群青色の約束

和栗

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群青色の約束2

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「買い物付き合って」
部活へ行こうと玄関で靴を履いていると、和泉が眠たげに声をかけてきた。
今日の練習は午前中で終わるので、午後は自主練習とトレーニングをする予定だった。久しく和泉と出かけていないので、予定を変更することにした。
自転車に乗って駅へ向かい、電車に乗る。ぼんやりと窓の外を見ながら、この間の和泉の言葉を反芻した。
おれのついた嘘が、和泉を傷つけただろうか。ついた覚えが全くないので、思い出すことができなかった。
学校へ向かう途中、成瀬の後ろ姿が見えたので声をかけようと近づくと、どうやら電話をしているようだった。
「ん。・・・あのさ、午後のこと・・・うん、じゃぁ、駅な、うん。ん。ごめん、朝っぱらから。じゃぁな」
ひどく優しい声だった。普段ぼんやりした声しか聞かないので、こっちがドキドキしてしまった。
「よぉ」
「わ、」
隠すように思いきり肩を叩くと、慌てて携帯をしまった。
おはよ、と口の中で呟かれる。
「デート?」
「・・・まぁ、そんなような・・・」
あら。素直。
もうおれに知られてるから隠す必要がないのは分かっているけど、前までの成瀬だったら黙るか無視をするかだったので、非常に新鮮だった。
チラッとこちらを見て、目をそらす。
「どこ行くの?映画とか?」
「・・・ん」
「いいな。おれも行こうかな。和泉と午後に出かけるんだ」
「・・・どこの映画館?」
「へ?」
「・・・邪魔、されたくない」
申し訳なさそうな、でも本気のその顔を見てしまったら、茶化すことができなくなってしまった。
水出との時間がそれほどまでに大事なのだ。なんだか少し切羽詰まっているような印象さえ持てる。
「なんかあったのか」
だからつい、首を突っ込んでしまう。まぁでも、喋らないだろうな。自分のことすらほとんど喋らないやつだし。
そう思っていたら、少し厚い唇がゆっくりと動いた。
「・・・春になったら、会う時間が減るから・・・今、たくさん、一緒にいたい・・・。受験で忙しくなるし、おれはインターハイに出るから、きっと、距離、空く、から・・・今のうちに・・・。邪魔、したくないし、されたくない・・・」
か細い声に、胸が痛くなった。キリキリした。
こんな弱々しい姿、初めて見た。いつだってケロっとしているのに。いや、そう見えていただけで、本来は弱さのあるやつなのかもしれない。人間なんだから当たり前だ。
勝手な固定観念を押し付ける所だった。危ない危ない。
バチっと背中を叩く。
「バカだな。水出はそんなこと考えてないと思うぞ」
「・・・」
「水出はお前のことしか考えてねぇし、邪魔をしたくないとは思ってるだろうけど、成瀬のこと邪魔だなんて思ってないし、距離が空くから今のうちに会いたいなんて知ったら、怒るぞ」
「・・・ん」
「空いちまったら埋めればいいんだよ。お前に根性があって、水出のことが好きならさ。できるだろ。簡単じゃん。だって水出も成瀬のこと大好きじゃん。今まで喧嘩だってしてきただろ?言い争いだって。その度にちゃんと距離詰めてきたんだろ?だから付き合ってるんだろ?距離が詰められるってことは、お互いにそれを望んでるからだろ。一方通行だったら相手は逃げていくだけなんだからさ」
て、いうか距離なんかあかないだろお前らは。お互いに大好きじゃん。
めちゃくちゃ杞憂な悩みじゃねぇのかな。考えるだけ無駄だと思うんだけどな。
普段の水出を思い出す。緩やかに他者を拒むのに、成瀬だけに執着している。付き合っていることを知ってからそんな風にしか見えなくて、隠していると言う割にはあからさまだなぁと思ってしまうこともしばしば。でもちゃんと成瀬のことを考えていて、おれじゃない他の誰かがいればあの嘘の笑顔に戻るのだ。
バレないように。成瀬の立場が危なくならないように。
「・・・田所でよかった」
「は?」
「・・・知られたの、最初は警戒したけど、・・・今は田所でよかったって思う。ありがとう」
優しい笑顔だった。
うわ、こんな顔初めて見た。
人って恋をすると表情も変わるんだ。
驚いて見つめたままでいると、無表情に戻った。
学校へついて準備をし、ウォーミングアップをしてからミニゲームを始める。
成瀬の動きが綺麗だった。迷いも曇りもない走り方に見惚れた。
ボールは喜ぶように転がっていく。無機質な物体が、生き生きしているのだ。
ゴールを決めてもさして嬉しそうでもなく、淡々としている。決めるのが、当たり前だから。すげーなぁ、こいつ。
おれにはそんな自信、持てない。
「・・・成瀬、足速くなった」
良人が近づいてきて、ポツリと呟いた。グローブを叩きながら深く息を吐く。ギラッと目を光らせた。
「もう入れさせねぇから、お前も決めろよ」
「・・・」
「・・・あんだよ。無理なのか」
「・・・無理だな」
「はぁ?」
「決めんのは、おれじゃねぇよ」
ちょいちょいと手招きをして、小さな円陣を作る。もう3年生はいない。いるのはおれたち2年と、1年。エースはもちろん相手チームにいる成瀬。でも、戦い方次第で誰かをエースに持ち上げることができる。
「いーかみんな、おれは決まらない男で有名だ」
誰かが噴き出した。一緒に笑ってやる。
「決まらないけど、決めさせる男だ。勝つぞ」
ただのミニゲームだ。でも、1つ1つが大事なゲームだ。
ポジションにつくみんなを確認してからゲームを再開させる。
成瀬がまっすぐ走ってくる。良人が言った通り、スピードが、速くなっていた。


**************


「・・・さっきの何」
帰り道、ボソリと尋ねられた。
質問の意図をすぐに理解した。
「ノールックパスってやつだな」
「・・・そんなの分かってる」
「ふははは」
「・・・あれは無理」
ただ成瀬から目を離さないで味方にパスをしただけなんだけどな。
ぶつくさ言いながら、電車に乗り込んだ。
「・・・田所は、器用すぎる」
「そんなことねーよ」
「・・・バスケとかラグビーとかと違う。手を使わないであんなこと、あんまできるやついないだろ。くそ・・・」
悔しそうだった。
そりゃそうだ。次期エースと期待されている1年生にシュートを2本ほど決められたのだ。
1年は自信をつけたようだ。午後から練習のある野球部が来るギリギリまで自主練をするそうだ。アデルと良人が付き合って一緒にやっている。
「おれ地味なこと得意だからさ」
「それが一番大変だ」
「そうか?普通だよ」
「・・・謙遜、に、聞こえない。から、・・・なんかイラついてきた」
「なんじゃそりゃ」
「・・・おれはあんなこと、絶対にできない。自分で行ったほうが早い。でも田所はできる。自分で行ったほうが絶対に早いし確実なのに、楽しいのに、パスを出して、自分の欲、抑えてる。なのに、全然大変じゃないって顔、する・・・。すごいって思ってる。かっこいいって思うし、見習わなきゃって、思う。だから、・・・否定、すんな」
あら。
嬉しいこと言ってくれる。
成瀬のプレーを初めて見たとき、おれのプライドはガラガラと崩れた。追いつけないと思ったし、そもそもその基準値に自分が達していないことも足りない頭で理解した。サッカーを辞めようと思ったことだってあった。
でも考え方を変えた。こいつがのびのびプレーをできる環境に持っていくことができないかなって。確実にシュートを決められるパスを出せないかなって。プライドが崩れたのと同時に、おれは成瀬のプレーに惚れていたのだと気づくのに、時間はかからなかった。
「ありがと。おれね、あーやってフォローしたりアシストするの、好きなんだよ。おれのおかげだろって、ちょっと高飛車になれるだろ」
じっと顔を見つめられた。口が開いた時、駅に着いた。何を言いかけたのだろうか。
成瀬は口を噤んで、電車を降りた。隣に並んで改札を出る。気になったけど喋り出す雰囲気もなかったので、またなーって、いつも通り手を振った。
そしたら、成瀬はぎこちなく笑い、珍しく手を振った。
背中を向け、歩いていく。
なんか珍しいことばっかり。今日は結構喋っていたし(辿々しかったけど)、手を振るし、笑うし。
変なの。


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