Evergreen

和栗

文字の大きさ
上 下
125 / 221

99

しおりを挟む

「いってくるね」
「・・・心配だからそこら辺うろうろしてようかな・・・」
「いや、あの、実姉に会うだけなんですけど・・・」
結局姉さんと会う日、和多流くんがおれを車に押し込んで目的の街へ連れて行かれた。
駅で降りようとすると指輪つけた?と言われた。
「いやいやいや、恥ずかしいんですけど」
「なんで?」
「姉だよ?ゲイバレはしてるけど、」
「じゃあつけて」
「・・・あの、何を心配されてるんですかね」
「つけてよ」
「とりあえず行ってくるから帰ってね。迎えはいいよ。送ってもらったし」
「絶対に迎えにくるから連絡して!」
「・・・もー・・・」
「・・・涼くんには分かんないよ。おれの気持ちなんか」
分かってるよ。心配してくれてるんでしょ。わかるけど、わかるけどさ。
10年くらいブランクがある弟が指輪をつけてたら、さすがに姉さんだってびっくりするよ。
「じゃあ、終わったら連絡するから・・・」
「絶対だよ」
「うん。もう時間だから行くね」
「指輪、」
「じゃーね」
カバンを持って車から降りる。ドアを閉めて振り返らずに待ち合わせ場所へ向かった。振り返ったら追いかけてきそうなんだもん。
少し緊張してきたな。
紙袋がカサカサと音を立てる。フィナンシェ、まだ好きかな。
落ち着いた雰囲気のカフェに入ると、窓際に女の人が座っていた。バクっと心臓が跳ねる。姉さんだ。綺麗な髪の毛、すっと通った鼻筋、大きな瞳。立ちすくんでいると姉さんがこちらを見て目を丸くした。
おぼつかない足取りで近づくと、カップを置いて立ち上がった。
姉さんは昔から背が高かった。おれと同じくらいの身長があるんだ。
「涼・・・」
「・・・姉さん、」
「・・・昔みたいに、呼んで欲しいな」
変わらない声、柔らかな笑顔。泣きそうになる。
「・・・玲ちゃん、」
「涼、かっこよくなったね」
「玲ちゃんも、すごく綺麗になったね」
「・・・ごめん、やだ、もう・・・泣かないって決めてたのに・・・」
ポロポロと水晶玉みたいな涙が落ちて、ハンカチで押さえた。必死に堪えて、椅子に腰掛ける。
「ごめ、ごめんねっ、ごめんね・・・ずっと謝りたかった、」
「謝らないで。おれ、すごく救われてた。ずっと、ずっと」
「男の子って、こんなに大人になっちゃうんだね」
くしゃっと笑うその顔が、綺麗だった。
懐かしい。玲ちゃん、変わってない。
「玲ちゃん、短大卒業してからずっと同じところで働いてるの?」
「うん。お給料もいいしね。辞める理由もないし」
「そっか。あの、楽しい?その、毎日・・・」
「嫌なこともあるけど、楽しいわ。涼は?」
「楽しいよ」
「・・・嫌な目に、遭ってない?」
心配そうな顔。中学の頃にゲイだとバレてから、玲ちゃんもよく悪口の対象になってしまった。おれに比べたらどうってことないよと言ってくれたっけ。あの頃のことを思って聞いてくれてるんだろう。
「嫌なこと、沢山あったけど、思い出せないかな」
「え?」
「今、楽しいんだ。本当に、本当に楽しい」
「・・・そうなんだね。よかった。よかったぁ・・・」
「あの、玲ちゃんは結婚とか、したの?」
「しないよ。私は子供も産まない。私はあの人から受け継いだ血を誰かに受け継ぐつもりはないから、ここで終わりにしたいの」
「・・・うん、そっか」
「・・・私、涼に聞きたいことが沢山あったの。あったのにね、今1番気になることがあるの。分かる?」
「え?」
「恋人のこと。電話したあの日からずーっと聞きたくてたまらなかったの」
カーッと顔が熱くなる。
玲ちゃんは意地悪に笑うと、つま先を蹴ってきた。
「大学生の頃に出会ったんでしょ?そこからずーっと付き合ってるの?」
「ちがっ、あの、会ったのは大学一年の時で、そこから友達で、付き合い始めたのは最近っていうか・・・」
「どうやって出会ったの?」
「・・・バーで、友達になろうって、言われて」
「未成年なのにバーに行ったの?よく追い出されなかったわね。辺な男に引っ掛からなくてよかったわ変
「それ、和多流くんにも言われた」
「ワタルっていうの?そう」
あ、しまった。
ついぽろっと・・・。恥ずかしい・・・。
「ずーっとお友達で、何で最近になって付き合うようになったの?そういうものなの?」
「もー、質問ばっかり!玲ちゃんはどうなの?」
「ダメっ。涼が答える番」
「・・・わ、和多流くんが、ずっと、おれに、その・・・」
「・・・やだ。予想以上に漫画みたいな展開じゃない」
思い出した。玲ちゃんは結構少女漫画が好きなんだった。おれも一緒に読んでて、一時期王子様とかに憧れていた。
玲ちゃんは嬉しそうに笑うと、身を乗り出してきた。
「何年越し?」
「・・・6、7年、かな?」
「きゃーっ、どっちから?」
「・・・和多流くん」
「ふふっ」
「もーおしまい!玲ちゃんは!?」
「私はねぇ・・・んー、涼みたいに楽しいお付き合いはなかったなぁ」
「そうなの?」
「ダメなのよ。誰を見てもどうも思わないの」
コーヒーに口をつけて、そっと窓の外を見た玲ちゃんは、儚くて、消えてしまいそうだった。
玲ちゃんは昔から男女共にモテた。高校の頃は女子生徒がファンクラブを作っていた(おれの同級生が発起人)。綺麗だし頭もいいし、行動力もあったから、生徒会長にもなっていた。
おれと違って目立つ人で、誰からも好かれる人だった。
「あんな親だったからね・・・」
「でも涼は誰かと一緒に生きる道を選んでいて、偉いよ」
「ゲイだけどね・・・」
「異性だろうが同性だろうが関係ないよ。誰かと共に生きていくってすごいことだもん。私には出来ないから、ちゃんと家族を作って、笑って泣いて怒って楽しんでる涼は本当にすごいよ」
「・・・今の人だから、そう出来てるだけで、前はおれ、最低だったから、」
「最低だったから今の人と出会ってちゃんと関係が築けているんだよ。最初から上手くできる人なんていないもん。彼氏さんもきっとそうだと思うよ」
そう、だろうな。
和多流くんもたくさんのことを経験しておれと出会った。きっと今までの人とは比べものにならないくらい、おれは不出来だと思うけど・・・それでも選んでくれたんだもん。胸を張ろう。
「玲ちゃんは今一人暮らし?」
「うん。あ、でもこの子達がいる」
携帯を見せてくれた。猫が3匹。黒ぶち、グレー、ミケ。ぶわっと鳥肌が立つ。
「かっ・・・!わいいぃ~・・・!」
「ふふっ。涼は昔から可愛いの、好きだったよね」
「可愛い!飼ってるの?いいなぁ!癒される・・・」
「・・・いいものあげるわ」
携帯を操作する。おれの携帯が震えた。見てみると動画が届いていた。
「ふぁっ!?」
「ふふっ・・・」
ミ、ミ、ミ、ミルク飲んでる・・・!チュパチュパ音を立てて哺乳瓶で飲んでる・・・!!
「か、・・・!」
「3匹とも子猫の時に保護したの。可愛いでしょ?私の子供よ」
「・・・ほしい」
「あげない」
「うぅっ・・・!」
「今度遊びにおいで」
顔を上げる。
頬杖をついて、玲ちゃんはおれを見ていた。遊びに行っていいのかな。
甘えていいのかな。
こく、と頷くと微笑まれた。
「あっ。そうそう」
「え?何?」
「あのおじさん、入院してるのよ」
「・・・え?父さんのこと?」
「そう」
入院?
ふーん、しか思わなかった。顔も思い出せないくらいなんだ。
「直哉パパに聞いたの」
「連絡取ってたの?」
「連絡先は教えてあったの。でも、涼には言わないでって言っておいた。涼から、涼の意志で連絡が欲しかったから」
「・・・遅くなってごめんね」
「ううん。会えたから、いいの。でね、まぁ、あんな人だし私もお見舞いなんか行ってないんだけどさ」
「うん」
「ザマーミロって思っちゃった」
「・・・おれ、そんなことすら思わなかったよ」
「ふふっ。ね!そうだよね」
「うん。だって、ねぇ?」
「ね。涼、強くなったね」
「うん」
「ねぇ、仕事のこととか聞かせて?今塾の先生なんでしょ?」
「うん。あのね、すごい先輩がいて・・・」
そこからひたすら喋り続けた。
成瀬さんのこと、シロさんのこと、クマさんのこと犬飼さんのこと。もちろん、和多流くんのことも。
軍司くんの話をすると、あの子と交流があったのね、と驚かれた。そうだ、彼は生徒会に入ってたんだっけ。
玲ちゃんの仕事の話も面白かった。どこの業界にもクレーマーがいて、毎度毎度電話をかけてきて疲れるけどオウム返しをして対応していると言っていた。玲ちゃんは頭の回転が早いから、きっと言い負かすこともあるんだろうな。
気づいたら日が暮れていた。
コーヒーも何杯飲んだか分からない。途中でドーナツも食べたのに、そんなことすら忘れるくらい話をしていた。
「あ、こんな時間だ」
「やだ、いつの間にか夕暮れだね」
「ごめん。連絡だけしていい?」
「もちろん。・・・涼」
「ん?」
メッセージを打つ。遅くなってごめん、もう少ししたら帰るね。そう送った時だった。
「呼びなさい」
「・・・へ?」
「彼氏さん、呼びなさい」
「・・・・・・何で?」
「何で、ですって?きちんとご挨拶するためよ」
「・・・・・・あの、」
「ここに迎えにきてもらいなさい。私がいることは言わないで」
「や、あのさ、」
「涼」
強く名前を呼ばれて、萎縮する。
きっと和多流くんのことを試すんだ。いきなり玲ちゃんと対面したら、和多流くんでも驚くだろう。
そりゃ、気に入られたいとは言っていたけど、まさか今日会うなんて思わないだろうし、心の準備とか・・・。
「電話しなさい」
「・・・うん」
諦めて電話をかける。すぐにでてくれた。
「あの・・・」
『もしもし?もう駅に着いてるよ。そろそろかなーと思ってお店とか見てたんだ』
「まだ、カフェにいて・・・その、」
『そうなの?じゃあそっちまで行くよ。1人?』
「うん、」
う、嘘ついちゃった・・・。
和多流くんは分かったーと言って電話を切った。ため息をついて玲ちゃんを見る。涼しい顔をして紅茶を飲んでいた。
そして何も言わなくなった。
おれも黙るしかない。
そわそわしていると、ドアの開く音がした。振り返ると和多流くんがいて、驚いた顔をしておれを見ていた。
小走りで近づいてくる。
玲ちゃんは立ち上がると、観察するように和多流くんを見て頭を下げた。
「こんばんは。涼の姉の春日部玲と申します」
「初めまして。藤堂和多流といいます」
「・・・す、座る?」
「じゃあ、はい」
少し緊張したように、和多流くんはコートを脱いで腰掛けた。
コーヒーを注文して様子を伺う。玲ちゃんの出方を待っていると、和多流くんがふふっ、と笑った。玲ちゃんが少し目を見開く。
「ごめんなさい。あの、やっぱり兄弟なんだなって」
「え?」
「すごく似てますね。お店に入って驚きました。瓜二つで、こんな年子もいるんだなって」
「・・・こんな年子?」
「僕も年子で弟がいるんですけど、あまり似てないんですよ」
「・・・そうですか」
「あ、すみません。よかったらこれ」
差し出したのは名刺だった。
玲ちゃんはそっと受け取ると、じっくりと見てからケースにしまった。
「涼とお付き合いをされていると伺いました」
「はい。お付き合いさせていただいてます」
「この子頑固なので、お困りだと思いますけど」
「いえ、ちっとも。その頑固さに助けられてます」
「例えば?」
「え?うーん、・・・割引シールとか?」
カーッと顔が熱くなる。何、言ってんの!
「近所のスーパーで18時に割引シールが貼られるんですけど」
「・・・はあ、そうですか」
「涼くんはじっくり待ってから買い物に出かけます」
「・・・はい」
「僕は割引じゃなくてもいいんじゃないかなと思うんですけど、節約は日々の積み重ねだと熱く説得されて、自分も18時以降に買い物に行くようになりました。あとは・・・絶対に特売品は逃さないハンターのような行動力のおかげで、かなり節約できてます。見ていて感心しますね」
「・・・そうですか」
「それから、」
「もういいよ!やめてよ!」
「え!?」
「バカにしてるでしょ!?」
「してないよ!?何で怒るの?」
「もう黙ってて!」
「涼、私が聞きたいのよ。それで?」
「あと、そうですね、頑固であってるか分からないんですけど」
「えぇ」
「自分の魅力に全く関心がないので、ヒヤヒヤします」
「例えば」
「自分が人に好意を抱かれているという自覚がありません。なので、僕がいつもヤキモキしてしまって」
「そ、そんなの、違うって、違うってば!ないから!やめてよもう!」
「確かに涼は昔から鈍感だったわ。周りのことにはすぐ気づくのに」
玲ちゃんにも言われて、さらに顔が熱くなる。
な、なにさ、2人して。おれのことからかってるんだ。
「よく見ていてくださってるんですね」
「四六時中見ていたいんですけどね。中々難しいです」
「そうですか。まぁ、涼にも仕事と生活がありますから」
「はい。承知してます」
「・・・いいですよ。かしこまらなくて」
「え?」
「いつも通りの藤堂さんが見たいわ」
「いつも通り、ですか」
「その方が話しやすいと思うので」
「・・・では、お言葉に甘えて」
「私が聞くのもなんですけど、涼のこと、どこまで責任を取れるのかしら」
「責任、とは?」
「そうですね・・・。添い遂げるつもりはあるのかしら、と聞いた方がいいですね」
「はいそれはもちろん」
サラッと言うので驚いて背筋が伸びる。
和多流くんはニコニコして、おれね、と玲ちゃんに語る。
「寂しがりなんですよ」
「そんなふうに見えませんけど」
「愛されたくてたまらなくて、じっとしていられないんです」
「・・・」
「それを分かってくれるのが涼くんで、受け入れてくれるのも涼くんで、ちゃんと応えてくれるのも涼くんなんです。だから、おれ、涼くんから離れる気が全くないんです。涼くんは離れたいと思うかもしれないけど、絶対に離したくないんです。離れたら地の果てまで追いかけて部屋に連れ帰ってとじ込めたいと思ってます」
「・・・涼」
「えっ!?」
「この方はお酒でも飲まれてるの?」
れ、玲ちゃん・・・!!
ズバッと言うよなぁ・・・!
バシッと和多流くんの足をたたき、止めるよう促す。ハッとすると、慌てたようにおれと玲ちゃんを見比べて誤魔化すように笑った。
「すいません、通常運転です」
「・・・すごいですね。素面なんですか?よく涼も黙って聞いていられるわね。私、漫画の中のセリフならいくらでも楽しめるけど、現実世界でこんなこと言う人初めてお会いしたわ」
「いや、あの、和多流くんはさ、えーっと、あぁ、」
フォローできねぇ・・・!
言葉が何も出てこない!
「お姉さんは面白い方なんですね」
「そうですか?藤堂さんの方が何百倍も面白いと思いますけど」
「え?そうですか?あ、これよかったら、つまらないものですが」
いきなり紙袋を差し出した。
わーー!もぉーー!
玲ちゃんはお礼を言って受け取ると、不思議そうに見つめて椅子に置いた。
仕方なく自分が持ってきたお土産を渡すと、さらに不思議そうな顔をして受け取った。そりゃそうだよね。なんで別々なんだよって。しかも和多流くんの紙袋の方が大きいし。一体何を買ったんだ。
「ところで、お姉さん」
「玲でいいです。私の方が年下ですよね」
「はい。では、玲さん」
「はい」
「心配なこともたくさんあると思います。不安なことも。もし何かあれば名刺の電話番号に連絡をください」
「え?あぁ・・・はい」
「できれば、お姉さんの連絡先も頂戴したいです」
「なぜ?」
「何かあったときに、必要だと思って」
「・・・そうですね。そうね。必要ですね。直哉パパが知ってるからいいと思ったけど、あなたが一番近くにいるんですものね。必要だわ。今かけますね」
「お願いします」
「え、あ、あの、ちょっと、」
「涼くん、これは大事なことだから。もし今日お会いできるなら絶対に連絡先を交換したかったんだ」
「確かに、大事なことね。もし私といる時に何かあれば、すぐに連絡できるわ」
「何かって、何?」
「「何か、でしょ」」
2人の声が揃う。な、なんで息が合うのさ。初めて会ったくせに。
2人は連絡先を交換し終えると、一息ついた。
そろそろ行こうかと声がかかり、玲ちゃんを送るために駅へ向かった。車で送ると言ったけど、それはいらないとはっきり断られてしまった。
「さてと、涼。はい」
手に小さな鍵を握らされた。
コインロッカーの鍵だ。何?と尋ねると、優しく笑った。
「お母さんが死に物狂いで守ったものよ」
「え?」
「あの人の暴力を涼に背負わせた最低な母親だったけど、どうしても守りたかったみたい。私の部屋に隠してあったものを、寮に引っ越すときに私が持ち出したの」
「・・・何?」
「ちゃんと見て、確認して、要らなければ捨てればいいものよ。私は捨てられなかった。だから、涼が決めて。・・・藤堂さん」
玲ちゃんが和多流くんを見る。和多流くんははい、と短く返事をした。そして玲ちゃんは、深く頭を下げた。
綺麗な髪が揺れる。
「あなたに一つだけ、お願いがあります」
「・・・はい」
「私は一度、涼を見捨てました」
「玲ちゃん、」
「だから、どうか、あなたは、それをしないでください。涼を1人にしないでください。虫のいい話だと思います。不愉快だと思います。だけど、お願いです。涼を、どうか、1人にしないでください」
玲ちゃんが顔を上げた。大きな瞳から、涙がこぼれ落ちそうだった。
「1人は、とても、寂しいから・・・」
玲ちゃん、玲ちゃんも、寂しかったの?
強い人だから。なんでもできる人だから。たくさんの人に好かれる人だから。

1人じゃないと、思っていたよ。

「絶対に、1人になんかさせませんよ」
和多流くんが強く答える。
そして手を差し出すと、玲ちゃんに握手を求めた。
「いつか必ず、うちへ遊びに来てください。待ってますから」
「ありがとうございます」
細い手が握り返す。
手が離れると、玲ちゃんはニコッと笑った。
「涼、この人、絶対に離しちゃダメよ」
「・・・うん、」
「じゃあ、行くね」
「ま、また会える?」
「バカね。そういう時は、またねって、言うものよ。会えるに決まってるじゃない。連絡するわ。涼もして。どこへ遊びに行ったとか、喧嘩したとか、愚痴でも、なんでも」
「玲ちゃんも、」
「するわ。猫の写真も送るからね」
「うん・・・。うん、待ってるから、」
「私も、待ってるからね」
抱きしめられた。華奢な体だった。
抱きしめ返して、手を振る。
玲ちゃんは振り返らずにホームへ降りて行った。
「・・・ちょっと妬ける」
「・・・は!?」
「おれも抱きしめてほしいなー」
え、え、今の、妬くところ!?こんなことでも妬くの!?
驚いて見つめていると、ロッカー行くよ、と言われた。
番号を探すと、一番大きなドアだった。静かに開けると、黒いキャリーバッグが入っていた。これごと、持っていっていいのかな。
取り出すと、やけに重かった。
「なんだろ」
「涼くんの私物とか?」
「うーん、おれ基本的にすぐ捨てちゃうタイプだからなぁ」
「え!?そうなの!?」
「思い出のものとかいらないし・・・和多流くんと付き合い始めてからだよ。なんでも取っておきたくなったの」
「えー、意外だ」
「とりあえず持って帰らないと」
「車で来てるから、おれ持つよ」
和多流くんに持ってもらい、駐車場へ歩いた。車に揺られて家に帰る。掃除してくれたのだろうか、キッチンが綺麗になっていた。
リビングでキャリーバッグを開けてみると、数冊のアルバムと戦隊モノのフィギュア、母の日と書かれた封筒が入っていた。
「え!?あ、アルバムじゃないのこれ!?」
「うん。・・・おかしいな。燃やされたと思ったのに。あ、」
そうか。これが、守ったものか。
中を見てみると生まれた頃の写真が綺麗に保存されていた。若い頃の母親と写っている。和多流くんの鼻息が荒くなった。
「・・・見る?」
「み、見る!お願いします!」
「どうぞ」
「わー!!天使がいるーー!!」
「はいはい」
そっと封筒を持ち上げて中身を確認する。肩たたき券と、似顔絵が入っていた。
小学生の頃に渡したものかもしれない。
これを、守ったんだ。自分で持っていたら、きっと殴られると思ったんだろうな。燃やされてしまうと思ったんだろうな。おれのこと、一応大事に思ってくれていたのかな。
だからと言って連絡を取ろうとは思わない。封筒をキャリーバッグに戻す。
「あー・・・可愛い・・・!なんだよこれぇ・・・!よく攫われなかったね・・・!」
「・・・いや、そこまで可愛くはない、」
「可愛い!目が大きいし口がきゅってなってる!世界で一番可愛い赤ちゃんだよ!」
「・・・どうも」
「あれ?これは玲さん?あははっ。並んでると双子みたいだね」
和多流くんは楽しそうにアルバムを捲った。
玲ちゃんも写ってるんだ。そりゃそうか。おれ、ずーっと玲ちゃんにくっついてたみたいだし。
これ、おれの好きにしてって言ってたな。
捨てようか、一瞬迷った。だけど、和多流くんを見る。
「いる?これ」
「え!?いいの!?」
「うん。好きにしていいよ」
「ほんと!?じゃあスキャンしてデータでも取っておく!」
「そこまでするの?」
「大事!本当に貰っていいの?嬉しすぎて今泣きそうだよ」
「・・・そこまで喜んでくれるなら、と思って。おれが持ってても仕方ないしね」
「あー、プライスレス・・・!素晴らしいお土産をいただいてしまった・・・!」
こんなに喜んでくれるなら、捨てなくてもいいか。
いい思い出なんて少しもないけど、でも、和多流くんが嬉しいって言ってくれるなら、貰っておいてよかった。
「ね、本当に玲ちゃん呼んでいいの?」
「え?もちろんだよ」
「迷惑じゃない?」
「全然?おれももっと話し、したいし。涼くんは朝多流が来たとき迷惑だった?」
「ううん。びっくりしたけど面白かった」
「うん。おれも迎えにいったらお姉さんがいてびっくりしたけど、楽しかったよ。うちに呼ぶとき、ご飯も食べようね。涼くん作ってくれる?」
「うーん、自信がないけど・・・」
「何で?全部美味しいのに。涼くんもお姉さんの家、行くんだよね?行く日が決まったら教えてね。またお菓子買わなくちゃ」
「もう、いいって」
笑いながら肩を叩くと、その手を取って優しく握られた。会えてよかったね、と言われた。じわっと胸が熱くなって、自然と涙が溢れた。
会えて、良かった。また会えるって知った。もうきっと、大丈夫だ。玲ちゃんはどこにも行かないし、おれも、ずっとここにいるから。
しばらく和多流くんに抱きしめてもらった。
静かに泣いて、心を落ち着かせた。
ずっとずっと、大きな手が背中を撫でてくれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

支配された捜査員達はステージの上で恥辱ショーの開始を告げる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

昭和から平成の性的イジメ

ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。 内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。 実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。 全2話 チーマーとは 茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

僕の部屋においでよ

梅丘 かなた
BL
僕は、竜太に片思いをしていた。 ある日、竜太を僕の部屋に招くことになったが……。 ※R15の作品です。ご注意ください。 ※「pixiv」「カクヨム」にも掲載しています。

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

処理中です...