水色と恋

和栗

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スウィートスウィーツ・ハニー1

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「・・・チョコの噴水だ」
チラッと顔を盗み見ると、真喜雄は目を輝かせて店内を見渡していた。
周りは女子のグループかカップルで溢れかえっている。
そわそわしながら前払いを済ませて席に着くと、真喜雄は皿を掴んで立ち上がってスタスタとカウンターに近づいた。
ウキウキしてる。ものすごくウキウキしてる。
可愛いなあ、もうバレバレなんだけど。
相変わらずの無表情、だけどとっても頰が高揚している。
席に戻ってきて我に帰ったらしい。僕の顔をじっと見て、ゆっくり俯いた。うん、さっきまで、甘いのは食べられるけどそんなに得意でもないけどいっぱい食べられるから本当にたまに付き合いで行ってたくらい、みたいなこと言ってたもんね。
「ここ好きなの?」
「あ、いや、その・・・」
「東口にもあるもんね」
「・・・」
「もう気づいてるからそんな、隠すことないじゃないか。君、甘いもの大好きじゃないか。誘った時、否定しなかったし」
「・・・」
「ホットチョコ飲むでしょ?」
「・・・うん」
持ち上がった顔は、真っ赤だった。
ホットチョコを渡すとそっと受け取り、チビチビと飲み始めた。
「・・・その、兄貴が、好きで・・・よく連れてきてもらってて・・・」
「うん。おすすめってどれ?僕あまり食べないし、こういうところって来たことないから」
指をさされたものを持ってきて、一口食べる。爽やかな果物の香り。
一口サイズだから食べやすい。種類も豊富だし、ご飯系もある。
「美味しいね」
「・・・うん」
「もっと食べなよ。せっかく来たんだし。僕持ってくるよ」
「自分で行く。・・・あの、変じゃない?」
「え?どうして?好きなものがあるのっていいことじゃないか。遠慮しないでさ、いっぱい食べてよ」
その姿が見たくて来たんだし。
真喜雄はうん、と頷くと、スイッチが入ったようにケーキを山積みにした。周りがギョッとした目で見つめてきたが、すぐにその視線は外された。
感想を言うでもなく黙々と食べ続ける。頬袋にたくさん詰めて、やっぱり咀嚼と手の動きが合ってなくて、クリームを口の周りにつけたまま食べ続けた。
可愛い。本当に可愛い。必死なリス。
テーブルの下で足を絡めると、一瞬動きが止まったがまた食べ始めた。耳まで赤い。
お皿を積み上げ、ケーキ、カレー、パスタ、スープを平らげお茶を飲んで一息。お腹いっぱいなのかなと少し残念に思うと、立ち上がってチョコレートの噴水へ向かった。フルーツをてんこ盛りにしてチョコをかけている。
「透吾、食べないの?」
「え?食べてるよ」
「・・・甘いの苦手?」
「・・・うーん、分からない。嫌いじゃないよ。食べるときは食べるし・・・」
「もっと食べなよ」
「今別のことに集中してるから」
「・・・透吾ってちょっと変態だよな」
「真喜雄もだよ。ねぇ、お兄さんも甘いもの好きなの?」
「ん?うん」
「あまり話聞かないけど、どんな人なの?」
お姉さんの話はよく聞くけど、お兄さんの話はほとんど聞いたことがなかった。僕から質問することもなかったし、話しづらいのかなと思っていたのだ。でもこんなところに男兄弟だけでくるなんて、よほど仲が良くなきゃ来られない気もした。
構ってもらいたくてよくくっついていたとも言ってたし。
真喜雄は少し悩むと、またフォークを手に取った。
「頭が良すぎて、苦しそうに見えたな、毎日毎日」
「へぇ・・・」
「・・・今は普通だけど、ちっちゃい頃はなんか、どう思ってたのか記憶にないかも。ただなんとなく、毎日どんなことでもいいから話しかけないと、帰ってこなくなる気がしてた」
予想とは違う方向の話に、少し驚いた。
無表情のまま、フォークの先でケーキを崩す。
「話しかけすぎて嫌われた部分もあったしな。おれ、兄貴に構ってもらいたくてなんかしたんだよ。あ、そうそう、どんぐりだ。どんぐりを机に置いたんだ。そしたらそれ、思いっきり払い除けられてさ。あー、おれのこと嫌いなんだなって完全に理解して、そのまま、ショックで熱出して、吐きまくって、救急車で運ばれたんだ」
手が止まった。
真喜雄はなんともない顔をしているけど、小さな子がショックで救急車で運ばれるって、相当なことじゃないだろうか。
普段は淡々としているけど、ちょっとだけ脆いところがある真喜雄には、酷なことだったに違いない。
なんだか胸が痛くなってきた。
「ただのストレスだったんだけどな。そっからあまり話さなくなって・・・あ、でも、何でかな。しばらくしたらちょっとずつ話しかけてくれることも増えてさ。ま、おれもその時小学生になってたから友達できたりサッカー始めたりで忙しかったし、お互いいい距離感になったのかも」
「今は、仲良いんだね」
「ん。2人で出かけることも、あったよ。パシられる方が多かったけど」
「・・・真喜雄は誰にでも好かれるほうだから、なんだか話聞くと驚くことが多いね」
「・・・んー、・・・兄貴、昔、色んな人に慕われてて、それがどういう理由かおれにはよく、分からなかったんだけど、・・・んーと、うーん・・・おれも、そうだけど、多分大人数得意じゃないけど、でも、振り払うことが出来なかったんだと思う・・・。兄貴、優しいから・・・。だから同性の弟に八つ当たりしたんだと思う・・・。甘えだな、うん」
少し話づらそうだった。多分、こんな風にお兄さんの話をしたことがなかったんだと思う。
僕だって澄人のことを聞かれたら少し戸惑うし、きっと澄人も僕くらいの歳になったら兄の事を話す時に言葉に迷うだろう。そのくらい、関わりが少ない。きっと真喜雄たちの関係と同じ。
「友達?みたいな人できてから、ちょっと変わったのかも・・・」
「ちょっとだけ、甘えられたのかな」
「多分・・・。・・・・・・おれもそう、だし・・・」
真喜雄も?
フォークを止めると、真喜雄はばばばっと手を動かして口にフルーツを押し込んだ。
店員がやってきて、退店の時間を伝えた。慌てて荷物を持って店を出る。
なんとなく足が向いて真喜雄の家の方へ歩いていく。人が溢れていた。
この駅はこれといって名所も、大きなお店も建物もないのに、いつも人でたくさんだった。
「・・・透吾、澄人に優しくしてやれよ。今じゃなくて、いいからさ。安心するよ、お母さんも、澄人も」
「・・・真喜雄のうちは、そうだった?」
「そうだな。姉貴はいつもおれのこと庇ってくれて、兄貴のことよく睨んでた。母さんは悲しそうに笑って、今だけだからって言ってた。おれは・・・兄貴が帰ってきてくれるなら、いいやって思ってた」
「・・・」
「・・・なんか、透吾に話すと変な気持ちになるな。緊張する」
「はい?え?なんで?」
「んー・・・いつか会うのかなって思って。姉貴とは会ってるし」
「あぁ、そういうことか。緊張することないじゃないか。会うか分からないし」
「・・・その、今は、普通に仕事してて、普通の人だし、可愛がってもらってるの、ちゃんと分かってるし・・・たまにウザいけど、そーゆーのって、普通だと、思うし・・・」
テクテク歩きながら、真喜雄は唇を突き出して言った。
照れてる。
クスクス笑うと、ペチッと額を叩かれた。
あてもなく歩いて話をするのは楽しかった。
同じ町に暮らしているはずなのに今まであったことがない、知らない家庭と知らない兄弟、知らなかった僕と真喜雄が知り合って、たくさんのことを知る。不思議だった。こんなことが、これからもあるんだろうか。僕と真喜雄の間に。
「あれぇ?真喜ちゃん?」
後ろから声がして振り返ると、真っ白な男の人が立っていた。
皇くんよりも色素の薄い髪。モデルのようなスタイル。
ぱっと笑顔になると、走ってきていきなり真喜雄の顔を両手で包んだ。
「や、やだぁ!かんわいい!初めて会った時の美喜ちゃんに瓜二つー!可愛い!やーん、もう高校生だもんね?久しぶりー!」
「シロ、く、・・・」
「あの!離してもらってもいいですか?」
細い腕を掴む。
真っ白な人は僕を見ると、目を大きく開いた。
「・・・え、かわっ!可愛い!幼い顔!綺麗な肌~!真喜ちゃんのお友達?」
「そうです。真喜雄が苦しそうなので離してください」
パッと手が離れた。真喜雄は顔を擦ると大丈夫大丈夫、と軽く言った。
濃いグレーの瞳を睨みつける。何が、真喜ちゃんだ。
「あの、この人、知り合いだから大丈夫・・・。シロくんだ」
「シロくん?」
「はーい、シロくんです。よろしくね」
「・・・さっき言った、兄貴の友達」
「んふっ。兄貴って呼んでるんだ?もう高校生だもんねー」
「・・・オネエだけど、いい人、だと思う」
「また今度遊ぼうね、真喜ちゃん。お友達も一緒にね」
じゃーねー、とひらひらと手を振って、シロさんは角を曲がっていった。
真喜雄はまだ顔を拭いていた。
ちょっと嫌そうな顔。
「大丈夫?痛かった?」
「違う・・・くさい」
「は?」
「多分香水・・・顔に匂いついた。この匂いやだ」
顔をしかめて、プルプルと顔を振る。
犬みたい。
「この辺に住んでる人なの?」
「うん。確かあのマンション」
指差した方向を見る。大きなマンションがあった。確か、結構前にすごい宣伝してたやつだ。分譲マンションで、お金持ちしか買えないって、母さんが言ってた。
あんなところ住む人って本当にいるんだ。
手を繋いでそっと小さな公園へ入る。
大きな土管の中に体を押し込めて、窮屈に腰掛ける。
頰に触れて擦って、唇を押し付ける。ほんのりと嘘っぽい海のような香りがした。
「・・・今日、こーゆーのしないと、思ってた」
「え?別に決めてないよ?いつだってしたいよ。・・・嫌だった?」
「・・・いや、その、嫌じゃなくて、照れた・・・」
「よかった。・・・真喜雄の匂い、今日はすごく甘い気がする」
「ケーキ、食ったし・・・」
「うん、・・・。また行こうね。今度は東口のお店に行こう。少し、種類違うんでしょ?」
誘うと、急に口ごもった。ちょろちょろと目を泳がせて、息をつく。
「あ・・・んと・・・ごめん、その、おれ、出禁になってて・・・」
「はい?」
「さっきのシロくんと、兄貴と、姉貴と行きまくってたら、その・・・しばらく来ないでくれって言われてて・・・」
「えーと?」
「男3人はすごい食うから・・・食い尽くしちゃったんだ。毎週毎週行ってたらそりゃ、注意されるよな・・・」
お腹を抱えてうずくまる。
僕の笑い声が土管の中にこだました。
顔を真っ赤にして僕を睨む顔は少しも怖くなくて、笑いを増長させるだけだった。
苦しくなって必死に息を吸う。
「はぁ、はぁ、も、出禁になってる人、初めて見た・・・!苦しい・・・!」
「・・・おれだって初めてだよ」
「食い尽くしてって、あは、あははは!」
「・・・大笑いするの久々に見たかも。顔くしゃくしゃで、可愛い」
ぐっと抱き寄せられた。そのまま唇が重なった。ケーキ味。
「ま、真喜雄って、タイミングがちょっと、独特だよね、あは、はぁ、苦しいや、」
「・・・もう笑うのやめ」
「ツボに、入ったみたいだ、あははっ!はぁー、苦しい」
「・・・ん。ちょっと、ムラムラした」
まさか真喜雄からそんな言葉が出てくるなんて思わなくて、またぶり返した。
もう何を言われても面白い。
「なんだよ、もう」
「だって、真喜雄、君さ、タイミング、」
「・・・だって可愛いし・・・くっついてるし、・・・透吾はしないの?」
「笑ってて、それどころじゃなかったよ」
「・・・したいん、ですけど・・・」
「でも、真喜雄の家、お姉さんいるでしょ?うちもみんな揃ってるし、ここじゃ寒いよ」
ムッとした顔をすると、もそもそと土管から出て行った。後を追うと、ひたすらまっすぐ歩いた。ご機嫌斜めになってしまっただろうか。
黙ってついていくと、突然バスに乗り込んだ。手招きされて慌てて乗り込む。一番後ろの席に移動すると、奥へ押し込まれた。僕ら以外に誰も乗ってないバスは、ゆったり進んでいく。
「あの、どこ行くの?」
「・・・秘密」
「・・・帰りのバス、ある?」
「・・・多分」
「・・・こんなところ、初めてきたな・・・」
バスは少し山を登って、とある公園の前で停った。降りてぼんやり見渡せば、街が一望できた。冷たい風が僕らを通り過ぎる。
「ここ、兄貴がよく、夜中に来てた」
「え?」
「・・・いつも夜に出かけてた。ついて行きたくて必死だったけど、連れてきてくれなくて・・・。最近ようやく、ここに来てたってこと知った。綺麗だな」
「うん、綺麗だね」
「・・・あれ」
少し下を見ると、ホテルが数件建っていた。驚いて凝視する。さっきバスの中からじゃ見えなかった。
手すりから身を乗り出していると、真喜雄の体が後ろから覆いかぶさってきた。手すりを掴む僕の手に、大きくて熱い手を重ねる。右腕を腰に回すと、ぐっと持ち上げて押し付けてきた。
お尻に硬くなったペニスが当たる。
「わ、」
「・・・年確されないって、部活のやつが言ってたの、思い出した」
「・・・意外と知ってるんだね」
「透吾と付き合い始めてから、ちゃんと聞いとこうと思うようになった。聞いといてよかった」
「・・・真喜雄、バス乗ってる時も勃ってたの?」
「うん。早く透吾に触ってほしいなって思ったし、おれも触りたかった。透吾、今少し、触っていい?」
返事もしてないのに、手がするりと伸びてジーパンの上からペニスを撫でた。
ほんのりと暖かさが伝わる。少し触れられただけで、たまらない気持ちになる。
「真喜雄・・・ダメだよ、ホテルに、」
「ちょっとだけ」
「ちょっとじゃ終わらないくせに、」
「ん・・・」
耳に唇が押し付けられた。
生暖かい息がそっと吹いてくる。ゾクゾクと背中が震えた。
「ふ、・・・!」
「硬いよ、透吾」
「真喜雄が、」
「うん。おれのせい。・・・嬉しい」
かぷりと甘噛みされた。下腹部がきゅっと切なくなった。
耐えられなかった。真喜雄の肌に触りたくてたまらない。










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