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しおりを挟む「もういい。しばらく1人になりたい。出て行くから」
「・・・勝手にしたら」
お財布と携帯だけ持って、顔を拭いながら外に飛び出す。
啖呵を切ったものの、行く当てなんてなかった。
直哉は受験生だし、邪魔になる。
軍司くんは相変わらず電話に出ないし、家も知らない。
成瀬さんになんか絶対に連絡できない。だって先輩だし・・・どう説明したらいいか分からないし・・・。
ママのところに行こうかと思ったけど、きっとすぐに帰される。
仲直りを促してくるだろうし、お店、忙しいだろうし。
・・・バカなこと、したなぁ。
自分の部屋で冷静になればいいのに、引き止めてくれるのを期待して出てきちゃった。
試し行動、みたいな・・・。
バカみたいだ。
喧嘩の原因だってすっごいくだらなかったし。
お互いに感情が抑えられなくて日々のストレスをぶつけ合ってしまった。
大したことじゃないのに。
ため息をついてとぼとぼ歩いていると、いきなり肩を叩かれた。
驚いて飛び跳ねる。振り返ると、キョトンとした顔の犬飼さんが立っていた。
「やっぱり、春日部さんだった」
「・・・え、あれ?」
慌てて辺りを見渡すと、クマさんのお店を通り過ぎたところだった。
「藤堂さんと一緒ではないんですか?」
「・・・あ、えと、」
「賢ちゃーん、いきなり外飛び出さないでよー。危ないよー」
間伸びした声がしてお店の入り口を見ると、クマさんが立っていた。
「あれ?春日部くんじゃないの。おいでおいで」
「・・・まだやってますか?」
「やってますよ。どうぞ」
お店に入り、カウンター席に座る。
何も言ってないのにアイスティーが出てきた。
「何でもいいですか?」
「あ、はい」
「・・・喧嘩でもしたんですか?」
あまりにもストレートに聞かれたので、つい口籠る。
クマさんが呆れたように笑いながら、フライパンを持ったままこらこら、とたしなめた。
「直球すぎでしょー、賢ちゃん」
「いや、元気がないからつい・・・」
「ごめんね、春日部くん。賢ちゃんてば大好きな友達がとぼとぼ歩いてたらもーソワソワしっぱなしでさぁ」
「だ、大好きとか言うんじゃない!困らせるだろ!」
「はいはい。賢ちゃんも一緒に食べちゃいなね」
そ、そんなにあからさまにとぼとぼしてたのか・・・。
恥ずかしい・・・。
レモンを浮かべてアイスティーを飲む。やっぱり、美味しい。
しばらくすると大盛りのオムライスが出てきた。
旗まで立っている。
う、可愛い。
「・・・喧嘩をすると、落ち込みますよね」
「・・・はい、ほんと、くだらない喧嘩でしたけど・・・」
「でも、喧嘩ができるっていいですよね」
「そーそー。誰かと一緒にいて、ちゃんと考えてる証拠だもんねぇ」
クマさんが奥から大きな声で言う。そんなふうに考えたことがなかったので少し驚いた。
顔を上げて犬飼さんを見る。
「一種の愛情表現というか・・・。しないよりいいとは思います」
3人並んでカウンター席でオムライスを食べる。
半熟のオムライスも好きだけど、こうやって綺麗に卵に包まれたやつも、大好き。
シンプルなケチャップライスにもも肉とチーズが乗って包まれていた。
「どーせわたくんの機嫌が悪かったんでしょ」
「なんで分かるんですか?」
「春日部くんは喧嘩とか吹っかけなさそうだから」
「家で仕事をしていると、リフレッシュが難しいですからね。ストレスも溜まりそうですよね」
「だからってねぇ、八つ当たりは良くないよねぇ」
「きっかけなんて些細なことなんでしょうけど、お互いに虫の居所が悪いと歯止めが利かないというか・・・」
「んもぉー。賢ちゃん傷ほじくらないのー」
な、なんで分かるんだろう・・・。顔に出てんのかな。
おれを挟んで軽快なトークが続いて、ついつい黙り込む。
仕事で嫌なことでもあったのかな。
聞く余裕もなかった。
急に当たられて、驚いて、最初こそ弁解したり機嫌を取ろうとしていたけど、こちらも疲れて帰ってきているのにと、だんだん頭に血が昇って言い返してしまった。
出てくるべきじゃなかったかも・・・。
ムカムカしてても、一緒にいるべきだったかも・・・。
いつもおれが忙しいと労ってくれて話を聞いてくれるのは和多流くんなのに、おれ、何もしないでここに来ちゃった。
今頃パソコンに向かって仕事、してるのかな。
ご飯食べたかな。冷蔵庫空っぽだ。
ご飯、何か買うか食べに行こうと思ってたんだ。一度家に帰ってからの方がお店も近いから、余計な体力を使わないでほしくて、お迎えはいらないよって連絡して1人で帰ったら、もう、機嫌が悪かった。
おれに、甘えたかったのかも。外に出たかったのかも。外に出る口実、おれが無くしちゃったのかも。
「春日部さん」
「え、はいっ、」
「お土産で、何か作りますよ」
「・・・え?でも、」
「ありものでよければ作るよー。どうせ春日部くんがいないとちゃんとしたもの食べないでしょ、あの人。昔からそうだからさー」
クマさんは立ち上がると、厨房に入った。
「でもさー、春日部くんでよかったよー。あの人ろくな恋愛してなかったからさぁ」
「・・・あ、」
元カレのこと、知ってるのかな。
「わたくん、愛されたがりだからさ」
「・・・そう、ですね」
「でもねー、甘え方を知らない人なんだよ。ずーっと突っ張って生きてた人だから」
「突っ張って?」
「うん。わたくん、母親いなくてさ。事故で亡くなったの。親父さんが再婚したと思ったら喧嘩の多い夫婦になっちゃってねぇ。すげー有名な家庭だったんだよ。喧嘩ばっかして、迷惑家族」
「・・・知らなかった、です」
「あら?そうなの。まぁいずれ知ることだし、いいよね。愛情を知らないからなのか、他人との距離感おかしくてさ。仲良い人にはすっごいくっつくし、距離も近いし。でも、女の人は苦手だったみたいね。あんな女の人と暮らしてたらそりゃ嫌にもなるけど」
「怖い人だったんですか?」
「気が強くってね。美人さんだったんだけどねー。まぁそれはいいや。わたくんはベタベタしたい人なんだけど、あんまりグイグイ来られると冷めちゃったり、難しいっていうかめんどくさいって言うか。だからね、春日部くんと暮らしてるって聞いた時驚いたのよ。あれと暮らせる人がいるんだー!って!」
「クマ、失礼だろ」
「あ、いえ、大丈夫です。・・・おれ、知らなかったです。家庭の話って、あまりしたことなくて・・・。おれも、家があまり、居心地のいいところではなかったから・・・」
「あぁ、だからか。人間ってさぁ、足りないものを補いたくなるじゃない。目一杯の愛情をくれる人と、自分の愛情を与えられる人がさ、あの人には枯渇してんのよ。ありがとうね、わたくんといてくれて」
「・・・愛情、」
「賢ちゃんも言ってたじゃない。喧嘩は一種の愛情表現って。いっぱいしてやって。それで、いっぱい仲直りして、一緒にいてやって」
はい、と渡された袋の中には、タッパーに詰められたハンバーグが入っていた。
いい匂い。和多流くんに、早く食べさせたい。
お腹いっぱいにしてあげたい。
帰って、抱きしめたい。
「電話、してあげたらどうですか?お迎えに来てもらったらいいと思いますよ」
「・・・でも、啖呵切って出てきたのに・・・」
「喧嘩は、歩み寄りが大事ですよ」
「歩み、」
「えぇ。意地を張ってると仲違いしますから。つまらない時間じゃないですか?せっかく一緒に過ごしてるのに」
「・・・出てくれる、かな・・・」
「出なかったら殴るために帰ればいいよ。おれが許すよ」
クマさんが大きな声で笑いながら、お店の窓のロールカーテンを閉めた。
もう、閉店だ。
ぐずぐずしてないで、帰らないと。
携帯を取り出し、耳に当てる。
電子音が響いている。
出ない、かな・・・。
おれ、都合いいよなぁ・・・。
切ろうとした時、電子音が途切れた。
『もしもし』
あ、和多流くん・・・。
出てくれた・・・。
「和多流くん、あの、」
『どこ?』
「え、あ、」
『・・・どこにいるの?』
少し不安げな声。
抱きしめたい。
出てきちゃって、ごめんなさい。
「く、クマさんの、お店・・・」
『・・・行ってもいい?』
「・・・いいの?来てくれるの?」
『・・・行ってもいいなら、行く』
「うん、うん。ごめんね。疲れてるのに、気づかなくてごめんね。おれ、バカでごめんねっ。来てほしくて、電話したんだ。いい?来て、くれる?」
『・・・うん。おれも、ごめんね』
通話を切って、携帯をしまう。
外に出ようとすると、まだいていいよ、と言われた。
素直に椅子に座っていると、犬飼さんが優しく言った。
「この前聞かれた長続きする秘訣、これかもしれません」
「え?どれですか?」
「喧嘩をする。でも、ちゃんと歩み寄る。歩み寄れなかったら、そこまでの人ではないんですよ。そもそも喧嘩にもならないし」
「・・・そ、か。そうかもしれないです」
「どんなに仲が良さそうに見えても、喧嘩はみんなしていますからね。おれもクマと喧嘩中ですし」
「え!?」
「というか一方的に怒ってるだけですけどね。桃うさぎのカップ、あいつが勝手に使って落として割れてしまって」
「・・・うーん、それは、おれも、怒っちゃうかも・・・」
「謝ってるのに許してもらえないんだよー。春日部くん、助けて」
「しばらく許す気はないです」
きっぱり言うからおかしくて、笑ってしまう。
その時、コンコンとドアが叩かれた。
振り向くと、和多流くんがドアを開けた。
袋を持って走り寄る。
「和多流くん、」
「・・・それ何?」
「クマさんが持たせてくれたんだ。和多流くんにって。仕事、大丈夫?」
「・・・ん。多分大丈夫。クマ、ありがとう」
「いーえー。次は2人で来てねー」
「犬飼さんも、ありがとうございました」
「いえ。また来てください」
お店を出て、夜道を2人で黙って歩く。
和多流くんはまっすぐ前を見ていた。
手を握ると、こちらを見る。
「和多流くん、ごめんね。いつもお迎え来てくれて、ありがとう」
「・・・」
「・・・出ていって、ごめんね・・・」
「・・・黙っていなくなられるより、マシだけど、嫌だった」
「・・・ごめんなさい」
「・・・おれのせいだから、何もできなかった。・・・ごめんね。情けなくて。仕事とプライベート、ごっちゃにした」
「ううん。甘えようとしてたのに、おれが突っぱねちゃったから・・・今、ぎゅーって、しない?していい?」
「え?でも、道、」
「誰もいないよ」
「・・・涼くん、大胆だね」
「和多流くんが大事だから」
答えを聞く前に飛びついて抱きしめる。
頭を撫でて、耳を撫でて、きつく、強く、離れないように。
ぎこちなく腰に手を回され、そっと抱きしめられた。
と、と、と、と心音が心地よく響く。
「抱き合うって、ストレスが軽減されるんだって」
「うん、知ってる」
「いっぱい、しようね」
「・・・うん。・・・あのさ」
「何?」
「本当に本当に仕事がどうにも忙しい時以外は、お迎えに行きたい。断らないでほしい」
「え、」
「気分転換にもなるから・・・。あと、早く会って、抱きしめてほしい」
「・・・大丈夫?大変じゃない?」
「大変でも、喧嘩してても、嫌なことがあっても、おれにとってお迎えって大事なことなんだ。だから、お願い」
体を離して見つめると、しっかり目があった。
頷くと、安心した顔になる。もう一度手を握って歩き出す。
「出ていっちゃって、ごめんね」
「いや、おれも、勝手にすればって言ってごめん。めちゃくちゃ後悔してた」
「・・・い、嫌だって、言ってほしくて・・・つい、勢いで言っちゃって・・・」
「な、何それ。可愛いんだけど・・・」
「不安にさせてごめんね」
「・・・でも、帰ってきてくれるかなって、思ってたから」
「え、」
「だって、ちゃんと宣言して出ていったし。その、前は荷物一式持って突然いなくなっちゃって、あの時は本当に、思い出すだけでも心臓が痛くなるくらい不安で・・・」
「んと、えっと、もしまた、こゆことがあったら、クマさんのお店に行くから、迎えに来てほしいな・・・」
「その前に出ていかないでよ」
「あ、そうか」
「もー。でも、おれが出て行くこともあるかもしれないから、お互いにクマのお店に迎えに行こうか」
「うん」
「・・・で、ちゃんと仲直りしようね」
「うん。帰ったらハンバーグ食べてね。お風呂、一緒に入ろう」
「うん」
あ、嬉しそうな顔。
つられてヘラっと笑う。
和多流くんは顔をくしゃくしゃにして笑うと、可愛い、と頭を撫でてきた。
気持ちいいな。
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