83 / 221
64
しおりを挟むおれたちの部屋はとってもありふれた部屋だと思う。
玄関を開けたら廊下があり、左側にトイレと洗面所。洗面所は広くして、そりゃもう立派な鏡をつけた。1日の中で自分の姿を見るのはここだけだし、体のたるみとか気になるからちゃんと見ないと、と思って奮発した。他の部屋の鏡はこれよりは小さい。もちろん洗面所も。
洗面台と鏡も大きくして正解だった。涼くんとここでした時、すっごく官能的でかなり盛り上がった。洗面所だと腰のあたりまでしか見えないので、お風呂場には全身鏡をつけた。
ドアを開けて右側。壁だったところに畳一畳分くらいの大きな鏡を見た時の涼くん、すごく可愛かった。
勘がいいからすぐに飛び出して行こうとしたけど、とりあえず抱きしめてもみくちゃになりながらキスをして、後ろからしたんだよなぁ。
嫌がりながらも途中から腰振ってて、可愛かった。掃除は大変だけど満足だ。
洗面所のドアの正面にあるドアを開ければ涼くんの部屋。
シングルベッドと小さな机。出窓には桃うさの大きなぬいぐるみ。たまに癒されたい時に抱きしめていることを、おれは知っている。めっちゃくちゃに可愛い。
この部屋はもともと物置にする予定だった。誰とも住む気はなかったし、じいさんも昔そうやって使っていたから。
だけど涼くんが来てくれるって決まった時にすぐにカーペットを敷いてエアコンを入れた。カーテンも買い替えた。それが良くなかったのか、誰かと住んでたの?と聞かれて、から回っていたことに気づいた。あれは少し恥ずかしかったな。
廊下のドアを開ければ左側にキッチン。テレビを置く場所がないくらい小さなダイニングには、これまた小さなダイニングテーブル。
本当はここにテーブルなんてなかった。必要がなかった。1人で住んでいたし、仕事部屋で食べれば済んでいたから。
でも涼くんがこの家に来てくれるって決まった時に、2人でご飯が食べたくて買ったのだ。
キッチンも、フライパンと鍋が一つずつしかなかったのに、今じゃいろんな大きさのフライパンがあるし、鍋も片手鍋じゃなくて両手鍋も増えた。ほとんど涼くんが使うからおれは触らないけど、たくさんいろんな料理を作ってくれるって証だ。
実際、本当に色々駆使して作ってくれるからびっくりするんだよね。3口のコンロを全部使って料理をする人、初めて見たし。
右側にはまた扉があり、こちらは引き戸。もともと和室だったところをフローリングに張り替えて仕事部屋にした。簡易ベットは最近ほとんど使っていない。
廊下からキッチンとダイニングを横切った正面に寝室があるから。こちらも和室だったものをフローリングに張り替えた。そんなに広くないけれど、ベッドとソファとテレビが置いてある。基本、ここで涼くんと過ごす。
ダラダラしたり、ドラマやバラエティを観たり、時々喧嘩したり、昼寝したり。
もちろん、イチャイチャするのもここ。
ベッドはダイニングテーブルと一緒に買った。まぁ、しばらく出番はなかったんだけど。だってすぐ家出しちゃったし。あれはショックだったし、不安だった。ちゃんと帰ってきてくれてよかったって、泣きそうになった。
ダブルベッドなんて置けないからセミダブルだけど、毎日くっついて寝られるから幸せ。
窓を開ければベランダがあり、そこに洗濯物が干してある。おれと涼くんの服が柔らかに揺れていた。
涼くんが来るまでは洗濯なんて、週に一回コインランドリーに持って行っていた。どうせ外に出ることも少ないし、毎日洗濯機を回すなんて逆に効率が悪かったし、何より面倒臭いし。
涼くんは塾の先生だから身なりは整えないといけないと、毎日きちんと洗濯をしていて感心した。おれが若い頃なんて、ワイシャツなんか2週間に1回くらいでクリーニングに持って行っていた。その方が綺麗だし楽だし。
でも涼くんは自分でアイロンをかける。丁寧に丁寧にシワを取って行く。
それを見て過去の自分が恥ずかしくなり、やりかたを教わって練習をした。今じゃ涼くんが忙しい時はおれがアイロンがけの係だ。
はためくワイシャツを触る。午後には乾くな。アイロン、かけておこう。
窓を閉めてソファに座る。
今日は急ぎの仕事がなかったので、休みにした。明日は涼くんも休みだし、どこに行こうか考え中。
しばらくしてベッドに横になると、涼くんの匂いがした。まさか涼くんと一緒に暮らせるなんて、このアパートを相続した時は考えもしなかった。
幸せすぎて、夢かと思う時もある。夢じゃないんだと、この匂いがおれを現実に戻してくれるのだけど。
******************
「和多流くん、大丈夫?」
突然声が降ってきて目を開ける。すっかり暗くなっていた。洗濯物は出しっぱなし。しかも涼くんがいるってことは、かなり遅い時間。
「えっ!?ご、ごめん!!」
「大丈夫?寝てただけ?」
「いつの間にか寝てたみたいだ。ごめんね。寒かったよね」
「ううん。今日は早く上がったから、まだ18時だし、そんなに寒くなかった。でももう少ししたら寒くなるかもね。晩御飯どうする?」
あのまま眠ってしまったことに驚きながら、頭を回転させる。えーっと、何も用意してなくて、洗濯物も取り込んでなくて、アイロンもまだだし、お風呂も用意してないし、それから、えーっと・・・。
「ねぇ、たまには配達してもらおうか」
「え?」
「今日、デリバリーの話になったんだけど、今って割引クーポンが沢山あるんだって。このお店どう?配達圏内にあるよ」
「・・・あ、うまそ・・・」
「ね。くるまでに洗濯物入れて、お風呂掃除しよ」
涼くんはメニューを選ぶと、テキパキと注文した。
ニコッと笑って、疲れてたんだね、と言ってくれる。
「そうなのかな・・・。でも寝たから元気になったかも」
「無理しないでね。おれ洗濯物入れるね」
「じゃ、風呂掃除してくる。ねぇ、ねぇ」
「ん?」
「今日さ、お風呂で一回、していい?」
涼くんの顔が真っ赤に染まる。いつまでたっても初々しくて、おれの下半身が大変なことになってしまう。
聞かなくていいよ、と小さく言われて嬉しさで舞い上がる。入念にお風呂を洗い給湯のセットをしたところでデリバリーが届いた。
ドアを開けて受け取り、そっと閉める。中華のいい香り。涼くん、中華好きだよなー。
廊下のドアを開けると、ダイニングテーブルが綺麗になっていた。そして小さな片手鍋に向かって立っている涼くん。
「何してるの?」
「卵スープ作ってる」
「へ?何で?」
「え?あったかいの、飲みたいなって。あと和多流くんの手が冷えてたし、寒かったんだろうなーって思って」
確かに、手が冷たかったかも。そこまで把握してちゃちゃっとスープを作ってくれるなんて、なんか、もう、ときめきを通り越してホッとする。
「届くの早かったね。食べよう」
「うん。あ、春巻きでっかいなぁ」
「ねー。気になって頼んじゃった」
「あ、スープもうまそー」
「適当だよ。いただきまーす」
「いただきます」
今日あった出来事を話しながら食事をする。氷の揺れるグラスには烏龍茶が淹れてあった。至れり尽くせりだ。
この狭いキッチンで、本当にいろんなものを作ってくれるんだよな。魔法みたいに。
「キッチン、もっと広くすればよかったなぁ」
「え?どうしたの、いきなりだね」
「んー?今日、家の中を見てて思ったんだ」
「この大きさがちょうどいいよ。あんまり広くても使いこなせないし」
「そう?」
「うん。対面式?とかじゃなくていいし、カウンターとかもいらないもん。IHもいらない。このままがいいよ」
「・・・うん。じゃ、このまま使おう」
「うん。あー・・・でもさ」
「何?」
「やっぱり食洗機、ほしいなーって・・・」
少し言いづらそうに小さく呟いた。
以前提案した時、いらないと断られたはず。どうしたんだろう。
次の言葉を待っていると、そっと席を立って電子レンジの横に立てかけてある料理本の隙間から冊子を取り出した。
某有名企業の食洗機のカタログだった。
「水道代がかなり節約できるみたいなんだ。置く場所も作ればあるし、分岐水栓もつけられるタイプだし・・・4人分入るやつにしたら、おれたちの1日分の食器、入りそうだなって。この前和多流くんが髭剃り見に行った時におれ、1人でフラフラしてたでしょ。その時に実物を見て、便利だなって・・・」
「あぁ、あの時ね。なんか満足そうに戻ってきたなと思ってたら、食洗機を見てたんだ。うん、買お」
「じゃあおれ、今度見積もり依頼に・・・」
「ダメでーす。一緒に行きます。1人で払おうと思ってたでしょ。そうはさせるかって話ですよ」
「いや、でもさ、」
「2人の家で2人で使うものなんだから、そこは折半」
「ん。わかった。そうだよね。2人で使うんだもんね。ありがとう」
嬉しい。また2人で使うものが増える。
涼くんは分かってるのかな。おれが1人で過ごそうとしていた安住の地に大好きな人が来てくれて、2人で豊かな暮らしを作ることが、どれだけ幸せか。
嬉しそうにカタログを見る涼くんは、おれの視線に気づくとこれにしたい、と指をさす。
このありふれた家で、特別な日々を作る。
他人から見たらなんてことのない日々だけど、おれにとっては幸せそのものなのだ。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
昭和から平成の性的イジメ
ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。
内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。
実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。
全2話
チーマーとは
茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。
僕の部屋においでよ
梅丘 かなた
BL
僕は、竜太に片思いをしていた。
ある日、竜太を僕の部屋に招くことになったが……。
※R15の作品です。ご注意ください。
※「pixiv」「カクヨム」にも掲載しています。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる