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しおりを挟む『ご飯行かない?』
と、なぜか犀川さんからメッセージが届いた。
これ、お客さんと間違えてないかな。あ、でもアイコンがプライベートの方だ。
少し悩んで和多流くんに連絡を入れて仕事に戻った。
しばらくしてトイレで携帯を確認すると、ちょっと待っててとメッセージがあった5分後に再度メッセージが届いていた。
『涼くんに話を聞いてほしかったみたい。断ったらおれが同伴でもいいとか言ってたけど、どうする?』
どうする、と言われても・・。
マツ君の件でちょっともやもやが残っているし、でも話を聞いてほしいと言われたら断れない。おれは結局お人よしなんだよな。
『和多流くんがいてクマさんのお店なら』
と返事をしてトイレから出る。
別に今日の今日ってわけじゃないし、気が変わったらいけないって言えばいいんだし。
そう思っていたら。
「・・・え?」
「お疲れ様」
「お疲れ様~~。よかったー。この間ちょっと気まずかったし、断られると思ってたよ」
待ち合わせ場所に行ったらなぜか車に犀川さんもいた。
なぜか3列目のシートを出して座っていた。
「・・なんであんな後ろ?」
「邪魔だから」
「ひでーよ、わた先輩。声がでかくて不愉快って言うんだよ」
「ていうか今日なの?」
「いきなり押し掛けてきた」
和多流くんでも諦めてしまうくらいの行動力なのだろうか。
若干笑顔が引きつる。そっと助手席に座ると、犀川さんが後ろから叫ぶ。
「この間はごめんね。どうしてもあの子、欲しくてさ」
「あ、はぁ・・・・。でも、あの、マツくんの意志が変わったら、おれ、全力でサポートしますから」
「変わらないようにマメに連絡してるよ。この間も一緒に食事して、店も見せてきたから」
「お前、車から降ろすよ?」
「あ、ごめんなさいごめんなさい。あの、春日部くんに相談があるだけなんです本当に!言葉には気を付けますので!」
おれに何を相談したいんだろうか。
クマさんのお店につくと、犬飼さんが出迎えてくれた。
犀川さんのことを冷たく見下ろすと、おれに向き直る。
「春日部さん、お疲れ様です。藤堂さんも」
「ありがとうございます。あ、ディスプレイが変わってる・・・」
「梅雨仕様で、アジサイを飾ってみました」
「きれいです。えへへ、あとで写真撮らなくちゃ」
「クマ、今大丈夫です?」
「えぇ。ちょうどお客様も少なくなってきたので」
「犬飼さん、おれにも優しくしてください」
「うるさい。お前はずっと立ってろ」
ビクッと飛び跳ねる。い、犬飼さんが怒ってる・・・!
そういえば3人で飲んだ後犀川さんがここに来て泊まったって言ってたな。何かやらかしたのかな。
和多流くんも驚いていて、おれと目を合わせると少し笑った。一番奥の席に座り、各々注文をする。
おれと和多流くんにはアイスティーが出てきたのに、犀川さんには水だけだった。まぁ、おかしくはないんだけど・・・ちょっと気まずいな。
「いらっしゃい。犀川、お前、酒禁止ね」
「言われると思った・・・」
「当たり前じゃん。賢ちゃんの前で全裸になりやがって」
「え!?酔っぱらって帰った日ですか?」
「そうだよ。仕方ないから泊めてやろうとしたらダイニングでマッパになってそのまま雑魚寝。最悪でしょ」
「和多流くんも中々やらかしたけど・・・全裸はちょっとな・・」
「あらま。やっぱやらかしてた?おれも色々迷惑かけちゃったから禁酒中」
「おれも。ていうかあの温厚な犬飼さんを怒らせるって相当だな」
「前回マツを引っ張り込んだことも含めて怒ってるからね」
「あー、そりゃそうだね。自分がいない時に可愛い後輩が夜の店に就職決まっちゃってね・・・」
「あと春日部くんに意地悪したから」
「え!?お、おれ!?」
「おれもビビっちゃうくらい怒ってましたよ。うん。夜なんてねーもう、怒りまくってケーキ焼いてたから」
クマさんはしみじみ言った。和多流くんも呆れたように笑い、敵が増えたな、と犀川さんに声をかける。犀川さんは肩を落とした。
「あーあ・・・おれってみんなに嫌われるんだな・・・」
「まぁ犀川だしね」
「そーそー。特殊な人間にしか理解されないんだよ、お前は。だから朝多流くらいしか友達がいないんだよ」
「わた先輩とクマ先輩もいるもん」
「「勝手に仲間にするなよ」」
2人の声が揃う。懇願するようにおれを見つめてきたけど、ついつい目を逸らしてしまった。
料理が届いたので顔がほころぶ。
和多流くんはナポリタンとハンバーグのセット。ご飯は大盛り。
おれはグラタンとチキンステーキのセット。
犀川さんは大盛りのミートソーススパゲティ。そしてパン。
「和多流くん、グラタン少し食べる?」
「食べる。涼くんは?」
「ナポリタン、少し欲しい」
「ハンバーグとチキン、少しずつ分けない?」
「うんっ。あ、ヤングコーンあげる。好きだもんね」
「ありがと」
「いいなぁ・・」
深いため息が聞こえた。驚いて犀川さんを見る。
寂しそうにパスタをフォークに巻き付けていた。
「おれも恋人がほしい」
「仕事があるだろ」
「んー・・・」
「ていうか、涼くんに相談って何さ」
「あ、うん・・・。前に話した人のことなんだけど、アプローチに気づいてもらえなくて・・完全に営業だと思われてるんだよね」
「そりゃそうだろ」
「いやいや、プライベートの連絡先、ちゃんと教えてんのよ!?なのにさ・・・この間なんて食事に誘ったら、店に電話してきてちゃんとおれに予約いれてきたからね!?営業じゃないんだけど!?って思って!!」
「言えばよかったじゃん」
「言ったよ!!しかも相手の誕生日だったから奮発しようと思ってレストランの予約しようとしたら、もうしてあって!!連絡が来て嬉しかったからって!!結局ごねてごねて折半!!なんだそりゃ!!おごらせてくれよ!!かっこつけさせろって!!」
うぅ・・・。耳が、痛いかも・・。
おれも誕生日に誘われて気持ちが嬉しいからって、割り勘にしてもらったな・・・。
少し多めにグラタンを渡すと、和多流くんはため息をつきながら犀川さんから視線を外しておれを見た。
「涼くんとそっくりだね」
「いや、あの、ん、ちょっと、他人とは思えない思考回路・・・」
「さて、どう思う?犀川に気を使ってると思う?素だと思う?」
「・・・素、かな?どんな人か分からないけど」
「素なんだよ!絶対!!だから困ってる!!・・・でもさ、でもさ、最近あんまり来てくれなくてさ・・・」
「え、どうしてですか・・?」
「・・・わかんない。心配になって連絡してみたけど、繁忙期だからって・・・会いたいのになぁ・・・」
本気で好きなんだろうなぁ。
少し同情してしまう。
和多流くんはおれを見たまま少し目を細めて笑うと、くりくりと頭を撫でてきた。
「涼くんもおれを避けていた時期、あったもんね」
「え!!!?」
「んー?気づいてないと思った?彼氏に遠慮してるって言ってたけど、違うよね」
「・・・・・・ごめんなさい・・」
「いいよ、全然。気にしてないから。でも理由は知りたかったなぁ」
「・・・恥ずかしくて、その、あの、」
「今じゃなくていいよ。ごめんね。怒ってないからね。後で聞かせて」
「う、うん・・・あの、ごめんね・・・」
「今一緒にいてくれるから、全然」
「・・・一緒にいるの、恥ずかしいのかな」
犀川さんがつぶやいた。
ちらっと身につけているものを見る。ブランドもの、なのかな・・。カバンはブランドものだったけど。
相手はサラリーマンだって言ってたし、きっと普段はスーツだろう。どんな感じの人か分からないけど、格好良くて、体格もよくて、ブランド物が似合う人と一緒に歩くなんて・・・ちょっと、おれだったら落ち込むなぁ。
おれと和多流くんが周りからどう見えていたのか分からないけど、犀川さんはそういうお店の人ってすぐ分かるし・・・。
うーん・・・。
「普段着で会わなかったの?」
「誕生日だからめっちゃキメた」
「それがやばかったんじゃないの」
「えぇ!?しゃ、写真撮ったよ!?見る!?」
ほら、と見せられたのはレストランで撮ったらしい、2ショット。自撮り。
線の細い、どこにでもいそうなメガネのサラリーマンが申し訳なさそうにはにかんでいた。犀川さんは満面の笑み。うん、嬉しかったんだね・・・。
でも・・・スーツは、これは・・・。
「お前これ、オーダーメイドので行ったろ」
「もちろん。意識してほしかったから。・・・逆効果だったか・・・」
「あのさ、プロが何やってんの?」
「あー!もう、だめだ・・!完全にから回ってる・・・!!」
「でもお前、普段着もなぁ・・・」
「だって・・・」
「どんな服を着るんですか?」
「こんな服だよ」
和多流くんが携帯をいじって、おれに見せてくれた。
和柄のアロハシャツ。わ、わぁあ・・・。一般人に見えない・・・。
「冬はスカジャン」
「わぁ・・・」
「好きなんだからしょうがないじゃん・・。たまに職質されるけどさぁ・・。でも、好きなんだもん。だから貫き通してるの!」
「・・・じゃぁ、それを見せてあげたらいいんじゃないですか?」
「え?」
「いや・・おれだったら隙がない人って・・・ちょっと苦手かもしれません」
「隙?」
「こいつ隙だらけだよ?」
「いやいや、ないでしょ。そんなオーダーメイドのスーツ・・。ていうか、多分、無意識にボーイとしての立ち振る舞いが出ちゃってるんじゃないかなって・・・。それって、すごくすごく言い方が悪くて申し訳ないんですけど、誰にでもできるし・・・相手にしか見せない姿とか、見せてあげたらいいんじゃないかなって・・・」
「・・・・な、なるほど・・・。あ、うん、よく見られたくて、格好つけてたかも・・・」
「おれの個人的な意見ですけど、その・・・ブランドものばっかりだと、ちょっとおれは、あの、ん・・・一緒にいると自分自身が恥ずかしくなる・・・」
和多流くんがはっとして、何度か頷いた。おれが避けていた理由を理解したのかな。
犀川さんは黙り込むと、黙々と食べ始めた。
おれと和多流くんも食事を再開する。
「おいしいね」
「うん。グラタン、こんなにいいの?」
「うん。好きでしょ?」
「ありがと。ここさ、犀川のおごりだからパフェも食べようよ」
「え、いや・・・うーん・・・」
「おれチョコバナナにしようかな。涼くんはイチゴ?」
「いいのかな」
「いいんだよ」
「えぇ。いいと思いますよ」
新しく水を淹れに来てくれた犬飼さんが笑顔で答える。ガンっとすごい音を立ててグラスを置いた。犀川さんが飛び跳ねる。
こ、怖い・・・。犬飼さんって、怒るんだ・・・。
でも、まぁ、全裸で雑魚寝は嫌だよね・・。おれも嫌だ。
「春日部さん、ケーキを焼いたのでよかったらそれもどうぞ。藤堂さんも。感想がほしいです。店に出すか悩んでて」
「そういうことならもちろん。ね、涼くん」
「うん。犬飼さんのケーキ、美味しいから」
「食後に持ってきます。では、ごゆっくり」
やった・・・ケーキだ。犬飼さんのケーキが一番好きなんだよね。
この前食べさせてもらったシフォンケーキなんて、顔が緩んじゃったもん。
「春日部くん、おれのことどう思う?」
「はい!?」
いきなり声をかけられて変な声が出てしまった。和多流くんが即座に水をかける。
「お前、おれの前でよくもまぁ、」
「げほ、ちが、違う違う。客観的に見て、意見が、聞きたかったの!もぉー。このジャケット高いのに」
「聞き方に気を付けろ」
「印象、ですか?」
「そうそう。わー、乳首透けちゃう」
「気持ち悪い。ジャケットの前閉めろよ」
「あんたが水をかけるからでしょうが」
印象・・・。
うーん・・・。
「・・・完璧?」
「え?そう?」
「その、・・・言い方が悪いけど、外面の良さとか・・・?あとは、うーん、強引?」
「あっはっはっはっは!!涼くんが毒吐いてる!!でもその通りだよ!」
「素の感情を出した方がいいのかなって思いますけど・・・」
「・・・え、もしかして、おれのこと嫌い?」
「嫌いではないですけど、その、あ・・・ごめんなさい、マツくんのことでまだちょっと・・・」
「あ、はい・・ですよね・・・」
「くふふっ・・・!ざまーみろ」
和多流くんは愉快そう。
犀川さんはむすっとすると、少し肩を落とした。
「・・・はぁ・・・。素って何?おれ、いつも素だよ?」
確かに・・・。
でも、初めて会ったときよりだいぶ砕けてるというか、普段和多流くんたちに見せている姿に近いんじゃないかな。
「えっと、和多流くんは付き合い始めた時ってすごくかっこよかったんですよ」
「ん?うん。わた先輩はかっこいいよね」
「ちょっと待って涼くん。今はかっこよくないの?え?」
「優しくて、とにかく優しくて、・・・だからよく分からなかったんです。何を聞いてもこれは本音なのかなって、思ってしまうくらい優しかった」
「あー・・・優しいだけじゃ満足できないよね。分かる~。てかわた先輩はかっこつけマンだよね」
「犀川さんもそうなんじゃないですか」
「え?おれ?」
「優しすぎるから、相手の方に伝わらないっていうか。さっきも言ったけど、きっとその優しさって一般の人からしたら、仕事なのか本気なのか判断できないんです。だって、犀川さんはプロだから」
「・・・・ふむ、」
「カッコつけたいのも優しくありたいのも分かります。でも、それだけじゃ伝わらないから・・・いっそのこと当たって砕け散ってしまえばいいかと」
「砕け散るって決めつけないでね!!?」
和多流くんが大笑いする。そばで片づけをしていた犬飼さんも肩を震わせていた。
相手が鈍感な人ならしっかりはっきり言わないと伝わらないじゃないか。人の相手をすることが仕事で、その道のプロなのに・・・今回はから回ってるんだな。
「おれも言われるならはっきり言われたいし・・・」
「そういえばなんて告白されたの?」
「え?むぐっ!?」
「だーめ。涼くんだけが知ってればいいの。お前は早く砕け散って来いよ」
「わた先輩まで・・」
「ところで涼くん、おれってかっこよくないの?前だけだったの?」
「ぷはっ。今は可愛い方が多いかなぁ。かっこいいけど、可愛いが先に来る」
「うーん・・・嬉しいような、複雑なような」
「・・・犬飼さんも、クマ先輩に可愛いって、思うの?」
突然話を振られた犬飼さんは、少し考えてからクマさんを見て、ほんの少しだけ照れたように頷いた。
クマさんはでれっでれの笑顔。うわ、和多流くんもこの顔するなぁ。
「クマ先輩も思うの?」
「そりゃー思いますよ。賢ちゃんが一番可愛い」
「おれは涼くんが一番可愛い」
「犀川だってその人に可愛いって思うから好きになったんじゃないのか」
犬飼さんが訊ねると、そうだよ、と返事をしてから少し考えて顔を上げた。
「可愛い。けど、自分がそう言われて嬉しいかと言ったら嬉しくない。もしかして相手もそうなのかな。おれ、可愛いって言いすぎてたかもしれない」
「あー、お前、しゃべりすぎて薄っぺらいって言われるタイプだもんな・・・」
「それで彼女にフラれてたもんねぇ。何度おれとわたくんで慰めたことか。何度アドバイスしても同じことを繰り返すし」
「確かに言葉に重みはないな。犀川とは真面目な話をしようとは思わない」
みんなボロクソに言うから、犀川さんも黙り込んでしまった。
言葉に重みがない、か・・・。
そうかなぁ?
言葉に重みがなかったら、おれ、こんなに犀川さんに変な感情を持ったままでいないんだけど・・・。変というか、不快というか・・・そう、マツくんのことをまだ引きずって・・・。
「あ、ち、違うかも!!」
「え?」
「犀川さん!!多分、足りないのは真剣さと強引さですよ!!」
「涼くん大丈夫?こいつが強引じゃなかったらなんなの?だったらおれらここにいないよ?」
「だから、それを相手の方にすればよかったんですよ!そうだそうだ!だって和多流くんだって付き合い始めのころは強引だったじゃん!おれが絶対割り勘がいいって言っても自分が払うって聞かなかったし、服を貢ぎたいって言われてそれだって断ってるのに何着も買ってくるし、デザートもお菓子もそう!毎日毎日買ってきて、最終的に全部受け入れちゃったもん!」
「うーん・・こんなところで暴露されるとは・・!恥ずかしい・・・!」
「わたくん、必死だったのね・・」
「犀川さん、マツくんの時だってそうだったじゃないですか。戸惑ってたマツくんにあの手この手で勧誘して面接通したじゃないですか。今日だっておれ、本当はあまり来たくなかったけどどうしてもって言ってるって和多流くんがいうから来たわけで・・・」
「ねぇ春日部くん、ちゃんと謝るからそれ以上おれを傷つけないでくれないかな・・・」
「ていうか、和多流くんがカッコつけマンだって言うなら、犀川さんもですよ。そんな高いジャケット着てきて・・・次会うときはTシャツに短パンでいいんですよ」
「えー!・・・うーん、まぁ、そっか。うん・・・それが隙を作るってことだよね?」
「犀川さんで言えば、そうですね」
「・・・多少強引な方がこちらも対応しやすいのは確かですね」
ぽつりと犬飼さんがつぶやいた。
クマさんが目を見開いて慌て始めた。和多流くんがニヤニヤし始める。
「クマもすごかったよな、最初のころ。頻繁にメールが来るわ電話が鳴るわ遊びの誘いに飲みの誘い・・・」
「そういうのは言わなくていいんだよ!!?」
「おはようってメールが来たときは困惑したな。そんなやり取り、したことがなかったから。基本、携帯なんて業務連絡に使っていたし」
「くふふっ!お前、おはようなんて送ってたの?可愛いとこあるじゃん」
「和多流くんもおれに送ってくれたよね」
「えっ、あ、・・・」
「いい天気だねとか」
「いいから、今は、いいから」
「あぁ、おれもクマから来たな・・・今日の運勢の報告とか」
「賢ちゃん黙って!?」
「和多流くんも、」
「涼くんも黙るの!!」
「え・・・おれも送ってるけど、もしかして相手からしたら迷惑なの・・・!?」
ぶっと犬飼さんと吹き出す。
やっぱり長年一緒にいると思考が似てくるのかもしれない。
和多流くんとクマさんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「おれはクマに悪い印象はなかったから、おしゃべりが好きな人なんだなと思ってやり取りはしていたが・・・」
「おれも、一人でこっちに来たばかりだったし、友達もいなかったし仕事と学校ばっかりの中だったから・・・嬉しかったな」
「まぁ犀川の場合営業と思われているんだろうな。どんなメッセージを送っているのか知らないが、これは営業じゃないって伝えたほうがいいんじゃないか」
「ちゃんと伝えてるんですけどね」
「確証が持てないだろ、相手だって。営業じゃないならなんなんだって、思ってるかもしれないし」
「むしろ営業じゃないと言われたから避けている可能性も・・・」
「何さ何さ!!2人しておれをいじめて!!マツのこと根に持ってるの!?」
「は?当り前だろ」
「正直、そうですね」
「でも最終的にはマツの意志だもん!」
「あの子にはきちんと日の当たる生活をしてほしかった。おれはそう思っているだけだ」
言葉に重みがあった。きっとおれなんかじゃ分からない事情があって、犬飼さんはそれを知っているんだ。
普段勉強を頑張っているマツくんを思い出す。
真面目で、困っている人には見返りを求めることなく手を差し伸べ、時折談笑している姿を見かけるようになった。彼が夜の世界に行くなんて、想像もできなかった。
そりゃ、最終的には本人の意志だけど・・・。
「偏見だよ。犬飼さん」
「何が悪い。人に迷惑をかけて春日部さんも傷つけたくせにこうやって頼りにして。お前という人間がそもそも気に食わない。だから偏見だって持つさ」
「おれが嫌いなのはいいけど、おれの仕事を悪く言うのは絶対にやめてください。この店があるから救われてる人だってたくさんいるんだから」
「知ったこっちゃない。おれには必要ないからな」
「お客さんにもマツにも必要なんだ」
「勝手に決めつけるなよ」
「一回来てごらんよ。サービスしてあげるから。自分の発言に後悔するよ」
「しない。おれにはクマがいるからな。これ以上ないサービスだろ」
わ、わ、わぁあああ・・・!!
かっこいいこと、言ってる・・・!
クマさんは顔を真っ赤にして隣のテーブルを拭き始めた。
「・・・・盛大に惚気られた。むかつく」
「ふっ・・・これを惚気だと思うんだな。余裕がない証拠だ」
「え?」
「相手から連絡がこないんだろう?ここにいていいのか?おれが連絡を返せなくなったとき、クマはおれの元まで来たぞ」
あ・・・。
和多流くんも、そうだ。来てくれた。寒い中ずっと待っててくれた。
必死だったんだ、きっと。何もない、何も気づけなかったおれなのに。
どうしてかって聞いたら、きっと、好きだからと答えてくれる。今だから分かるよ。
「・・・ご馳走様」
犀川さんはお金をテーブルに置いて立ち上がると、濡れたジャケットを腕にかけて携帯を引っ張り出した。
耳に当てながらお店から出ていった。会いに、行くのかな?
「賢ちゃん珍しいことしたね。犀川の後押しするなんて」
「ぐずぐずしているから見ていて腹が立った」
「まぁねぇ、今回はぐずぐずしてたね。おれは大ダメージだったけど」
「なんで」
「あのねー、何でこの二人の前であんな・・・ペラペラと」
「あ、大丈夫です・・・和多流くんもクマさんと同じようにしてくれたことある、」
「涼くん!!」
また口をふさがれる。
あ、後で怒られるかな・・・。
「とりあえずうるさいのがいなくなったわけだし、デザート食べよう」
「ふが、」
「ね」
黙ってうなずくと、犬飼さんは分かりました、と言って厨房へ入って行った。それをクマさんが追いかける。
「涼くん~~~・・・!なんで暴露大会なんか始めるかな」
「・・・ごめんなさい」
「・・・なんで避けてたのか教えてくれるなら、許す」
「えー・・・んと、だってさ・・・見劣りするから・・」
「何が?」
「・・おれ、貧相だったし・・服だって汚くて、サイズも合ってないし・・靴なんてボロボロだったし、」
「かっこよかったよ。それが、好きだった」
「へ!?」
「いつも頑張ってるんだなって、いつも必死に生きているんだなって、分かったから・・・かっこいいなって、思ってた。おれなんて着飾らないと自分のこと見てもらえなかったからさ。すごいなーって思ってたし・・・尊敬っていうのかな、とにかく格好良くて、好きだったよ。今も大好きだけどね」
尊敬・・・。
言われて、なんだか、胸がぽやっと、した。
初めて言われた。尊敬なんて・・・されるような人生じゃないのに。されるような人間でもないのにって思ったけど・・・。和多流くんに言われると、嬉しいな。
「まぁね、避けてもらったおかげで火も付いたわけだけど」
「なんで!?」
「避けられないようにどう攻めていこうかなと」
「え?!」
「おれはね、あきらめが悪いんですよ」
存じ上げております・・・。
でも、あの行動が余計に火をつけたなんて知らなかった。
寂しそうにしていたと思ったけど、内心メラメラしてたんでしょ?
・・・怖っ。
おれ、あの時、告白された時、断ってたらどうなってたんだろう。
想像してみたけど、結局押しに押されて付き合ってべちゃべちゃに甘やかされて可愛がられて今みたいな生活を送っていたんだろうな、と思った。
早いか遅いかの話だったかもしれない。
「諦める気もなかったしね」
「そうなんだ」
「心底嫌われたらそりゃー諦めますけどね?そうじゃないなら頑張りますよ」
「・・・今心底嫌いになったら監禁されそう・・・」
「うん、もちろんする。それでね、また好きになってもらうんだ」
怖いな。
冗談に聞こえないよ。
笑顔なのが余計怖いよ。
出てきたパフェと小さなケーキを食べて、お腹がまんまるになった。
ケーキはバスクチーズケーキというらしい。めちゃくちゃ美味しかった。アイスを載せて食べたらもっと美味しいだろうな。
犀川さんが行ってしまったので、おれたちも帰ることにした。
特に参考になるようなことは言えなかったけど・・・。会いに行ったみたいだし、何か進展があればいいけど。
そんなことを思って帰宅した数日後、もうダメだー!と半べそでアパートの廊下で崩れ落ちた犀川さんを見て驚いた。
和多流くんは呆れ顔。おれはとにかく驚いてしまい。
これは慰めなきゃいけないのかなと、少し困惑してしまった。
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