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第六章 生徒編

第九話 妹よ、俺は今「シスター物語」について熱く語っています。

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 ──ある日、パトは夢を見た。

 夢の中で神は言う。

「ロンの街で教会を運営するマザールルーの手助けをせよ」

 パトはこれが神託だと確信した。




 「シスター物語」最初の一節。

 カルナの書いた物語は、主人公のパトが神託を賜りシスターとなるところから始まる。

 少しドジでズボラなところはあるが優しくてお人好し、いつも元気で底抜けに明るい性格のシスターパトが教会の運営する孤児院で起こる数々の問題を、師でもあるマザールルーと力を合わせて解決していく笑いあり涙ありの奮闘記。

 説明するまでもないだろう。主人公のモデルは勿論あの人だ。



「読み始めてすぐ物語の世界に没入した。ページをめくるのがやめられなくなり、お茶が冷めたのにも気付かない。トイレに立つ時間すら惜しいと感じる。カルナ、君の生み出した物語はそれ程までに私を夢中にさせたよ」

 興奮気味に話すオリバーさん。

 堅苦しい書物しかないこの世界で「シスター物語」は異端だ。「文豪」スキルを持つ少女が、セラ学園の図書室で俺の作った前世の名作をこの世界様にアレンジした物語を読み込み生み出されたこの物語は、前世で読書しか趣味の無かった俺をも満足させる作品だった。

「主人公のシスターパトは完璧な人間ではなく、ドジもすればズボラなところもある。だが、孤児院の子供達の為なら無茶もするし、どんな苦労も笑ってこなしてしまう。その姿は清々しく、完璧な人間ではないからこそ今後の成長が楽しみになる」

 熱を帯びたオリバーさんの感想は続く。

 この世界の小説い出てくる主人公はまるでテンプレートがあるかのように、圧倒的な力と絶対的な正義のもと失敗をしない。それはそれで需要があるのだろうが、物語としてのワクワク感は希薄だ。先が読めてしまいハラハラドキドキしない。

「周りの人物も面白い。師であるマザールルーは勿論、孤児院の子供達も皆個性的。中でも普段はヘラヘラしているのに教会や孤児院の支援金を勝ち取るため議会では奮闘を見せる領主の次男坊、昼行燈のオズが私のお気に入りだ」

 主人公だけが魅力的でも良い物語にはならない。その点、「シスター物語」の脇を固める登場人物は皆個性的で一癖も二癖もある。そこが抜群に面白い。

「わたしは謎の冒険者トッキが好き。いつもは表に出ず陰ながら教会を見守っているトッキが、悪人に利用されて教会に侵入したS級冒険者のマックを返り討ちにして改心させたところは胸が熱くなる」

「おおっ、ミルも読んだのか。たしかにあそこは手に汗握る名シーンだった。その後、改心したS級冒険者のマックが希望する孤児院の子供達に剣を教え始めたのには感動した」

 ミルも読んでいたのか。自信のないカルナがミルに頼んだのかな、ミルなら誤字や脱字にも気付いてくれそうだし。

「孤児院と言えば子供達も個性的に書かれていて良かった。しっかり者のネルネル、冒険者に憧れるノン、元気な獣人族のミケ、賢いミルル、みんな良い子だ」

 同志を得たとばかりにオリバーさんがミルに話を振る。実に楽しそうだ。

「そうかなぁー、わたしはミルル嫌い」

「どうしてだ?シスターパトがドジをした時、ミルルの一言があるから面白いんじゃないか」

「身の回りのことも一人で出来ないくせに、ツッコミだけは一人前。あれは賢いんじゃなくて小賢しいだけ」

 俺と妹が前世で同じ小説を読んでは感想を言い合っていたのを思い出す。同じ物語に感情移入した人間が揃えばこうなるのはどの世界も一緒だ。それにしてもミルさんや、小説の登場人物、孤児院の賢い少女ミルルのモデルはどう見ても君だよ。同族嫌悪ってやつか?

「わたしはマザールルーとシスターパトが言い合いするのが好き。喧嘩しているのに、読んでいるとなんだかほっこりする」

「わかる!あれこそこの物語の名物シーンだ。たまにマザールルーが言い負かされるのも面白い」

「それ、それ!」

 随分と盛り上がり始めちゃったなぁ・・・オリバーさん、本題忘れていませんか?

「トキオ先生はどのシーンが好き?」

「俺かい、そうだなー、やっぱり一番好きなのはマザールルーとシスターパトの言い合いかな。あと、シスターパトが子供達の為なら無茶するところも、ハラハラするけど好きだよ」

「謎の冒険者トッキは?」

「うーん・・・トッキより、改心して子供達に剣の指導をしているマックの方が好きかな」

「なんで、謎の冒険者トッキの方が断然かっこいいよ!」

「そうかなぁ・・・いつもギリギリまで助けに来ないし、謎の冒険者ってところも胡散臭い。教会や孤児院を助けたいのなら陰からじゃなくて表から堂々と助ければいいじゃん」

 他の登場人物はそれぞれに個性があって皆好感が持てるのだが、このトッキだけは好きになれないんだよなぁ・・・

「トキオ先生は謎の冒険者トッキのことを全然わかっていないよ!」

「そうだ、そうだ。トキオ君は謎の冒険者トッキを全然理解しておらん!」

 えぇぇぇ・・・

「なんでもかんでも助けていたらシスターパトが成長しないじゃん。謎の冒険者トッキはあえてギリギリまで手を出さないんだよ。シスターパトに立派なシスターになってもらいたいから我慢しているの!」

「ミルの言う通りだ。正体を明かさないのにも深い事情があるに決まっている」

 なんで感想を言っただけで俺が責められるんだ。ますます謎の冒険者トッキのことが嫌いになりそうだ。

「わたしは教会と孤児院を守るため女神様が遣わしたのが謎の冒険者トッキだと思う。だって、謎の冒険者トッキは賢くて、強くて、優しい神様みたいな人だから」

「ふむふむ、その展開も面白そうだが、私は謎の冒険者トッキとシスターパトは何かの事情で生き別れになった兄妹ではないかと踏んでいる。だからこそ、シスターパトの成長を妨げるようなことはせず、本当に困った時だけ手を差し伸べているのではないか?」

「なるほど、それも面白い」

 考察が始まっちゃったよ・・・ミルとオリバーさんの間に変な友情が芽生え始めている・・・でもさぁ、君達忘れてない、目の前に作者が居ること。

「ストップ、ストップ、これから書きづらくなっちゃうから、それ以上わたしの前で言っちゃダメ!」

 慌てて口を押えるミルとオリバーさん。同じ物語を好きになった者同士話せるのが楽しいのはわかるが、時と場所は弁えてほしい。
 それにしても、二人共トッキのことを美化し過ぎではないか。俺が思うに、トッキはなんらかの偶然で運良く力を得ただけで、その力さえ出し惜しみする嫌な奴だ。力を得てはいけない典型的な人間、いつかロンの街で大事件を起こす引き金になるんじゃないか。


「本題に入りましょう、オリバーさん」

「そうだね。この物語は多くの人に受け入れられる。ただし、読んでさえもらえれば、だ」

「と、言いますと?」

「トキオ君も知っているだろうが、この国では本が好きな一部の貴族と研究者以外、読書の習慣がない。どんなに面白い物語でも、読む人間が少なければ世間には普及しない」

 オリバーさんの言う通り。この世界の大多数を占める平民は識字率が低く、読書の習慣もない。紙も貴重品であり本は貴族と研究者用にしか作られないため高額だ。

「この物語を持ち込めば出版社が飛びつくのは間違いない。だが、それでいいのかと私は考えている」

 どういうことだ・・・出版社に持ち込んで書籍化する以外のやり方があるのか?

「知ってさえもらえれば、この物語は広く多くの人々に受け入れられる。立場も年齢もまったく違う私とミルが感情移入できる物語、それが「シスター物語」だ。出版社に持ち込み、貴族用に書籍化するだけではあまりに惜しい」

「違った形で書籍化する方法があるのですか?」

「無い。今はね」

「と、言いますと?」

「無ければ、作ればいい。私は「シスター物語」がこの国、いや、この世界の文学を変える物語だと確信している。必ずや、本を、物語を読む楽しさを、世界中の人々に知ってもらえるきっかけとなる一冊だ。その為にも今迄のような出版方法を取るべきではない。気軽に平民でも手に取れるよう、もっと安価で販売すべきだ。それをできる出版社がないのなら、私が作る。世界中に届けられる出版社を私が立ち上げる。それだけの価値がこの「シスター物語」にはある!」

 いつもの表情とはまるで違う、この国で最も成功したと言われる投資家の表情だ。

 俺も「シスター物語」には可能性を感じた。書籍化にさえ漕ぎ着けられれば、あとは時間が掛かってでも浸透していけばいいと思っていた。オリバーさんはそれでは不十分だ「シスター物語」が誕生した今、世界中に文学の面白さを知ってもらうべきだと言っている。カルナのような「文豪」が現れた今がその時、鉄は熱いうちに打て、勿論それが理想だ。だが、方法が無かった。
 まさか、自ら出版社を立ち上げようとするとは・・・しかし、いくら資産家のオリバーさんでも一から出版社を立ち上げるとなると相当な資産を投げうつことになる。俺が持ち込んだ「シスター物語」でオリバー男爵家の財政が傾くようなことになっては申し訳ない。

「それでしたら、資金の方は俺も協力させていただきます」

「トキオ君、私を舐めてもらっては困るよ」

 オリバーさんの目が、今迄に見せたことのない迫力でギロリと俺を見据える。

「君が私のところへ「シスター物語」を持って来てくれた時点で、普及するのは私の仕事になった。当家の財政を心配して言ってくれているのは理解しているが、商売に関して私は素人ではない。十分に勝算はある」

 迫力に押されて「はい、そうですか」とはいかない。普及するのは自分の仕事だとオリバーさんは言うが、勿論そんな義務はなく、私財を投じる必要もない。オリバー男爵家が損をしない確固たる勝算でなければ首を縦に振ることは出来ない。

「具体的には?」

「フフフッ、流石はトキオ君、ゴリ押しが通用する相手ではないか。ラウ、どれでもいいから本棚から本を一冊持って来てくれ」

「畏まりました」

 ラウさんが本を取りに行く間の静寂。空気を読まない天才少女が小声で呟く。

「・・・剣や魔法、リバーシや将棋の対戦とも違う。トキオ先生とオリバー男爵の舌戦、なかなか面白い。フフフッ」

「ミ、ミル、心の声が漏れているよ!」

「おっと、しまった」

 ミルとかカルナのやり取りが緊張感のあった場の空気を和らげる。もしかしてその為にミルはわざと小声で呟いたのか・・・いや、違うな。口角が上がって邪悪な表情、あれは間違いなく楽しんでいる・・・

 ラウさんから本を受け取ると、オリバーさんおもむろにテーブルへ置いた。

「トキオ君、この本、どう思う?」

「どう、とは?」

「見た目のことでいいよ」

「綺麗な革の表紙で立派な本だと思います」

「そうだね。これは魔獣から採れる素材が書かれた本だ。まあ、書いてあるのはE級までの魔獣、立派なのは外装だけで内容はたいしたことない。これで金貨五枚だ、どう思う?」

「高いですね」

「トキオ君は優しいね。私はこの本と価格をこう思っているよ・・」

 そこまで言うと、一度ミルやカルナとも目を合わせてから改めて俺に言った。

「馬鹿げている」

 この後、オリバーさんから語られた「シスター物語」普及計画を聞き、俺はこの世界で初めてできた友人が只者ではないことを改めて知ることになった。

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