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新しい明日2
しおりを挟む「おかえり」
「ただいまぁ」
助手席に座った涼くんはおれの視線に気づいて微笑んだ。
今日は大変な目にあったと成瀬さんから聞かされていた。
でも涼くんは言わない。1人で乗り越えようとするのはきっと昔からの癖。
1人で乗り越えるべき時と、そうじゃない時があるって、まだ知らないんだよね。
「涼くん、帰ったら一緒にお風呂入ろう」
「え?・・・今日はちょっと、1人がいいかな」
「えー?頭洗って欲しかったなぁ」
「明日は?」
「じゃ、明日も」
涼くんは曖昧に頷くと窓の外に目をやった。
うーん、結構、落ち込み方が激しいかも・・・。
無理に聞き出しちゃダメだと思い、黙ったまま家に帰った。
部屋に入るとすぐにお風呂場に向かいドアを閉めた。
理不尽なクレームって何を言われたんだろう。
受験に失敗した子供の親なんだろうな。クレームつけるって、それくらいしか思い浮かばない。
時期も時期だし。
親って子供のために一生懸命だから見境がなくなるんだろうな。おれには子供がいないから分からないけど。
全部受け止めてしまったんだろう。真面目な子だからね、涼くんは・・・。
適当に服を脱ぎ散らかしてお風呂のドアを開けると、涼くんが驚いた顔で振り返った。
「わ、和多流くんっ、」
「お邪魔します」
「入ってこないでよ。1人で入らせてよ」
「やだね」
「和多流くん!」
「おれのこと見てくれないから、ムカついた」
「・・・は?」
「ちゃんと見て。おれのこと」
シャワーに打たれながら涼くんの顔をしっかり見つめる。
不思議だな。大事な人のことってなんでも分かるんだ。
こんなにシャワーに打たれているのに、涙が溢れるのが分かった。
その涙の熱さも。ちゃんと、分かった。
「涼くん、落ち着いたら話してほしい。でもね、1人でいたらダメだよ」
「み、見ないで、」
「じゃぁ、抱きしめて」
涼くんの腕が首に回る。背中に手を回して抱きしめる。
細い体だった。小さく震えて消えてしまいそうだった。
耳元で鼻を啜る音がして、胸が締め付けられる。
「ごめ、もう、大丈夫・・・」
「あ、またおれのこと置いてけぼりだ」
「え?」
「もうね、1人で乗り切ろうとしなくていいんだよ。おれがいるんだから頼ってよ」
「・・・いいの?」
あ。
うそ。
すごく素直におれの言葉を受け入れてくれてる。
顔を覗き込むと瞳を濡らしたままおれを見ていた。
もっと殻に閉じこもると思った。
1人で抱え込むと思った。
だけど、ちゃんと頼ってくれた。
確かめるようにおれを見つめてくれる。すごく嬉しい。
「もちろん。全部吐き出して」
「・・・受験、落ちちゃった子の親から、お前のせいだって、言われて・・・」
「うん」
「つ、使えないって、言われて、」
「うん」
「塾の質が落ちるから、辞めろって、言われ、」
「それ、本気で受け止めてないよね?」
「え、」
「涼くん、ちゃんと思い出すんだよ。涼くんがすごく頑張って生徒を支えていたことも、問題を作って必死に対策をしていたことも、おれは全部見ていたからね」
「・・・」
「受かった子、沢山いたでしょ?涼くんに、お礼を言いにきたでしょ?受かった、安心したって、おれに話してくれたよね」
「・・・ひ、んっ・・・!」
しゃくりあげて、大粒の涙を流した。
気持ちを落ち着かせるために無理やり唇を塞ぐ。
壁に押し付け、離れないようにしっかりと抱きしめ目を閉じる。涼くんの声が反響していた。
******************
朝起きると、涼くんはまだ眠っていた。
外は雨が降っていた。寒くて体が震える。
服も着ないで寝てしまったのだ。
ゆっくりと、心をほぐすようにセックスをした。
涼くんは最後までしっかりと芯を持つことはなかった。
嫌かもしれないと思いながらも腰を動かし続けた。涼くんはしっかりと背中に手を回し、おれにしがみついて吐息を漏らし達した。
そしてスイッチが切れたように眠りについた。
慰めるようなセックスだった。たまにはこんなセックスもいいと思った。きっと、セックスの形は、想いは、一つじゃない。
でも、涼くんはどう受け止めたんだろうか。
「・・・和多流くん、」
声をかけられて肩を揺らす。
できるだけ自然に笑って返事をすると、目を逸らされた。
あ。やっぱり、間違えたかも。
「涼くん、昨日ごめんね。嫌じゃなかった?」
「・・・」
「・・・涼くん、」
「や、だった。だってさ、和多流くん、いってない」
「え?」
「・・・するならちゃんと、おれも、・・・」
「気持ちよくて幸せだったよ」
「・・・ごめんね、物みたいに、扱っちゃった・・・」
「はい!?え、どこが!?」
「だって、おれのために、してくれたんだよね?おれの気持ち、紛らわせようとしてくれたんだよね?おれ、それを分かってたのに和多流くんのこと拒まなかった。ごめん、なさい・・・こんなセックス、気持ちよくないよね・・・」
「ちょ、っと待った。今おれ、気持ちいいって言ったよね?信じてないの?」
「・・・和多流くんは優しいもん。だから・・・ごめんなさい・・・。嫌な思いさせて、ごめんなさい・・・」
「・・・おれ、嬉しかったのに・・・」
「え・・・?」
「涼くんがおれに愚痴を吐き出してくれて、嬉しかったのに・・・。涼くんがおれの気持ちをわかってて受け入れてくれたのも、嬉しかったのに・・・」
「・・・でも、おれ、」
「おれ、もうそれくらいのことしかできないんだから、そんなふうに言わないでよ・・・」
「・・・」
「たくさんのセックスがあって、想いがあって、正解も間違いもないんだよ。紛らわせたかったんだよ。涼くんは真面目に仕事をして、真剣に生徒のことを考えてたんだよ。おれ、ちゃんと見てたんだから。ちゃんと思い出して欲しくて、昨日は抱いたんだよ。おれに悪いなんて思わないでよ。おれだってきっと、涼くんに慰めてもらう日が来るんだから・・・おれの気持ち、否定しないで・・・」
涼くんは起き上がり、おれを見つめた。
何やってんだ。結局気を使わせるじゃないか。
ついため息をつくと、涼くんはこくんと頷いた。
「ごめんね・・・。もう、言わない」
「・・・え?」
「和多流くんは、慰めるようなセックス、あんまり好きじゃないと思って・・・なのに、それをさせてしまったから申し訳ないって思ったんだけど・・・」
「おれ、涼くんとするセックスが好きなんだよ」
「・・・ありがとう。あの、本当に気持ちよかった?」
「当たり前じゃん」
「よかった・・・。今日の夜も、したい・・・。あ、これは、無理してるわけじゃなくて・・・」
「ん。分かってる」
「・・・ありがと・・・。ほんとに、しんどくて・・・落ち込んだけど、まだ、元気出ないけど・・・1人じゃなくて、よかった・・・」
「1人になんかしないよ。もっと頼って」
涼くんの瞳にみるみる涙がたまり、くっと口を引き結んだ。突然体当たりするように飛びついてきて、慌てて受け止める。
「涼くん、」
「好き、」
「うん・・・おれも。大好きだよ」
「・・・少しだけ、したい」
「ダメ。少しなんて勿体無い」
「和多流くん」
「ん?」
「ありがと・・・。本当に、ありがとう」
優しくキスをされた。
触れるだけの可愛らしいキス。たまらない気持ちになって、つい押し倒した。涼くんは少し笑うとおれの肌を撫でた。
******************
仕事を切り上げようとパソコンの電源を落とした時だった。携帯が短く震えたので画面を見ると、涼くんからのメッセージだった。
職場の裏口まで迎えにきてほしい、とあった。
こんなお願いは初めてだった。
いつも遠慮がちで、あまり生徒や職場の人に見られたくないからと公園で待ち合わせをしている。駅まで迎えに行くことは何度かあったけど天気が悪かったり電車が遅れていたり、深夜に帰宅するときなど、緊急の時だけだった。
小躍りしそうになりながら行くね、と返事をして車の鍵を持って外に出る。
日がだいぶ伸びて、まだ明るかった。
お迎えにはまだ時間があるので駅ビルに向かった。
駅弁フェアのポスターを見て食べたいなって言ってたもんな。食べたことがないって。
新幹線も乗ったことがないと言っていた。
学生の頃に修学旅行へ行ってないことはすぐに分かった。
いつか長い休みが取れたら新幹線に乗って旅行に行こう。喜んでくれるといいけど。そういや朝多流の結婚式、延期が続いてるけどいつ頃だろう。結婚式の前には行きたいところだよな。
本屋で雑誌を物色する。ベタなところに連れて行きたいな。きっと行ったことがないだろうから。
海に行くのはどうだろう。あ、ダメだ。海パン姿なんて見たらおれが倒れる。それにまた変なの声をかけられたり目をつけられたら冷静じゃいられない。
温泉かな。温泉・・・絶対に内風呂だ。
知らねー男に涼くんのちんちんを見せてたまるか!!
旅行に行くだけなのに色々難所が多くて大変だ。とにかく裸にならない、人の少ない、でも楽しくてベタなところを探さないと。いや、ないわ。
1人で何をやってるんだと我に返った時にアラームが鳴った。そろそろ行かないと。
車を取りに行き、職場まで走らせる。
裏口に着くと、ちょうど涼くんが現れた。
パッと顔を明るくすると非常階段を駆け降りてくる。
見た?あの可愛い子おれの彼氏だよ。信じられない。
「ただいま・・・ごめんね、ここまで来てもらって」
「何言ってるの、めっちゃ嬉しかったよ。早く乗って」
ちょこんと座るとドアを閉めた。
アクセルを踏むと顔が上がりおれを見た。
「いつも、ここまでは来ないでって言ってるのに・・・都合よく頼んでごめん」
「もー、いいんだよ。都合よく頼んで、いいんだよ。おれ嫌じゃないもん。嬉しくて踊っちゃったし」
そう、結局踊っちゃったんだよね。だって本当に嬉しかったし。
涼くんは少し笑って、手を伸ばした。その手を取るとギュッと握られる。
「早く顔、見たくて・・・」
「おれの顔?いくらでも見て」
「・・・へへ」
「ね、いいもの買ったよ」
「何?」
「駅弁。ほら、イカ飯食べたいって言ってたから」
「え!ほんと?」
「ほんと。・・・今日、駅弁したいって言ったら怒る?」
みるみるうちに顔が赤くなり、俯いた。
苦手なのは知ってるんだよね。前にした時恥ずかしいって叫んでたし。たまんなかったな、あれは・・・。
もしかしたらそんな気分じゃないかもしれないけど、気を紛らわすくらいはできるんじゃないだろうか。
冗談まじりにあれは?これは?と聞くととうとう返事をしてくれなくなった。あれ、やっちゃったかな。
「・・・和多流くん」
「ん?」
「・・・今日ね、休憩の時に主任に呼ばれて、」
「・・・ん?うん」
「うん・・・。緊張してたんだけど、こんなことで辞めないでねって言われた」
「・・・うん、涼くんがもう辞めたいって思うなら辞めたらいいけど、他人に言われて辞めるのは、おれも違うと思う」
「和多流くんのおかげだと思う」
「え?何が?」
「自分でも、もっと落ち込んで仕事中も引きずると思ってたし、成瀬さんも主任もそう思ってたんだって。だから、出勤してきた時に完璧ではないけど、気持ちの切り替えができてたことに驚いたんだって。おれもびっくりしたんだけど・・・。和多流くんのおかげだなーって思ったんだ。ありがとう」
「・・・おれ、何もしてないよ」
嬉しいな。
おれが少しでも役に立てたなら、すごく、嬉しい。
車を停めて抱きしめたかった。キスをしたかった。でも、もう少し我慢。
「あのね」
「ん?」
「・・・さ、さっき言ってたの、全部、して・・・」
「・・・え!?」
「おれ、和多流くんがいなかったらずっとウジウジしたままだったし・・・いろんな想いのセックスがあるって、言ってたからおれも、和多流くんのしたいこと、したい」
「無理してない?」
涼くんの顔が上がる。もうすぐ家に着く。
様子を伺いながらハンドルを握っているとポツリと言った。
「おれの気持ち、否定しないで」
急ブレーキをかける。後続者がいなくてよかった。いたら確実に追突されてた。
鋭く見つめると涼くんは肩を揺らした。すぐに目を逸らし、俯く。
首筋に触れると熱かった。
「否定なんて絶対にしないよ。疲れてるのに、いいの?って意味。まぁ、無理って今更言われてもするけどね」
「・・・ん」
「・・・仕事中もおれに抱かれた事思い出してた?」
「えっ!?」
「ん?図星?」
「や、・・・その、」
「やらしいね」
いきなりクラクションが鳴り響いた。いつの間にか後ろに車がいた。
少し笑いながら車を発進させ、100メートルほど走ってアパートの駐車場に入ると、弾けるような笑い声がこだました。
「お、おれたち、この距離、我慢できないって、童貞かよって、あは、は、苦しい、」
「・・・あははっ!た、たしかに!やめ、笑わせないでよっ、」
「まぁ、おれ、童貞ですけどね、あー苦しい」
「んふ、ふっ、もう諦めて。涼くんは一生童貞です。はぁ、おかしかった」
「いつか和多流くんのこと羽交締めにして卒業するんだ。それが目標」
「ぜーったいさせません。出来るようになる頃にはお互いおじいちゃんだよ」
「・・・勃つかな」
また2人でゲラゲラ笑う。
涙が溢れてくるまで笑い、何度もお互いの肩を叩いたり手握ったり、じゃれ合った。
ひとしきり笑って家に入ると、急に抱きしめられた。
「涼くん?」
「全部しようね」
「もちろん。明日お休みだし、思う存分するよ」
「・・・ありがとう。大好きだよ」
「いや、おれの方が好きだね」
「だーかーらー、おれだって言ってるじゃん。和多流くんはおれに負けたんだよ」
「勝ってますー。おりゃっ」
「うわぁ!」
抱き上げて、お風呂場へ向かう。
おれのイカ飯!と叫ばれたので後でね、と適当に返して唇を塞ぐ。
買って来たお弁当はめでたく、翌日の遅めのお昼ご飯になりました。
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