水色と恋

和栗

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明日の僕らは6

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紙をめくる音が会場に響いた。
頭の中が冴えていた。会場の室温が低いのもありがたかった。集中できる。
朝、親に駅まで車で送ってもらった。改札へ行くと真喜雄が立っていた。驚いて単語帳を落しそうになった。
『どうしたの?』
『見送り。今日最後だろ』
『・・ありがとう。びっくりしたよ』
『・・帰りも、来ていい?』
不安げに訊ねられ、強くうなずいた。もう一度真喜雄の顔を見ると、心臓が大きくはねた。きゅっと口を引き結んでから、息を吸い込む。
『試験終わったら、話がしたいんだ』
『え・・?・・・うん。おれも、したい。話したい事たくさんあるんだ』
『・・頑張るね』
『うん。頑張れ、透吾』
手を握られた。暖かくて力強い手に、すごく安心した。握り返していってきますと言うと、いってらっしゃいと優しく言われた。
ふー、と静かに息を吐く。お守りを握ったままペンを走らせる。大丈夫。分かる。ちゃんとずっと、やってきたんだから。
真喜雄が、大丈夫って言ってくれたんだから。

*********

「水出―」
名前が呼ばれてきょろきょろと見渡すと、少し後ろの方に田所くんがいた。バタバタと走ってきて隣に立つ。
「どうだった?」
「・・結構よかった」
「マジで!?うわ、すげーな・・。やっぱできるやつは違うよな・・・おれダメだった」
「君、本命私立でしょ?」
「そうだけど!でもさ、自信ほしいじゃん?まぁ、でも本命で緊張しなくて済むかなぁ」
「・・・お互い受かるといいね」
「うん。・・・あのさ」
「ん?」
田所くんは珍しく言いよどみ、ちらちらと僕を見たり周りを見渡したり、忙しなかった。何度もため息をついたあと、ぐっと顔を近づけた。
「・・・あー!ごめん、やっぱ・・・!やっぱダメだぁ!おれさ、水出と成瀬大好きなんだよ!」
「・・・はぁ!?」
「お前らが付き合ってるって知った時めっちゃくちゃ嬉しかったんだよ!すっげー羨ましくて、なんか・・・もー、・・なぁ・・成瀬のこと許してやってくれないかな・・・頼むよ」
びっくりして足が止まる。田所くんは両手を合わせて、この通り!と言った。
センター試験を終えたばかりで何を言ってるんだろうか、彼は。もっと言うことや話すことがあるだろうに。
「成瀬が悪いのは分かってるんだけどさ!」
「彼ばかりじゃないよ。僕も悪いから」
「え?」
「・・・言わせてしまったのは僕だよ。以前君に、ほったらかしすぎだと忠告されたのに、またやってしまったんだ」
「・・・そっか。そうだったのか・・・。え?じゃぁ、別れたくて別れたわけじゃないってこと?」
「そうなるね」
「じゃぁ簡単じゃん!仲直りできるな!」
「・・・人の感情を簡単とか言わないでくれ」
「だって好きなんだろ?成瀬だってそうだろ?」
「そんなこと知らないよ」
「絶対そうだって。あの成瀬だぜ?」
「どういう意味?」
「成瀬、水出のこと大好きじゃん。自分からはあまり話さないけど、聞けば結構惚気てるぜ」
カッと顔が熱くなる。惚気って・・・。何を話すことがあるんだろうか。そもそも、惚気るようなことをしていないと思うんだけど。
ごくごく普通の生活しかしてないはず・・・。ここ最近じゃまともに会話だってできてなかったのに。
「まぁ最近はそういう話もしてねーけど。一応受験組だからな、おれ」
「・・・まぁ、もう決まってるからね。真喜雄は」
「授業ない日に大学のチームに合流してサッカーやってるの知ってる?」
それは初耳だった。さっき言ってた話したいことって、このこともあったのかな。
そんな忙しい中、毎日塾に迎えに来てくれたり、今朝だって駅で待っててくれたんだ。嬉しさが胸いっぱいに広がる。
「すげーよな、成瀬。才能もあったんだろうけど、でも、多分、すっげー努力家だからできるんだよな」
「・・・そうだね」
「・・・もっと一緒にやりたかったなって、正直思うんだけどさ・・」
「やればいいじゃないか。本格的でもそうじゃなくても、真喜雄は君の誘いだったらすぐ来ると思うよ」
「・・・そ、そうか?そうかな。・・じゃぁ、受験終わったら誘ってみよっと」
へへ、と照れくさそうに笑う。ただの友達だってこんな風に遠慮したり迷ったりするんだ。恋人同士ならなおさらそうだったのだろうなと、あの日泣いた真喜雄の顔を思い出した。
もう、泣かせたくないな。泣いてほしくないな。早く、会いたいな。
「橋本くんはどうだっただろうね。彼もセンター受けたでしょ」
「うん。席近かったよ。終わったら迎えがくるって言ってた。彼女だろうな」
ふぅんと気のない返事をして真喜雄にメッセージを打つ。終わった、これから帰るって。
すぐに返事が来て、改札で待っているというので公園にいてもらうことにした。きっとこのまま田所くんと帰ることになるだろうから。
電車に乗って帰ってくると、改札に和泉さんが立っていた。小走りでかけよってくると、人目もはばからずいきなり田所くんに飛びついた。
「お兄ちゃんお疲れ!水出さんも、お疲れ様でした!」
「い、和泉~・・!びっくりすんだろー!」
「ありがとう」
「打ち上げしよ!水出さんもどうですか?」
「いや、僕は寄るところがあるし、自己採点もしたいから・・。じゃぁ、また学校で」
軽く手を振ってその場を離れる。少し早歩きで公園に向かった。
真喜雄の家の方。
中に入ると、いつものベンチに腰掛け足を伸ばし、背もたれに頭を乗せて空を見上げる真喜雄がいた。寒そうに息を吐いていた。
「真喜雄」
名前を呼ぶと、弾かれたように飛び起きた。ちょこちょこ近づいてくると、すんっと鼻をすすってお帰り、と言った。
「ただいま・・・」
「・・・ど、どうだった?」
「結果はまだ先だけどね、中々よかったよ。家に帰ったら自己採点してみる」
「・・・なんかおれ、緊張しててさ・・・。自分の時より、そわそわするんだ」
「変なの。自分の時は全然緊張しなかったの?」
「多少はしたんだけどさ・・・。んっと・・・とにかく、お疲れ。腹減ってないか」
「・・・あはは、いつもと逆だね」
いつもは僕が聞く側なのに。笑うと、真喜雄も笑った。
「ちょっとお腹すいたけど・・・」
「おれ、なんかごちそうする。どっか行こう」
「あ、その、・・その前に・・・」
心臓が大きく音を立てた。足が少し震える。ぎゅっと拳を握って、冷たい息を吸い込む。
「真喜雄、あのね、」
「うん」
「・・・す、すごく、後悔してて・・・。大嫌いなんて、言って、ごめん・・・!」
「・・・・ん、いいんだ」
「・・・嫌いになんて、なれないのに・・・あの時、気が動転してて・・・言い訳にもならないんだけど・・・」
「ううん。おれだって、いきなり言われたら言っちゃうよ。だからさ、いいんだよ。言わせてごめん」
「・・・き、傷つけて・・・寂しい思いさせて・・ほったらかしちゃって、僕は・・・ま、真喜雄に、相応しくないって、分かってるんだけど・・でも、・・僕は君が、好きなんだ・・・だから、」
「透吾」
強く名前を呼ばれた。
言葉を遮られ、胸が痛くなった。言わせてもらえない。どうして。もう、ダメだから?
全身の血が一気に下がっていく感覚がした。真喜雄に近づけない。そう思ったら悲しくて悲しくて、喉が震えた。
その時、ぎゅっと両手が握られた。暖かかった。真喜雄の手が、僕の手に重なっていた。
「好きです、おれと、付き合ってください」
射貫くように僕を見つめ、少し厚い唇が開いて発した言葉に、僕はただただ見つめ返すことしかできなかった。

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