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明日の僕らは8
しおりを挟む「あれ?」
「・・・はよ」
週の始まり、月曜日。駅へ行くと真喜雄が立っていた。
なんだか満足げ。
「こんなに朝早くどうしたの?」
「朝練」
「・・・サッカー部?引退したんじゃないの?」
「したよ。でも、体動かしたくて」
「いつから待ってたの?言ってくれたら時間合わせたのに」
「・・・びっくりした顔、可愛いから見たかった」
カーッと顔が熱くなる。誤魔化すように真喜雄のつま先を踏むと、痛いよと顔をくしゃくしゃにして笑った。
昨日、また真喜雄と付き合うことになって僕の心はゆったりと体勢を立て直した。
より一層頑張ろうと思った。何せ来週と来月頭に私立の試験があるのだ。
今日も図書室で田所くんと橋本くんと勉強の約束をしている。
電車に乗ると、真喜雄は僕をドア側に追いやって距離を詰めてきた。人はそこそこ乗っているけど、そこまで混んでいるわけではないのでちょっと近い気がする。
「ま、」
「少しだけ」
「・・・君、ちょっと感情振り切ってない?」
「そりゃ・・まぁ、・・うん」
「・・・試験終わったら、たくさん遊びに行こう。だから今は少し離れて」
「・・・おれさ、今・・ちょっとバイト、してるんだ」
「え?バイト?」
「うん。父さんの職場で皿洗い」
驚いた。そんなことしていたんだ。
手を見ると、確かに少し荒れている。ささくれができていた。昨日は気づかなかった。
「急に一人辞めちゃって、ちょっとでいいから手伝えって言われて。結構楽しい」
「へぇー。高校生がやっても大丈夫なの?」
「本当はダメみたいだけど・・・皿洗いだし父さんが責任者だからいいって」
「大変だね。・・・あの、田所くんに聞いたんだけど、大学のサッカー部?の練習にもう参加してるんでしょう?」
訊ねると、驚いた顔になった。少し顔を赤らめて、こくんとうなずく。
「すごいね。体辛くない?」
「・・へ、き・・・。びっくりした・・・。参加、してるけど・・おれすっごい下手でさ・・・やっぱレベル高いな・・・」
「楽しい?」
「うん。そりゃ・・。もー、何で言うんだ、田所・・・」
「何で内緒にしてたの?」
「・・・かっこ悪いから」
「・・・何が?」
「・・・ちっとも歯が立たないし・・・」
「そりゃ、そうじゃないの・・?だって年齢も違うし、練習量だって高校とは違うし・・・。真喜雄って本当に、変なところ気にするね。早い段階でそんなふうに練習に呼ばれるんだから、それ自体がすごい事なんだよ?普通じゃありえないよ」
「・・・そうなの?」
「そうでしょ。だってまだ卒業してないのに・・・。それに、スカウトで行ってること自体がすごいんだよ?分かってる?ほかの人にはかからなかった声が真喜雄にはかかったんだよ?すごいことなんだよ?」
「・・・はい」
「かっこいいとかかっこ悪いとか真喜雄が決めることじゃないよ。僕が決めることだ」
「え?そうなの?」
「そうだよ」
つい勢いで言ってしまったけど、これは正しい事なのだろうか。
真喜雄は少し考えると、分かった、と言った。
「じゃぁおれも、透吾のこと決める」
「何を?」
「受けた学校全部受かるって」
「・・・それは結果を見ないと分からないことだけどね」
「受かるよ。おれは知ってる」
ふふん、となぜか得意げ。
あぁ、楽しいな。真喜雄ってずっとこんな感じだったな。張り詰めた緊張が解けていくのが分かる。
少し笑うと、一瞬指を絡められた。すぐ離れて、ポケットの中へ隠れてしまった。
*********
「喧嘩、終わったのか」
突然勉強以外の声がかかって顔を上げると、正面に座る橋本くんが頬杖をついて僕を見ていた。田所くんは寝坊して通常の時間に来ると連絡があったので、今ここに僕と彼しかいない。
つい顔をしかめると、面白そうに笑う。
「お前、結構おれに敵意むき出しにするよね」
「そうでもないと思うよ。嫌だなと思ったら誰とか関係なく出すんじゃない?」
「結構心配してたんだけどな。まぁ、どんな結果になってもどうでもよかったけど」
「じゃぁ声をかけないでくれ」
「なぁ、なんであいつなの」
一応周りに人がちらほらといるからだろうか、彼は真喜雄の名前を出さずに僕に訊ねた。
ペンを置いて正面から顔を見つめる。
「じゃぁ同じこと聞くけど、君はなぜ?」
「ん?同類だから」
「・・・同類?」
「そう。捨てられた者同士」
「・・捨てられた?」
「親に」
何でそんなこと、突然僕に話すんだろう。考えが読めなくて視線を外せないでいると、口の端を上げたまま橋本くんは視線を外に向けた。
サッカー部が朝練をしているはずだ。真喜雄もいる。
「同情してほしいとかじゃねーよ。おれ、あいつみたいなやつ嫌いなんだよな」
「・・・」
「何でも持ってるじゃん。何でも手に入ってさ。苦労もしないで・・・。まぁずーっと見てたわけじゃねぇからほぼ想像だけどさ。でも、はたから見たらあいつほど恵まれたやつ、いねーって」
いつか、美喜雄さんと愛喜さんに言われたことを思いだした。
真喜雄も自分で言っていた。挫折をしたことがないって。
「おれ結構歪んでるのかもな。お前と喧嘩したんだろうなって気づいたとき、愉快だった。もっと苦しめばいいって思った。何でも持ってるんだから少しは失えって思った。いっつもすましてていけすかねーあいつが落ち込んでるのが楽しかったんだよな」
「・・・嫉妬?」
「かもな」
「ふぅん。山田くんをとられて寂しいんだ?」
橋本くんは驚いた顔をして僕を見つめた。
真喜雄は、内定をもらえた山田くんとよく一緒にいるようになった。休み時間も、帰りも時々一緒になるようだった。そりゃそうだ。だってもう2人は進路が決まってるのだ。決まってない僕たちとは状況が違うし、きっと遠慮したり気を遣ったり、たくさんの事情が重なって一緒にいるようになったんだ。僕と田所くん、それに、橋本くんと同じように。
「ちげーよ。バカじゃねーの」
「あっそ」
「信じてねぇだろ」
「信じてるよ」
面倒くさいな。
ペンを持ってノートに走らせると、舌打ちが聞こえた。ちらっと顔を見ると、少し赤らめていた。図星だったみたいだ。ちょっと愉快だった。
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