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和栗

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忙しい時はおれが作るけど、普段は涼くんが作ってほしい、と言われたのは段々と2人の生活が慣れてきた頃だった。
きょとんとしながら顔を見つめて頷いた記憶がある。
和多流くんは嬉しそうに顔を明るくしていた。
和多流くんは子供が好きそうな料理が好きだった。
オムライス、カレー、シチュー、唐揚げ、ハンバーグ。
ハンバーグは家で作ったことはなかった。
どうしてもパサパサしてしまうから。
だから作るのは避けていたんだけど。
「涼くんの作ったハンバーグが食べたい」
期待のこもった瞳で言われたら、NOとは言いづらくって。
渋々頷くしかなかった。
「あの、クマさんのお店とかで食べるのと比べないでね」
「へ?何でクマと比べんの?」
「・・・おれあんまり得意じゃないからさ」
「えー?うーん・・・お店のも美味しいけど、涼くんのが食べたいだけだよ。比べるために言ってるんじゃないよ?」
「う、うん・・・。でもあんまり自信がないから、」
「あ、涼くんが作りたい時でいいんだ。いつでもいいよ」
少ししょんぼりしながらも、笑いかけてくれた。
こういう顔を見てしまうと、頑張りたくなってしまうわけで。
「よしっ」
休みの前の日の夜。材料を買い込んで本を見ながら作ってみた。
ふっくらでジューシーなハンバーグには程遠い、少し焦げたハンバーグができた。
うぅ・・・。辛い・・・。
「わぁ!ハンバーグだ!ありがとう!」
仕事部屋から出てきた和多流くんは嬉しそうにフライパンを見た。
お皿に乗せて恐る恐る差し出すと、両手で受け取ってテーブルに置いた。
ソースをかけて食べてみる。うーん、ちょっと、パサパサ・・・。
「わぁ、おいしい!おいしいよ!へへ、涼くんの手の大きさのハンバーグだ。嬉しい」
「・・・無理しなくていいのに」
「え?無理って?」
「あ、ん・・・」
「これおかわりある?」
「これしかないよ」
「えー・・・そっかぁ・・・。ね、明日も作ってくれないかなぁ」
「はい!?え?明日も?」
「うん。あ、手間かかるかな。おれも手伝うから、お願い!」
あっという間にハンバーグを平らげてしまった和多流くんは、両手を合わせた。
うぅっ・・・!この顔を見ちゃうと、無理って言えない・・・!
「チーズ入ったのがいいなぁ」
また、ハードルの高いことを・・・!
と思いつつ、次の日もスーパーに来て、お肉売り場に来てしまった。
チーズはとろけるスライスチーズを持っていた。
カゴに入れると、合い挽き肉の大きなパックもカゴに入れた。
「え、こんなにいらないよ」
「お願い、冷凍保存用で・・・」
「えー!食べたいならクマさんのところに行けばいいのに・・・」
「何でお店に行かなきゃいけないの?」
「お店の方が美味しいもん」
「涼くんの方が美味しいもん」
「そんなわけないでしょ」
「あるよ。美味しいもん」
「気を使わなくていいのに」
「・・・おれ本当のことしか言ってないんだけど」
ムッとした顔になって、すぐにふいっと顔を背けた。
無言で買い物を続ける。
やばい、作りたくないの、バレちゃったかな。
だって自分で食べていても美味しく感じないんだもん。
お店の方が美味しいもん。
美味しいって言われて嬉しかったけど、やっぱり自信がない。
でも、あの顔は本気で美味しいって思ってる時の顔だったな。
頑張っても、いいかも・・・。おれってちょろいな・・・。
家に帰って冷蔵庫に食材を押し込む。
さて、昼ごはんの用意しよう。
「お昼どうする?」
「前に買った焼きそばでそば飯作ろうかなって」
「そば飯って?」
和多流くんは昔から食に興味がなかったのか、食べたことがないものが多かった。
あと、家で作れることを知らなかったものも沢山ある。
ピラフを作ったら、家で作れるものなんだねといたく感動していた。
どんな生活をしてきたんだろうと不思議に思ってしまう。
「ご飯と焼きそば混ぜるの」
「へぇー。ソース味?」
「そうだよ。目玉焼き載せようか?」
「え!何それ、美味しそうだね」
「和多流くん、目玉焼き焼いてくれる?半熟焼くのうまいから」
「それしか焼けないんだけどね。固めに焼きたいのにできないんだよ」
「蓋したら?それか水入れて蒸し焼き」
「・・・レベル高いこと言ってるなぁ」
小さめのフライパンを出して卵を落とし、じっくり見つめ始めた。
蓋をすると中身が見えなくなるから不安らしい。
そばを細かく切って冷やご飯と混ぜる。
粉末のソースと、少しだけお好み焼きソースを入れて完成。具なんかなくても美味しいもんね。
目玉焼きを載せると、和多流くんはため息をついた。
「おいっそー。涼くんの焼きそばって、ソースでびしょびしょになるじゃない。あれ美味しいよね」
「今日は少な目にしちゃったけど、焼きそば作る時またソース足してあげるよ」
「・・・へへ」
子供みたいな笑顔になった。
少し照れくさそうにも見える表情に、ぎゅっと胸が締め付けられた。
大事そうに両手でお皿を持ち、席に着く。
「いただきます」
「どうぞ」
「・・・何これ。神じゃん」
「ぶはっ!あはは!なに、それ!あははは!」
「うっま。何これ。うわー、フライパンいっぱい食べたい!」
ガツガツと頬を膨らませて食べ続け、あっという間にお皿はきれいになった。
和多流くんて、残さないんだよな。
前に大失敗した料理も全部食べてくれたし、また作ってね、と笑ってくれる。
苦手な食材も頑張って平らげてくれる。
まずいって言葉を聞いたことがない。
だから、また頑張ろうって思うんだけど・・・。
「涼くんて美味しいもの沢山作れてすごいよね」
「和多流くんだって美味しいもの作れるじゃん。カレー、好きだよ」
「カレーと卵焼きだけは出来るんだけどね」
「卵焼き、お弁当に入ってるとすごく嬉しいんだ」
「よかった」
ふにゃ、と笑う。その顔を見ると、何でもしてあげたくなる。
他のレシピサイトとか、見てみようかな。
もっと上手に簡単に作れるかもしれない。
のんびりとリビングで過ごしながら作り方の確認をする。
赤ワインとか、ないんだけど・・・。
室温管理・・・?
ローズマリー・・・?
できるか、こんなこと!
「涼くん」
隣でぼんやりテレビを見ていた和多流くんが小さな声で名前を呼んだ。
顔を覗き込むと、うとうとしていた。
う!可愛い!
珍しいな、おれの隣でうとうとするの。
いつもはおれがうとうとしちゃうのに。
目を閉じたり開けたり、またゆっくり閉じたり。眠気と必死に戦っているみたいだった。
頭を撫でて肩を抱き寄せると、素直に体を預けた。
「お昼寝しなよ。おれものんびりするから」
「ん・・・」
「おやすみ」
「・・・・・おかーさん・・・」
え?
おかあさん?
すーすーと寝息を立てて、和多流くんは眠っていた。
急に思い出した。クマさんに聞いた話。
お母さんが亡くなったこと、後妻さんがいつもお父さんと喧嘩していたこと、家族仲が良くないこと。
愛されたくて、愛したくて、ずっと愛を求めていたこと。
ご飯に無頓着なのも、分かる気がした。
聞いたことはないけど、もしかしたらあまり作ってもらえなかったのかもしれない。
だからおれに作って欲しいと言ったのかもしれない。
あんなに執着したのかもしれない。
頬を撫でてぎゅっと抱きしめる。
いい匂いがした。胸が苦しくなった。


******************


「あー、すっげー寝ちゃった。・・・え!カレーだ!」
起きてきた和多流くんはすぐに顔を明るくして小走りで近づいてきた。
エプロンを取ろうとするとやんわりと制される。もー、エプロン、好きすぎるでしょ。
いつも外させてくれないんだから。
「嬉しい。涼くんのカレー好きなんだ」
「よく寝れた?」
「うん。気づいたら夕日が綺麗でびっくりしたけどね。ごめんね、何も手伝わないで」
「ううん。大したものじゃないから。・・・ん、と、もう食べる?」
「ちょっと早いけどいい?お腹すいた」
お皿を出してニコニコ笑う。
そのお皿をしまってさらに大きなお皿を出すと、不思議そうな顔をされた。
「え?これじゃないの?」
「・・・今日はスペシャルにしたからさ」
「スペシャル?」
ご飯をよそって、フライパンの蓋を開ける。
和多流くんはぽかんとした後、目を輝かせた。
「す、すげー・・・まさか載せてくれるの?」
「うん」
大きなハンバーグを載せて、カレーをかける。
ニコニコしておれを見て、全力で抱きしめられた。
「うげっ!くるし、」
「嬉しい!やった!めっちゃ好き!こーゆーの、テンション上がるよね!あぁもう、嬉しすぎる!どうしよう、どこから食べよう!」
「ハンバーグ、冷凍しておいたから、今度食べてね」
「明日食べる!」
「野菜も蒸してあるから、それも食べてね」
「うん。やべー、嬉しいなぁ。おれ、涼くんのご飯大好きなんだ。夢が詰まってるよね!」
「大袈裟だなぁ」
「お店のってさ、いつも同じ味じゃん。でも涼くんのはいつも少し味が違うし、形も歯応えも違うから、楽しいんだ。そして美味しい。最高」
「・・・今度、また、作るよ」
大きな口を開けて、必死に頬張った。
見ていて嬉しくなる。
もっと美味しいもの作れるように頑張らないと。
「ありがとう。手間がかかるのに、リクエストしてごめんね。でも本当に大好きなんだ。あ、カレーさ、前に余った時カレーうどんにしてくれたよね。あれもまた食べたい」
「あぁ、いいよ。麺つゆ入れるだけだから。明日の夜に食べようか」
「うん。あと、グラタン。あれ美味しかったなぁ・・・マカロニじゃなくてパスタだったよね。あれびっくりしたんだよねー」
「ほんと、子供が好きなやつ、好きだよね」
「男って味の濃い料理が好きなんだよ、きっと。あと、大皿料理」
「うーん、分かる気がする」
「あと唐揚げとかね」
「・・・うーん、さっぱりした物も食べたくなってきたな。鉄火丼とか」
「はい、大好き」
「海鮮親子丼とか?」
「それも大好き」
「・・・あははっ!何でも好きだね」
「好き好き。ご飯が沢山食べられるって幸せだよね」
「そうだね」
「おれさ、家庭の味って知らないんだよね。だから涼くんに過剰に求めちゃった。ダメだって分かってるのに、止められなくて、ごめんね」
ぎゅーっと胸が苦しくなった。
謝ってほしくなかった。
家庭の味を知らないってことは、誰も作ってくれなかったってことだ。家族がいるのに、食べられない。
親に白い目で見られていたおれでも最低限のものは用意されていた。
高校の頃は寮に帰ればご飯があった。
そりゃ、いつも似たようなメニューばかりだったけど、でも、誰かが作ってくれるご飯は美味しくて安心した。
和多流くんは学生の頃はどうしていたんだろう。
給食、あったのかな。お弁当だったのかな。いつも買ってたのかな。
高校は、学食はあった?公立高校はお弁当が多いけど、やっぱり、買っていたのかな。
家では、何を食べていたの?
「・・・どうしたの?」
「ごめん、」
気づいた時にはもう涙が落ちていた。
子供の頃の和多流くんを想像したら、胸が痛くなる。
「・・・クマにきいた?」
「少し、ごめん・・・」
「ううん。あいつお喋りだから。・・・もう30年くらい前の話だからさ、おれもあまり、記憶になくて。でもね、涼くんと過ごしてると時々思い出すんだよ、不思議とさ」
「ん、」
「マザコンなのかな、あはは。ごめんね、思い出を押し付けて」
「いくらだって、押し付けてよ。いっぱい作るよ。食べたいものも、苦手なものも、全部作るよ。お店に行きなよなんて言って、ごめんね」
「ううん。言ってなかったし。美味しいよ。本当に美味しい。おれ、幸せ」
「たまに、失敗するけど・・・」
「おれだって失敗ばかりだよ。ていうか、前の失敗はおれのせいじゃん。ベタベタくっついて話かけたからさ・・・」
「そういうのも、楽しいよ。いっぱい一緒に作ろうね」
「・・・うん。ありがとう。おれね、かつ煮も好きなんだ」
「おれも、好き」
顔を拭いて、カレーを食べる。
いろんな料理を作れるように頑張ろう。
美味しいものたくさん、一緒に食べて生きていきたい。

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