不本意にも隠密から婚約者(仮)にハイスピード出世をキメた俺は、最強執着王子に溺愛されています

鳴音 伊織

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出会い編

1.

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━タルスゼーレ
この世界で唯一無二の存在である、温度・角度によって7色変化する奇跡の鉱物。
カエラム王国のどこかにそれが眠っているという噂があり、研究者や冒険者が後を絶たない。
価格にして、100億は下らないと言われている。


「……ヨト」
「はい、何でしょう主」

王宮内にある、ルークの広い広い執務室。
その端に置かれた大きな執務机で業務をこなすルークは、もう何度目か分からない、大きな独り言のような会話を繰り返している。
「傍に居ろと言ったと思うが?」
ルークは手にした書類に目を通しながら、誰もいない部屋でそう呟いた。
「……?言われた通りいますが」
少し遠くの方から「何が不満なのか」と言わんばかりのヨトの声が聞こえてくる。その返答を受けるやいなやルークが手にしていた書類は音を立てながら机に放られ、その勢いのまま斜め後ろの天井付近に視線をやる。
「誰がっ……本棚のその微妙な隙間に居ろと言った!?」
天井までは、ひと1人分くらいの隙間がある高い本棚の上に…彼はいた。
「落ち着くので」
ヨトはさも当たり前かのように淡々と答える。
(なんでこの部屋…屋根裏がないんだよっ……!)
その表情とは裏腹に、彼の内心は荒れに荒れていた。
幼い頃から隠密としての修行を受けてきたヨトにとって、自分の定位置は屋根裏か…とにかく日の当たらない場所だった。
「俺は落ち着かないが」
顔はヨトに向けたまま、ルークはあからさまに「面白くない」と言った表情で机に肘を付く。
「安心してください。ここなら主に危害が及ぶような事があっても、即座に行動が出来ます」
本棚の上の狭いスペースで片膝を立てしゃがんだ姿でヨトは、ルークの気持ちなどお構い無しの、そんな事を言ってのけた。
「そういうことじゃなくて……」
ルークの綺麗な口からそれはそれは深いため息が漏れた。
全く動く気配のないヨトを見かねて彼は席を立ちドアに向かう。
その姿を確認すると、ヨトは少し焦ったように、その本棚から身を乗り出した。
「どちらに行かれるので?」
「息抜きに外に出る。お前も来るか?……タルスゼーレの手がかりでもあるかもしれんぞ」
身体は扉に向けたまま、顔だけ後ろに向けたルークの口元は「タルスゼーレ」という言葉を発すると同時にその片口角を上げる。
案の定、その言葉に反応するかのようにヨトの体があからさまに動き、それが彼が興味を示す内容である事が見て取れた。
「行きます」
「いいだろう。ただし…外でもそんな奇妙な場所に居るようなら外出の許可は出さない。」
「……?では、どこに居れば?」
「本当に分からない」といった、純粋無垢な顔でヨトは首を傾げる。そんなヨトの様子に、ルークは自身の表情筋が動くのを隠せない。
「とりあえず、俺の隣においで」
「わかりました」
目にも止まらぬ、瞬間移動でも使っているのかという速さで、ヨトがルークの隣に姿を現す。
そんなヨトの腰に、即座にルークの腕が回された。
「……!!!???」
その思ってもいなかった行動に、一瞬にしてヨトの身体は石像のようになる。
「俺が言う、傍に居ろと言うのは…ここだ。こうやって隣に居ろ」
「えっ…………」
ヨトは驚いた顔でルークを見つめる。そして、何かを考えるようにその大きな瞳を泳がせた。
「わかったか?こうやって、ずっと傍にいればいい」
ぐっ、と腰に回した腕に力を入れる。
その瞬間ヨトはハッとした表情になり、真っ直ぐにルークを見つめた。
「……もしかして、主。極度の寂しがり屋ですか?」
「……………………は?」
「いいですよ。俺で良ければ、どんどん甘えても!!!!」
「どや」とヨトはふんぞり返り、自分が出した答えが間違えてないだろうと満足気に笑ってみせた。
「……いや、あの…………」
ヨトのあまりに可愛らしい行為に、否定したくともすることが出来ず…ルークは思わず頭を抱えた。


(もしかしなくても、俺の専属隠密はちょっとアホなのかもしれない)
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