水色と恋

和栗

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クラスメイト2

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なぜこんなことになっているのだろう。
賑やかな屋上、隣には真喜雄、そしてなぜか前には田所くんがいる。
「・・・なんだよ。やらないからな」
「・・・んー、」
「・・・メロンパンと交換ならいい」
「ん」
もぐもぐとお弁当を食べながら2人のやりとりを見る。お母さんと子供のやりとりだ。
真喜雄は申し訳程度にメロンパンをちぎり、田所くんへ差し出した。本当に小さい。先に大きめにチョコパンをちぎっていた彼はとても不本意そうな顔をしながらも、渋々差し出し、メロンパンを口に入れた。
「あのさ、水出」
「え?あ、何?」
「・・・ありがとうな、弟のこと」
「・・・うん、いや、お礼言われることしてないよ」
「誠実だったって言ってた。性別関係なく断ってくれたって、泣いてた」
「君の大事な弟さんを泣かせてしまって、ごめん」
「んん、大丈夫。悲しいから泣いてるんじゃなかったから。前はさ、痴漢とかストーカーとか、同級生から虐められたとか、色々あったからさ」
あれだけ整った顔なら、きっと言葉にし難いようなこともたくさんあっただろう。
真喜雄は顔にも声にも出さないものの、少し悲しそうな顔をした。
田所くんは顔をくしゃくしゃにして笑う。
「水出でよかった、ありがとうな」
「いや、僕みたいに嫌な奴に捕まらなくてよかったよ。少し揺らいでしまった。危機一髪だったね」
真喜雄の耳がピクリと揺れた。あ、これは後でへそ曲げるかも。
最近の真喜雄は素直すぎて困る。ヤキモチもへそ曲がりも可愛すぎてたまらない。たまに暴走するけど、後からよく考えて話をすると僕の心はとろとろに溶けて甘やかしたくてたまらなくなってしまう。
今日は夜にチョコレートを買って迎えに行こう。きっとすぐに機嫌は治るだろう。
もう一度田所くんを見る。気になっていたのだけど、彼と彼の弟さんは全然似ていない。弟さんは心が女性だからだろうか。なんだか、顔立ちも似てないのだ。
「弟さんて昔から綺麗だったの?」
「んー、・・・初めて会ったの、おれが小6の頃だからな。再婚の連れ子なんだ。おれと弟」
「え、そうだったのか」
初めて知ったのだろう、真喜雄は珍しく驚いた顔をした。滅多にない表情の変化に、田所くんも驚いたようだった。
「おれ、成瀬に話したと思うんだけど。何度か家きただろ」
「覚えてない」
「はぁ?AV観せてやったろ?何人かで来たじゃんか」
「・・・中学の時か?」
「そうだよ!お前、初めて観たって言ってたじゃん」
ついこの間のことと勘違いしているようで、真喜雄の表情はふわふわしたものになった。
まぁ、いつでもいいんだけど、相変わらず他人に興味がないよね。
「相変わらずだな。水出、こいつ最低なんだぜ。おれ中学の頃同じクラスになったこともあるし部活もずっと一緒なのに、下の名前知らないんだってよ。もう尊敬に値する」
「それは、すごいね」
まぁ僕も知らないのだけど。これは黙っていよう。
「絶対水出の下の名前も知らないぜ。なぁ、成瀬」
声をかけられ、カレーパンを食べながら、空を仰いだ。
少し悩むと僕を見てまた目をカレーパンに向けて少し俯いた。
田所くんは、ほらなーと呆れた声で言ったけど、僕は今すぐ組み敷きたいくらい気分が高揚していた。
耳が赤くなっている。組んだ足に置いた小指をトントンと動かし、何かをごまかしているようだった。照れてるんだ。
「お前さ、本当失礼だからな。好きな子といい雰囲気だとか言ってたけど、本当なのか?ちゃんと名前言えるか?」
「それは大丈夫。うん、大事なことだから」
「水出とおれの名前も大事だろうが」
「・・・水出、透吾」
少し戸惑うような声色。ぎゅーっと胸が苦しくなった。あ、しまった。顔がにやけそうになる。不意打ちは反則だ。
「田所・・・直哉」
「お前さ、今、直人と迷ったろ」
「・・・紛らわしい」
「失礼だな!」
「まぁ、下の名前ってあまり呼ばないし仕方ないよ。僕も呼ばないし、覚えられないことあるし」
「そーかぁ?おれ結構下の名前で呼ばれることの方が多いし、呼ぶことも多いな」
「水出、田所は年が明けたら、サッカー部の部長になるんだ」
「・・・お前、脈絡って言葉知ってるか?なんで今その話になったんだ?」
多分話をすり替えたかったのだろう。
このまま話続ければ、彼が僕の事を下の名前で呼び始めると思ったに違いない。それは僕も断固拒否したいのでありがたかった。
まぁ、確かに彼のいう通り脈絡がなさすぎてつい、笑ってしまったけど。
「成瀬くんはキャプテンなの?」
「・・・おれはそういうの、無理」
「成瀬は真面目だから、逆に任せられないよ。ていうか、任せたくない」
真面目な声で田所くんが言う。
「成瀬は何も考えないでフィールド走らないとダメだ。変に責任を負わせると、チーム全体のバランスが崩れて勝てなくなる」
「・・・そうなんだ。上手いからとか、強いからとかでは、なれないんだね」
「それも違うな。そういう人がキャプテンとかになることは多いよ。でも、おれたちはそれをしたくなかっただけ。事前に話し合って、もし指名が来ても断固阻止しようって決めてたんだ」
真喜雄はキョトンとした顔になった。知らなかったのだ、きっと。
田所くんは何でもないことのように言うけど、すごく勇気のいることだったのではないだろうか。
監督や先輩の意見を覆すのは容易ではないはずだ。
「成瀬がやりたかったなら話は別だけど、やりたがるタイプじゃないし、ごちゃごちゃ考えてプレーが雑になるのも嫌だったし」
「・・・そうなんだね。成瀬くん、大事にされてるね」
「・・・うん。ありがとう、田所」
「別にー。おれ面倒見いいらしいから、適任だろ」
「キャプテンも、田所くん?」
「違う違う。別のやつ。おれたちのチームは部長が全体まとめて、キャプテンはフィールドまとめんの」
食堂で買ったのだろう、コロッケを口に押し込むと紙をくしゃくしゃにして袋に押し込んだ。
サッカー部の人は早弁をして昼はパンを食べるのが普通なのだろうか。
中々聞くことのない話を聞けて、思いのほか楽しかった。
真喜雄がどれだけ重要なポジションにいるのか、立場にいるのか、はっきりと分かった。
それと同時に、そこに僕がくっついていていいのだろうかということが、疑問だった。
僕はサッカーもできないし、出来ることは走り方を教えることくらい。
今はそんなことも必要ないくらい綺麗に走る真喜雄の隣に、僕がいる必要はあるんだろうか。
我慢できずに触れ合ったり、求めていい時期なのだろうか。
授業を全て終え、家に帰って考えた。
なぜかとてもナーバスになっていた。
試合がもうすぐそこに迫っている時期。僕よりももっと、頼りになる、頼らなければならないチームメイトがいるんじゃないだろうか。
僕は真喜雄に何が出来るんだろうか。
携帯が光った。電話だった。耳に当てると真喜雄の声がする。
「お疲れ様」
『ん、今、駅着いたんだけど・・・』
「あ、そうなんだ。・・・えーっと、行ってもいいのかな」
『え?なんで?』
「・・・ごめん、なし。今から行く」
『・・・どうかしたのか』
珍しく弱気になってしまった。情けない。
「ちゃんと話すから、待ってて」
『うん。おれんちの方でいいか』
「すぐ行くよ」
自転車にまたがって公園へ向かう。
駐輪場に停めると、真喜雄の自転車があった。
すぐそばでボールを蹴る音がする。
「お待たせ。ごめんね」
「ん。・・・で、どうした」
「・・・あのね」
お昼に聞いた話と、自分が感じたこと、思ったこと、考えた事を話す。黙って聞く横顔は真剣だった。
「だから、僕は来ない方がいいかなと思ったんだ」
「・・・んー、前も言ったけど、自信持って、おれといてよ」
「・・・うん、ごめんね」
「・・・でも、ちょっと気持ち分かるな。透吾に勉強教わってる時、透吾の勉強時間割いてもらってるわけだろ。だから、引け目はある。負担かかってないかなって」
「え?そんな風に思ってたの?全然、負担じゃないよ。それに、少しでも一緒に居られるし・・・」
「うん、それだって、透吾」
「え?それ?」
「おれもだよ。透吾がここにいて嬉しい。独り占めできるし」
ふわっと笑って、頰に触れた。硬い指が伝っていく。
「透吾」
「・・・うん、ありがとう」
「・・・あ、一個だけ言いたいことが」
「何?」
「社交辞令でも、あーゆーのはもう禁止な」
あ、さっきのか。返事をしようとしたら、がぶっとキスをされた。ぐぐっと押されて膝を折りベンチに尻餅をつくと、がばっと覆いかぶさってきた。ぺろぺろと唇を舐められる。
「ちょ、真喜雄、む、ぅ・・・!」
「んー。透吾、美味しい」
「くすぐったいよっ、ふふっ、」
「へへっ。なぁ、頑張るから、見ててくれな」
「うん」
「・・・へへっ、」
今日、たくさんのことを知った。真喜雄もだろう。色々な思いが、きっと、心の中で渦巻いて、ゆっくり穏やかに揺蕩うんだろうか。
くしゃくしゃと髪を撫でる。真喜雄は顔を崩して笑った。







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