Black and White

和栗

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強くて、脆くて、愛しい、

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※少しだけ暴力的な描写があります。
ご了承いただける方のみご閲覧をお願いします。





千蔵がいない、と連絡が来たのは、千蔵のお婆さんが亡くなって4日目のことだった。
電話をかけてきたのは百子さんで、かなり取り乱していた。
「あの、いないとは・・・?」
授業と授業の合間だったので、非常階段に出て小声で話す。
『あの子、遺品整理したいっていうから、私、先に施設で待ってたの。昨日来なくて、連絡したのに繋がらなくて・・・今日も来ないのよ』
「こっちには、帰ってきてないんですが・・・あの、実は告別式の日以来、会ってないんです」
告別式に出たのは2日前だ。
通夜には焼香だけ参列して、告別式は出棺まで一緒にいた。
ありがとう、とか細く礼を言われ、それきりだった。
遺品整理や市役所、老人ホームの手続きで忙しいのかと思って連絡はしてなかったのだが、まさかいなくなるとは。
『美喜雄くん、なにか心当たりとかある?』
「・・・うーん、」
『私も思い浮かばないのよ。あの子、嫌なことがあると部屋に篭るかおばあちゃんのところに行ってたから・・・見当がつかないの』
「・・・あの、とりあえず探しはするんですが、ホームの退去の片付け大変ですよね。おれ明日休みなので、伺います」
『え?本当?いいの?じゃぁ、お願いしたいな・・・。あの子、おばあちゃん子だったから、どう消化したらいいか、わからないと思うのよ・・・。連絡が来たら、教えてね』
「分かりました」
電話を切って、ため息をつく。
今すぐにでも探しに行きたかった。
千蔵は、確かにお婆さん子だった。
会話の中に頻繁に出てくるし、家族写真もお婆さんとのものが多い。
老人ホームの費用も、千蔵が全額出していた。
迷惑をかけたくないからホームに入りたいと言われた、と泣きながらおれに話してきたのは大学を卒業したころだった。
確か、今日みたいに天気が良くて、桜が咲いていた。
絶対に嫌、とごねる千蔵をおれと百子さんとお婆さんで説得するのが大変だった。
お婆さんに会ったのは、これが初めてだった。
千蔵が渋々了承したのを見て、ありがとうと優しい笑顔で頭を撫でた姿も、おれに向き直ってこの子をよろしくねと言った力強い笑顔も、鮮明に思い出せる。
お婆さんが亡くなったと連絡が来た時、真っ先に浮かんだ表情も、それだった。
亡くなった日、夜中に千蔵と病院へ向かいおれは待合室にただただ立ち尽くしていた。
親族ではないので、立ち入ることができなかった。
日が昇って、朝日が綺麗すぎて、少しだけ涙が出た。
千蔵はどんな気持ちでいるのかと、苦しくなったのだ。
「成瀬さん」
声がかかって振り返ると、春日部がいた。
じっと、真っ直ぐ見据えてくる。
「あの、なんかあったんですか」
「・・・あぁ、いや、」
「顔色、悪いですよ」
「元々だ」
「成瀬さん、マジで顔色悪いから。なんかあったなら話くらいなら聞けます」
「・・・いや、」
「あの!おれ後輩ですけど、シロさんは和多流くんの友達じゃないすか。つまり、成瀬さんも和多流くんと友達ってことじゃないすか。で、和多流くんと付き合ってるおれはシロさんと友達です。連絡先交換しましたし、今度みんなで飲みに行こうって話してるんです」
友達、か。
なんだかピンと来なかった。それよりも、あいつを探しに行きたかった。だが、仕事もある。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなかった。
春日部を無視して仕事に戻る。
どう仕事をしたのか思い出せなかったが、いつの間にかカバンを持って外にいた。
彷徨うようにあちこち歩き回り、革靴で長距離を歩いたもんだから靴擦れができてしまった。
力尽きたように家に帰るが、誰もいなかった。
いつか帰ってくると思って待っているのと、どこかに行って行方知らずになっている状態で待つのとじゃ、天と地の差があった。
春ではあるがまだ夜は寒い。
寒がりだから、どこかで震えているんじゃないだろうか。
食事はどうしているのだろうか。誰かと一緒だろうか。
千蔵に電話をかける。留守電だった。
「・・・どこにいる。迎えにいくから、連絡をくれ」
振り絞った声は掠れていた。
無機質な機械音が延々と流れていた。


******************


「ごめんね、お休みの日に」
「いえ・・・。結構広いんですね」
「そうよ。千蔵がここじゃなきゃダメって譲らなくて。何かあればすぐに施設の人が来てくれるし、お友達と過ごせるカフェもあるし、個室だし・・・。シアタールームまであるのよ」
すごい老人ホームがあるもんだ。
一夜明け、結局、千蔵からの連絡はなかった。
留守電は聞いただろうか。
連絡をくれれば、どこにだって迎えにいくのに。
本やCDの整理をする。
演歌から洋楽まで、ジャンルは様々だった。
本もエッセイやミステリー、コメディなど、これもまたそれぞれ。
不思議だ。ついの間まで生きて手に持っていたものなのに、もう、どこにも生きている証が感じられない。
死とは、こういうものなのか。
「あの子ね、泣かなかったのよ」
「え?」
「病院に行った時も、通夜も告別式も、泣かなかったの。他に親族がいないから私と千蔵と、ホームでできたお友達と職員さんで見送ったんだけど・・・あの子だけ、ずーっとおばあちゃんを見てた」
「・・・そうですか」
「ようやく分かったのかな、もう、いないって」
「・・・」
「私、あの子にも、お母さんにも、苦労ばっかりかけて、あの子の涙まで奪って、最低よね」
「それは違います」
「あの子が生まれた時、どこからどう見ても外人の子供で、どうしてだろうってすごく泣いたの。だって、浮気も不倫もしたことないし、だから、どうしてって・・・お母さんだけだったの、びっくりしたけど可愛い子だって言ってくれたの。あの子もたくさん嫌な思いしてきて、お母さんに、よく、泣きついてて・・・」
「・・・」
「あの子と、泣きたい・・・声を上げて、泣いて、・・・なのに、どこ、行っちゃったの・・・」
「必ず連れ戻しますから、もう少し待っててください」
「・・・ごめんね、美喜雄くんも、不安だよね。あの子、勝手にいなくなることだけはしなかったから・・・どんなにグレても、ちゃんと連絡は、してくれる子だから・・・」
「・・・そうですね。だから、連絡がなくて変だと思って・・・でも、身内が亡くなったら、みんなそうなると思って、何も、しなくて・・・すみません」
「・・・美喜雄くんなら、見つけてくれそうだなって、思ったの。どこ探しても見当もつかなくて・・・」
指先が震えていた。
居ても立っても居られない。
まだホームの方から急かされていないとのことだったので、途中で切り上げて帰ることにした。
走って、探して、どこにもいなくて、心が冷たくなっていく。
見慣れたドアを開けると、驚いた顔の真喜雄が立っていた。
「え・・・ど、どうしたの」
「・・・どうしてこんな時間にいる」
「いや、もう5時だけど・・・。部活、今日は新入生のレクレーションだけで・・・あの、どうしたの?顔色悪いよ」
「なぁに?誰?うぇっ!?みっくん!?どーしたのさ、汗だくで」
愛喜がリビングから顔を覗かせた。
2人して同じような顔でおれを見つめる。
家に帰ってきたからといって、千蔵がいるわけでもないのに、何をしてるんだか。
「えー、体調悪いの?顔色悪いじゃん。どしたのよ?」
「・・・いや」
「いやいやいや!いや、じゃないでしょ!なんかあったの?」
どう説明したらいいのだろうか。
悩んで、結局、短く伝えた。
「千蔵が消えた」
「・・・えぇっ?」
「は?シロくんが消えた?どーゆーことよ。ここには来てないよ?」
「すまん、無意識に帰ってきただけだ。気にするな」
玄関を開けようとすると、力強く腕を掴まれた。
振り返ると、真喜雄が真面目な顔をしておれを見ていた。
こんなに力がついたのか、と見当違いなことで感心した。
「・・・みっくんの、無意識は・・・多分、無意識じゃないから、ちゃんと、教えて」
「何、」
「そうだよ!八方塞がりなんでしょ?どこ探してもいないんでしょ?私も真喜雄も探すから」
「・・・なぜ」
「はぁー!?なぜって、バカなの?!みっくんの友達だよ?!」
「いや、だから。それがなんでなのか、」
「みっくん!」
真喜雄が声を荒げる。愛喜もおれも驚いて、末っ子を見つめた。
「・・・おれは、みっくんが、心配」
「・・・」
「・・・シロくんも、心配だけど・・・おれは、みっくんが探して探して、でも、見つけられなくて焦ってる方が、心配・・・な。愛喜ちゃん」
「そうだよ。シロくんも心配だけど、私はみっくんが心配だよ。ねぇ、どれくらい帰ってきてないの。どんな服装で出て行ったの?髪型は?いつもと同じ?」
「・・・喪服だ。全身真っ黒だと、思う」
おれが、心配。
おれのことが?
確かに、不安で押しつぶされそうではある。
それが分かるのか?どうして。
「おれ、透吾にも聞いてみる」
「私、彼氏呼び出してそこらへん見てくるわ」
「いや、無理するな。おれが、」
「「こっちのセリフだよ!」」
2人の声が揃った。愛喜が胸ぐらを掴んでくる。
「いい?そんな顔して家にいきなり帰ってきて、よっぽどなことよ!こっちがどれだけ心配してると思ってんの!?それに、シロくんは私たちの友達でもあるのよ!いなくなったって聞いたら、探すのが普通でしょうが!」
「みっくん、なんでも1人で、やりすぎだ」
「そうよ!薄情者!少しは頼れ!バーカ!」
「・・・バーカ」
つい、真喜雄にゲンコツを落とす。
条件反射だった。
頼る、か。
一番慣れないことだった。
頼られることはたくさんあった。
だけど、頼ったことって、過去に何回あっただろうか。
おれは、苦しい時や辛い時、一体どうしているんだろう。
1人じゃ分からない。だから、ここに来たのか?
「いってぇえ・・・!」
「とりあえずここら辺探して、見つからなかったら一旦家に帰ろう」
「・・・そうだな」
「みっくん、なんでも背負いすぎだよ」
「そうか?普通だろ」
「・・・普通じゃないよ。一番しんどいくせに」
愛喜に小さく言われ、肩を叩かれた。
ドアを開けると、あら?と驚いた声を出す。
「水出くんだ」
「こんばんは。すいません、連絡取れなかったから来てみたんです」
立っていたのは水出くんだった。
サラサラの髪が風で揺れる。外は少しだけひんやりしていた。
「あ、透吾・・・ごめん。時間が・・・」
「ううん。大丈夫。3人揃ってるの、珍しいですね」
「ちょっとね、人探ししててさ」
「へぇ・・・」
「透吾、シロくん見なかったか」
「シロくん?・・・あー、白い人・・・背の高い・・・?」
会ったことがあるのか?
水出くんは少しだけ考えると、あの人かな、と呟いた。
つい、肩を掴んでしまう。
「見たのか」
「え、あ、」
「どこで」
「いや、一度しか会ったことがないから確かではないし、」
「みっくん!透吾がびっくりしてんだろ!」
我にかえり謝罪すると、水出くんは少しだけ緊張をほどいて携帯を取り出した。
「確か、昨日?かな。うん、塾の体験に行ってきた帰りに・・・真っ黒な格好なのに肌も髪も白くて、目立ってたんだ。細い人だよね」
「うん。シロくんは、細いし背が高いし白いから、合ってると思う。よく、覚えてたな」
「インパクトがあったんだよね。住宅地の中でぼんやり歩いてたから」
「住宅地?」
「はい。知り合いの葬儀とかに、いく途中だったのかなって・・・」
「・・・どっちに向かっていたか、分かるか」
「大雑把に言うと、山の方です」
山?山に、知り合いなんていたか?
北側に藤堂さんが住んでるが、山を越えなければならない程の距離じゃない。
何をしに行ったんだ。どこに行った。



おれを、置いて。



え?




「みっくん?」
愛喜が顔を覗き込んでくる。
驚くほど汗をかいていた。
なんだこれ。
「透吾、西側だよな、見たの」
「うん。そうだね。家のそばだったから」
「みっくん、もう明日にして、」
玄関を開けて、外に飛び出す。
がむしゃらに走った。
後ろから名前を呼ぶ声がしたが、無視した。
どこに行った。どうして、1人で行った。どうしておれを置いて、なんて思った。
どうしてこんなに必死に走ってるんだ。
どうしてこんなに苦しいんだ。

どうして、そばにいないんだ。
どうして、そばにいてやれない。

「成瀬さん!」
街中で名前を呼ばれて振り返る。春日部が立っていた。藤堂さんも一緒だった。
「ど、どうしたんですか?てか、足、速っ・・・」
「はぁ、はぁ、」
「成瀬さん、どうしたの。昨日涼くんに話を聞いていて、変だなって思ってたんだ。何かあったの?」
「・・・昨日、どうして、あんなこと言ったんだ」
「え?おれすか?なんか、変なこと言いました?」
「友達とか、話くらいなら聞けるとか・・・なんでだ?」
「・・・え、えぇー・・・。だって、そんなの・・・」
「成瀬さん、涼くん、心配してたよ」
「心配・・・シロをか?」
「え?なんでシロさんが出てくるんですか?おれは先輩が顔色悪いから、心配したんですよ。ここ何日もずっと元気なかったし」
「・・・そうか」
「ちょっとストップ。前後がわからないんだけど、成瀬さんが元気ないから心配だって話しだよね。どうしてシロくんが出てきたの?」
「・・・いなくなった」
「「え?」」
「多分、2日前から消えた。連絡が取れない」
春日部は目を見開いて、いきなり両腕を掴んできた。
藤堂さんもぽかんとしている。
「なんで言わないんすか!成瀬さん、大丈夫ですか!?」
「え?おれは、」
「絶対大丈夫じゃないでしょ!?なんで言わないんすか!探そう、和多流くん!」
「・・・成瀬さん、怖くなかったの?」
「怖い・・・?」
「だって、大事な人がいきなりいなくなったんでしょ?その、話してる感じでそう思っただけなんだけど・・・。でも、びっくりしたでしょ?よく1人で耐えてたね」
「・・・言う、人もいない、からな・・・」
「おれと涼くんに言えばいいじゃない。涼くんだってなんか察して声かけたんでしょ?」
「そーっすよ!変だなって思って、だから声かけてんのに、無視すんだから!いきなり恋人がいなくなったら、おれだったら耐えられないっ。絶対殴ってやるっ、成瀬さんを心配させやがって・・・!」
「まぁまぁ。とりあえず、探そうか。当てはある?」
「ない。でも、西側で見かけた人がいる。行ってみようと思う」
「車、使う?」
鍵を差し出され、迷うことなく受け取った。
藤堂さんと春日部は、飲み屋やゲイバーを探してみると言って2人で小走りに駆けて行った。
言われた駐車場に走り、車に乗り込む。
アクセルを踏んで山に向かった。
山といっても、少し高台になっているだけの小さな山だ。
小学生が遠足で行くような、小さな。
だから、すぐに見つかる。見つかるはずなんだ。
気持ちが焦ってしまう。
気温が下がっている。
風邪を引いてないか、寒くないか、ちゃんと、生きているのか。
急ブレーキを踏む。山道の途中、少しだけ展望台のような作りになっている広場に人影があった。
ブレーキ音に驚いたのか、仄暗い街灯に照らされた顔が振り返る。
紛れもなく、千蔵だった。
「え・・・美喜ちゃん?」
「こ、のっ・・・!!」
「あ、」
手を振り上げた。
殴ってやろうと思ったから。
千蔵も手で顔辺りを守っている。
振り上げた手がだらりと垂れて、冷えた頬に熱いものが滑り落ち、その動きを何度も繰り返して地面に落ちた。
手を恐る恐るどかした千蔵が目を見開いた。ようやく、きちんと顔を見られた。
「お前に、何が分かる」
「え?」
「待ち続ける側の人間の、何が分かる。先なんか見えない、またいつ入院が延びるか、手術室に入るか、倒れるかなんて、分からない状態で、それを必死に支える側の気持ちなんて、お前には分からないだろう」
「・・・美喜ちゃん?」
「帰ってこないんだ。大事な人が。玄関を開けても、部屋のドアを開けてもいないんだ。誰もいないんだ。帰ってくる保証もない。残される側の、おれの、気持ちなんか・・・!」
新しいランドセルを背負って帰っても、出迎えてくれる人なんていなかった。
サッカーの応援席にもおれの応援をしてくれる人はいなかった。
何度も救急車を呼んで、無機質な車内で大人の焦る声を聞き、目を開けない母を見た。
病院につけば父親が来たが、心はどんどん冷えていく。
死がすぐ隣にある生活。
死なせたくないと思った。
いなくならないでほしい、いなくならないでと、何度願っただろう。
千蔵と過ごしていくうちに、千蔵にも思うようになった。
無理をするなと、ちゃんと食えと、しっかり体を休めろと、何度も伝えてきた。
いなくならないでほしかったから。
置いていかないでほしかったから。
ちゃんと伝わってると思っていたのに。
「どうして置いていった」
「・・・置いていってなんか、ない、」
「どうして1人にした」
「美喜ちゃん、」
「どうしてお前は!勝手に1人で出て行ったんだ!お前に、分かるのか!?病室にも入れない、通夜だって焼香しかできなくて、告別式だっておれは、お前の背中をみることしかできなかった!待ってたんだ、ずっと!1人で!あの部屋で!」
「ごめんね、ごめん美喜ちゃん、」
「お前が帰ってこないから、悲しみ寄り添ってやることもできない!探してもどこにもいないから八方塞がりで、焦って、苦しくて、やり過ごすこともできなくて、お前がどこかで倒れてるんじゃないかって不安で押しつぶされそうで!お前には分からないだろ!?待つだけしかできないおれのことなんか!」
千蔵の長い腕が伸びてきて、抱きしめられた。
生きてた。
今ここにいて、息をしている。
それだけで安心する。
離れないようにしっかりと抱き返した。
「・・・ごめんね。怖かったよね。そうだった。美喜ちゃんは・・・強いけど、脆いんだったわ・・・」
「おれは強くない」
「・・・苦しい思いさせて、ごめんね・・・。1人で悲しみに浸ってしまって、ごめんね・・・」
「・・・お前を手放せれば、こんな感情にならなかったのに・・・。手放せなくて、苦しくなる。分かってるのに、できない」
千蔵がまじまじとおれを見て、目を潤ませた。
止めどなく涙が溢れて顔をぬらしていく。
嗚咽を漏らし、おれにまた抱きついて、小さく泣いた。
背中を撫でてやり、目を閉じる。最後の涙が真っ黒なスーツに落ちてさらに黒いシミになった。


******************



「落ち着いたか」
「ん・・・ごめん、車まで・・・これ誰の?」
「藤堂さんの車だ」
大きなファミリータイプのワゴン車は、持て余すくらい広かった。
運転席に座り、千蔵を助手席に座らせた。
エンジンをかけて車内を暖める。
「・・・美喜ちゃん」
「なんだ」
「・・・あの、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。僕、」
「お前なんか嫌いだ」
「・・・や、やだぁ・・・美喜ちゃん・・・!捨てないで、」
「嫌いだ」
「ごめんなさい、ごめん、」
「おれを蔑ろにするお前なんか、大嫌いだ」
「し、しない!してたつもりもないけど・・・!絶対絶対しない!大好きなの!本当に・・・!ごめんなさいっ。美喜ちゃんが、待っててくれると思って、ちょっと調子に乗っちゃって・・・!美喜ちゃんの気持ちにあぐらかいてました!ごめんなさい!」
「本当にそうなのか」
「え?た、ぶんそう。多分・・・」
「おれは、自分自身を蔑ろにするお前も、嫌いだ」
「・・・」
「わがままで、甘えたで、泣き虫で、言いたいことをはっきり言って、困らせて、怒らせて・・・構ってもらいたくて、愛されたがりのお前が、おれにそんなことをするのか?」
千蔵の顔が歪む。
体を震わせると、両手で顔を覆った。
「やめて、」
「お前、」
「やめてよっ。そうだよ。するの。しちゃったの。だから嫌われても仕方ないの、」
「おれを傷つけて、怒られて、呆れさせて、」
「やめてってば!!」
「悲しみをすり替えて、おれを利用して、泣いてんじゃねぇ!!」
髪の毛を掴み、顔を無理やり上げさせて窓に押しつける。
千蔵は弱々しくおれを見た。
グレーの瞳が濁っていた。
「利用するなら、抱き潰すなり殴るなりされた方がよほどマシだ。よりによっておれの感情まで使いやがって。腐ってんのかてめぇは」
「・・・そんなんじゃないもん・・・」
「うまくいかなくて残念だったな。普段使わねぇ頭を使おうとするからこうやってボロばっか出るんだろうが」
「美喜ちゃん、」
「下手なんだよ。何もかもが」
拳を作り、顔に振り下ろす。
ゴン、と骨のぶつかる音がした。
千蔵は抵抗もせずにぼんやりとおれを見て、切れた口の端から落ちる血を拭こうともしなかった。
「お前なんか、」
「・・・」
「・・・本当に、嫌いになれたらよかったのに」
「・・・美喜、」
「嫌いになれないから、ここまで来たんだけどな」
「・・・好きなの」
「あぁ」
「・・・死のうと、したの」
「あぁ」
「・・・おばあちゃんに、何もできなかったから、死んで、そばに行って、何か、何でもいいから、したかったの、」
「殺してやる」
「・・・美喜ちゃん、」
「殺してやる。死にたいなら、おれがこの手でお前を殺す。それで、おれも死ぬ」
「・・・いや、死なないで・・・」
「・・・じゃぁお前も死ぬな」
「美喜ちゃん、」
「おれはお前が思ってるよりも、お前のことが」



好きだ



言おうとして、言葉が途切れた。
千蔵の瞳から粒の大きな涙が溢れたから。
髪を掴んでいた手を離し、抱き寄せる。
「どうして、死んじゃったの」
「・・・ん」
「僕、何もしてないの。何もできてないのに、あんなに優しくしてもらったのに」
「できてる」
「何も、できてない。あんなに愛してくれたのに、」
「できてる。できてなかったら、お前は今頃ここにいない」
「美喜ちゃん、美喜ちゃん、」
「生きていて、よかった」
子供みたいに声を上げて、千蔵は目一杯泣いた。
千蔵の肩に顔を押し付け、おれも少し泣いた。
漆黒の空に無数の星が輝く、静かで、綺麗な夜だった。


******************


方々に千蔵の無事を伝えて帰宅したのは、とっくに深夜が回ったころだった。
藤堂さんは、車は次の休みに返してくれればいいとホッとした声で言ってくれ、疲れ果てた体を乗せてマンションへ戻ってきた。
愛喜も真喜雄も安心したような喜びの声を上げ、百子さんは千蔵に一言、バカ息子、と怒鳴りつけていた。
それでまた、千蔵は泣いた。
ダイニングでコーヒーを淹れるついでに、パンに適当なものを挟んで出してやる。
恐る恐る食べ始め、鼻を啜る。
「・・・美喜ちゃん、本当に、ごめんなさい・・・」
「・・・いや、おれも悪かった」
「ううん。何も悪くないよ。・・・そうだよね、美喜ちゃんは、ずっと、お母さんを見てきたんだもんね・・・」
「・・・苦労を比べるつもりじゃない。ただ、」
「分かってる。それは、分かってる。・・・怖い思い、ずっとずっと、してきたのよね・・・。不安にさせて、怖い思いさせて、1人にして、ごめんね」
「・・・忘れろ。だいぶメンヘラだった」
「そんなことないよ。素直な感情だったんだよ。・・・あのね、告別式が終わって、火葬して・・・家に、帰る途中・・・あ、死ななくちゃって、思ったの」
「・・・そうか」
「死んでおばあちゃんのところに行かなくちゃって。慌ててあそこに行ったの。でもね、柵、越えようとした時に、なんか、携帯だけ確認しなきゃって思って、見てみたら、留守電が入ってて・・・美喜ちゃんの声を聞いて、死ぬ前に待ってなくちゃって、思ったんだよね・・・」
ぺろりと平らげて、顔を上げる。
少しやつれている。
髪にも艶はないし、肌もくすんでいた。
でも、それも綺麗だった。
「・・・美喜ちゃんがきた時、いきなりね、死ぬの、怖くなったの。どうして死のうとしたんだろうって驚いて、怖くなって、美喜ちゃんの声と思いを聞いて、まだ死ねないって思って、泣いちゃったの」
「・・・」
「・・・あの、不謹慎なんだけど、いい?」
「なんだ」
「泣いてる姿、初めて見た。・・・無茶苦茶に抱いて、安心させたいって、思っちゃった。えへへ」
「馬鹿野郎だな、お前は」
「うん。・・・ありがとう、来てくれて」
「・・・あぁ」
「・・・殺してやるって言ってくれた時、少し嬉しかったけど、やっぱりダメって思った。そこまで美喜ちゃんに背負わせたくないし」
「言葉の綾だ」
「ううん、本気だったよ。ありがとう。僕なんかのために。でもね、殺さないで。まだ美喜ちゃんといたいの」
千蔵の隣に立ち頭を抱いてやる。腰に腕を巻き付け、しがみついてきた。
何度も、頭を撫でてやる。
「大好き・・・不安にさせて、ごめんね」
「・・・千蔵」
「ん・・・」
「・・・気休めかもしれないが、お前の優しさや情の深さはお婆さんから与えられたものだと思う。それをお婆さんに返すのは少し違うと思う。そんなつもりで与えてくれたんじゃないから」
「・・・うん」
「それでも何も返せなかったというなら、それは返せなかったんじゃなく、お前は別の誰かに与えていたんだとおれは思う」
「・・・ん、」
「自惚れかもしれないが、それは、おれだと思う。だから、お婆さんはおれに会ってくれたんだ。お前をよろしく頼むと、言ってくれたんだ、こんなおれに。お前、前に言ったよな。優しさを受け入れることが自分への優しさだと。お婆さんもそうだったんじゃないのか」
「・・・そ、かなぁ・・・そうかなぁ・・・!」
「きっと、そうだと思う。おれはお前から受け取ったものを、別の形で与えたいと思う。お前が喜ぶか分からないけどな」
「嬉しいよ・・・!自惚れじゃ、ないよ・・・!美喜ちゃん、大好き・・・ありがとう・・・!」
「・・・一度しか言わない」
「え・・・?」
「愛してる」
千蔵の顔が上がる。
勢いよく立ち上がると、泣きそうな顔でおれを見つめた。
つい、笑ってしまう。
「迷惑か?」
「違う、違う・・・!嬉しい・・・!こんな、僕のこと・・・ほんと、嬉しい・・・!」
「・・・風呂、できたぞ。洗ってやるからこい」
「もう、2度といなくならない。1人にしないわ」
「・・・バーカ。鼻垂れてるぞ」
頭を撫で、風呂場に押し込んだ。
丁寧に洗ってやり、温かくなった体を拭いてやる。
ドライヤーで髪をとかせば、いつものサラサラで艶のある髪に戻った。
化粧水を塗りながら、少しだけため息をついた。
眠そうに目を擦る。
「お前、どこで寝泊まりしてたんだ」
「それが、ほとんど覚えてなくて・・・今急に、眠気が・・・」
「寝ていい。運んでやる」
「・・・ねぇ」
「ん?」
「・・・四十九日も、一周忌も」
「あぁ」
「一緒に、いてくれるよね」
「・・・それは、」
「美喜ちゃんは僕の恋人だもん。いてくれるよね。おばあちゃん言ったもの。家族が増えたって」
「・・・」
「・・・嫌かな」
「そうじゃない。驚いただけだ」
「変にかしこまってほしくなくて、今まで黙ってたの」
「そうか。じゃぁ遠慮なく出席する。ありがとう」
優しく包み込むように抱きしめる。
肌を重ねているだけで気持ちがよかった。
少しすると、千蔵の体が重たくなった。
静かな寝息が聞こえてくる。
頬にキスをして、ベッドに向かった。
ようやく帰ってきた。安堵して、少しだけ涙が落ちた。



******************



「すまなかった、ずっと借りっぱなしで」
藤堂さんに車を返すのに、1週間もかかってしまった。
家じゃまずかろうと思い、近場で待ち合わせをして喫茶店に入り、あらためて謝罪した。
持参したパウンドケーキと共に鍵を返却する。
「・・・おぉ、これ、手作りでしょ?」
「口に合うといいんだが・・・」
「すごー!開けていい?」
返事をする前に、藤堂さんは包みを開けた。
切ってもいない丸々一本のパウンドケーキを手の上に乗せ、入念にチェックするように見つめる。
「これドライフルーツだよね、いっぱい入ってるの」
「あぁ」
「・・・これ、素材として撮ってもいいかな。写真で残しておきたい。ホームページ作る時とかに使っていい?」
「は?あぁ、まぁ、別に・・・素人だけど」
「いや、これ、素人レベルじゃないよ。美しいよ。帰ったら早速撮るよ。食べるのが勿体無いね」
「・・・どうも」
「あ、車は使う時言ってくれたらいつでも貸すよ」
「・・・いや、いい。遠慮しておく」
「あ、そう?・・・そうだよね。あははっ」
おれの表情がおかしかったのか、ケタケタと笑って鍵をしまう。
一応、車内を掃除しておこうと掃除機をかけていたら、助手席の下の窪みにあった箱を見つけてしまった。
もちろん開封済み。人の車にケチをつけるわけではないが、正直げんなりしてしまった。
笑っているのは確信犯なのかはたまた何も気にしてないのか、どちらも当たっているのか。
とにかくもう借りたくはなかった。
「おれ、成瀬さんと話してみたかったんだよね」
「はぁ・・・そう」
「シロくんに恋人の話は散々されてきたけど、抽象的なことしか言わなかったし、背格好とか顔立ちとかも言わなかったよ。名前も絶対に言わなかったな」
意外だった。
てっきりペラペラと喋っているものだと思っていた。
とにかく自慢したいし見せびらかしたいし褒められたいタイプなのだ、あいつは。
「これはゲイバーのママから聞いたんだけど、昔、無理やりシロくんの携帯奪って成瀬さんの写真を見た子がいたんだって。多分待受にでもしてたのかな?もー怒って怒って手がつけられなくて、店がめちゃくちゃになったんだって。で、その子はそれ以来見てないって。あはははっ。おれとそゆとこ似てるのかな。波長が合ってねー」
「・・・それ、弁償したのか」
「してたしてた。壁に飾る絵も描かされてたし。おれはいいお小遣い稼ぎさせてもらったしね。インテリアのデザイン、少し手伝ったんだ」
「・・・何してんだあいつは」
相変わらず沸点がよく分からない。
高校時代も、おれにふざけて抱きついてきた同級生をボコボコにしていたし、大学時代はよく奢ってくれる先輩を自力で見つけて脅し、おれとの関わりを強制的に遮断していた。
さすがに行き過ぎた行為だったので徹底的に無視を決め込んで反省させたが、知らないところでまだ、やっていたとは。
嫉妬深さに果てがない男だな。
「いつもさ、可愛いとか、照れ屋とか寂しがり屋とか、そういうふうに聞かされてたから、てっきり涼くんみたいなタイプの子と付き合ってるのかと思ってたんだよね。それがまさか結構強面で筋肉質の人だったんで、びっくりしたんだよね。イメージから程遠いなって」
「まぁそうだろうな。そんなふうに言われてたんじゃ」
「正直、シロくんの一方通行じゃないといいなって思った。成瀬さん、顔に出ないからね。でも、ちゃんと、シロくんのこと想ってくれてたんだね。じゃなかったら10年以上も一緒にいられないよね。勝手なこと思っててごめん」
「いや・・・自分でも自覚はあるから・・・。あいつと違ってあまり、喋らないからな」
藤堂さんはコーヒーカップに触りながら、目尻を下げる。
優しい表情だった。
こういう表情ができたら、周りに与える印象も変わるのだろうか。
可愛いだのなんだの思われるのは嫌だが、シロの友達関係に誤解を与えることとないのだろうか。
「不器用なだけなんだよね、きっと」
「多分」
「でも天然のタラシなんでしょ?よく、そろそろ愛の言葉だけで殺されちゃいそうって言ってたよ」
「馬鹿かあいつは」
「馬鹿っていうかかなりメンヘラだよねー。前は会えない期間が定期的にあったんでしょ?その度に呼び出されて、どうしたら養わせてくれるか一緒に考えてってよく話しされてたよ。あははははっ!おれだったら絶対この人と付き合えないなーって思ったよ!わざわざパソコン使って何種類もライフプラン作ってたからね。やべーなこの人って、もうおかしくて」
呆れて少し笑う。何をしてるんだか、本当に。
藤堂さんも話してる最中、ずっと笑っていた。
普段の見ることのできない姿を人に聞くのは、何だか新鮮だった。初めてかもしれない、こんなこと。
それからしばらく千蔵の話を聞いていた。
喧嘩した時荒れに荒れて飲めもしない酒を浴びるように飲んでいたこと、おれが女性に告白されているのを目撃して嫉妬で気が狂っていたこと(そんなことすっかり忘れていたが)、記念日を忘れられていて悲しかったこと、それを言い出せなかったこと(記念日があったことに驚いた)、時計をもらったこと、とにかくいろんな話を聞いた。
結構仲の良い関係なようだが、おれは千蔵から藤堂さんの話を聞いたことがなかった。
それが不思議だった。
「2人は普段、よく出掛けてたりしたのか?話を聞いたことがなかったんだが」
「たまにかな。最近は涼くんと付き合うようになって、浮かれてて会ってなかったけどね。と言っても、会って近状報告しても結局はシロくんは成瀬さんの話しかしないし、おれは涼くんの話しかしないし」
「いやまぁ、そこまで聞いてない、」
「だから友達と会ってきたーって言ったところで、内容が内容だし話せなかったんじゃない?あ、突っ込んだプライベートな話はしたことないから、安心してね」
「まぁ今のところほぼ突っ込んだプライベートな話なんだが・・・」
「というか、おれと会ってたことなんてすっぽ抜けてたかもね。成瀬さんに集中し過ぎて」
「藤堂さんも、そういうことはあるのか」
「あるよ。だって恋人が隣にいたら恋人の話、聞きたくない?自分の話をするよりも大事だよ」
そういうものか。
特段友達もいないのでよく分からないが、この2人にとってはそうなのだろう。
もう少し話を聞いていてもよかったが、先ほどから携帯がひっきりなしに震えていた。
画面を見ると、もちろん千蔵だった。
「すまん、時間だ」
「あぁ。ごめん、長話だった」
「いや、面白かった。また聞かせてほしい」
「・・・自分の彼氏の話を他人に聞くの、嫌じゃないんだ?」
「なぜ?どうせあの馬鹿はおれの話しかしてないんだろうし、別に嫌ではないが」
「・・・あー、なるほど。こりゃシロくんが離れられないわけだ」
くすくす笑うと、伝票をさらっていった。
慌てて財布を出すが、やんわりと制される。
お礼をして店を出ると、携帯を差し出された。
「連絡先交換しようよ。グループも作ろう」
「・・・それは、友人としてか?」
「え?そりゃそうでしょ。はい」
画面に表示されたQRコードを読み込ませる。
連絡先が登録された。
「なるほど・・・友人第一号だな」
「は!?そうなの?あー、それ、シロくんの前で絶対に言わないほうがいいよ。あの人初めてとかすごく気にするから」
「・・・わかった。ありがとう。じゃぁ、また。春日部にもよろしく」
「うん。今度は4人で飲みに行こうね」
藤堂さんと別れ、マンションへ帰る。
玄関を開けると、千蔵がダイニングの扉を開けたところだった。
「おかえりー。ねぇ、良いものもらったの。見て」
手招きされて部屋に入ると、段ボール箱が一つ置いてあった。
中には本や葉書が入っている。
「おばあちゃんの本とか、もらってきたの。あとね、これ。綺麗だよね」
「・・・あぁ」
見せられたのは、普段身につけないものだった。
左手の小指につけられた指輪は、少しくすんでいた。
でも細い指によく似合っている。
「おばあちゃんのなの。おじいちゃんからの最後のプレゼントなんだって。僕が生まれる前の話」
「そうか、よかったな」
「・・・ふふっ。アクセサリーって苦手だったけど、これならつけられるなって。チェーンでも買ってこようかな」
「あぁ、苦手なのか。綺麗な指してるし絶対に似合うのに、何でつけないのかと思ってた」
白い顔がいきなり真っ赤になった。
眉を下げ、戸惑ったようにこちらを見た。
「もー・・・ほんっとやだ・・・かっこよすぎ・・・」
「は?・・・いやお前、なんで勃起してんだ」
「美喜ちゃんがイケメンすぎるの!その顔を可愛くしちゃいたいって思ったらこうなっちゃったの!」
「お前だけだよ、おれを可愛いなんて言うの。目が腐ってんのか」
「ちーがーいーまーすー!事実なのっ」
「・・・嫌と思えないんだから不思議だな」
「・・・え、それってさ、大好き抱いてってこと?」
「・・・抱きてぇか?」
千蔵はきょとんとすると、柔らかく微笑んだ。
何度も頷き、抱きついてくる。
仕方なくソファに座ると、体重をかけてきた。
左手を取り、指輪を見つめる。
「綺麗だよね」
「あぁ。もう少し見てたい」
「じゃらじゃらつけるんじゃなくて、1つ2つつけられればいいんだ」
「そうか。じゃぁもう1つはおれがやるよ」
「・・・んえっ!?」
「ここに」
左手の薬指を撫でてやる。
千蔵はおれに覆いかぶさったまま、突然大粒の涙を落とした。
頬や唇に落ちてきて、つい舐めとる。何だか甘い気がした。
「も、やだ、美喜ちゃん、」
「仕方ねぇからペアにしてやるよ」
「や、も、やだ、やだ、どうして、そんなにかっこいいのっ・・・!大好き、好きすぎて死んじゃう・・・!」
「・・・ははっ」
「やだ、涙腺、」
「バカになってんのな」
「う、う、」
「はははっ。顔、ひでぇな」
顔を拭ってやり、引き寄せる。
熱い体を抱きしめて、あぁ、生きている、と安心した。

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