群青色の約束

和栗

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pinkie10

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「せ、先輩・・・」
待ち合わせのコーヒーショップに行くと、和知がおずおずと手を挙げた。
コーヒーを持って椅子に座ると、そわそわと体を揺らす。
「お、お疲れ様でした」
「ん・・・」
さっきセンター試験が終わったばかりだった。手ごたえはまぁまぁ。2月には本命の私立の試験がある。
「・・あの!」
「うわ、声でっか・・。なんだよ」
来なくていいと言ったのに、和知はわざわざ迎えにやってきた。部活はどうしたのだろうか。多分あると思うんだけど。
「何か、食べたいものとか・・・ないですか・・・?」
「ん?んー・・・ハンバーグ」
「は、はい!」
パアッと顔が明るくなる。ここのところ、ずっと自分の家で勉強していた。和知の家に行ったら甘えそうだったから。
しばらく会えないかもと伝えたのは夏休み明けだった。理由は言わなくても分かったようで、少し寂しげな表情で頷いた。
でも、案外ちょこちょこ顔は合わせていた。朝学校へ行く時間を合わせたのだ。朝の方が集中できるから図書室へ行けばいいし、和知はもともと部活の朝練があるし。
メッセージでのやりとりも、もともと簡単なあいさつや確認のやり取りばっかりだったかこっちも通常運転。なくなったのはセックスとかデートくらい。くらい、と言っても正直しんどくて何回か自分勝手に抱きつぶしたこともあった。都合よく使っているということは重々承知していたのに、和知は優しかった。
「チーズ載せますか?」
「うん」
「じゃぁあとはポテトサラダですね」
「マカロニの方がいいかも」
「はい!」
「・・・で、お前は何を飲んでるんだ?」
ビクッと肩が揺れる。マグカップを覗くと真っ白な飲み物。
「・・ホットミルク・・・です・・・」
「・・・ここ指定したの、お前だったよな?」
「こ、紅茶とかあると思って!でもなくて、オレンジジュースは寒いから・・!ココアでもいいかなと思ったんですけど、結局ホットミルクに・・・」
「・・・お子ちゃまだな、マジで」
あー、なんか久々の感覚。
疲れてるし、正直腹減ってしょうがないし、さっさと家に帰って寝たいなと思っていたけど、和知と他愛ない話をするのが楽しかった。
まだまだ気を抜けないって分かってるはずなのに、緊張がほぐれていく。
「あの、一旦家に帰られますか?」
「・・・んー、ん。そうすっかな・・・」
店を出て電車に乗り込み、家に帰る。和知は買い出しをしながら自分の家に帰ると言ったので、後から向かうことにした。
家に入ると親父がするめを食べながらぼんやりとテレビを観ていた。おれを見ると、緊張した顔でどうだったと聞いてきた。
「まぁまぁ」
「そっか。お前おれと違って頭いいんだから、しっかりやれば大丈夫だと思ってた」
「別に出来はよくねぇだろ。模試じゃ合格圏外ばっかりだし」
「おれ高校も中退だもん。留年できなくて。そんなおれの子供が大学受験してるとか、奇跡だよ」
初めて聞いた話だった。つい見つめると、へらっと笑う。
「あれ?知らなかった?お袋から聞いてねぇか?」
「知らん」
「底辺の工業高校行って、単位足りなくて留年だーってなったんだけど、受け入れ拒否されたんだ。2年生まではなんとか頑張れたんだけどなー。あはははは」
「・・ふーん」
「専門授業は楽しかったけど、普通科目が苦手でな。お袋は呆れてたけど、親父も中卒だったし、勉強してる暇あったら働けって人だったから、すぐうちの仕事始めて・・性に合ってたからよかったなって今は思うな」
「・・・おれには合わねぇよ」
「え?そう?合うと思うけど、建築士」
カッと体中の血が湧いた。親父を見ると、きょとんとしていた。首をかしげると、違った?と聞いてくる。
「何で、知って・・・」
「ん?机にパンフレット広げてたろ。いろんなとこ考えてんだなーと思って見てたら建築学科?がある学校ばっかだったから、建築士になるのかー、すげーな!って思ってさ」
「・・・」
「資格ってさ、大事だよ。あって損じゃないからたくさん取れるとこ、行けよ。専門学校と違って実技とかどうなんだろうな、大学って。物足りなかったら現場手伝ってくれたらいいし、夏休みとかバイトもうちですればいいよ。会社のやつも楽しみにしてるからな。将来仕事は・・まぁ継いでくれたら嬉しいけど、継がなくたって嬉しいよ。自分がしてることと同じようなこととか、似たようなこと息子がしてるって、すげー自慢だもん」
今までこんな話をしたことがなかった。講習に通うと言ったら金だけ渡されたし、模試の費用とか、受験費用とか、全部自分で振り込んだし、どこに行くんだと聞かれたこともなかったから、興味がないのだろうと思っていたけど、実際は違ったのだろうか。
「・・・まぁ、受かったら考えるよ」
「落ちたら落ちたで現場手伝えよ。んで浪人でもすればいいさ。大学じゃなくても専門学校もあるし。おれは真っ直ぐ家の仕事に就いちゃったけど、人生長いからいろーんな回り道したっていいんだからな。おれがいるうちに回り道しておけよ」
「なんでだよ。普通、立派になって孝行しろっつーもんじゃねぇの」
「バーカ。親がいるからできる自由もあるだろ?で、やりたいことやって、まぁたまに酒に付き合ってくれたら最高の孝行だよ。立派な大人になってほしいなんて思ったことねーよ。おれが立派じゃないんだからさ」
あっはっは!とゲラゲラ笑って、親父はテーブルを叩いた。何がそんなにおかしいのか分からない。
でも、こんな風に考えておれと過ごしていたのかと新しい発見だった。仕事はするけど飲んだくれで、現場の作業員ともフランクに接しすぎて時々舐められてて、おれとは対照的でいつもへらへらしている変な親父だと思っていた。ちょっとバカにしている節もあったかもしれない。
でも、そういや、否定されたこととか反対されたことって、なかったな。野球を始める時も、高校を決める時も、大学を決める時も、そうか―分かった!って笑ってた気がする。金銭面での文句も愚痴も、言われたことなんか一度もない。
「で、お前今日どうすんの?でかけんの?」
「あー・・うん。明日そのまま学校行く」
「分かった。じゃぁ明日晩酌付き合え」
「は?・・・まぁ、いいけど」
「いい店見っけたんだよ。飯もうまかったよ。ちっさい店だけどな」
「ふーん・・・」
まぁ、たまにはいいか。
制服を持って家を出る。和知の家に行くと、いい匂いがした。エプロンをつけて菜箸を持ったまま玄関を開けた。
「お父さん大丈夫でしたか?」
「あ?なんで」
「え?だって・・試験が無事終わったんですし、ご飯行こうとか、ならなかったんですか?一応、そうなるかもしれないと思って、先輩にメッセージは送ったんですけど・・・」
あぁ、晩酌に付き合えって、そういうことだったのか。
普段はっきりものを言うのに、何で遠回りな言い方をしたんだろう。おれが断ると思ったのだろうか。まぁ・・多分断ってただろうな。
・・・ん?飯、行きたくてあんな話したのか?いや、まさかな・・・。そこまで頭回るわけないか。
「明日行く」
「そうなんですね」
「とりあえず、風呂入っていい?」
「はい」
家に上がりこみ風呂場へ足を向ける。相変わらず広い部屋と、風呂。
ふと気配がして振り返ると、ニコニコした和知がいた。
「なんだよ、積極的だな。一緒に入るか」
「え?違います違います。背中だけ流そうかと思って」
「じゃぁ一緒に入れよ」
「でも一人でのんびり、」
「やり取り面倒くせぇ。早く脱げ」
ひんむいて風呂場に押し込む。入念に洗ってやった。そりゃもう隅から隅まで。和知はベソをかいたり時々叫んだり喘いだりしながらも、嫌がるそぶりは見せなかった。
風呂から上がると少しのぼせたのか、ぼんやりしたままテーブルに突っ伏した。
「米、あと10分で炊けるな。ハンバーグは直前で火、かければいいか?」
「あ、はい・・・あの、やります、やります・・・」
「いーって。そんくらいできるし。うわ、ハンバーグでっか」
「ちょっと、頑張りました・・・。あはは、僕の手より大きくなっちゃった」
「本当だな」
温めて適当に皿に盛り、テーブルに並べる。
相変わらず和知の飯は美味い。あっという間に平らげて食洗器に食器を突っ込んで寝室へ向かう。
ばたっと倒れ込んで布団をかけると、和知は嬉しそうに笑った。
「えへへ・・・嬉しいな・・」
「そうか」
「・・・もうしばらく、試験はないんですか?」
「2月に私立の試験がある。それで落ちたらまた考える」
「大丈夫ですよ!先輩、すごく頑張ってますもん!」
「見てねーくせによく言うな」
「・・・あ、や・・・あの・・・見てました・・・」
気まずそうな顔になり、目が逸らされた。そして一気に顔を赤くすると、見てました、すみません、と小さな声で呟いた。
「あ?」
「・・・休み時間とか・・放課後とか、図書室とか・・こっそり、見てました・・・ごめんなさい・・・」
「・・・お前、」
「だ、だって!だって!顔が見たかったし我慢できなくて!」
「本当にお前、気持ち悪いな・・・」
「え、あ、・・・ご、ごめんなさい!!もうしません!!」
「いや、まぁそういうのも好きだけどな・・。執着されてるみたいで」
「執着します!!正直嫉妬してました!!田所先輩と水出先輩にすごくすごく嫉妬してました!!ごめんなさい!!」
「清々しいな」
「僕だって一緒にやりたいって思ったし・・・!もっと早く生まれたかったとか、すごく、たくさん思って・・・」
「多分タメだったらおれ、お前と付き合ってないと思うぞ」
「え!?」
「なんつーか、タメだったらお前もおれに対してそんな感じじゃなかったと思うし。だから、んなこと思わなくていいんじゃねぇの」
髪をといてやると、目がとろりととろけた。遠慮がちに腰に手を当てて、珍しく、おれを抱き寄せた。
「先輩・・・」
「ん・・?」
「ぼ、僕のこと・・・嫌いにならないでくださいね・・・」
「まぁここまでストーキングされてもかわいーやつだなって思うくらいだから、それはねぇんじゃねぇの」
「え!!」
「言ったろ、おれはそれくらいがちょうどいいのかもって」
ぎゅっと頬を引っ張る。和知は目を潤ませると、嬉しそうに何度もうなずいてしがみついてきた。
まだまだ気は抜けないけど、今日くらいいいだろ。
服の中に手を入れると、和知もおれの服の中に手を入れた。まぁ、すごくぎこちない動きでただただくすぐったかっただけだけど。


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