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第六章 生徒編
第十八話 妹よ、俺は今展示会の準備をしています。
しおりを挟む「いい買い物ができたな」
「そうですね」
A級冒険者リンドは心にもないことを平気で言えるようになったと自嘲した。その姿を勘違いしたのか、雇い主であるジャズ ブラックモンは上機嫌で話を続ける。
「我が領土オクラドの相場より二割は安く買えた。これは大儲け出来るぞ」
「そうですね」
多分、そうはならないとリンドは思っている。確かに多くの素材をオクラドの相場より二割は安く買えた。だが、スタンピードから二カ月以上たった今現在もトロンの街は魔獣の素材で溢れている。危険を顧みず魔獣の大森林と隣接するこの地でチャンスを窺っている商人が、みすみすこの商機を逃す筈がないのだ。相場はとうに崩れていると考えるのが妥当だが、仲介料をケチって商人と直接交渉したこの馬鹿は気付いていない。仮に商人から直接買い付けるにしても、冒険者組合の相場を知ってから商談に入るべきだ。商人の話術に乗せられありもしない利益を皮算用しているこの男が、リンドは滑稽でならなかった。
「それにしても凄い量の商品だな。本当に例年と同じ規模のスタンピードだったのか?」
流石にこの馬鹿でも気づくか。そこでリンドは思い直す。気づいてなお、あれだけの素材を買い付けるのだから馬鹿には違いないと。
「私も気になって調べてみましたが、どうやら民の不安を煽らぬようスタンピードの規模は控えめに発表されたようです」
「ほう、それで、本当の規模は?」
「例年の十倍以上、二万を越える規模だったと言われています」
「にっ、二万、国家を揺るがすほどの規模ではないか!」
「ええ、その噂を聞いたときは私も驚きました」
「どのように対処したのだ。ブロイ公爵は二万もの魔獣を退ける兵を持っているというのか!」
「なんでも、トキオという冒険者とその弟子が、たった二人で大半の魔獣を駆逐したとのことです」
「そんなことがあり得るのか。トキオと言うS級冒険者の名など聞いた事が無いぞ」
「それは当然でしょう。トキオなる人物はセラ教会が始めた学校の教師が本職で、冒険者ランクはB級とのことですから」
「なんだ、それは。まあ、話半分に聞いたとしても、トキオなる冒険者が活躍したのは事実なのだろう。そうだ、その冒険者を私が雇ってやろうではないか」
リンドは思う、馬鹿に付ける薬はないと。
話半分だとしても、五千もの魔獣をたった二人で駆逐するなどS級冒険者でも無理だ。その時点で考えられるのは、この話がまったくの出鱈目か、トキオなる冒険者とその弟子がS級をも凌駕する冒険者かの二つに一つ。どちらかは考えるまでもない。トロンの街に溢れる魔獣の素材がその答えを示している。
極少数だが冒険者には貴族の強制依頼を嫌いB級からランクを上げない者も居ると聞く。教会の学校で教師をしている人柄を鑑みるに、トキオなる冒険者がそうである可能性は高い。そもそも、ただのB級冒険者に弟子など居る筈がない。
「教師のバイトをしなければ食っていけぬようなら、大金をちらつかせればすぐに靡くだろうて。ハハハッー」
開いた口が塞がらないとは正にこのことだ。馬鹿もここまでくれば才能ではないかと一瞬考えたリンドであったが、すぐに思い直す。この馬鹿が世の中の役に立ったところなどリンドは一度も見た事が無い。
「まあ、その冒険者のことは帰る直前でいいだろう。それよりも今は買い付けだ」
やはり馬鹿は治らない。たった今、魔獣の素材が溢れていると話していたばかりなのに、どうやっても馬鹿の思考回路は値崩れに向かないようだ。好きにすればいい、馬鹿の懐がどうなろうが契約した金が支払われている間は従うしかないとリンドは割り切っている。
「さあ、次の商談だ。買って、買って、買いまくるぞ!」
ただ、トキオなる冒険者のことは調査しておくべきだろう。もし、リンドが想像しているような人物なら、自分も含めた馬鹿の手勢で到底敵う相手ではない。出来ることなら、この馬鹿がありもしない利益に浮かれて、トキオなる冒険者のことを忘れてくれればとリンドは切に願う。
自領の経営状況も忘れて大通りを闊歩する馬鹿。だが、自分もあの馬鹿に匹敵する馬鹿だ。大金と引き換えに自身の絶頂期を馬鹿のお守に費やす大馬鹿だ。どうしてこうなったのかリンドは思い出せない。少なくとも、子供の頃夢見た冒険者の姿では無い。こんなことをするために厳しい修練を積んできたのではない。
リンドは自嘲しながら馬鹿の背中を追った。
♢ ♢ ♢
「作品の前に名前を書いたプレートを置くんだよ」
「「「はーい」」」
明日から始まる展示会の準備をする子供達。自分の作品を学校関係者以外の人に観てもらえるのが嬉しいのか、緊張より期待の方が上回っている様子。普段外部の人間と接することのあまりない年中組と年少組の生徒がより顕著だ。逆に外部の職人さんから色々アドバイスをもらっている年長組の生徒は少し緊張気味。師匠の前で発表会をするようなものだから、その気持ちも分からなくはない。
先程俺もじっくり見させてもらったが、年長組の作品には本当に驚かされた。金賞は鍛冶職人を目指すバートの作った鍋とフライパン。ただの鍋とフライパンではなく、一般の家庭で使う物の三倍はあるだろう巨大な物。展示後は孤児院で使ってもらう予定らしい。確かに大量の料理を作るには便利そうだが、ラーラさんが持ち上げられるか心配だ。
銀賞はアパレル業界を目指すビシェの仕立てた二着の修道服。一着は普段用でもう一着は式典用。素人の俺には立派な商品にしか見えないレベル。しかもこの二着、まだ完成品ではないらしい。特に式典用の方は細かな装飾を施すようで完成予定は冬。二着とも卒業後シスターになる予定のネルへ送られる。この話を聞いたとき、ちょっと泣いてしまった。
銅賞は料理人を目指すクーニャが書いたケーキのレシピ。ミルとカルナがオリバー男爵邸で話していた例のアレだ。面白いのは美味しかったケーキだけでなく、評判がいまいちだったものも書かれているところ。美味しくなった理由、美味しくなかった理由が詳細に書かれており、レシピというより科学の本みたいになっている。ミルの言っていた「クーちゃんはわたし達で実験している」の言葉には納得だ。
年少組に自由課題は少し難しいので、絵、観察日記、読書感想文から選択できるようにした。そうなると当然人気は絵だが、花壇で花を育てられる環境を作ったのが良かったのか観察日記を選んだ子も結構いる。読書感想文は残念ながら一人だけ。将棋の本を読み込んでいたタティスが延々と将棋の面白さを綴っていた・・・
作品を並べるだけでは少し寂しいので講堂内に飾り付けをしていると、一枚の絵画を前にガイアソーサが「うん、うん」と頷いている。絵の前に立って五分ほど経つが、余程気に入ったのか動こうとしない。
ずっと観続けられて恥ずかしくなったのか作者が声を掛ける。
「俺の絵、変かな?」
「素晴らしい作品だよ。いやー、本当に素晴らしい!」
この絵を描いたのはノーラン。ガイアソーサが褒める気持ちも分かる。鉛筆で写生した後に水彩絵の具で色を付けただけの作品だが、俺も初めて観たときはあまりの上手さに驚いた。ノーランが「勇者」スキルを持っていなければ、絵に関する何らかのスキルを持っているのではないかと即座に「上位鑑定」を発動していたと思う。では、なぜ賞に選ばれなかったのか。残念ながらモデルが悪い・・いや、構図・・それも違うな・・何と言うか・・この絵は子供らしくないのだ。もっと言えば、活発なノーランが書いたとは到底思えないほど地味で暗い。俺も少し気になっていたので、どうやって絵のテーマを決めたのか聞いてみよう。
「ノーラン、どうやって絵のテーマを決めたの?」
「最初はミーコを描こうと思ったんだ。あいつ、子供の中の子供って感じがするでしょ」
言わんとすることは理解できる。ミーコなら元気の塊って感じで、子供らしい絵のモデルとしては申し分ない。
「でも全然ダメでさー。ミーコの奴、三分もじっとしていられないんだ」
それも何となく理解できる。絵のモデルとして、ミーコほど不適任者は居ない。
「こりゃ、子供はダメだなって思って、次はシスターにモデルを頼んだんだ」
うーん・・その理由だと、シスターパトリが適任とは言えないなぁ・・・
「シスターも全然ダメ。ミーコより酷い、一分もじっとしていられないんだぜ」
ノーランの人選にも問題ありだな。そもそも、人物画ではなく風景画では駄目なのか?
「それでさ、良いモデルは居ないか探していたら見つけたんだよ。いつも同じ場所に居て動かない最高のモデルを!」
ノーランが描いたのは、将棋盤を前に胡坐をかき、肘を付いて顎に手を置く少年。多分タティスだが、斜め後方からの構図のため表情は描かれていない。対戦相手も描かれておらず、将棋を知らない人が観れば背中を丸めた少年が苦悩している様にしか見えない。
「ター坊はいつも同じ場所、同じ姿勢で将棋を指しているんだ。対戦相手はガイアさんの時もあればシスターの時もあるしミルの時もあるけれど、ター坊はいつもいっしょ。これだって思ったんだ」
「風景画じゃ駄目だったのか?」
「あっ!」
気づけよ!折角の才能がもったいないだろう。まあ、構図やテーマも含めての才能だろうからノーランの場合、絵は上手いけど芸術的才能には乏しいのかも。
「いやー、本当に素晴らしい。モデルと構図が抜群だ」
「そ、そうかな//」
まあ、観かたは人それぞれだよね・・俺も芸術の才能が有る訳じゃないし・・・
「将棋盤を前に、ありとあらゆる場面を頭の中に思い浮かべ思考をフル回転させているター坊。忙しく回る思考と静止している身体の対比。これが大人ならただ将棋を指しているだけに見えるかもしれないけれど、幼い少年であることが将来の希望へと繋がっている。たった一枚の絵にこれだけのメッセージを詰め込むなんて、ノーランの才能には只々感服するよ」
「えへへ、流石はガイアさん、わかってもらえて嬉しいよ」
嘘つけ―!絶対そんなメッセージ込めてないだろ。しかし、芸術とは恐ろしいなぁ・・・観かたによってはこうまで作者の意図を曲解してしまうものなのか・・・まあ、世の中には気持ちの悪い人形が好きな人もいるし、芸術に対する感覚も人それぞれということか。
「そんなに気に入ってくれたのなら、展示会が終わったらその絵、ガイアさんにあげるよ」
「えっ、いいの!?本当に!!」
滅茶嬉しそう。ガイアソーサのやつ、本当にこの絵が気に入っているんだなぁ。
「だって酷いんだよ、ミルとター坊。展示会の後、この絵を将棋部に飾ってもいいかって聞いたら露骨に嫌な顔するんだぜ」
いや、ミルとタティスは悪くないと思うよ。あんまり景気のいい絵じゃないし・・・特に、知らない間にモデルにされていたタティスは嫌がると思う。そういう意味ではガイアソーサに貰ってもらうのは良い案だ。芸術はその価値が分かる人に所有してもらうのが一番だからな。バーラ一族のマジックアイテムを所有するオリバーさんと一緒だね。
「本当に、本当に貰っちゃうからね」
「どうぞ、どうぞ」
「やったー!ありがとう、ノーラン。魔王になったら、絶対この絵を執務室に飾るよ!」
フフフッ、魔王の執務室に勇者が子供の頃描いた絵が飾られるなんて・・・なかなかにシュールだ。
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