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しおりを挟む和多流くんは友達が多くて、人当たりが良くて、優しくて、男性にも女性にも好かれる人。
外見は男!って感じでかっこいいのに、話してみると物腰が柔らかで話題も豊富で話が尽きない。
おれは友達は少ないし、人見知りするし緊張もするし、優しいとは言われるけど嫌われたくないだけだし、誰かに告白されるよりもする方が多い人生。
見た目は細いし、童顔だし、話題は少ないし聞き役に回ることが多いから、向こうが話し終えれば終わってしまう。
どう考えても正反対。というかおれは和多流くんのそばにいると見劣りする。
だから服装も髪型も清潔感を重視して、肌もケアして、背筋だって伸ばして、なるべく釣り合うように努力はしている。
でも、やっぱり、気に入らない人はいて。
「はぁ!?わたくんと付き合ってんの!?お前が!?」
面と向かって言われると、やっぱり傷つく。
ママのバーで和多流くんを待っているときたまたま隣り合わせになって、暇つぶしで声をかけられて少し話をしていたら、おれが和多流くんと付き合っていると知って顔つきが変わった。
相手はいるのかと聞かれて自己防衛のためにいると答えたら、どんな人か聞かれたので大雑把に答えたら、特定されてしまった。それくらい和多流くんは人気だったのだ。
全身を舐めるように見られ、鼻で笑われる。
「へぇ~。どうやって落としたの」
「え、」
「意外と金持ち?」
「・・・違います、」
「その体でどうやって?」
確かに華奢だと思う。顔だってよくないし、気遣いもできないし、おどおどしていて他人を苛立たせる。
でも、でも、初対面の人にここまで言われたくはなかった。
和多流くんのこと、好きだったのかな。
「なんか弱みでも握ったの?」
「ち、違います・・!」
「おれ、何回か遊んだけど相性良かったよ。ふぅーん。わたくんのタイプじゃないのに、よく付き合ってもらえたね。遊ばれてたりして」
「・・・・」
「顔は~・・・うーん、まぁ、そこそこ?どこにでもいそうだよね」
可愛いって、言ってくれるもん・・・。
大好きって、一緒にいてくれてありがとうって、言ってくれるもん・・・。
指輪、くれたもん・・・。遊びじゃないよ・・・。なんで和多流くんのこと、悪く言うの・・!おれと付き合ってるから?おれだから、悪く言われちゃうの?
ぎゅっと拳を握る。ママはカウンターの奥で、今、おれの好きな焼きそばを作ってくれている。頼るわけにいかない。だって、おれの和多流くんが馬鹿にされてるんだ。おれの、せいで。
「あ、遊びじゃない、です」
「本気でもないと思うけど。あの人特定の人、作らないもん。そういうの重いって言ってた」
「・・・昔の話です」
「最近会ってないけど、本質は変わらないんじゃない?え、もしかして今からくるの?久々に会いたいなー」
「・・・」
場所、変えよう。ママには悪いけど、ここにいたらだめだ。
立ち上がろうとすると腕を掴まれた。にやにやしながら、遊びじゃないなら証明しろよと言われた。
指輪を見せてやろうかと思ったけど、奪い取られたらたまったもんじゃない。
相手にしないのが一番だ。
振りほどこうとした時、お店のドアが開いた。
和多流くんがスーツで立っていた。え、わ、わ・・・・。かっこいい・・・。
「お待たせー。ごめんね。長引いちゃった」
「わたくん!久しぶり!」
さっきと全然違う声のトーン。甘えたような声。
おれから手を離すと、ぴゅっと和多流くんに駆け寄った。和多流くんは余所行きの笑顔で少し距離を取り、こんばんは、とあいさつした。
「全然会えないから寂しかったよ」
「あー・・・ん?うん」
「スーツ似合うね」
「どうも。あれ?ママは?涼くん、お腹すいてない?大丈夫?」
ふわっとした笑顔でおれの元へきて、肩に手を置く。そっと抱き寄せられた。顔を覗き込むと、笑顔のまま突然舌打ちした。驚いて肩を跳ねさせる。
「涼くん、大丈夫だった?」
「え、あ、あの、」
「あら、ようやく来たの。で、何キレてるのよ」
奥から戻ってきたママが呆れた顔をする。
あ、や、やばいよね、これ、怒ってるよね・・・?
「涼くんの友達じゃないの?」
「え?ち、違う・・・」
「ふぅん・・・。何言われた?」
「え、」
「あんた、誰?」
びっくりするくらい低い声で、先ほどの男性を振り返る。ぎょっとした顔。さっきまでの余裕はどこに行ったのだろう。
「この子に何、言った?」
「え、」
「久しぶりって言ったけど・・・会ったことある?知らないんだけど?ていうか、この子に触ってたよね。気があるならおれと話し、しようか。外行こう」
「あ、違う!違う!和多流くん、おれ大丈夫・・・」
「んー?大丈夫。もう少し待っててね。ママが何か作ってくれたんだ?食べて待ってて。お酒はほどほどにね」
「あ、や、待って!行かないで!」
「大丈夫だって。お話ししてくるだけ。ママ、よろしく」
「はいはい」
和多流くんは先ほどの男性に目をやると、ポケットに手を入れたまま扉を顎でしゃくった。
2人で外に出て行ってしまう。
ど、どうしよう・・・。
「まぁおとなしく待ってなさい。長い時間はかからないと思うから」
「でも・・・」
「奥に行っちゃっててごめんね。何かあったの?」
かいつまんで話すと、ママは呆れた顔をした。
ため息をついて、カクテルを出してくれる。
「ったく・・・いろんなところでつまみ食いするから・・・。あの子、ここではあんまり見ない顔だから、どこか下品なお店で出会った子じゃないの?まったくもー」
「・・・でも、あの人の言ってること・・・全部が全部間違いなわけじゃないから・・・」
「あら、どういうこと?」
「おれ、貧相だしさ・・。顔もよくないし・・・。和多流くんのことを好きな人たちから見たら、何でって思うよね」
「あんたそれ、絶対あいつに言っちゃだめよ?」
「え?」
「ベッドから出られなくなるわよ」
顔が熱くなる。
そんなことないと思いたいけど、何度かこういうやり取りで喧嘩して、ベッドの住人になることはあったから・・・否定ができなかった。
「ただーいま。お待たせ。ママ、これ。さっきの人から。お釣りいらないって」
5分ほどで戻ってきた和多流くんの手には、万札が1枚。ママはそれを受け取ってレジにしまうと、タバコに火をつけた。
「ちょっと安いくらいかも」
「あはは、マジ?ごめんね」
「あたしの推しに許可なく話しかけた罰金が足りないわ」
「あ、それはそうだね。ごめんね涼くん。大丈夫だった?舌打ちしちゃってごめんね」
「・・・あの、話し合い・・終わった・・?あの人、和多流くん目当て・・」
「うん。涼くんにはもう近づかないって。このお店にも来ないと思うよ。嫌なこと言われた?顔色が変だったから」
「だ、大丈夫・・・」
言われた、なんて言ったら怒り狂うだろうな・・・。
おとなしくしておこう・・・。
「・・・あのね」
「え?」
「変なことを言われたらママを呼ぶこと。それから、おれに電話すること。一人で対応しちゃだめ」
「・・・でも、おれ、そんな、」
「負の感情とか、負の言葉、もろに受け取っちゃうから。一人で対応したらだめ。絶対に、だめ」
「・・・う、うん・・・」
「大人とか、子供とか、関係ないからね。嫌なことをされたら助けを求めるの。遅くなってごめんね。怖くなかった?」
「・・・大丈夫、」
「可愛くないって言われたみたいよ」
「ちょ、ママ!?」
「はぁ?」
「違う!言われてな、」
「言われたのよ。その顔であんたと付き合えてるのかって」
「・・・・真に受けてないよね?」
「え、」
「おれの言葉だけ、信じて。涼くんは、世界で一番可愛いよ」
「え!?や、ちょっと、・・!ママがいるのに・・・!」
「関係ないよ。ちゃんと聞いて。涼くんが世界で一番可愛くて、おれを惹きつけてやまない人。初めて愛した人。ね?」
真顔で言うから、何も言えなくなってしまった。
悲しかった気持ちや、悔しかった気持ちが薄れていく。
気持ちよくて、涙が出そうになる。
ふわふわと暖かいお湯の中で抱きしめられているみたいだ。
「・・・うん、」
「可愛い・・・。大好きだよ。他に何か言われた?」
「・・・もぉ忘れた・・・」
「そっか。じゃぁ、聞かないでおくよ。あれ?指輪は?」
「あ、」
「なぁに、あんたら指輪買ったの?」
「涼くんから、いただきました。ふふっ」
自慢げにママに見せる。にやにや笑うと、肩を叩かれた。
「やるじゃない。ていうか何で2個つけてるのよ」
「こっちは涼くんが選んでくれたもの。これはおれからのペアリング」
「いいわねー、バカップルで」
「見せびらかしてんの。はい、涼くんの貸して」
素直に渡すと、そっと薬指にはめてくれた。いつまでたっても照れてしまう。
もう一度和多流くんを見ると、微笑んでいた。もう怒ってないかな。
「スーツ、珍しいね・・・」
「うん。打ち合わせの後そのままここに来る予定だったから、スーツにしたんだ」
「そうなんだ」
「・・・ん?」
「え?」
「・・・んー・・・。ねえ、やっぱ他に何か言われたんじゃない?」
「忘れちゃったよ」
「そう?」
「うん」
「・・・じゃぁ単純に合わないだけか・・・」
「何が?」
「なんでも」
ぽんぽんと頭を撫でられる。
焼きそばを食べて、3人でおしゃべりをして、お酒を飲んでお店を出た。
春の風は暖かで、気持ちよかった。
和多流くんはポケットに手を入れて歩いている。おれはリュックを背負い直し、隣に並ぶ。
俯いて歩いていることに気づき、慌てて顔を上げた。街路樹が街灯に照らされてきれいだ。
「酔った?」
「ううん」
「結構強いもんね。二日酔いとかあんまりしないし」
「・・・そうかも」
言われてみればそうかもしれない。
和多流くんを見ると、目が合った。柔らかな髪が風に揺れて、街灯に照らされた優しい笑顔が眩しかった。
「かっこいい・・・」
さっきお店に現れた瞬間、格好良くて飛びつきたかった。先を越されちゃったけど。
「え、」
「え?あ、ごめん。変だった?」
「ううん。・・・いや、さっき何も言わなかったから」
「え?」
「・・・スーツ、どうですかね」
「・・・え!?おれ、言ってなかった!?あれ!?あ、惚けてただけか・・・。か、かっこよすぎて、その、言ったつもりになってた・・・」
「本当?嬉しい。可愛い。えへへ」
「・・・先越されちゃった」
「んー?なんか越されたの?」
「さっきの人、すぐに和多流くんに近づいてほめてたね。おれ、咄嗟に動けなくて・・・」
「惚けてたんでしょ?」
「うん・・・。だって、かっこいいから、」
「そっちの方がいいなぁ。あー、本当に心からそう思ってくれてるんだって、嬉しい。飛びついてくれるのももちろん嬉しいけど」
きゅっと手を握られた。
嬉しくて顔が緩む。
このまま2人でどこか景色のきれいな場所とか、行けたらなぁ・・・。
明日、休みだし・・・。ちょっと、言ってみようかな。
でも、おれといて恥ずかしくないかな。大丈夫かな。
『世界で一番可愛いよ』
さっきの言葉が頭の中で反響する。
ぽわぽわと胸が温かくなる。
きゅ、と強く手を握ると、少し引っ張られた。素直にもたれかかると手を解いて肩に手を置いてくれた。
誰もいないから、これくらいいいよね。もう、見られててもいいや。
「酔った?」
「うーん・・・」
「可愛いね」
覗き込まれ、唇が重なった。素直に応えると、鼻先にキスをして離れていく。
「・・・可愛いなぁ。このまま抱きたいよ」
「うん・・・したい、」
「スーツのまましちゃおっか」
「うん・・・」
「可愛い」
「もっと、言って、・・・」
あ、おれ、なに、ねだってるの・・・。
和多流くんは口の端を上げると、携帯を少しいじってまたポケットにしまった。
壁に押し付けられ、無茶苦茶にキスをされる。
「ん、んむっ、む、」
「可愛いよ。もっと言っていいの?」
「んぁ、もっとぉ・・・」
「大好き。可愛いよ。おれの涼くん」
「・・・ほ、本当?」
「ん?可愛い?当たり前じゃん。ずーっと連れて歩きたいよ。ごめんね。もう少し歩ける?駅まで行こう」
グイッと腕を引っ張られて、早歩きで進む。知らない駅まで歩いてくると、タクシーが停まっていた。和多流くんはそれに乗り込むと、さっき呼んだんだ、と微笑んだ。
住所を伝えると車が走り出した。
家に向かっているんだ。シートの上でギュッと手を握ってくれる。
これから抱かれるんだ。
誰が見てもかっこいいと思うこの男の人に、優しい人に、おれは、めちゃくちゃにされるんだ。
そのために帰るんだ。
トットット、と心拍が速くなる。指先を撫でられた時、ぷるっと体が震えた。期待が大きく膨らんで、応えるように指先を撫で返した。
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