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しおりを挟む改めて話がある、と言われたのでベッドに腰掛けて待っていると、和多流くんがシャワーを浴びて戻ってきた。
少し緊張しながら正座をして座り直すと、和多流くんも正座をした。
頭にタオルをかけたままじーっとおれを見る。
「改めて話って、何?」
「・・・涼くんは、セックス、好き?」
いきなりの問いかけに驚いて目を丸くすると、困った顔をしてタオルを取った。
手の中でくしゃくしゃにしながらポツポツと呟く。
「涼くんが恥ずかしがり屋なのは知ってるんだけどさ、なんと言いますか、その、」
「えぇーっと、うん、はい、」
「・・・毎日したいって言ってくれたじゃん?」
「うん・・・ちょっと、無理だなとは思ったけどね。仕事の都合とかもあるし・・・」
「うん、それは、いいんだけど、・・・」
歯切れが悪い。とても悪い。
でもなんとなく言いたいことは分かる。
本当はもっとしたいんだろうな。
性欲強いって自分で言ってたし。
でも時間が限られてるからなぁ・・・。結構休みの日にしていても、同じように毎日したいのかもしれない。
でも、でも、時間がなぁ・・・。あとはおれのお尻がなぁ・・・。
「ごめん、はっきり言う」
「へ!?」
急に大きな声で言われて飛び跳ねる。
まじまじと顔を見て言葉を待つと、和多流くんはゆっくり口を開いた。
「いやとか、やめてとか、あれは本心?本当に嫌なの?」
予想外の言葉に声を失う。
和多流くんは非常に不満そうだった。
******************
ぼんやりしながら自分の席に座っていると、頭にファイルが落ちてきた。
あまりの痛みに頭を抑えると、成瀬さんの声が降ってきた。
「質問があると、生徒がお待ちだぞ」
「うぐ、ぐ、はい・・・!」
角があたったに違いない。めちゃくちゃ痛いし。
廊下に出ると水出くんが立っていた。
つい頬が緩む。彼みたいな子が自分の意思でおれのクラスに戻ってきてくれるなんて思わなかったので、すこーしだけ特別視してしまう。
エコ贔屓はしないけど、でもやっぱり嬉しかった。
「どこかわからないところあった?」
「いえ、ずっと聞きたかったんですけど、これってどの参考書に載ってますか?」
「え?」
プリントを差し出されたので確認をする。確かにおれが作ったプリントだった。
「これ、おれが作ったやつだから参考書に載ってないよ」
「え、そうなんですか。これ、やりがいがあるから欲しかったんですけど・・・」
残念そうな顔になった。
珍しい。意外と感情が表に出るんだ。
「あげるよ。前に作ったやつも」
「・・・え、でも、」
「すぐプリントできるから待ってて」
「あ、じゃぁ、3部ください」
「3部?」
「・・・その、別のクラスに友達がいるので・・・」
友達が来てるんだ。
そういえば直哉が一つ下のクラスにいたっけ。同じ高校だし、もしかして友達って直哉のこと?いやでも、タイプがかなり違うから友達って感じじゃなさそうだな。話を聞いたこともないし。
なんだか今日は生徒のいろんな面を見られて大収穫だなぁ。
しかも、問題集も気に入ってくれたし。
・・・こんな話今の和多流くんにしたら、機嫌悪くなりそうだなぁ・・・。
昨日はあの後大変だったな・・・。
否定しても説明してもなかなか納得してくれなかったし、朝もすこーし機嫌が悪かったし、気まずかったし。
おれが悪いのは分かるけど、ここまで散々しといて今更なんで不満に思うのかな・・・。
嫌とかダメなんて、つい出ちゃうだけだし本気で嫌なら殴ってるよ・・・。
「はい、お待たせ。結構たくさんあるから、全部は無理だけど・・・また欲しくなったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
お辞儀をして顔を上げる。なんだか、やつれたな。
受験生はこの時期みんなこうなるけど、なんだろう、この子、なんだか少し危ういというか、こん詰めすぎっていうか・・・。
「・・・何かついてますか?」
「え?あぁ、違うよ。ごめんね。たまには息抜きしながら頑張ってね」
また軽く頭を下げて帰っていく。
うーん、成瀬さんには何かあったら教えろって言われてるけど、これは何か、に当てはまるんだろうか。
基準が難しい・・・。
今回は黙っておくことにした。成瀬さんも忙しいから。
荷物をまとめて帰りの支度をして、電車に乗る。今日は和多流くんの仕事が忙しいのでユラユラと満員電車に揺られた。
途中、スーパーに寄ってお惣菜を買って家に帰ると、まだ和多流くんは仕事をしていた。
静かに食事の準備をしてドアをノックすると、少し疲れた顔が現れた。
「ただいま」
「おかえりぃ・・・」
「・・・え、大丈夫?目が赤いけど・・・」
「・・・そんなに得意じゃないことやってるからね・・・」
「CGの仕事?」
「そー・・・。前にいた会社の手伝いなんだけど、ゲームアプリの・・・あぁ、これあんまり言っちゃダメなんだ。ごめん」
「ううん。平気」
疲れて髭がボサボサの和多流くんは、なんだか可愛い。
ちょっとだけムラムラする。和多流くんに言うと仕事の邪魔になるから言わないけど。
いや、むしろ言ったほうがセックスが好きって伝わるかな。
でも無理してるって思われたら嫌だし、仕事の邪魔をするのも嫌だし・・・。
どうしたらいいんだ。
「涼くん、タバコ吸ってきていい?」
「え?なんで?」
「え?気分転換に・・・。ご飯の前に申し訳ないんだけどね」
「ん、分かった。ごめん」
いつもこういう時はキスをしてたのに。
タバコもやめるって約束もしたのに。
ベランダに出てタバコを吸って、すぐに戻ってきた。
ガシガシと頭をかくと、また部屋に入ってしまう。
あ、ご飯のこと忘れてるな。
仕方なく一人でご飯に手をつけるけど、元々一人だとあまりご飯は食べないタイプなので箸が進まなくなる。
忘れられてしまうのは初めてじゃないのに、今日はすごく寂しくなった。
和多流くんが好きなおかずを買ってきたのになぁ。
昨日のこともあるし、セックスはできなくてもお風呂に入ったり少しだけくっついたりしたかったのになぁ。
仕事部屋から声が聞こえてきた。
そっと覗き込むと、マイクのついた小さなヘッドホンをつけて笑っていた。仕事の話をしているのかもしれない。
でも、いいなぁ。
昨日も今日も、笑った顔なんて見てないよ。
おれにも笑いかけてよ。
おれの話を聞いてよ。
おれのことを見てよ。
もたもたとお風呂に入り濡れた髪のままダイニングに戻ると、和多流くんがバツの悪そうな顔で椅子に座っていた。
「ごめん、ご飯のこと忘れてた」
「・・・いいよ。別に」
「涼くんも食べてないよね。少し一緒に食べない?」
「・・・したい」
「え?」
「・・・セックスしたい」
呟くようにいうと、和多流くんは少し戸惑ってから手を合わせて頭を下げた。
「ごめん、今日はちょっと・・・本当にごめん。終わったらいっぱい、」
「和多流くんはおれが誘うと必ず断るよね」
「・・・え!?そんなことないよ、」
「あるよ!タイミングの問題かなってずっと我慢してたけど違う時もあるじゃん!ていうか、おれが仕事で忙しい時は頑張って応えてるのに、和多流くんはそうじゃないじゃん!」
頭にかけていたタオルを投げつけて寝室に走り、ドアを閉めて布団をかぶる。
何してんだ、おれ。
どう見たって和多流くん、そんなことしてる暇なんかないじゃん。分かってるのになんで声かけて断られてキレてんの、馬鹿みたい。
でも、昨日言われた、セックス中の言葉で和多流くんがモヤモヤしてぶつけてくるなら、おれだってぶつけたっていいじゃないか。
おれだって怒るんだからな。
ムカムカモヤモヤしたまま目をきつく閉じる。
和多流くんは寝室にこなかった。
******************
「えー、わたくん修羅場なの?大変そー」
「個人事業主ってのも大変だな」
せっせとシロさんが肉を焼き、それをひたすら成瀬さんが食べている。
シロさんは食べることよりも焼くことのほうが好きみたいで、トングを離さなかった。
必然的におれの皿にも盛られて行く。
急にシロさんから焼肉に誘われた時は驚いたけど、来てよかったかも。気分転換になるし、やっぱり、1人でご飯を食べるのは寂しいし味気ない。
「どーりで行かないって、間髪入れずに返事が来たわけだ」
「また迎えに来るんじゃないか」
「こないと思います。何人かと組んで作業してて、本当に忙しいから」
「へー!グループ作業、できるんだ!」
シロさんが驚いて声を上げたので、そのことに驚いてしまう。
お箸を止めて顔を見つめると、ケラケラ笑いながら言った。
「なんでフリーになったのって聞いたら、団体行動が苦手だからって言ってたのよ。食うに困らないくらい稼げればいいって。グループ作業ってことは本業とは少し違うことしてるの?」
「はい。CGの作業をしてるって」
「お前、面白がってんだろ」
「だぁってー、すっごく悔しがってるだろうなと思ったらおかしくておかしくて!くればよかったーって思ってるはずよ、絶対」
「性格悪いな」
「いーのよ。どうせ向こうだって同じようなことしてるんだから」
「・・・本当に仲がいいんですね」
「え?」
「いや、和多流くんが意地悪いこと言ってるのも分かってるし、それを面白がってるし、仲がいいんだなって・・・」
シロさんの話は、本人に会うまで聞いたことがなかった。だからそこまで頻繁に会うような人ではないのかなと思っていたけど、意外と仲がいいし揶揄いあったりしてるから、時々妬いてしまうことがある。
和多流くんには悟られないくらい小さなヤキモチだけど。
「うーん、そうかしら。気が合っただけなのよね」
「気?」
「うん。恋人に尽くしたいとかとにかくなんでもしてあげたいとか、まぁ、あとは・・・ほんの少しだけ黒ーい部分とか」
すっと目が冷たくなった。
ピリッと指先が痺れて、膝の上で強く握る。
黙って頷くと、またニコニコと笑う。
少し緊張した。
成瀬さんはこの人とずっと一緒にいて怖くないのかな。
チラッと様子を伺うと、平気な顔をしてお肉を食べていた。
うーん、さすが、と言っていいのだろうか。
「春日部くんってとーっても賢いのね。勘もいいし」
「いや、そんなこと、」
「勘がいいから気を使いすぎるんだ、お前は」
「えっ!?」
「気を使いすぎて相手を不快にさせる。前から言おうと思ってたんだ。お前は少し甘えることをしろ。財布をしまえ」
膝の上に出していた財布を見る。
お会計の時にお金を出すのは悪いことなのだろうか。
恐る恐る成瀬さんを見ると、ぐーっとビールを煽ってジョッキを乱暴にテーブルに置いた。
「しまえ」
「あ、は、はいっ」
「カバンの奥に沈めろ」
「えっ」
「んもぉー。言い方が乱暴。素直に可愛がりたいって言えばいいのに」
「言ったって分からん」
「かっ!?かわ、」
「もぉー、春日部くんは勘がいいのに自分のことになると鈍感なのね!この人が可愛がりたいってよほどだよ?他の人にはほんっとに冷たいんだから。妬けちゃうわ」
恥ずかしくて体温が上がる。
冷たいのは知っている。だって、新人をバサバサ切ってきた。
おれの同期ももちろん、その後に来た人たちも。
でも、残れたってことはおれが必死に食らいついて成瀬さんが認めたって証拠なんだ。
それはとても嬉しいことだ。
「美喜ちゃんは唐突だよね。まぁ財布は僕も気になってたけど」
「いや、その、自分のくらいは払おうって・・・だって、おれ、大人だし、」
「大人?大人なら相手の気持ちを汲み取れるだろ」
「え、」
「ガキだ、お前は。金を払うことが大人な訳あるか。じゃぁお前より年上の大人はどうなるんだ。大人っつーのはな、可愛がる方法が減って行くんだよ。飯を奢るとか酒を飲ませるとか、そのくらいしかなくなるんだ。それを拒否されたらどうやって可愛がれっていうんだ」
「・・・す、すいません、」
「昼に外に行くたびに思ってたんだ。たまには黙って奢られてろ。今だけだ、こんなこと。お前に後輩ができたらよく分かるだろうけど、今はいないんだから甘えておけ」
「・・・はい」
「あと、好意を突っ返されるのは思った以上にダメージになる。それくらい分かれ」
好意を突っ返す、か。
あ、あ、もう、思い当たる節が多すぎて頭が痛い。
和多流くんにもやってるし・・・。
「まぁ、あんまり気を使いすぎずに生きればいいのよ。要領よくね」
「それが1番難しいです・・・」
「嫌なことは嫌って言えばいいし、やってもらったことにはありがとうってお礼を言えばいいし、たまには何か返してみて、喜ばれたら喜べばいいのよ。過剰にやる必要もないし、頑なにやらないって意地張る必要もないし。僕らに対して気を使わなくていいからね」
少し悩んで、お財布をカバンの奥底にしまう。
成瀬さんはそれを見てからビールを追加した。
何度も何度もご飯に誘ってもらって、その度に頑なに自分で支払っていたけど、今の話を聞いたらおれはかなり失礼なこと続けていたんじゃないかと思った。
それなのにまだこうやって変わらずに接してくれるんだ。
しかも、か、可愛がりたいって・・・和多流くん以外に言われたことがないのでどうしたらいいのか正解がわからない。
とりあえず、今日は財布は出さないでおこう。
たっぷりと焼き肉を食べて、お店を出る。
成瀬さんは少しだけおれを見つめてから口を開いた。
「明日、定食屋の日替わり、さばの味噌煮だぞ」
「え!マジですか!」
「行くか?」
「はい!」
「・・・財布出したら殴るぞ」
「ひぇ!?」
「ちょーっと!美喜ちゃんそれじゃぁパワハラじゃすまないわよ!もっと言い方があるでしょうが!」
「遠回しに言っても分からん」
「ぜ、絶対に出しません!」
「ならいい」
ふん、と鼻を鳴らして成瀬さんは歩き出した。
少し遅れてシロさんと歩き出すと、ポツリと言われた。
「人間ってさ、気を遣われて嬉しい人と、嬉しくない人がいるんだよ」
「え?」
「僕らは春日部くんに気を遣ってほしくないんだよね」
「・・・はい」
「でね、気を遣っていい人と悪い人もいるのよ」
「・・・ん?えっと、おれがってことですか?」
「そう。春日部くんが気を遣っていいのは職場とか、良好的な関係を保ちたい人たち。気を遣っちゃいけないのが僕ら。一番気を遣っちゃいけないのは、わたくん」
「・・・和多流くんですか?」
「そう。あの人には絶対に気を遣っちゃダメ。逆に傷ついちゃうから。嫌なことは嫌って言ってやんなさい。その方が喜ぶから」
「・・・正直に?」
「そう。あと、素直に」
正直に、素直に、かぁ・・・。
うーん、できるかな。
駅で別れ、電車に乗り込む。今日もそこそこ混んでいる。
携帯を開くと何件かメッセージが入っていた。
どこ?何時に帰る?迎えに行く。
短い文章が何通も。
気を遣わないで、正直に、素直に。
最寄り駅まで迎えに来て、と返事をするとすぐにスタンプが返ってきた。
早いな。忙しくないのかな。
しばらく電車に揺られて駅に降り立ち改札を抜けると、和多流くんが壁に寄りかかって立っていた。
眼鏡をかけたままだった。
手入れをしていない髭がより一層濃くなっている気もする。
整えてあげたいなと思った。
「ただいま。仕事大丈夫?」
「おかえり。今日は早めに寝れそう」
「そうなんだ」
会話が途切れ、黙って歩く。
和多流くんは、帰り道の途中にある児童公園に入ると手招きした。後を追い、ベンチに座る。
自販機で買ったお茶を差し出された。
「はい」
「ありがとう」
「楽しかった?」
「うん」
「・・・本当は帰ってきて欲しかったんだ」
「そうなの?」
「そりゃ、そうだよ。だって一昨日から気まずいまんまだし」
「言えばよかったのに」
「んー・・・言えません。涼くんの自由だもん。わがまま言って嫌われたくないし。ていうか、涼くんの誘い断ってるくせに帰ってきてって言うのもおかしな話だもん」
戸惑ったように手を伸ばし、おれの手を握る。
少しだけ指先が冷たい。
和多流くんは言い淀んでから、静かに言った。
「本当は涼くんが気を遣ってるの分かってたんだ。仕事で疲れてるだろうなって分かってても声かけて、抱いて、満足して・・・寝落ちした涼くんを見て反省して。でもまたしちゃって・・・ごめんね」
「・・・いや、あの、おれも変なこと言ってごめん」
「おれが無理なこと言いすぎて、嫌とかやめてとか言ってるのかなって不安になっちゃった。馬鹿だよね」
「・・・嫌じゃないよ。本当に」
「うん」
「・・・せっかく声をかけてくれたんだから、応えなきゃとは思ってたけど・・・。断ったらもうしてくれないかなとか、思ったり・・・」
「そんなこと絶対にないよ」
「・・・うん」
「疲れてる時は断って。おれ、また調子乗っちゃうから・・・。ごめんね。疲れた顔を見るとこう、ムラムラしてちんちんがイライラし始めるっていうか、色気がヤバいんだよ」
「そ、その、ちんちんがイライラって何?前も言ってたけど」
「いれたくてしょうがなくなる、みたいな?断られれば仕方ないって思うから、断っていいんだよ」
「仕方ないって思われたくないし、おれなんかに欲情してくれてるのに断るのが、」
「おれなんかって言わない約束でしょ。欲情してくれてるってなに?するに決まってるじゃん。涼くんは分からないだろうけど、ほんっとに色気とフェロモンがやばいんだよ」
「わ、分かったから、もういいよ・・・」
「・・・昨日はさ、おれが不機嫌だったから声かけてくれたのかなって思って、断っちゃったんだ。そうじゃなくて、こう、もっとなんか、本能で求めてほしくて・・・義務とか同情とか気を遣うって感じじゃなくて、だから、えーっと、」
「おれ、昨日は本当にムラムラしてたよ」
「・・・え゛?!」
「でもご飯は忘れるしキスもしてくれないし、なんなら仕事でいいことがあって話したくてたまらなかったのに声かける隙もなかったし、でも仕事の人とは笑いながら話してるし、あげく誘ったら断られるし、散々だった」
「・・・ごめんなさい」
項垂れたので、少し溜飲が下がった。
冷たい風邪が吹いて、髪を揺らす。
「・・・ムラムラした涼くん・・・抱きたかった・・・」
「残念だったね」
「・・・はぁ・・・最悪・・・」
「やっぱり勘が鈍ってるんだよ」
「もう絶対に断らないから、」
「もう声かけないもん」
「えぇ!?」
「素直に生きることにしました。ムカついたからもう誘いません」
パッと顔を見ると、愕然とした顔がおれを見ていた。
ガシッと肩を掴まれてゆさゆさと揺さぶられる。
「嘘でしょ?嘘だよね?おれとしたくないってことなの?」
「ちょ、ちょ、」
「もう絶対絶対文句も言わないし断らないから、あの、いや、体だけが目的なんじゃなくて、だって、じゃぁどうやって伝えたらいいの?」
「な、何が?」
「言葉だけじゃ絶対無理。おれボキャブラリー貧困だし、体使わないと全部なんてとても、」
「だから、何が?」
「愛!」
「あ、い!?」
「めちゃくちゃに溢れてるのにどうやって伝え切ればいいの。言葉だけじゃ無理だよ。ねぇお願いだから、もうしないなんて言わないで・・・。お仕置きで1週間、いや、2週間の放置くらいなら頑張るから・・・」
うぅう・・・!
必死すぎて可愛い・・・!
もうしないなんて言ってないのになぁ。
おれからは誘わないって、それしか言ってないのに。
勘違いするくらい余裕がないんだ。
「・・・じゃぁさ、もう、あーゆーこと聞かないでよ」
「嫌なのかって?分かった。聞かない」
「・・・んでも、不安だろうから、セーフワードでも作る?」
「セーフワード?」
「うん。これを言ったら本気で嫌だって意味の言葉。・・・だから、その、他の言葉は、気持ちいいって、意味・・・」
恥ずかしい。
でも、本当に嫌じゃないんだもん。
気持ち良すぎてダメなだけで・・・だからつい、嫌とかダメとか言っちゃうだけで・・・。
「セーフワード以外は止めなくていいってこと?」
「うん」
「・・・じゃぁ、うーん、・・・助けて、とか?」
「・・・嫌いとか?」
「嘘でもセーフワードでもそれは絶対に嫌だ!!」
「うわっ!もぉ、怒らないでよ・・・」
「怒ってないよ!でも嫌いはダメ!」
「んー・・・助けて、だと萎えない?大丈夫?」
「いや、本気で嫌なら萎えさせるくらいしないとダメだと思うんだけど」
「・・・うん、じゃあそれで」
健全な子供たちの遊び場で何という話をしているんだ。
慌てて立ち上がって公園を出る。
もう家はすぐそこってところで、今度は強く手を握られた。
「・・・あの、これからもしてくれるってことでいい?」
「え?」
「いや、だから、して、いいのかなって・・・」
「おれ、しないなんて言ってないよ」
「え?でもさっき」
「おれからは誘わないって言ったの」
「・・・涼くんがしたくなった時、どうするの?」
「1人でするか、おもちゃでも使おうかな」
「・・・それは寂しい」
うぐっ・・・!
心臓が締め付けられる。
可愛い。可愛すぎる。
寂しいなんて言われると甘やかしたくなる。
「わ、我儘だなぁ」
「だって、まさか本当にムラムラしてるとは・・・もうしてない?おれにムラムラしてないの?してほしい」
「キスしてくれない人にムラムラなんてしませ、」
言い終わる前に勢いよくキスをされた。
少しだけ前歯が当たる。
子供みたいなキスだった。
少し笑ってから顔を離すと、お肉の味がする、と頭を撫でられた。
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