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しおりを挟む和多流くんと喧嘩は何度もしてきた。お互いに感情的になって大声を出して喧嘩もしたし、黙りこくって冷戦になったこともある。
和多流くんが1人で怒ってなだめることもあるし、その逆もある。犬も食わない喧嘩だってたくさんしてきた。
だから、今回は初めてのケースで、どうしたらいいのか分からない。
「・・・涼くん、ちゃんと答えて」
銀行の封筒がテーブルの真ん中に置かれたまま、おれはそれを見つめるしかなかった。
「涼くん」
「ご、ごめんなさい・・・あの、」
「答えて」
「あ、あの、あの・・・」
和多流くんが、最近暇だと言った。
仕事が落ち着いてるって。だから家事も全部おれに任せてって。
そんなに暇なんだって、びっくりした。
仕事がないって不安じゃないかなって、心配になった。
不安になってほしくなくて、和多流くんのことを支えたくて、銀行で、お金をおろした。
それを和多流くんに渡した。
そう、和多流くんを、助けたくて。
「おれ、お金貸してって言ったかな?」
「・・・言ってない、」
「20万も入ってるね」
「・・・あの、」
「どういうつもり?」
「・・・ん、と・・あの、えと、」
「返さないでいいからねって、何なの?」
バンっとテーブルを叩かれた。飛び跳ねて縮こまる。ぎゅーっと服の裾をつかんで体を強張らせていると、封筒を差し出された。
「いらないよ」
「・・・は、はい・・・」
「もう二度としないで」
「・・・はい、ごめんなさい・・」
「こんなバカなこと、絶対にしないで!」
「っ、ご、ごめんなさい・・!」
慌てて封筒を受け取って胸に抱える。うずくまると、和多流くんは乱暴に立ち上がって仕事部屋に戻った。
のろのろと自分の部屋に戻り、封筒を机の引き出しにしまう。
頼りにしてほしかった。収入がないなら、助けたいって思った。
何かあったときに使ってほしくて、ありがとうって受け取ってほしくて、だから・・・渡したかった。
自分の好意が和多流くんにとってとても不愉快だって分かった。
すごく、怒ってた・・。
こんなに怒られたの、初めてだ。
頭の中がぐるぐるして、考えがまとまらない。
何を間違えたのか、分からない。
「涼くん」
ドアが開いて、声が聞こえた。慌てて振り返ると、和多流くんが部屋に入ってきてベッドに腰かけた。椅子に座ったまま身構えると、和多流くんはジーっとおれを見て、静かに言った。
「あのお金は、涼くんが稼いで貯めていたお金だよね」
黙ってうなずく。
おいで、と手を出されたので恐る恐る隣に腰をおろすと、肩を抱かれた。優しい手だった。
「いい?もう二度と、簡単に人にお金を渡しちゃいけない。なんでか分かる?」
「・・・おれ、和多流くんのこと、助けたくて、」
「じゃぁ、言い方を変えるよ。勝手に、おれがお金を持ってないって決めつけないでくれる?そこまでだらしなくないよ」
あ・・・。
全身が熱くなる。
恥ずかしくて、恥ずかしくて、一気に涙があふれた。慌てて顔を隠すけど、遅かった。ジーンズの上にぽとぽと、と涙が落ちた。
「不愉快極まりなかった。馬鹿にされてるって思った」
「あ、ひ、違う!違うの!うぇ、えっ、ちが、違うのぉ!おれ、おれは、」
「うん。分かってるよ。分かってるから・・・泣かないで」
「わ、和多流くんに、頼ってほしくてっ!だって、おれ、ほかにできること、ないから!だから、おれ、おれ、」
「後でゆっくり話そう?今は落ち着こうね。大丈夫。分かってるよ」
優しく肩を撫でられて、嗚咽が止まらなくなった。必死に顔をこすって堪えようとしたけど、できなかった。おれ、和多流くんのこと、何もわかってなかった。
**********************
「落ち着いた?」
和多流くんの仕事部屋に入ると、片づけをしている最中だった。
泣きじゃくるおれを一人にしてくれて、冷静にさせてくれた。
戸惑いながら近づくと、座ってて、と部屋を出た。ベッドに腰かける。パソコンはついていなかった。
ぼんやりしているとカップを二つ持って戻ってきた。紅茶を淹れてくれたんだ。いい香りがする。
「涼くん、もしかして今まで付き合っていた人にもお金を渡してたの?」
顔を上げる。心配そうにおれを見ていた。なんで?なんでそんな風におれを見るの?
小さくうなずくと、首を横に振った。
「もう、二度としちゃだめだよ」
「・・・困ってるのに?」
掠れた声で尋ねると、うん、と頷いた。
「涼くんが苦しくなるよ」
「・・・」
「涼くんを当てにして頼ってくるようになる。相手は搾取しようとするんだ。そんな人のために一生懸命働いて貯めたお金を渡すのはおかしいよ」
「・・・和多流くんも、するの?」
「しないよ。言い切れるのは、絶対に涼くんからお金を受け取らないから」
「・・・助けたかった」
「助けてもらってるよ」
「・・・何かあったときに、」
「それは自分でちゃんと貯めてる」
「・・・ごめんなさい。分かってなくて、ごめんなさい」
「あのね、今仕事が落ち着いてるのは自分でそうしたからだよ。少し休もうって思った。あんまり根詰めると時々苦しくなるからさ。涼くんもそうでしょ?おれもそうなんだ。おれは自分で仕事の量が調節できるから、今は充電期間なんだ。そう思っててほしい」
「・・・うん。ごめんなさい・・・。おれ、失礼なこと、した」
「ちゃんと分かってるよ。きっと全部おれのためなんだろうなって。あの時、すごく真剣だったもん。使ってって、返さないでいいからって、あんなに真剣に言われて、一瞬困っちゃったよ。どう断ろうかって、悩んだ。でも、紛らわしい言い方をして、ごめんね」
「・・・おれが、支えて、」
「支えられてるよ。涼くんには分からないかもね。ただいまって笑ってくれるだけで、安心するんだよ。一人じゃないんだなって」
おれも、そうだ。
和多流くんがお帰りって言ってくれるから、明日も頑張ろうって思う。
そっか、同じなんだ。それだけでいいんだ。
「今回は気持ちだけ受け取るね。ありがとう。考えてくれて、ありがとうね」
「っ・・・う、うん、・・・!あの、ごめんなさい、本当に、ごめんなさい・・・!」
「うん。もう、おしまい。ねぇ、家事は全部おれがやるって言ったけど、やっぱりご飯は涼くんの作ったご飯がいい。だからね、料理以外はやるから、ご飯はお願いできるかな」
「う、うんっ、うん、」
「あれがいいな。ほら・・黒酢?野菜とお肉いっぱいのやつ。おいしかったから」
「ん、作る、」
「嬉しい。楽しみだな」
「あ、あと、パスタサラダ、」
「うん。あれ、大好き」
「食材、買いに、」
「・・行ける?顔、すごいよ?」
顔を見合わせて少し笑う。
これじゃ外に出られないや。
「おれがおつかいに行ってくるよ。涼くん、メモ書いて」
「ん」
「お肉いっぱいがいいな」
「野菜も」
「うん。たっぷり食べたいな」
買い物のメモを渡す。和多流くんは行ってくるね、と言って出ていった。
ずびっと鼻をすする。おれ、もっと大人になろう。
**********************
「ただいまぁ」
車に近づくと、和多流くんが手を振った。
車に乗ってシートベルトを着ける。
「涼くんー、今日はさぁ・・・魚!魚食べたい」
「うん。ブリの塩焼き」
「あ、照り焼きじゃないんだ?」
「塩焼きもおいしいんだよ」
「えー?お酒飲みたくならない?」
「飲んでいいよ」
「うわー、誘惑してくる。飲もう」
「ふふふ」
和多流くんは今日ものんびり過ごしたみたいだ。
家に帰ると部屋中がきれいになっている。ここ最近ずーっと掃除をしているみたい。いつの間にか布団カバーの色が変わっていた。
「あとは?」
「んー?あとは・・・酢の物?」
「・・あんまり酸っぱいのはちょっとなぁ」
「バランスよく食べないとだよ」
「はーい」
「ねぇ、部屋の掃除ばっかりじゃ飽きるでしょ。ランニングとか始めたら?」
「たまに歩いてるよ。あと、ジムも行ってる」
「・・・えぃっ」
腰のお肉をつまむと、顔を顰めた。
唇を突き出して、ガバッと抱きしめられる。
「摘まないの!もぉー!」
「冷凍の作り置き、だいぶ減ってるねぇ」
「ゔぐっ・・・!」
「食べ過ぎなんじゃない?」
「だって・・・美味しいんだもん」
仕事が落ち着いているからか、最近かなり食べてるんじゃないかなーと思ってはいたけど・・・だいぶ食べてるね。これは。
「暇だから食に走るんでしょ!?」
「すいません・・・」
「本当にジム、行ってるの?」
「週一、くらい・・・?」
「足りないんじゃない?」
「はい、すいません・・・」
「おりゃーー!」
両手で摘んで、プルプルと振ってみる。和多流くんは叫ぶと、首筋に甘噛みしてきた。
「明日ジムに行くこと!」
「わ、分かりました・・・」
「野菜中心!」
「はい・・・」
「もぉっ」
「・・・太るのやだ?」
「不摂生はダメ!ってこと」
「はぁい」
携帯の着信音が鳴り響いた。聞き慣れない音。和多流くんはいつも使っているものとは別の携帯を出すと、耳に当てた。
「はい。・・・あぁ、うん・・・はい、はい。分かった。じゃあ後で送って。はーい」
「・・・どうしたの?」
「んー、・・・仕事!おれの人生の春休みは終わりました」
「え!?今のが仕事の電話なの!?」
「知り合いの下請けですので。前に出張で手伝いに行った時のところからだね。発注書がこれから来るんだ」
「・・・ちょっと活き活きしてきたねぇ」
「んえっ!?」
「おやすみ、長すぎて飽きてたんじゃないの?」
ぶに、と頬を突く。和多流くんはムーッとすると、手首を掴んで引っ張り、ダイニングテーブルに押し倒した。
「うわっ」
「じゃあ最後の休みだから付き合ってよね」
「え!?ご飯は!?」
「食べるよ?でも、こっちもしたいの」
ぐりぐりと腰を押し付けられる。かくっと足が跳ねた。
「もぉー・・・」
「裸エプロンして」
「やだよ!寒いもん!」
「抱きついておくから!早く脱いで!」
ババっとスーツもシャツも脱がされて、パンツ一枚にされる。神業だよ、本当に。
渋々エプロンをつけると、背中から抱きしめられた。振り返ると嬉しそうに笑っている。
「ん?」
「・・・やっぱり仕事したかったんでしょ。素直じゃないなぁ」
「だからー、」
「素直になるならパンツも脱いであげる」
「・・・したかったです」
うわ、チョロいな。
笑いを堪えながらパンツを脱ぐと、和多流くんの大きな手がお尻を包んだ。
優しく揉まれてくすぐったい。
「景気付けにお酒でも飲む?」
「いらない。涼くん抱く」
「好きなだけしていいよ」
「え!!マジで!?やったぁ・・・!」
固いものが当たったけど、知らんぷりをする。とりあえず今はご飯、を・・・。
「んぅう・・・」
「ごめん・・・お尻触ってたら我慢できなくなって来た」
「も、もぉ・・・一回だけ、ね。あとはご飯の後ね」
「うん。大好き。キスしよう?」
返事をする前に唇を塞がれた。
ダイニングテーブルに押し倒され、和多流くんを見上げる。ペロリと唇を舐めて、さてどうやって抱こうかな、と楽しそうに呟いた。
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