Evergreen

和栗

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おれは誘うのがとっても下手だと思う。
男なのでそういう気分になることだってたくさんあるけど、どう声をかけたら良いのかわからなくて口を噤むことが多い。
和多流くんはいつもとても自然で、頬を撫でてくれたり頭を撫でてくれたり、時間をかけてキスをして背中を優しく叩いてそっとベッドに倒してくれる。
おれはすぐにその気になってしまう。
そりゃ、時々、え??と思うような誘い方をしてくるけど、正直満更でもないので受け入れてしまう。
おれも和多流くんの頭を撫でてキスをすれば誘えるのかなと思ったけど、一度やってみたけど、和多流くんは気持ち良さそうに目を閉じて膝に頭を乗せて、寝息を立ててしまった。
分かってる。分かってるんです。雰囲気作りができてないのは分かるんです。
でもさ・・・もう少し、もう少し察してくれてもいいじゃん。なんて、思ったり。
色気がないのが悪いんだけどさ・・・。
色気ってどんなふうに出せば良いんだと必死に調べたけど、和多流くんに当てはまることばかりでおれなんか敵うわけがない。
だからせめて、せめてと思って、おれはこっそりと、テレビでツヤツヤになると話題のリップクリームを買った。
そもそもこの唇が悪いのだ。すぐに荒れるし、皮が剥けるし、血が滲む。和多流くんがよく薬用リップクリームを塗ってくれるけど全然改善されない。それくらい強情なんだ。
ネットで見ただけだけど、唇がぷるっとしてるだけで印象が違うみたいだし、こまめに、頑張ろう。
・・・確かに和多流くんのしっとりした唇、気持ちいいし・・・キュンって、する。
おれ、もしかして萎えさせてたかも。
仕事終わりにそっとリップクリームを塗って待ち合わせ場所へ向かうと、和多流くんが外に出てタバコを吸っていた。
あれ?珍しい。最近吸ってなかったのに。
「ただいまっ」
「あー、おかえりぃ。ごめん、ちょっと我慢できなくて・・・」
なんか、よれっとしている。お疲れモードだ。
おれが運転席に乗り込むと、素直に助手席に座り消臭スプレーを撒いた。
「ごめんね。立て込んじゃってさ」
「お迎え、無理しなくていいのに」
「んー・・・早く顔見たかったからさ・・・」
「そ、そっか・・・」
照れちゃうな・・・。
チラッと見ると、目が合った。
き、気づくかな。暗いから気づかないかなぁ。
「涼くん」
「何?」
「夕食さ、テイクアウトとかでいい?作ってないから」
「うん。早く食べて寝よ。明日も忙しいもんね?」
「うん。適当に頼んじゃうね」
携帯でささっと注文を済ませる。適当、といいながらもおれの好きな中華を選び、おかずを選んでくれるのが嬉しい。
リビングのローテーブルに広げてパクパクと食べる。テレビを観ながら2人で笑って顔を見合わせると、和多流くんは春巻きを口に入れた。
「これ美味しい。半分食べる?」
「うん。ねー、こっちの蒸しパンも食べて。甘くて美味しいの」
あ、和多流くんの唇、テカテカしてる。
きっとおれもだろうな。
リップクリーム、意味がなくなっちゃったな。
しかも気づいてないっぽいし。
ただいまのチューもしてないや。
あーあ。
「涼くん、お風呂入ろう」
「うん」
片付けをしてお風呂に入る。湯船に浸かると後ろから抱きしめてくれた。
見上げると、ジーッとこちらを見ていた。
「ごめん、しばらくお迎えに行けないかも」
「え?うん。大丈夫だよ!忙しいのに、ありがとう」
「・・・寂しくなりたくない」
「え、む、」
唇が重なる。やっとキスができた。
しばらく堪能していると、お尻を撫でられた。パシャ、とお湯が跳ねる。
「我儘言ってごめんね。・・・出よう?」
じっと、熱く、見つめられた。頷いてお風呂から出る。ふわふわした頭でついていき、バスタオルに包まったままベッドへ倒れた。大きな体が覆い被さり、手を繋ぐ。
「和多流く、」
「無理させないから」
「・・・う、うんっ。いいよ、無理じゃないもん・・・全部、できるよ」
「・・・ほんと?」
「うんっ。・・・で、でも、見えないところにしてほしい、かも」
「それはもちろん、守る。・・・噛むね?痛かったら言ってね」
「あっ!」
胸に噛みつかれた。
歯形ができる。和多流くんはそれを見て嬉しそうに笑った。
独占欲が丸出しの時、よく噛み付いてくる。しばらくできないから、マーキングのようなものなのだろうと思う。
痛いこともあるけど、仕事の休憩中とかトイレ中に視界に入るとゾクゾクした。しっかりと和多流くんのものという証が刻まれて、嬉しくなる。
胸、お腹、太腿の付け根、内腿、ふくらはぎ、入念に噛まれ、吸い付かれ、赤い跡がたくさん付いたところでうつ伏せにされて背中に移動した。腕には付けてこなかった。袖をまくると思って、付けてこないんだろう。まだ少し冷静さが残っているようで、ほっとした。
「ごめん、お尻にめちゃくちゃ噛みつきたい」
「う、うん、・・・!いっぱいつけて、いいよ・・・」
「可愛い・・・大好き」
噛みつかれた。痛いはずなのに気持ちいいなんて、変なの。
その夜和多流くんは何度もおれを噛み、全身を真っ赤に染めた。それがたまらなく嬉しかった。



***********************


しばらく篭りきりになるとのことだから、おれは自分磨きをすることにした。こんなことするの、初めてだ。
和泉ちゃんに聞いて化粧水を変えてみた。ほんのり甘くて女の子みたいな香りがするけど、もちもちになるしなんとなく艶やかに見える。
リップクリームもこまめに塗ることを勧められた。横に流すんじゃなくて縦に塗っていくといいみたい。流石に色つきは恥ずかしかったが、これなら絶対に似合うと言われてほんのり血色のよく見える色つきのリップクリームを買ってみた。意外にもドラッグストアで揃うものだなと驚いた。
で、極め付け。
男を堕とすコロン。らしい。
このコロンは成瀬さんの妹さんが勤めている化粧品会社のものらしく、爆発的にヒットしているんだそうだ。
店舗に在庫はなくて、和泉ちゃんと真奈美ちゃんのものを少し分けてもらった。
確かにいい香りがする。しつこくなくて、なんて言ったらいいのかな・・・。お風呂上がりみたいな香り?
これを毎晩耳の後ろに指先で塗り、帰宅する。
気づかれなくても毎日つけること、と言われたのでそうしている。
ちなみに、直哉はこの香りが大好きらしく、最近休みになるとしょっちゅう外出しようと誘われるらしい。和泉ちゃんはご満悦。おれもそんなふうに過ごしたい。仕事、早く終わらないかな。
ついでに爪も綺麗に整えてみた。いつもは爪を切っておしまいだけど、磨いてみたらツヤッとして面白かった。細くて白い手はコンプレックスだったけど、和多流くんはいつも綺麗って言ってくれるから、もしかしたらもっと言ってくれるかもしれない。ハンドクリームも忘れずにこまめに塗って、乾燥とささくれのケアも怠らないようにしなきゃ。
なんとなく、なんとなく自信が出てきた。
服は前から気にして清潔にしていたから、買い足すことはしなかった。髪は仕事が終わればチャチャっと櫛でとかして整えれば落ち着くし、靴も汚れたら磨けばいいし。
えへへっ。
嬉しくなってきた。最近本当に部屋に篭り切りだし、あまり顔も合わせてないし、キスくらいしかしてないし、しない時もあるけど・・・仕事が終わったら、きっと気づいてくれる。和多流くんはよく見てくれる人だもん。
が、頑張っちゃお・・・。
なんちゃって・・・。
いや、ここで怯んじゃダメ。仕事で疲れた和多流くんを癒したいもん。
・・・ま、前に和多流くんが買った、真っ白な、フリルつきの、エプロンも、着ちゃおうかな・・・。ボディクリームも高いのにして毎日塗ってるし、ツルツル度も増した気がするし。
早く、仕事終わらないかな。
駅のドラッグストアに入り栄養ドリンクを買う。ビタミンたっぷりのやつ。こういうのも良いって、教えてもらった。あとはサプリも。あまり一気にやると続かないから、サプリはもう少し調べてからにしよう。
今日の晩御飯は何にしようかな。時間もあるし、鶏肉を使おう。和多流くんの大好きな照り焼きか、はたまた大根おろしか、それとも玉ねぎソースか・・・悩むなぁ。
「おかえり」
ビクッと体が跳ねる。ドラッグストアから出たところで声をかけられた。
和多流くんが気だるげに立って、こっちを見ていた。
え、嘘、お迎え??来てくれたの?!忙しいのに!!
あまりの嬉しさに言葉を失い、ついついアホっぽい笑顔のまま見つめてしまう。和多流くんはじーっとおれを見て、携帯をしまった。
「おかえりってば」
「あ、た、ただいま!連絡くれた?」
「してないけど。都合悪かった?」
「え?ううん。待たせてない?仕事大丈夫?」
「・・・別に」
ぷいっとそっぽを向く。
疲れて機嫌が悪いのかな。でもお迎えに来てくれたんだ。無理しなくて良いのに。でも、嬉しい。
人気が少なくなってきたところで指先を握り、歩いた。
でも、握り返されることはなかった。かなり疲れてるんだ。
「ご飯ね、すぐ作るから」
「・・・ん」
「鶏肉焼くね。野菜も蒸すからね。あとはー、卵スープにしようか」
「・・・ん。好き」
「あの、ちゃんと休めてる?」
心配になって尋ねる。目がぼんやりしているし、髭なんて伸びっぱなし。いつもは剃っている鼻の下の髭が珍しく生えている。顎髭はいつもよりボリュームがあるし、もみあげとくっついてる。



・・・・・・これはこれで、とても好き。
おれが剃ってあげたい。整えたいな。



久々に触れて、テンションがものすごく上がってしまう。
ご飯、一緒に食べられるんだ。お酒飲むかな。一緒に寝られたりするのかな。お風呂も入れるかな。
気づいて、くれるかな・・・。リップクリーム、塗っておいてよかった・・・。コロンも少しだけ付けてあるし、爪も、昨日磨いたもん。
・・・跡、薄くなってきたし・・・付け直してくれる、かな。
急いで着替えて料理に取り掛かる。てっきり仕事部屋に戻るのかと思ったら、ダイニングテーブルに頬杖をついてこちらを見ていた。
ついついベラベラとおしゃべりをしてしまう。
おれ、こんなにおしゃべりだったんだ。
今までにないくらいしゃべっちゃってる。和多流くんは短く返事をするだけだけど、久しぶりのことだからそれだけでも嬉しい。
疲れてるのに、聞いてくれるんだ。おれのこと、見てくれるんだ。
嬉しい!
「できました!ガッツリ系の方がいいかなって思って、照り焼きにしたよ。ビール飲む?」
「ありがと。・・・お酒はいいや」
「まだ仕事する?」
「・・・さぁ、どうしようかな」
あれ。あれれ。じゃあ、じゃあ、もしかして!?
「お風呂、一緒に入れる!?」
つい、身を乗り出してしまう。
和多流くんは驚いたように目を見開いてから、少し困ったように眉を寄せた。
あ、無理、かなぁ。
「涼くん、さ?」
「うん」
「・・・いや、後で・・・。うん、入ろ?お風呂」
「沸かしてくる!」
うわーい!
嬉しい!!
入浴剤も入れちゃお!
あー、エプロン着ればよかったなぁ。失敗したなぁ・・・。
あ、でも、あからさま過ぎるのもよくないよね。自然に、自然に・・・。
なるべく自然に、誘いたい。
ダイニングに戻り食事を終え、手早く片付ける。あ、ハンドクリーム!すぐお風呂に入るけど、こまめに!
「何それ」
コーヒーを飲んでいた和多流くんが眉を寄せた。
「ハンドクリーム。カサカサしてたから・・・出しすぎたから、和多流くんにも塗ってあげる」
手の甲に伸ばしながら塗ると、パッと引っ込めた。
そしてプイッと横を向く。
「なにこれ、甘ったるい。全然似合ってない」
え。
あ、そう・・・。
これ、ツヤも出て、肌の色が綺麗に見えて、爪までケアできて、そこまで香りもない、やつ、なんだけどな・・・。
これのおかげでカサつきもだいぶ改善したし、肌触りも良くなったんだけど・・・。そっか、変、なのかな。
和多流くんに褒めて欲しかったのに・・・。
「・・・口、なんか塗ってる?」
「え、」
「色が派手」
「・・・あ、んと、」
「香水もついてる?」
「これは、」
「キツいよ」
え、え、うそ。だって、そんなに付けてない。
蓋の淵についたやつ、指で、塗ってるだけ、だし、コロンだし、それに、・・・。
「・・・ごめんなさい」
気づいてくれたけど、全部、否定された・・・。
頑張ったのに・・・。
褒めて、欲しくて、触って、欲しくて・・・頑張ったよ・・・。和多流くんが忙しいの、我慢、して、それで、色気、とか、考えて・・・。
忙しくてイライラしてるのかも。でも、気遣う余裕がない。悲しい。
冷蔵庫に入った栄養ドリンクも、飲む気にならない。
ハンドクリームをゴミ箱に捨てて、お風呂へ向かう。
なんかもう、やる気出ない。何もできない。
入浴剤も入れたけど、入る気にならない。
シャワーに打たれながらぼんやりしていると、扉が開いて和多流くんが入ってきた。
後ろから抱きついて、無言でおれのペニスを包む。
「痛い、」
「・・・」
「や、やめて!痛いから、」
無言のまま擦り続け、ゆるく立ち上がるとローションを垂らした。
「う、うぅ・・・!酷い、」
否定したくせに。こういう事はするんだ。
「バカ・・・最低・・・ひっく、」
「・・・」
「も、やだぁ・・・!したくない、したくない!触んないで!」
腕に爪を立てると、そっと離れた。
振り返ると、泣きそうな顔の和多流くん。
じっとおれを見て、顔をくしゃくしゃにする。
「誰のためなの」
「え?」
「・・・誰と会ってんの」
「・・・なんの話?」
「どこ行ってるの」
「・・・あ!」
ガブっと肩に噛みつかれた。
痛かった。でも和多流くんはやめなかった。強く噛みつき、跡を残していく。
あ、あれ?あれ?なんか、勘違いしてる??
「和多流く、痛い!」
「・・・なんなの、いきなりさ・・・バカ」
「痛い!バ、バカ!!噛むの、やだ!」
「やめない」
「キ、キス、が、いい!キスしてない!!してくれないなら勝手にするから!」
顔を掴んで引き寄せ、唇を重ねる。舌を入れると少し逃げたけど、諦めたように絡んだ。うあ・・・気持ちいい。
「ん、んぅ・・・」
「・・・りょ、くん・・・」
「んっ!む、・・・わたくん・・・気持ちいい?」
「・・・噛んでごめんね」
あ、落ち着いてきた、かな・・・?
キュッと耳を引っ張ると、眉を寄せた。
「ねぇ、」
「・・・なに?」
「・・・もしかして勘違いしてる?」
「何が、」
「位置情報で見たんでしょ。どこにいるかとか、時間とか」
目を逸らした。
やっぱり。勘違いだ。
「和泉ちゃんに、色々教わってたの!」
「何を」
「・・・色気」
「・・・は?」
「・・・」
「・・・ごめん、もう1回」
「・・・だから、色気!!教わってたの!!ないから!!」
「・・・ありますけど」
「ないの!!」
「あるよ!!」
「ないの!だから誘っても気づかないんじゃん!!」
「はぁーー!?毎日おしりぷりぷりさせて誘ってんじゃん!」
「お、おしりぷりぷり?」
「我慢するの大変なんだから!それなのに、さぁ・・・急にいい匂い、するし・・・肌もツヤツヤしてるし・・・唇、プルプルして・・・化粧水だって変えちゃってるし、なんだよ・・・おれが知らないところで、勝手に・・・」
「それは」
「なに」
「・・・和多流くんに少しでも、こう、色っぽいなぁって思って欲しくて・・・あと、気づいて欲しくて・・・自分磨きをして・・・」
「・・・おれのため?」
「ほ、他にいないし・・・おれ誘うの、下手だから・・・」
「毎日毎日、おれのこと誘ってるくせに。わかってるし、下手なんかじゃないよ。もぉ、びっくりした・・・。誰かに貢がれてるのかと思った・・・」
「はぁ!?なんで?!」
どうしてそうなるの!?
意味が分からない。
本当に、なんでそう考えるんだろう?
和多流くんは安心したように、いきなりペラペラ喋り始めた。
「おれの知らないブランドの化粧水を使い始めたから成分調べたらそっちの方がいい成分入ってるみたいだし、最近出た若い女性に人気のブランドで、やっぱりメンズ化粧水より女性が使うやつの方がいいんだって思って!前からそうなんじゃないかと思ってたけど敷居が高すぎて買いに行けなくて、通販で買おうかと思って迷ってたところだったんだよ・・・!」
「・・・あのさ、落ち着こう?」
「仕事忙しいし・・・帰ってこないし・・・知らん輩に貢がれてたらと思ったら悔しくて悔しくて・・・!先越されるのも嫌だし涼くんと出かけてたら尚のこと嫌だし・・・」
「疑ってたの?」
「違う!!自覚がないから変に振り回されてないか心配で・・・」
「似合ってないって、言った」
「・・・だって、あれつけて、電車に乗ったんでしょ?似合わないって言えば、もうしないでくれるかなって・・・おれの前だけにして。お願い」
「最初から、」
「だって嫌だったんだもん。抑えられなかったんだ。でも、ごめんなさい。言い方間違えた」
「うん・・・」
「・・・ごめんね。酷いこと言ったね。ごめん・・・」
シャワーを止めて、お風呂を出た。
化粧水もボディクリームも、もういいや。
意味、ないし。
と思っていたら、くんっと腕を引かれた。
和多流くんがボディクリームの蓋を開けて、ペタ、と体に塗ってくれた。
「あの、塗らなくていいよ?」
「塗る」
「・・・」
「・・・これのおかげかなぁ。しっとりしてるね。もちもちでさ、綺麗」
「・・・でも、」
「おれのためだったのに、酷い言い方をして、本当にごめんね」
「・・・」
「・・・唇、」
「え?」
顔を上げた時、唇を撫でられた。少し、遠慮しながら。
「似合ってたよ。すごく、似合ってたよ」
「え、」
「すっげー嫉妬した。おれより涼くんに似合うもの、見つける人がいて悔しかった。だから、さっきのは負け惜しみなんだ。香水も涼くんのイメージぴったりの香りで、悔しくて、悔しくて・・・おれが見つけたかったなぁ」
申し訳なさそうに笑う。
気づいてくれたんだ。あんまり顔を合わせてなかったのに、ちゃんと見てくれていたんだ。
さっき、すごく悲しかったけど、ちょっと痛かったけど、嬉しさが勝る。
大きな手で全身くまなくボディクリームを塗り、蓋を閉めた。顔に化粧水を塗ると、それもいい香りだね、と言ってくれた。
「あの、この、ブランドさ・・・」
「うん?」
「成瀬さんの妹さんのいる会社で、去年、新しく立ち上げて、そのプロジェクトに参加してて、んと、和泉ちゃんとその友達の子がこのブランドが大好きで・・・お勧めしてくれて、」
「うん、うん」
「・・・和多流くんに、ほ、褒めて、」
「可愛いよ。嬉しい。さっきは本当にごめんね」
「・・・な、なくなったら、買ってくれる?」
「もちろん!2種類あったよね?パッケージで香りが違うんでしょ?」
「よく知ってるね」
「調べたもん。あとシャンプーとコンディショナーにトリートメント、ヘアオイルもあったね」
「ボディクリームだけでいいです・・・」
仲直りの方法で、おねだりをするって選択肢があるのを知ったのは、和多流くんと付き合ってから。
自分の中で折り合いをつけたり、相手への仲直りの合図として使えるなんて知らなかった。
普段はチョコとかクッキーとかちょっとしたお菓子だけど・・・今日くらいは、我儘言ってもいいかな、と思って。
「あれね、香水じゃなくて、コロンだよ」
「あぁ、だから柔らかい香りだったのか。優しくて気持ちいい香りだった。お風呂上がりみたいで・・・めっちゃエッチだなーって思ってた」
「そうなの?」
「いや、そりゃ、そうでしょ。分かってないなぁ。・・・誘ってくれてたの、すごく嬉しい。ていうか毎日毎日おれのこと誘惑してどうしたいの」
「そんなことしてないよ」
「おしりぷりぷりだし、キス待ちしてる時の顔可愛いし、抱きつくとニコニコしてくれるし・・・誘ってるんじゃないの?」
え、それ、誘ってることになってるの?
ていうか、おしりぷりぷりってなんなの?
つい眉を寄せて見つめると、え?と首を傾げてじっとおれを見て、違うの?と呟いた。
「違う、と思う」
「えー!嫌だなーって思う時も、あった?」
「あ、それはないけど!ないけど・・・こう、もう少し色気のある感じで誘えたら、和多流くんも喜ぶかなって・・・」
「色気たっぷりだよ。今だってそうだもん」
「え!?」
「おれの噛み跡だらけなのに文句ひとつ言わないで、おれが酷いこと言ったのにちゃんと目を見てくれて、話をしてくれて・・・おれのこと考えてくれてるのが、もう、たまんない。きっと分かんないだろうなぁ。毎日、毎日、おれは・・・涼くんにあてられっぱなしだよ」
「だ、だって、噛み跡は・・・その、おれもほしかった、」
「色気のない人はそんなこと言わないよ」
くんっと顎を持ち上げられて唇が触れる。
目を閉じて抱きついて、舌を絡めた。
ゆっくり味わうように舌が重なり、歯列をなぞってくれる。
和多流くんの手は肩に置かれたまま、抱きしめることはなかった。寂しくて少し距離を取ろうと唇を離すと、頬を両手で包まれてまた重なった。
「んにゅ、」
「ふふ、可愛い・・・」
「・・・ぎゅって、して、」
「・・・怖くない?」
「え?」
「・・・無理やり、触っちゃったし、」
「大丈夫。痛かったけど・・・ちゃんと話をしてくれたから、大丈夫だよ」
「・・・涼くん、」
力一杯抱きしめられる。
久々に素肌で触れ合えて、嬉しかった。
寝室に行くと、枕の上に捨てたはずのハンドクリームが置いてあった。
和多流くんは黙ってハンドクリームを手に出し、おれの手に重ねた。
人に塗ってもらうのって気持ちいい。
「甘ったるくない?」
「うん。負け惜しみでした」
「和多流くん、強い香り苦手でしょ?敏感だもんね。だから、あんまり香りがしないやつにしたんだよ」
「・・・ありがと。今つけてるの全部、同じ香りのだよね?」
「うん」
「優しい香りで眠くなるなぁ」
「疲れてるよね。寝よう?」
一緒に寝られるの、嬉しい。
和多流くんは横になると、ぽんぽんと枕を叩いた。横になる前に透明のリップクリームを塗る。夜のケアも大事って、言われたし。確かに夜塗るようになったらカサつきも減ったし。やっぱり美容に詳しい人に聞くっていいことだ。
「涼くん、ごめん」
「どうかした?わぁ!」
「すっげーエロい。我慢できない。さっき酷いこと言っちゃったし、今日は控えようって思ってたけど、無理すぎる。なんで誘うの。なんでそんな色気満載なの。酷くない?」
「え!?リップクリーム塗っただけだよ!?」
「無自覚の無意識が1番エロいって話です。ごめん、マジで無理。いいよって、言って」
必死に懇願するから、つい、つい、頷いてしまう。
疲れてるはずだし、休ませてあげたいし、抱きしめてあげたかったけど、おれだって、抱かれたかった。
まさか1番気が抜けた瞬間に押し倒されるなんて思ってなかったけど・・・。
「し、しよ・・・?」
「・・・今のすげー可愛い・・・」
「え!?」
「跡、薄くなっちゃったから・・・またつけていい?」
「う、うん!欲しかった・・・」
「可愛い。大好き」
手を繋いで、たっぷりキスを堪能して、優しく優しく、丁寧に触れてくれた。
時間をかけて解された体はとろとろで、もう身を委ねるしかなかった。
それがとても心地いいって言ったら、もっとしようよと、笑ってくれた。

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