水色と恋

和栗

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ややこしいことに、なりまして

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この一週間、真喜雄は夜に外出していないようだった。部活が終わったらすぐに家に帰っているみたいだったので、僕からも特に連絡はしなかった。
お昼休み中も特に何も言わないので気にしていなかったけど、よくよく見たら、少し元気がないようだった。
「何かあったの?」
訊ねると、深いため息。携帯の時計を見てから顔を向けると、ちょっと長くなる、と言われた。
「ど、どうしたの・・・?深刻な話?」
「・・・いや、おれは普通なんだけど・・・」
「うん・・・」
「うーん・・・うー・・・話すの下手だから、時間がかかる・・・」
確かに、真喜雄は話を組み立てるのが苦手だ。ゆっくり時間をかければ大丈大なんだけど、あと15分じゃ足りないようだった。
「夜公園で・・・」
「ちょっと、その・・・うーん・・・」
「家で何かあったの?そしたら、解決したら話してくれれば・・」
「いや、正直おれも困ってて・・・解決するのか分からないんだ・・・」
「・・・それ、きっと僕に話しちゃダメなことだよね、多分・・・家庭のことだもん」
「・・・おれ白髪になる・・・」
「・・・渋くてかっこいいかもしれないけど、洒落に聞こえないな。うーん・・・。もし公園で会えないなら、真喜雄の家行って
もいいかな?」
ぴょこんっと体が跳ねた。顔には出ないけど嬉しそうに何度もうなずいた。
「最近夜会ってなかったから、来てくれると嬉しい」
「明日土曜日だから泊まってもいい?」
「え?いいのか?わ・・・透吾に、泊まってもいい?って言われたの、初めてだ・・。嬉しいな・・・」
「言ったことなかったっけ?」
「うん。透吾んちに泊まるかとか聞かれたことはあるけど、泊まりたいって言われたの初めて。嬉しい。おれ明日練習午後からだ
から、のんびりできる」
「僕も塾は午後からなんだ。じゃあ、夜に行くね」
「うん。一回メールくれ。外で待ってるから」
分かったと返事をしてお弁当箱を片付け、外に出る。真喜雄はいつも通り小走りで先に戻っていった。
いったい何があったのかな。

**************

塾が終わって自転車を転がして真喜雄の家に行くと、スウェット姿の真喜雄が立っていた。
「お疲れ・・・。飯食った?」
「さっきコンビニでおにぎり買って、食べながら来たんだ」
「えー・・・おにぎり作っちゃった。なんだ・・」
「食べるよ。真喜雄のおにぎり好きだよ」
自転車を停めて家の中に入ると、真喜雄のお母さんが出てきた。挨拶をして部屋に入る。カバンを下ろすと、触れるだけのキスをされた。
「最近してなかった」
「学校ではしてたじゃないか」
「足りない・・・・。あ、宿題って、終わった?プリント・・・」
「うん。塾が始まる前にやったよ。一緒にやる?」
小さなテーブルを出して、プリントを進める。僕は塾で学んだことを復習した。
静かに進めていると、突然真喜雄が後ろに倒れこんだ。ばたん!と大きな音。
「うわ、びっくりした。どうしたの?」
「んー・・・」
「・・・えーっと、昼間のこと?」
「そう・・・。まだ不確定事項なこともあるんだけど・・・つーか、全部がそうなんだけど・・・」
「え?」
「透吾終わった?今話してもいい?」
やっぱりテンポがよく分からないな。笑いながら、いいよと答える。ノートと教科書をしまうと、真喜雄はテーブルを畳んだ。
「あのさ、姉貴、もしかしたら結婚するかも」
「・・・へぇー!おめでとう!あれ!今って」
「今年の4月から就職して働いてる・・・。高校の時の同級生と結婚するかもしれなくて・・・それが・・・その・・・」
「えーっと・・・変な人なの?それでもめてる?」
「いや、あ、うーん・・・ちょっと変かも・・・。姉貴にこっぴどくフラれてもぶっ叩かれても蹴られてもプロレス技かけられても、これこそが愛の試練って言ってた人だから・・・」
「それってちょっとで済む?愛喜さんはその人でいいの?」
「すげーいい人ではある・・。会ったことあるけど真面目だし、姉貴大好きだし、お菓子くれるし。姉貴も姉貴で、その人の前でなら気を張らなくていいから、まぁいっかって付き合い始めて、まぁ・・大学の時も順調で・・・就職して・・・その・・・相手の人がすぐにでも結婚したいってプロポーズしてきたらしくて、まだ口約束だし時期も時期だからとりあえず母さんにだけ報告したらしくて、」
「お母さんは反対なんだ?」
「いや、喜んでたよ。内緒ねっておれに話すくらいだったし・・・。嬉しくて昔のアルバム引っ張り出したり・・・じゃなかった。問題はそれじゃなくて、兄貴とおれ」
「美喜雄さんと真喜雄?なんで?」
「タイミング悪くて・・・兄貴は姉貴の話知らないから、その次の日くらいに、家を出るって母さんに話したらしいんだ」
「それのどこがタイミング悪いの?」
「・・・んで、おれは兄貴のそんな話知らないから、おれ、大学で寮に入るのも良いかもしれないってつい、ポロッと・・・」
「・・・今僕も結構衝撃だったんだけど、寮、入るの?」
「そっちの方が、母さんが楽だなって・・。ほら、ユニフォームだのなんだの洗わなきゃならないし、おれだってバイトとかするだろうし・・・それに、透吾と泊りで遊んだりとかも、するだろうし、あわよくばこっそり寮に連れて行けるかなって思って・・・あ、いや、おれのは完全に不確定事項だからなしでいいんだけど、まさか3人とも同じ時期にいなくなるなんて話、青天の霹靂だったみたいで・・・泣いちゃった」
ものすごくバツが悪そうに、真喜雄は呟いた。
誰も悪くない。悪かったのはタイミングだけ。そう思うけど、なんだかお母さんは気の毒だなぁ・・・。
きっと3人が3人とも、誰かが家に残ると思ってたんだろうな。
多分真喜雄と愛喜さんは美喜雄さんが残ると思ってて、美喜雄さんはしばらく2人のどっちかが残ると思ってたんだろう。
「姉貴も兄貴もおれも、なんで母さんが泣くのか最初は分からなかったんだ。おれは兄貴の話知らないし、姉貴と兄貴に関してはおれの話どころか、兄貴なんか姉貴の話も知らないし」
「・・・で、兄弟会議でもしたの?」
「いや・・・おれが、まだ真剣に考えてないのに話しちゃってごめんってとりあえず謝って・・・そしたら母さんが兄貴のこと話始めて、全部の内容知ってるの、おれだけ」
「そっか・・・。うーん・・・」
「母さん的にはおれ寮に入るって言ったのが一番驚きだったらしいんだ。すっごい問い詰められたし・・・。でも言えないじゃん。透吾とその、どっかでかけて帰るの遅くなるとか、泊まりとか・・・。完全におれの妄想だし 」
「あれ?洗濯とかの話はどこ行ったの」
「・・・いや、それも、あるんだけど・・・でもそれを母さんに言ったら、また泣きそうで・・・おれ、どうしたらいいんだ」
最後の最後で本当に困ったように言うもんだから、笑ってしまった。
笑い事じゃないなと咳払いして、訊ねる。
「美喜雄さんはどうして家を出るの?」
「男が27,8にもなって実家暮らしじゃ苦労知らずのままになりそうだから、だって。もしかしたら彼女がいて、同棲でもすんのかなって思ったんだけど、母さんが聞いたらそうじゃないって・・。彼女はいないって・・・」
「彼氏がいたりして」
つい空気を和ませたくて茶化したけど、真喜雄が真剣な顔でぐりんとこっちに顔を向けたので、驚いてのけぞってしまった。
「やっぱそう思う?おれも実は思ったんだけど・・・」
「あ、いや・・・僕には分からないけど・・・」
「兄貴、そういうの絶対に言わないから分からないんだけど・・・たまに仕事帰りに出かけたり、泊まりで帰ってこないこともあったから、いるのかなーって・・・。あ、いや、その話は置いといて、ここ最近まっすぐ家に帰ってたのは、母さんを慰めるっていうか、宥めるためっていうか・・・」.
「大変だったね。でも・・子供っていつか出ていくものだと思うから、お母さんもそんなに悲観しなくてもいいのにね」。
「いきなり3人から言われたからびっくりしたんだと思う・・・。普段父さんも家にいないし」
「あー・・・ちょっと不安かもね・・。うちも父親は帰りが遅いけど、10時には帰ってくるからな・・・」
「まあ、おれ、軽い感じで話しただけだし・・・寮だって倍率高かったら入れないし、そもそも大学にはいれるかまだ分からないし・・・だから、おれがここにいるんだけどさ・・。おれ、兄貴は予想外だった。ずっとこの家にいるんだと思ってたから」
「そうなの?」
「うん、姉貴はいつか結婚するだろうって思ってたし、おれは・・・透吾といるし・・・。兄貴が結婚してお嫁さんとこの家で同居でもすんのかなって漠然とさ・・・。おれも結構、そういうところ、兄貴に頼ってたんだなって思った」
お父さんが普段家にいないのだ。一番上の兄弟に、無意識に頼るのは当たり前だと思う。うちだって父さんが不在がちで、何かあれば必ず僕に連絡がくるくらいなのだ。
「真喜雄が美喜雄さんと話してみたら?」
「絶対やだ。寮のこと問い詰められるし」
「じゃあもう、お母さんが落ち着くのを待つしかないね」
「・・・自主練ができない・・・」
「それはもう、真喜雄が耐えるしかないよ」
「・・えー・・・。透吾とも会えないじゃん・・・はぁ・・・」
倒れ掛かってきて、押し倒される。もがくと、もぞもぞと服の中に手が入ってきた。首筋の匂いをふんふんと音を立てて嗅いできたので、慌てて頭を押しのける。
「ちょっと、下にお母さんたちいるでしょ」
「んー・・・」
「真喜雄」
「匂い嗅いでるだけ」
「・・・犬じゃないんだから」
「わんわん」
笑ってしまう。仕方ないなと甘やかすと、服の中に顔を突っ込んできた。

**************

「今日、夜平気?」
「え?真喜雄は大丈夫なの?」
3日くらいたって、パンを頬張りながら真喜雄が聞いてきた。聞き返すと、うん、と頷く。
「おれ、寮入らないで家から通うからって言ったら少し落ち着いたみたいで、姉貴もまだ先の話だって有めて、兄貴は家は出るけど帰ってこないわけじゃないんだからって説明したらしい。で、兄貴からおれと姉貴に家を出ること説明された」
「そうなんだ。じゃぁひとまず丸く収まったんだね。真喜雄のことも愛喜さんのことも、美喜雄さんは知らないんだろうけど・・・」
「・・・あの、さ・・・この前透吾と話してたこと、冗談じゃないみたいだ」
「え?どの話?」
真喜雄が僕をちらっと見る。首をかしげて少し考えて、察した。
「えっ・・・」
「・・・同居っていうか、ルームシェア?とか言ってて・・・西側だから同じ市内だって・・・母さんが相手は誰?って聞いたら、ほら、透吾も前に会ったことがある、シロくんっていうから・・・。母さんは仲良いものねーってのほほんとしてたけど、おれ多分、違うと思うんだけど・・・」
「待った、ストップ。ここから先は僕を巻き込まないで」
「何で。いいだろ、話聞いてくれるくらい」
「嫌だよ」
「ケチケチ透吾。なんだよ、自分は巻き込まれろって、前に言ったくせに。ずるいぞ」
う・・・覚えてたんだ・・・。
観念して顔を見ると、むーっと唇を突き出していた。
「何か確信できること、あったの・・?」
「何もないけど・・・勘だな」
「真喜雄の勘って当たるよね」
「・・・姉貴は、シロくんは生活不規則だし不摂生してるから一緒に住むのかなって疑ってる感じでおれに言ったけど、怖くて聞けない。聞きたくない」
「聞かなくて正解だよ」
いくら家族といってもプライベートなことなのだ。美喜雄さんのことだから聞いたって答えないだろうし。
真喜雄は少し悩むと、うん、とうなずいた。とりあえずひと段落ついた、と安堵してまたパンを口に押し込む。卵焼きを差し出すと、嬉しそうに口に入れた。
「透吾も家から通うんだよな」
「その予定。大学にもよるけどね。場合によっては一人暮らしかな」
「・・・それはダメ。おれと暮らすんだから」
あ、可愛いこと言ってる。
恥ずかしかったのか、耳まで赤くしてパンを頬張った。
そうだね、と返事をして寄りかかる。嬉しそうに口元を緩ませると、約束したもんな、と腰に手を回した。


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