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名前
しおりを挟む「・・・あの、クラスとかでは、水出って呼んでいいか?」
部活終わり、真喜雄と待ち合わせして公園で落ち合うことになった。
ジャージに水色のサポーターを足につけた姿がベンチにいたので隣に腰かけ、買ってきたスポーツドリンクを渡してすぐに言われた。
「うん。いいよ。ぼくも成瀬くんて呼ぶから」
「えっ。透吾はいいよ」
「いやいや、まったく接点がなかったところにいきなり真喜雄なんて呼んだら、不審がられるし。君だってそう思ったから苗字で呼ぶって言ったんでしょ?」
「・・・」
黙りこくる。顔を覗き込むが、何も言わずに足元を見つめていた。
ひぐらしが鳴いている。夏休みも後半だった。9月からは学ランに袖を通さなければならない。中学の頃はブレザーだったので、窮屈でたまらなかった。まぁ、じゃぁブレザーの学校に行けばよかったって話なのだけど。
「透吾はさ・・・自分が思ってる以上に、みんなに良く思われてるんだよ」
突然何を言い出すのかと思ったら、とんでもないことを言いだした。驚いて思わず顔を引きつらせてしまう。
「嫌な顔しないし、気取ってないし、冗談通じるし、聞けばちゃんと答えてくれるしって、みんな言ってる。嫌な顔しないは間違ってると思うけど」
「君、最後の余計だよ」
「だから、その・・・結構、水出って名前出る。頼んでみようとか、聞いてみようとか・・・」
確かに話しかけられることはある。内容はまったく覚えてないし、多分無理難題を言われてるわけじゃないから気にならないんだと思う。
それが苗字を呼ぶことと何の関係があるのか分からないけど。
「透吾は、スポーツもできるし、器用だよ。なんでもこなして、かっこいい」
「なんでもできるってことは、特技がないってことだよ。実際ないし」
「うわ、屁理屈だ」
「事実だよ」
「・・・いや、やっぱ偏屈だ」
ふふ、と柔らかく笑った。つられてしまう。
日が傾いてきた。青とオレンジが混ざって綺麗だ。足元を見る。真喜雄の膝の方が少し長く、細くてしなやかだった。
僕のために買ったはずのサポーターを怪我もしてないのにつけているのが、なんだかむず痒い。
「・・・みんなが水出って呼んでるの、ずるいって思った。おれも呼びたいって思った」
「え?」
早口で言われた。顔を見ると、耳まで真っ赤にして俯いたままだった。
「透吾って呼べるの、おれだけだと思うけど、水出って呼べなくなるのは、嫌だと思ったんだよ」
「・・・君は天然でそれを言ってるの?そうならタチが悪い」
「って、言われても・・・分かんない。そう思っただけだし」
「はー・・・可愛いことばかり言うんだから」
「なっ、に、言ってんの、」
タオルでゴシゴシと顔を拭く。そんなことをしたって顔は赤いままだけど。
辺りを見渡して、そっと顔を寄せる。真っ赤な耳に唇を押し付ける。少しだけグラウンドの匂いがした。あとは真喜雄の匂いだった。首筋に一気に鳥肌が立っていく。
「好きに呼んでよ」
「・・・うん」
「でも真喜雄、ぽろっと下の名前で呼びそうだね」
「気をつける」
真面目に言うもんだから、笑ってしまった。真喜雄といると笑顔が勝手に溢れてくる。
止まらなくなってしまって、笑っていることがおかしくなってしまって、それを見ていた真喜雄も笑い出した。
こんなくだらないことで腹を抱えて笑うのは、本当に初めてだった。
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