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二人の小話
しおりを挟む「春日部くんがラブレターもらってるとこ、見たのよ」
ヒュッと喉が冷たくなった。
シロくんを凝視する。不思議そうに首を傾げた。
「知らなかったの?」
「シラナイ。ドコデミタノ」
「ちょっとぉ、ロボット?バス停よ、バス停。駅のロータリーの。ほら、夜って人も少ないじゃない。バスが来るまで一緒にいてあげたんじゃない?優しいよね、春日部くん」
「ラブレター・・・シラナイ、キイテナイ」
「まぁ美喜ちゃんも貰ってくるし、講師にとっては日常茶飯事なんじゃない?」
「キイタコトナイ」
「しっかりしてよぉ!別にいいじゃないもらうくらい。わたくんだって貰うこと、あるでしょ?」
「ない!!貰わない!」
「うるさっ。あのさぁ、相手、高校生だよ?しかも、女子。そんなに嫉妬すること?バイじゃないんだし、いいじゃない」
「そういう問題じゃない。涼くんの魅力に気づいたことが許せない」
「・・・怖っ」
白い目をされる。
いくらでもなんでも思えばいいよ。
涼くん、顔は可愛い系だし細身だし清潔感あるし、笑うと可愛いし面倒見がいいから絶対モテるんだよ。ラブレターだって今回が初めてじゃないはず!!
でも何も聞いてない。言われてない!ショック!
お迎えの時に聞かないと。・・・聞いてもいいのか?プライベートなことだもんな・・・。断るとは、思うけど・・・。ゲイ云々の前に、涼くんは立派な教育者だ。学生となんて付き合うはずがないし、ましてや自分の教え子だ。絶対に、ない!信じてる!おれは、涼くんを信じてるんだ!
「ら、ラブレター貰ったって、ほんと・・・?」
泣きたくなるくらい情けない。結局聞いちゃってるし・・・。
助手席に座った涼くんは驚いた顔をした。
「え?」
「シロくんが、なんか、見てたみたい。バス停で・・・。あ、や、ほら、教え子からそういうのもらうと、大変だなーって思ってて、大丈夫だったかな、と」
心配してるフリを、してしまう。
本当はおれのモヤモヤを晴らしたいだけ。本当に、情けない。
「ああ、あの子ね」
「だ、大丈夫だった・・・?」
「うん。ラブレターじゃないから」
「へ?」
すっとんきょうな声を出す。
涼くんは笑いながら、カバンのポケットから封筒を出した。真っ白な封筒に、一枚の便箋。差し出されたので見てみると、よく分からない数式と図が書いてあった。
「・・・なに?」
「あの子ね、生まれつき片耳が聞こえないんだ。おれが説明している言葉がよく聞こえなくて、質問しにきてくれたんだ。すごく頭がいい子でね、ついでに問題を出したの。そしたらこれをくれて。これ、昔成瀬さんが作った問題なんだけどすごく難しいんだよ。おれだって解くのに時間がかかったのに、学校の課題と塾の課題をやりながら解いてくれてね。すごいよねぇ」
「・・・あ、そ、そうなの?」
「うん。今日は来てなかったから、明日花丸を描いて返すんだ。本当はこういうこと、あんまりしちゃいけないんだけど・・・たまにならいいかなって」
「そう、なんだ。へぇ・・・」
「心配しなくても大丈夫だよ。もしラブレターだったとしたら受け取っても返すし」
「心配はしてないよ。だって、その、涼くんの教え子だからさ。うん」
「・・・ふふっ。嘘が下手になったなー」
ぶにゅ、と頬を摘まれる。ゔ、ぐ、バレてる・・・。
「言わなくていいんだよ、そういうのは!」
「なんか、ちょっと気分がいいな。クマさんのとこ行こうよ」
「いい、けど・・・言わないでね」
「んふふっ。ふふふっ」
涼くんはニコニコしながらおれの手に指を絡めた。
くぅ・・・!抗えない・・・!
******************
和多流くんはモテる。
すーごくモテる。
付き合う前に一回だけクラブに連れて行ってもらったことがあるけど、すごくたくさんの人に声をかけられていた。知り合いにも、初めて会う人にも。
おれは隅っこの方で縮こまっていた。居場所がなかったし。でも和多流くんはそばにいてくれて、2人でちまちまとお酒を飲んだ。
それっきり行ってないけど、今だって連絡とか、くるんだろうなぁ。
「涼くんー。ねぇ、これ安いよ。買おうよ」
スーパーのお惣菜を見てニコニコ笑っている。
着ているパーカーは少しほつれているし、チノパンもシワのクセがついてるし、お揃いのバッシュも靴紐が解けかけている。
ヒゲも少し乱れているし。
昔遊びに誘ってくれていたころの和多流くんはいつもおしゃれだった。髪もヒゲも整って、香水もいい香りだった。
うーん。クラブで昔声をかけてきた人たちが見たら、今の和多流くんのこと、どう思うかな。所帯染みてるとか、思うのかな。
「涼くんはコーンクリームコロッケ、好きだよね」
「好き」
「おれも好き。半額だって」
「・・・ふふっ」
前は、新鮮なものを買ったほうがいいんじゃないとか、出来立ての方がいいとか言ってたけど・・・。
「染まったねぇ」
「え?何が?」
「ううん。何でもない」
「ん?なぁに?ニヤニヤしてる」
おれが和多流くんに染まっているだけかと思いきや、和多流くんもおれに染まることがあるんだなぁ。
今の和多流くんの方が、好きなんだよね。気を張らなくていいからさ。
「こっちも買おうか」
「おれ、ニラレバがいいな。涼くん、春巻きあるよ」
「ほんとだ。食べようかな」
ちゃんと、割引シールが貼られたパックを取る。ついつい笑ってしまった。
*******************
涼くんと初めてカラオケに来た。
今までは世代が違うのでちょっと嫌厭していたけど、意外とおれの世代の歌を知っていたし、おれも涼くん世代の歌を知っているので、来てみた。
激しく後悔した。
「手を繋いで、抱き合って、キスをしたね~」
歌声、かんわいい~!!!
抱きてぇ~!!!
「はい、次和多流くん」
「あ、は、はい。やっぱ涼くんもう1曲歌って」
「えぇっ!?おれもう3曲連続で歌ってるけど・・・」
ぐわぁー!そうだった!
あまりにも歌声が可愛すぎてつい、何曲も歌わせちゃったんだ!
いやでも犯罪級に可愛いんだもん・・・。
マイク、両手で持つしさ・・・。歌いながらおれのことチラッて見てくれるし、笑顔だし・・・。
「和多流くんが歌いたかったんじゃないの?」
「うん、歌う、歌う・・・あ、その前に飲み物」
「おれも飲むから、取ってくるよ」
「いや、おれが取ってくるよ。あったかいのも飲みたいからさ」
涼くんのグラスを持って立ち上がる。冷静に、冷静にならねば。
深呼吸しながら部屋を出てドリンクバーへ向かう途中、ある部屋のカップルがめちゃくちゃイチャイチャしていた。ていうか、彼女にフェラをさせていた。
うーん、自分がするのはいいけど、人のを見ると萎えるな。
なんとか熱がおさまって部屋に戻ると、涼くんはデザートメニューを見ていた。
「何か食べようか」
「いい?えへへ、これ、食べてみたい」
指をさしたのはプチシュークリームがタワーになっているデザート。チョコレートソースが溢れんばかりにかかっている。
もちろん、と頷いてついでにたこ焼きとポテトも注文する。涼くんは嬉しそうにすると、マイクを差し出した。
「ね、ね、これ歌おうよ。このアイドル、知ってる?」
「うん。思いっきり世代。クマがよく歌ってたよ」
「そうなの?歌、うまそうだよね」
「あいつモノマネして歌うタイプ」
「あははっ!」
笑っていると、前奏が流れた。おれこっち歌うね、と涼くんが歌い出す。涼くんの歌声に魅了された後、自分のパートを歌うと、クリクリの瞳がじーっと見つめてきた。うわ、わ、やばい。襲いたい。
一曲歌い終わったところでデザートと軽食が届いた。
「わぁ!あ、あの、桃うさのキーホルダーと、写真撮っていい?」
「うん」
「和多流くんのも、貸して」
おれのも?
ポケットから取り出すと、涼くんの桃うさと並べてシュークリームと写真を撮った。嬉しそうに笑う。
だぁーー!!股間が!!
「これ、SNSのアイコンにしていい?」
「うん」
「彼氏と初カラオケって、呟いちゃお」
ぐぅうっ・・・!!がわいい・・・!
誤魔化すようにポテトを口に突っ込んで甘ったるいココアで流し込む。携帯が震えたので見てみると、涼くんから写真が届いていた。
「記念で送っといた」
「・・・がわいい・・・!好き・・・!」
「え?何?」
「いや、なんでも。ありがとう。あのさ、歌ってるとこ動画撮ってもいい?おれも歌うから」
「いいけど、ほんとに、誰にも見せないでよ?」
当たり前じゃん。おれの宝物だよ。
また同じアイドルの曲を入れると、これドラマの主題歌だったよね、と言われた。覚えてないけど、そうだねと相槌を打つ。
涼くんの歌声をバッチリ録画して、本日のおれはホックホクなのでした。
******************
『涼くん、この歌知ってる?』
結構前に懐メロソング特集がテレビで放送していた。
和多流くんの世代とおれの世代は少し違うので、知らないものも多い。と言うと悲しむので、知らない歌だったけど知っているフリをした。
『知ってるの?わ、なんか嬉しい。これね、おれが中学の時に・・・』
知っていると答えたら、思い出話をしてくれた。嬉しかった。知らなかった和多流くんがどんどん溢れてくる。
その日からおれは和多流くん世代の曲を聴きまくった。また思い出話が聞きたかったし、たまに鼻歌を歌ってくれるようになったし、なんだか機嫌がいいから。
聴きまくった結果、とうとう歌えるようになった。
『あのさ、カラオケ、行かない?』
初めて誘ってくれた。もちろん行く、と答えて早速カラオケに行った。なのに。
「涼くん、これも歌ってほしい」
なんでだろう、おればっかり歌ってるんですけど。
さっき2曲だけ一緒に歌ってから、またおれの独壇場なんですけど。ずっと動画ばっかり撮ってるし、何しに来たんだろう。
「えー、ちょっと休憩」
「うん。あ、他にも何か食べる?」
食べ終わったデザートと軽食のお皿を重ねて隅に置く。
「和多流くん歌ってよ。おれも聞きたいよ」
「えー?うーん、じゃあ・・・」
少し考えて、和多流くんは有名なバラードを入れた。
歌い始めると、なんだか恥ずかしくなってきた。
和多流くんの声、かっこいい。歌うと少し低くなるんだな。マイク、少し口元から離して歌うタイプなんだ。
まだまだ知らないことがあるんだと思った。
聞いていたらなんだか気持ちよくなってきて、つい和多流くんに寄りかかる。肩を抱かれた。
そのまま引き寄せられて、キスをした。
「わ、和多流くん・・・」
「ん?」
「歌、」
「うん」
ちゅ、ちゅ、とマイクがリップオンを拾う。
うー、恥ずかしい!
「だ、ダメだよ!監視カメラあるよ、絶対・・・」
「これくらい大丈夫だよ。さっき大学生くらいのカップル、フェラしてたよ?女の子の頭掴んでさ、腰揺らして歌ってんの」
「えぇ!?」
「あ、思い出したら萎えちゃった」
すぐそういうこと言うんだから。と思いつつ、おれも萎えたからちょうどよかったんだけどさ。
「そーゆーことをできそうでできないっていう空間を楽しめばいいのにね。見せつけたいのかもしれないけど、おじさんはどうかと思います」
「おれもどうかと思うよ」
「このくらいのイチャイチャが一番楽しいのに」
ちょんちょん、と唇をノックされる。やり返すと、ふふっと笑って指先を舐められた。
「まぁでも、20代の頃ってそこかしこで盛ってたかぁ。おれもそうだったもんなー」
「そうなの?」
「まぁ、ね。性欲が有り余ってるっていうかさ」
「・・・え?今もすごいのに、20代の頃ってもっとすごかったの!?」
「ん?うん・・・変かな。変だったのかなぁ。オナニーしないで寝ると夢精してたよ」
「えぇっ!?」
「オナニーもさ、2回くらいしないと落ち着かなくて・・・」
「えええええ・・・!」
「え、涼くんはそういう時なかった?」
「ない。せいぜい朝勃ちくらいだよ」
「マジ?おれ、やっぱおかしかったのかな」
20代の和多流くんと、付き合ってなくてよかった・・・!
おれのお尻、壊れる・・・!
「涼くんは夢精しないの?」
「な、なんてことをマイク越しで言ってるの・・・!」
「気になっちゃって」
「し、しないよ・・・。だって和多流くんが・・・」
「おれが?」
「・・・なんでマイク向けるの」
「あははっ。楽しい」
「歌ってよ!」
「えー?涼くんの歌声が聴きたいなぁ」
またそうやって!!
おればっかり!!
ムッとしながらおれが中学生だった頃流行った曲を入れる。多分和多流くんは知らないだろう。だっておれが中学の時、もう和多流くんは20代だし。知ってても少し落ち込むだろう。
ノリノリで歌っていると、案の定少し落ち込んでいた。
ふふーんだ。
*******************
『わ、和多流、くん、』
半泣きの涼くんから電話がかかってきた。
今日は朝から打ち合わせだったので、その間に涼くんは車で買い物に出ていた。
そろそろ帰ってくるかなと携帯を覗いた時に着信があって、出てみると半泣き。びっくりして椅子から立ち上がる。
「どうしたの!?」
『ご、ごめん、あの、車、傷がついてる・・・!』
「え?傷?」
『うんっ、お店入る時は、なくて・・・運転席のドア、ぶつけたみたいな傷・・・。隣の車が結構近くに停まってて、でも、そこしか停めるところがなくて、ごめんなさい、無理に停めたから・・・』
「・・・あ、事故じゃない?涼くんは平気?」
『え?』
「涼くんはなんともないんだよね?その、ぶつけてきた車の人はもういない?」
『うん、いない・・・違う車になってる・・・。おれに、怪我はないよ』
「うん、ならよかった。早く帰っておいで」
『・・・防犯カメラとか、確認しなくていいの?』
「どのくらいの傷?ビデオにできる?」
ビデオ通話に切り替えて、傷を見せてもらう。塗装が少し剥げてへこんでいた。
このくらいで保険屋に連絡して警察呼んでってやるの、面倒くさいな。
「これくらいならディーラーに持って行くよ。大丈夫」
『で、でもさ、せっかく綺麗に乗ってたのに・・・』
「そうだけど、多分大した金額じゃないし。早く帰っておいで。ね。気にしないで。涼くんが巻き込まれてなくてよかったよ」
涼くんは渋々分かった、と返事をして通話を切った。
納得してないんだろうなぁ。でも本当に、いいんだけどな。涼くんが怪我をしてなければ、それで。
「ただいま・・・」
「おかえり」
買い物袋を持った涼くんが、小さくなって立っていた。一緒に外に出て車を見る。
「ごめんなさい・・・」
「涼くんのせいじゃないじゃん。しょうがないよ。こんな時だってあるんだからさ、あんまり落ち込まないで」
「・・・おれ、修理代出す。お願い、断らないで」
必死に見つめてくるから、仕方なく頷いた。これで涼くんが納得するなら、いいか。
ディーラーに連絡するとすぐに見てもらえると言われたので車を預けに行き、代車で帰宅した。
すっかりお昼は過ぎてしまって、有り合わせで済ませた。
「修理代、ありがとうね」
お礼を言うと、ぶんぶんと首を横に振る。
「いやいやほんと、助かったよ。保険使うと等級が下がって、保険料が上がっちゃうからさ」
「え?」
「あ、えっとねぇ、車の保険って等級があってね・・・。これ見て」
パソコンの前に連れてきて、車の保険について説明する。涼くんはうんうんと頷きながら少し考える。頭の中ですごいスピードで計算してるんだろうな。
「おれとしては等級が下がる方が痛手だから、あのぐらいなら自腹でもいいやって思ったんだよね。だから、ありがとうね」
「ううん。おれも、ごめんなさい。次は気をつけて、余裕持って停めるね」
お礼を伝えたからか、涼くんは気持ちを立て直せたようだった。
貰い事故でここまで責任を感じちゃうんだから、難儀な性格だなぁって思った。まぁそこも、涼くんの魅力でもあるんだけどね。
*******************
「・・・ごめん、あの、これ、その、」
和多流くんが青ざめた顔で部屋に入ってきた。
手に持っているものを見ると、黒い棒。でも先端が桃の形をしていたので、桃うさぎの調理器具だと分かった。
「え?どうしたの?」
「ごめ、あの、カレーを、盛ろうとしたらカレーが思った以上に弾力があって、無理やり掬ったら、折れちゃって、」
今日は和多流くんの仕事が忙しく、おれも仕事を持ち帰っていたので各々の部屋に閉じこもっていた。
お昼も食べたい時に食べる、というスタイルにしていた。
カレーを覗き込むと、お玉が突き刺さったままだった。なんか、現代アートみたい。
「んふっ!あはははは!」
「ごめん!」
「あ、あはははは!見事に、刺さってる!ふ、ふ、カレーは、少し水を入れて温めてから、すくった方がいいよ、ぶふ、ふふふっ」
やばい、堪えきれない。
「あの、これ、買い直すね・・・」
「えー?あはははは!見せないで!やばいやばい!!」
ゲラゲラ笑ってしゃがみ込む。和多流くんは戸惑いながらもカレーに少しだけ水を入れて火にかけた。
ちら、ちら、と何度もおれにお玉の取っ手を見せてくる。
「や、やめて~!勘弁して!」
「・・・あははっ、おれも、笑えてきた。カレーの中のお玉、取れないし」
「ト、ト、トングで、取ろ、ひひひひひっ」
「取れた。・・・なんか、間抜けな絵面」
トングで取り出したカレーまみれのお玉は、それはもう笑えてしまって。
しばらく2人で笑い転げて、せっかくだからと2人でカレーを食べた。
あー、おかしかった。
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