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しおりを挟む結局のところさ、結局のところ、人って、第一印象が、顔なわけだ。
だからさ、きっと和多流くんは少なからずおれの顔が好きなんだと思うんだけど、なんとなくそれが気に入らないことが、ある。
何言ってんのって思われるかもしれないけど、おれにとって顔っていうのはそんなに褒められたものでもなくて、好きかと言われたら嫌いな方で、正直、顔を褒められるのがかなり、苦手。
整形をしたいと思ったことはない。痛いのは基本的に好きじゃないから(脱毛した時痛くて泣きそうになったし)。
鏡で顔を見て、少し気分が落ち込む。この顔のせいで嫌な思いをしたことだって沢山ある。
断れなかった自分も悪いけど、怖いことをされるよりマシだと思った。
「涼くん?」
ぼんやりしていると、不思議そうに声をかけられた。
和多流くんの方に顔を向けると、なぜか両手で顔を隠していた。
そういえばスラックスだけ脱いでたんだった。
姿見にうつる自分の姿は中々みっともなかった。ワイシャツにパンツに靴下。情けない。
「エッチすぎる・・・」
「はぁ?」
「そんな、襲われ待ちのサラリーマンみたいな格好・・・!エッチすぎるじゃん・・・!ちんちん痛い」
「元気だね・・・」
襲われ待ちのサラリーマンって、何??
和多流くんの性癖っていまだによく分からない。おれから見たらだらしない姿なんだけどな、これ。
ワイシャツを脱いで部屋着に着替えると、少し残念そうな顔をされた。
和多流くんのはしっかり立ち上がっていた。もちろん無視。
チラッと顔を見る。整ってるよなぁ。鼻、高いし。肌もツルツルだし、髭だって・・・あれ?
「髭剃ったの?」
「あ、気づいた?そうなんだよ。不本意だったけど」
「どうしたの?」
「んー?・・・タバコに火をつけようとしたら付かなくて、カチカチやってたらいきなり大きく火がついて、髭の先が燃えちゃったの」
「・・・え、こわっ」
「正直、すげーびびった」
「火傷してない?大丈夫?ライター、違うの使ったら?」
「犠牲は髭だけ。すっげーびっくりしてさ・・・。今日は前の会社の上司と打ち合わせしてて、その人タバコが好きだから付き合いで吸おうとしたら、これだもんなぁ」
名残り惜しむように顎を触った。ツルツルの和多流くんって、かなりレアかも。
そっと撫でてみると、ふふっと笑った。くすぐったかったのかな。
「なんか、普段隠れてるところを触られると恥ずかしいかも」
「へへっ。レアだから、つい。写真撮ってもいい?」
「えー?どうしようかな」
そう言いながらも、和多流くんは顔を隠したりしなかった。写真を撮ると照れくさそうに笑う。
「和多流くんって、やっぱりかっこいいよね」
「え?そう?ありがとう。・・・涼くんにさぁ、そうやって言われると自信持てるんだよね」
自信?
なんで?
訳がわからずじーっと見つめていると、ふふっと柔らかく笑った。
「涼くんってさ、ほんと可愛いよねえ」
「え??」
「何言ってるのって顔してる。涼くんの顔見るの、好きなんだよねー。ころころ表情が変わるから」
「・・・顔が好きなんだ」
顔、かぁ。
うーん・・・。
ん?ころころ表情が変わる?
「もちろん。顔だって体だって心だって好きだよ」
「おれ、そんなに表情変わる?」
「変わるよ?嫌なことがあればしかめるし、嬉しいことがあれば笑うし、悲しいことがあれば眉が垂れるし、エッチな時は泣いてるのにもっとって求めてくれる」
「それが好きなの?」
「好きだよ?顔ってさ、感情がダイレクトに反映されるじゃない。見ていて楽しいし、嬉しいし、何かあった時にすぐ分かるから安心する」
「・・・思ってたのと違うって思ったこと、ない?」
恐る恐る聞いてみる。昔よく言われた言葉だった。
みんなどう思っておれに近づいてきたのか知らないけど、そう言われてフラれたことだってある。勝手に理想を押し付けて、勝手に怒って勝手にいなくなるのだ。思い出しただけで腹が立つし、悲しくなる。
和多流くんはじーっとおれを見た後、首を傾げた。
「思ってたのとっていうのは、理想ってこと?」
「うん」
「おれ、あんまり理想とかなかったな。とにかくもう、どうしたら振り向いてくれるかばっかり考えてたかも」
「付き合ってからは理想とか、なかったの?」
「・・・うーん、あーしたいこーしたいっていうのならあった。それが理想ってことなあのかな。あ、あれに近いかも。猫」
「猫?おれが?」
「猫って警戒心解くのに時間かかるし、懐いてくるのにも時間がかかるじゃん。とにかく警戒心を解いてほしくて試行錯誤して、警戒心が解けた頃には懐いて欲しいからあの手のこの手使うわけでしょ?懐いてくれたら次はおれなら離れないようにとにかく甘やかすことに必死になって・・・理想とか抱く暇ないじゃん?」
ないじゃん?と言われても。
おれのこと、猫だと思ってたんだってことしか分からなかった。
確かに和多流くんには思ってたのと違うとか、そういうタイプの人だったんだねとか、言われたことがない。
「いい意味で想像と違ったけどね」
「いい意味?」
「ちゃんと注意したり叱ったり、あとお金のことでめちゃくちゃしっかりしてる。それから、おれのことで怒ってくれるでしょ。いっぱい甘やかしてくれるし。嬉しいよ」
「和多流くんもしてくれるじゃん」
「当たり前じゃん。いっぱい愛してもらったんだからいっぱい愛したいって思うでしょ」
「あ、いっ!?」
「あ、論点ズレちゃった。うーんと、つまり、思ってたのと違うなんて誰に対してもあるわけだし、理想と違うなんてそりゃそうじゃん。理想なんてただの妄想。それを涼くんにぶつけるのは間違ってるよ」
「・・・うん」
「顔が好きって言われるの、嫌?」
「・・・少し」
「もしかして、黙ってりゃ可愛いのにとか言われたことある?」
ピクッと肩が跳ねる。
恐る恐る和多流くんを見ると、すっと目を細めていた。
「言われたんだ?」
「いや、えっと、」
「誰?元彼?おれも知ってる?それともバーで言われた?」
「違う違う!知らない人!」
すげー怒ってる・・・。
慌てて知らない人と言ったけど、バーで言われたし、もしかしたら知り合いかもしれない。それを言ったら絶対その人に会いに行くのは目に見えている。トラブルは起こしたくないので必死に否定した。
顔のせいで従順だの大人しい子だの勝手なイメージを持たれて、思ったのと違ったって言われたことは何度もあった。和多流くんが言ったように、黙ってれば可愛いのにって言われたこともある。結構傷つくものだ。
「涼くん」
「はい!?」
「めっちゃ可愛いしかっこいいし声も体も顔も中身も、てか全身、全部、丸ごと大好き。だからおれが顔のこと褒めたら、当たり前じゃん和多流の涼くんだよ?くらい思ってほしい。むしろどこ褒めてもそう思って」
「何言ってんの!?」
「涼くんこそ何言ってんの。おれの、涼くんだよ?理想と違うとか、あるわけないじゃん。そのままの涼くんが好きなんだから。理想ばっか抱いてそれを押し付けてくるやつは、セックスドールでも抱いてりゃいいんだよ」
ふんっと鼻で笑って、和多流くんはマグカップに淹れたお茶を飲む。
和多流くんはいつも本当に、すごい。おれのコンプレックスも、長いこと感じていたモヤモヤも、全部簡単に吹き飛ばす。
確かに、自分の理想通りの人なんていないよね。もしいたとしても、人を傷つける言葉を使う人には近付いてこないだろう。
みんな離れていくに決まっている。おれだって離れたんだから。
心が少し軽くなって、黙って和多流くんの隣に腰掛けると、少しおれを見てから目を逸らした。
「え、嫌だった?」
「いや、違う。その、さっきの無防備な姿を思い出したらちょっと、ねぇ?」
「・・・あぁ、なんだっけ?襲われ待ちのサラリーマン?」
「そう。あー、ダメだ。ごめん。ほんっとうにごめん」
チラッと下を見ると、しっかり、そりゃもう盛大に、山が出来上がっていた。
撫でてあげると、ビクっと体が跳ねた。
「ちょ、煽らないでよ」
「ちょっと触りたくなっちゃって」
「いいんだけど、急には、ちょっと、」
「さっきの格好してあげようか?」
「・・・え゛っ!!!???」
「ねぇ、喉痛くならない?」
咽込みながら目を大きく開いて凝視してくる。
いつも思うけど、変な声を出して喉を痛めたりしないのかな。
「い、いいの?」
「いいよ」
「いや、ちょっと待った!じゃあ明日にする!疲れ切って帰ってきて服を脱いでるところに乱入したい!」
「こだわりがあるんだね・・・」
「もちろん。・・・ごめん、靴下もはいたままでお願いします」
わ・・・マニアック・・・。
靴下をお願いされたのは初めてだ。
昔知らないおじさんに、1万円払うから今履いてるパンツを売ってくれと言われたことがあるけど、それと同じくらいマニアックだ。
怖いから売らなかったけど・・・。
いいよ、と言うと少し恥ずかしそうにお礼を言われた。
和多流くんの性癖って奥が深いんだな。
結構アブノーマルなプレイをしている気がする。あれ?そういえば、セックスしてる時っておれ、かなり顔がぐしゃぐしゃになるよな?泣くし喚くし鼻水垂らすし・・・。見られたくない顔ばっかり、見ようとするんだよね和多流くん。しかも嬉しそうだし(記憶は断片的だけど)。
「・・・ほ、本当にどんな顔でも好きなんだ?」
つい口に出すと、和多流くんはキョトンとした後、ケラケラ笑った。
「な、何、信じてなかったの!?言ってるじゃん!もー、改まって聞いてくるから笑っちゃったよ!どんな顔もどんな表情も好きだよ!」
「・・・鼻水とよだれ垂れてても?」
「当たり前じゃん。なんで?」
普通嫌だと思うんだけど。
拍子抜けしてしまった。なんだ、本当に、言う通りなんだ。つられて笑う。和多流くんは不思議そうにおれを見ていたけど、また笑って顔を撫でてくれた。
「おれも和多流くんが白目剥いてても好きだよ」
「え?剥いてる?」
「時々。おかしくて笑っちゃう」
「マジで!?やべぇな!」
「常に笑わせてくれるから、いつ何時でも気を抜けないんだよね」
「えー、なんかダサいけど、笑ってくれるならいいや」
「ありがと。毎日、楽しいよ」
素直に伝えると、おれもー、と嬉しそうに頷いてくれた。
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