヨト様の魅力を最大限に生かせるお召し物…このエルザが御用意してみせましょう」
「任せたぞ」
何を隠そう、いつぞやの透けた白い夜着を用意したのはこのエルザなのである。
「よし」とエルザは調子付いた様子で部屋を後にした。
億劫ながらも、ベッドから立ち上がり彼女が用意した着替えに袖を通す。
普段は後ろだけ長いジャケットのスーツスタイルにアスコットタイという装いのルークだが、今日は久しぶりの休日。美しい光沢の黒シャツとベストにスラックスという軽装を身に纏い、相変わらず幸せそうに眠る恋人の額に優しく口付け、部屋を後にした。


━━━━━━


目の前に広がるのは、崩れた家、瓦礫の山、焼けた大地
(あれ、…ここ……、夢かな…)
ヨトの目の前には、過去に見たことのある…痛ましい光景が広がっていた。
(ここは…間違いない、黒龍の襲撃を受けた…俺が生まれた里、だ…)


まばゆい程の蒼穹に、静まり返った大地。
里の人間は、恐らく全員逃げ出したのだろう。人の気配は感じられない。
幼いヨトは、どこへ行けばいいのか分からず、瓦礫の影に座っていた。
暫くすると、人の話す声がヨトの耳に入る。
(誰か、いるのかな…?)
もしかしたら里の人間がヨトを探しにしたのかもしれない、…逆に、黒龍をこの地に放った奴らが戻って来たのかもしれない。
いづれにせよ、ヨトに立ち上がり逃げ出す気力など残っていなかった。
(俺、どうなるんだろ。…もう、どうでもいいや)
呆然と空を眺めるヨトの傍に、ひとつの影が近寄っていた。
「おい、お前大丈夫か?」
その声のする方を、ヨトは無気力な顔のままゆっくりと振り向いた。
ぼやけて顔はよく見えないが、声の主は子供で…その金色の綺麗な髪の毛が太陽の光を浴び、まるで宝石のような輝きを放っていた。
(っ…………くっ……)
突如としてヨトの視界が歪み、辺りが真っ暗になる。漆黒の空間に、子供の声が響いた。

『ヨト。今の君に、この別れはつらすぎるだろ…だからここで記憶を消すよ。でも俺が大人になったら、絶対お前を迎えに来る。約束する。……大好きだよ、ヨト』

━━━

「……ぜったい、だよ……」
そう呟いた自分の声で、ヨトは目を覚ました。
「あれ…俺……」
目を擦りながら辺りを見回す。
見慣れた広いベッドに、ルークの香りが残る夜具。
いつもと変わらぬ目覚めの光景だった。
(何か、凄く懐かしい夢を見てた気がする……でも、何だっけ…思い出せない)
ゆっくりと体を起こすと、途端に腰から臀部に鈍い痛みを感じ、ヨトはその場で固まってしまった。
(そ、そそそそそ、そういえば昨日…あ、あ、あ、主と……)
彼と繋がった事を思い出し、顔が火を噴くほどに真っ赤になる。
おそるおそる自分の体を見下ろすと…一糸まとわぬその体には、真っ赤な薔薇の花弁の様な痕が所狭しと散らばっていた。更にはルークの執着を感じざるを得ない…幾つもの噛み跡が、白い肌に浮かび上がっている。
(う、腕にも…胸…は、すごい数だし……あ、足にまで……)
記憶が定かではないが、文字通り頭からつま先までの全身ルークに舐め回され噛まれた記憶が無くはない。
「あ、足の指まで噛まれてる……」
(この分だと、首と背中…お、お尻とか過ごそう……)
見えない部分を鏡で確認…する勇気はヨトにはない。

その瞬間、扉を叩く音がしてヨトの心臓は跳ね上がった。
(めめめめメイドさんかな?……どどどどうしようこの格好)
「ヨト様、お目覚めですか」
ドアの向こうからエルザの声が聞こえる。
向こうはさして気になどしないであろうが、ヨトからすれば今後暫く相手の顔がまともに見る事が出来ない、羞恥でいっぱいの事態である。
ベッドから転がり落ちて、椅子に掛けてあるルークが昨晩着用していたナイトガウンを手に取り、それに身を隠すと「どうぞ」と返事を返した。
エルザは入室すると深々と頭を下げ、手にした衣類を台の上に置く。
「おはようございますヨト様。ルーク様はアレキサンダー様と面会中…すぐ戻られます。それまでにこちらにお着替え下さいませ」
心做しか、いつもよりエルザの口角の位置が高い気がする。
「は、はい…ありがとうございます。えっと、今日は休日って、主は言っていたんですが…」
「ええ…その認識、間違いございません。ルーク様はヨト様と出掛けると申しておりましたので、それ用のお召し物を用意致しました。…私、外でお待ちしておりますが故、着替え終わったら呼んでいただけますか?最終チェックを致します」
「さささ、最終チェック……?!」
(今までそんな事、言われたこと無かったが!!!!????……え、俺、何着るの!!?)
不穏な言葉を残し、エルザは部屋を去っていった。
残された布たちをヨトはじっと見つめる。
「と、とりあえず着てみる…か?」

私室のドアが、音を立てて小さく開く。
すぐ横の綺麗な待機姿勢で立つエルザに、ヨトは声をかけた。
「着替え終わりましたか?」
「は、はい…でもこのベルト…これでいいんでしょうか…?」
ひょこっと顔だけ出したヨトに、エルザは満面の笑みを浮かべる。
「それは私にお任せ下さい」
「は……はい……」
その笑顔に、ヨトは本能的な恐怖を感じ、思わず後退りをした。
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