水色と恋

和栗

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あのさ、と言いかけて、やっぱりいい、と断られること数回。
チラチラとこちらを伺うこと、もはや数えきれない。
部活が早く終わった今日、駅で待ち合わせてファストフード店へ入った。
小腹が空いたと言われたら、断る理由なんてどこにもないし、真喜雄に誘われて断れる自分がいなかった。
しっかりと2セット頼んでガツガツ食べている。これで家帰って晩御飯を食べるんだから、夜中とかお腹が空いて起きてしまわないのか心配になる。
それと同時に、やっぱり食べる姿が可愛いなぁと思う。何というか、必死。そう、必死なんだ。リスとかハムスターが口を動かしてるみたいに、もぐもぐしている。
ふやけた頭で、必死に食べる姿に見惚れながら、訊ねてみる。
「・・・さっきから、どうしたの」
ぴくんと肩が揺れる。
ハンバーガーをトレイに置くと、少しもじもじしながらそっと身を乗り出した。
「・・・あの、お願いが、あって・・・」
「うん。カスタードパイ食べたいの?それともチョコパイ?何個?」
「ち、違うよっ」
顔がほんのり赤くなる。
真喜雄はバレてないと思っているのだろうが、実はかなりの甘党なことも、カスタードクリームもチョコクリームも大好きだということも、僕はとっくに知っている。
カッコつけたいお年頃だもんね。苦手なくせにブラックコーヒーで飲もうとする子供とか、その類だ。
他の人が同じようなことを言ってもやっても鼻で笑ってしまうけど、むしろ笑いもしないけど、真喜雄だと微笑ましいし可愛いと思う。
はやくスイーツバイキングに連れて行きたい。
「・・・あの、その、」
「うん、とりあえずポテト食べたら?」
冷めちゃうよ、と言うと、摘んで食べるかと思いきやカップごと口に近づけ、ざばっと口に押し込んだ。豪快。
お家でお父さんに行儀悪いって怒られないのかな。
「おいしい?」
「うん」
「僕のもあげるよ」
一番小さいサイズのポテトを渡してあげると、素直に受け取ってくれた。それは一口で終わった。
「で、どうしたの?」
「・・・その、」
「うん」
「・・・写真、欲しい。透吾の・・・」
思い切り顔をしかめてしまった。僕としては珍しいことだった。真喜雄はしゅんとすると、ごくごくとカルピスを飲んだ。
僕はもちろん、写真が好きではない。
撮らなければいけない時は渋々写るけど、意味もなく思い出として取っておくのが嫌だった。思い出なんかないからだ。
僕が写ったところで話のネタにされるだけだし、むしろネタにすらならないし、生産性もない。写るだけ無駄。なにより、大勢の人の記憶に残る事が嫌で嫌でたまらなかった。
言わなくても分かってるだろうと思っていたけど、まさか欲しいと言われるとは。
恋人の願いは何だって叶えたいけど、これはちょっと厳しい。
「何で欲しいの?」
「・・・試合、始まる前に、見て、落ち着きたい・・・」
「僕の写真じゃなくていいじゃないか」
「・・・」
「・・・他にも理由、あるでしょ」
図星だったようで、目をクリクリさせていた。
「・・・部活の、やつが、時々こっそり、彼女とかの写真見てて・・・羨ましかった・・・おれだって見て、元気になりたいって思った・・・」
「・・・」
「・・・誰にも見せないし、1人の時に見るし、せめて、その・・・透吾との、メッセージ画面の背景くらいには、したいなって・・・パスワードかけるし・・・おれも癒し、とか、ほしい、し・・・」
「・・・」
「・・・恋人っぽい写真とかも、欲しい・・・思い出、みたいな・・・」
目を泳がせ、口ごもりながら話す姿にキュンとするが、どうしても受け入れられない。
無理に笑えないし、不意打ちに撮られたところで不愉快だし、許可してても緊張する。むしろ不自然だ。
「・・・ごめんね。他のことならなんだってしたいんだけど」
「・・・ん、大丈夫・・」
顔には出さなかったが、しょんぼりしていた。
ごめん、と心の中で何度も謝る。
そこから真喜雄は黙り込んでしまった。非常に気まずい。
でも、いいよと言ったところで、遠慮するだろう。押し問答になって結局撮らないって同じ結果になるだけだ。
トレーを片付けて真喜雄の家の方のロータリーに佇む。途中まで送って行こうと思ったら、じゃぁな、と言われた。
「・・・あ、うん。気をつけてね」
「・・・透吾はさ、」
「え?」
「いつも、自分のこと否定的に、言うけど・・・おれの好みとか、好きなものとか、一緒に否定されているみたいで、ちょっと、ムカつく・・・」
はっきりと言われた。
じっと黒い瞳で見つめられて、何も言えなかった。
「癖なの、分かってるし、そういう考えの人だって分かってるんだけど、・・・好きな人を、写真でも見ていたいって、おれは、そう思うから・・・もう、おれの好きな人のこと、否定しないでほしい」
ずしんと体が重くなった。
ごめんと言いたいのに、言葉が出てこなくて、俯いてしまう。
手が痺れて、心臓が痛くて、悲しくなった。
僕だって真喜雄が、真喜雄自身のことを否定的に話していたら、きっとすごくムカつくだろうし、悲しくなる。
どうしてそれが分からないまま、彼の隣にいたのだろうか。
いつも目を瞑っていてくれたんだ。
それに甘んじていた。受け入れてくれるんだって、無意識に思っていたのだ。
「・・・言いたくなかったけど、言わないとって思った」
「・・・ん、」
「・・・でも、おれ、間違ってないと思うから・・・謝れない」
「・・・んっ、」
「・・・悲しかったよ。おればっかり好きみたいで・・・」
「ちが、」
「今のは、嘘だ。・・・ごめん、今のは、ごめんな」
目が熱い。顔を上げると、困った顔が見えた。
少し目をそらしてまた僕を見て、何も言わずに背中を向けた。
怒らせた。
動けなかった。
遠のいていく背中を追いかけたかったのに、呼吸が苦しくて何もできない。
何も考えられず、ぼんやりしたまま家に帰った。
電話も、メールも、何もできなかった。真喜雄からも、何もなかった。


****************


人間とは不思議なもので、どんなに苦しくても、悲しくても、普通に過ごす事ができるようだった。
いつものように起きて学校へ行き、授業を受けて帰ってくる。
真喜雄に話しかけることも、メールを送ることも、何もできなかった。僕が考えを改めてちゃんと反省しないと、何も変わらないのだ。
真喜雄だって、むやみやたらに謝られても困るはずだし、しょうがないなって受け入れるタイプでもない。
その前に、もうそんなふうに受け入れられるのは嫌だった。
一度は受け入れてくれたのだ。だけど、積もり積もったに違いない。がっかりしたに違いない。だから静かに伝えてくれたのだ。
甘えていた自分が恥ずかしくて、情けなくて、ずっとずっと負のスパイラルに苛まれている。
もやもやしたまま今日も家に帰る。何もアクションを起こせないまま、今日まで来てしまった。
呆れられて、話すことも億劫になってしまったかもしれない。
失望して、僕への好意なんてすっかり消えてしまったかもしれない。
事実だったらどうしようと不安になって、知りたくなくて、何もできなかった。
服を着替えて机に突っ伏す。
ぼんやりしていると、携帯が震えた。母さんだろう。洗濯物を入れろとか、その類だ。
無視して目を閉じる。
まだ鳴り止まない振動に痺れを切らして画面を見ると、真喜雄と表示されていた。一気に喉の奥が熱くなる。
どうしようか迷っていると、切れてしまった。力が抜けてへなへなとまた机に倒れる。
どうしよう、怖くて出られなかった。


コツン


窓から軽い音がした。
なんだろうとカーテンを開ける。
いきなり、窓に小石が当たった。下を見ると、ジャージ姿の真喜雄が立っていた。大きく心臓が跳ねる。
ちょいちょいと手招きされて、慌てて階段を降りてドアを開けると、壁に寄りかかった姿があった。よろけながら近寄ると、ちらりとこちらを見て、軽く指をさしてそちらに歩き始めた。
無言でついていく。いつもの公園に入ると、テクテク歩いて少し奥へ向かった。ベンチにカバンを置くと、振り返ってじっと正面から見つめられた。
目が反らせないまましばらく時間が過ぎた。
そっと、真喜雄の唇が動いた。
「透吾、」
「嫌だっ、」
反射的に言葉が飛び出した。驚いた顔になる。
慌てて口を押さえると、その手を乱暴に取られた。
「違うよ、バカ」
「・・・っ」
「・・・透吾の馬鹿野郎。・・・別れるって、言うと思ったのかよ」
「だって、がっかりさせた・・・」
「してないよ。がっかりしたから言ったんじゃないよ。おれは、透吾とずっといたいから、言ったんだよ。馬鹿野郎、透吾は馬鹿野郎だ」
「・・・だって、」
堪えきれなかった涙が溢れた。ずっとずっと我慢していた涙は、大粒で頰へ伝っていく。
人前で泣くなんて初めてだった。感情がコントロールできない。
真喜雄といると、たくさんの感情が溢れてくる。
「・・・ちゃんと、知ってほしかったんだよ・・・。自分以外の人に、たくさん好かれてること・・・知ってほしかったんだよ・・・」
「んっ、・・・ぅん、」
「・・・泣かせてごめん」
「ちがっ、僕が、・・・!僕、恥ずかしい・・・!君に甘えて、胡座かいてた・・・!情けなくて、・・・!君に、嫌な思い、させて・・・!別れようって言われても、仕方ないこと、してるって、思ったんだけど・・・!」
「うん」
「でも、僕は、君といたい・・・!呆れられても、がっかりされても、離れたくない・・・!ごめん、頑張る・・・もう、言わないように、僕、頑張るから・・・!」
「・・・」
「ごめん、ごめん・・・!泣いてごめん、・・・!情けなくて、ごめん・・・!嫌な思い、させて、ごめん・・・!」
「・・・いいんだ。おれも、言い方が悪かった。泣かせてごめんな・・・。正直、この間も、堪えた。あんな、泣きそうな、呆然とした顔、おれがさせたんだって思ったら、もう、どうしたらいいか分からなかった・・・」
「・・・この間、・・・もう、嫌われたんだって、・・・だって、何も言わないで、行っちゃうから・・・!」
「っ・・・!!大好きだ!バカ透吾!!」
乱暴に引き寄せられ、強く抱きしめられた。
熱い体に抱かれて、また涙が溢れる。しがみついて声を殺した。声を出したら、止まらなくなりそうだったんだ。


***************


「ん、」
お茶を買ってくると言った真喜雄が戻ってきて、ペットボトルを差し出した。受け取ると温かくてホッとした。
「ありがとう・・・」
「・・・ちょっと冷えるな」
「・・・ん、」
「・・・ごめん、もっと早く、言おうと思ったんだけど、声かけられなかった」
「・・・僕が、君に声をかけるべきなんだ・・・だから、真喜雄が気にすることじゃないと思う・・・」
「・・・悩んだ?」
「そりゃ・・・もちろん、悩んだよ・・・」
「・・・」
「・・・ちゃんと考えてからじゃないと、君に声をかけられないって思った。君はサッカーに集中してる最中なのに、僕は何を言わせてるんだって思って、情けなくて、これで試合負けたなんてなったら、もうどうしていいか、」
「勝ったよ」
嬉しい知らせだった。
顔を見ると、じっとこちらを見ていた。少し微笑むと、手を伸ばして僕の頭を撫でた。
「あと2回勝てば、夢に見た舞台だ」
「・・・うん、」
「・・・勝って、そしたら、透吾と話しようって思った。絶対負けらんないって思った。透吾、もう謝らないで、いいんだからな。おれも謝らないから、だから、自信もって、おれの隣にいてくれ。おれも、自信持って隣に立つから」
「・・・うん、」
「自分を否定するとどんどん嫌味っぽくなるから・・・そんなの似合わないから、言うな」
「ん、」
「冗談で言うのと違うから、本気の言霊は怖いんだからな。本当にそうなっちゃうし、力があるから・・・」
「ありがとう、」
「・・・はー、すげー、体力使うな、怒るって・・・」
真喜雄は背もたれに頭を乗せて空を見た。そして勢いよく立ち上がり、僕の前に立つと、背もたれに手を置いてじっと顔を見つめた。
「・・・性格悪いこと、言ってもいいかな・・・」
「え?・・・何?」
「・・・透吾のこと傷つけて泣かせられるのって、もしかして、おれだけかなって思った。そしたらそれって、すごく嬉しいことだなって思ったんだ」
ぞわぞわと鳥肌がたった。背もたれがあると分かっているのに、足を踏ん張って後ずさりしてしまう。真喜雄はそれに気づくと、ぐいっと顔を近づけた。
「怖い?」
「・・・違う、でも、やめてほしい」
「どうして?」
「・・・あっ、」
するりと首を撫でられた。いつもより真喜雄の体温を感じる。ゾクゾクした。全身が微かに震える。
まるで猛獣に追い詰められたように体が動かなかった。雄をむき出しにした姿に心臓が大きく音を立てる。
不快じゃない。惹かれる。
「・・・おれを傷つけて泣かせられるのも、透吾だけだよ」
「やだ、」
「・・・可愛い子ほど虐めたいって、本当にそんな気持ち、あるんだな」
「真喜雄、ここ、外だよ・・・!」
「だから?」
唇を割って、親指が歯列を撫でた。つい口を開けると、するりと滑り込んできて舌を撫でる。しょっぱくて、硬くて、少し爪が伸びていた。我を忘れて、夢中でしゃぶった。
「ぅん・・・ん、」
「・・・可愛い・・・可愛い、・・・やらしい顔・・・」
「真喜雄、」
「・・・ちゃんと顔、見れなくて・・・昼も一緒に食べれなくて・・・夜も1人で自主練して・・・寂しかった。透吾は?」
「ん、ぅっ、僕も・・・!」
「・・・可愛い、好きだ、透吾・・・」
「しゅき、」
指が抜けた。名残惜しくて追いかけると、いきなり抱きかかえられて立たされた。カバンを持ち、腕を引かれそのまま茂みへ入ると、カバンから乱暴に別のジャージを出して草と土の上に投げ押し倒した。
「まき、」
「透吾が悪い、」
「え、あの、」
「我慢できない」
がちゃがちゃと僕のベルトを外すと、下半身を出した。抵抗する間もなかった。真喜雄はジャージを下ろしてペニスを出すと、僕のと重ね合わせて握り込んだ。
「い、いたい、」
「声でかい」
「だって、」
「透吾、ここ、舐めて」
手のひらを出された。両手で支えて唾液を絡めて舐める。ベタベタにすると、そのまま先端に擦り付けた。
真喜雄はじっと2つのペニスを見て、両手でしごいている。僕はそんな姿に見惚れていた。激しく求められて腰が疼いた。
冷たい風が吹いた。ぶるっと体を震わせると、真喜雄は上着を脱いで僕の上に載せた。
匂いが濃くなる。ぎゅっと掴むと、胸が苦しくなった。
「ん、く・・・!」
「触りたかった、」
「ふ、ぅうん・・・!」
「・・・好きだ」
「ぼく、も・・・!」
「・・・キスしたい」
「ん、く・・・!」
「大好きだ」
「まき、」
「透吾のこと、泣かせたかもって、思ったら・・・全然したいって思わなかったのに、・・・今、透吾が目の前にいてすごく興奮する」
「ふ、ぅ、・・・!僕も、1人で、してないからっ・・・!あ、も、無理・・・!」
小さな水音が途切れることなく響く。カウパーも、唾液も、もうどちらなのか分からないくらい混じってる。
熱がじわじわとせり上がってきて腰が小刻みに跳ねた。
真喜雄が睨みつけるように見つめてくる。両手で口を押さえることで精一杯だった。目を閉じようとすると、ぎゅっと握り込まれた。
「ひっ!」
「こっち見て」
「ふ、ぐぅ・・・!」
「・・・どうしよう、透吾、おれ、こんな・・・すごく、興奮してる・・・!」
「ん、ん、ん、っ・・・!んーっ・・・!」
「外、なのに・・・透吾に、無理やり、してるのに・・・気持ちいいよ・・・」
「僕も、気持ちいいよ・・・!」
「・・・ちゃんと、抱きてぇなぁ・・・」
呼吸の合間に言われて、ぎゅーっと心臓が苦しくなった。目の前に絶頂が訪れる。叫ばないように、慌てて口を塞いだ。大きく腰が揺れる。痛いくらいに腫れたペニスは、真喜雄に包まれていて見えないけど、きっと悦びで啼いている。
「透吾、いく?いく?」
「ん、っ!ゔっ、」
「おれも・・・っ、」
「ひゅっ、・・・」
手の動きが早くなった。
目の縁から涙が落ちる。
目を閉じられなかった。真喜雄を見ていたい。真喜雄も、ずっと僕を見ている。
「あっ、いくっ・・・」
「ーーっ!!」
ドロリと、ペニスが熱くなった。
真喜雄が達したのだ。
僕は頭の中を痺れさせ、引かない余韻に混乱していた。
達したはずなのに、ずっと気持ちいいのだ。
体の奥が疼く。熱い。
「はっ・・・とう、ご・・・大丈夫・・・?なんか、変・・・」
「っ、っ・・・!ーーっ、」
「透吾・・・すごい、ゆっくり射精してる・・・。なぁ、大丈夫?透吾・・・なぁ、透吾・・・」
声が出せなかった。微かに頷いて快感に耐える。
真喜雄が不安そうな顔をした。体が大きく跳ねて、また手を汚した。ぜーぜーと荒れる呼吸を必死で整える。
「ごめ、ん、なんか、変だ・・・!」
「・・・びっくりした。とろとろって溢れてて、イッてないのかなって思ったんだけど、すごく気持ち良さそうな顔してるから、イッてはいるんだろうなって・・・」
「真喜雄、僕、・・・こんな、おかしい・・・!」
言いたいことが頭の中にたくさんあるのに、出てくる言葉は無茶苦茶だった。
伝わらないもどかしさで気持ちが焦る。
手を握られた。大丈夫だよと、優しく笑ってくれる。
「ちょっと、休もう」
「んっ、・・・!」
身なりをきちんと整えてくれた。
そのまま隣に寝転ぶと、空に広がる木々の葉を見つめた。横顔が綺麗だった。
「・・・透吾」
「・・・何?」
「・・・試合、観に来てほしい」
「え、いいの・・・?」
「うん。どんなに遠くの席でもいいから、観てほしい。勝つところ。まだ見せたことなかった」
「・・・うん。ところで、あの、今なんの予選なの?インターハイ?」
勢い良く顔をこちらに向けて、目を大きく広げた。ブハッと吹き出すと、うずくまって笑った。
「透吾、あははっ!バカッ、も、ほんと、なんも知らないんだな透吾って!」
「そりゃ、うん・・・」
「夏休み入って少しの、ほら、7月の後半にやったのあるだろ」
「うん」
「あれがインターハイ予選。で、いまやってんのが、正月にやってるやつ」
「・・・えー、真喜雄、あれに出るの!?」
つい大きな声で叫ぶと、真喜雄はまた笑った。全然分かってなかった。そうなんだ、真喜雄がお正月にテレビに映るのか。
「が、頑張ってね」
「うん。あーおかしかった。透吾っておれを大笑いさせる天才だよな」
「恥ずかしいな。来年はちゃんとチェックしないと」
「・・・そういうとこ、好きなんだよなぁ」
「え?」
「いい意味で無関心でいてくれるとこ、好きなんだ。でも関心持てばちゃんと調べて知ったり、知識溜めこもうとするじゃん。多分おれ、今まで透吾が生きてた世界と全然別の世界に居たんだよな。だからおれも透吾がしてることで分からないことがたくさんあるし、透吾も知らないことがあるんだ。それをさ、お互いにすり合わせていくの、楽しいよ」
「・・・うん、僕も」
「・・・今回のことも、それの中の一部だったのかもな」
「・・・そう、かな」
「うん。おれ知ったもん。透吾が、あんな言い方するのはきっともうずーっと昔からの人間性だって。だから、それが透吾なんだから、無理やり直す必要ないんだろうなって。ちょっと嫌だけど」
「僕も、知ったよ。真喜雄は溜め込むと静かに怒るんだ。それと、はっきりと言ってくれる。いいことも悪いことも、感情も、想いも、全部。僕にはできないよ」
「透吾は、意外と自分のことほったらかして他の人の気持ちを考える。それと、先のことを考えて話をするし、未来の計画がしっかりできてる。おれには無理」
2人で笑う。起き上がって冷めたお茶を飲んで、またベンチへ戻った。寒いなと思った。でも、心は温かだ。
「お正月楽しみにしてる」
「うん」
「今日はありがとう」
「おれも、ありがとう」
真喜雄は家まで送ってくれた。手を振って、背中を見つめる。
変わりたいと思った。自分のためにも、真喜雄のためにも。いい心境の変化だと思う。僕は真喜雄に、どれだけ背中を押してもらってるんだろう。冷えた空気を吸い込む。軽くなって温かくなった心を抱きしめて、今日は穏やかに眠ろう。明日から、また真喜雄とお昼を食べよう。






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