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第五章 アトルの街編

幕間 公爵家の人々3

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「またか・・・」

「はい、これで四件目です。どうして急に・・・」

 夏休みを利用してお父様の執務を勉強させていただいている中、お母様が持ってきたのはオスカー兄様とお見合いをしたいという手紙。公爵家とはいえ跡取りでもなく、貴族界では変わり者で通っているオスカー兄様へのお見合い話が立て続けに四件もこれば二人が不思議に思うのも当然です。
 たしかに、妹の私から見てもオスカー兄様のルックスは良い。学生時代の成績も良く、結婚相手としては申し分ないでしょう。だけど、貴族の結婚にはあまり関係ない。跡取りでない以上出世する可能性は低く、結婚して家を出てしまえば公爵家でもなくなる。クルト兄様のような武闘派であれば実力次第で出世も見込めますが、今オスカー兄様は貴族と全然関係のない学校の先生をしているのですから。それは貴族として生きていくことを放棄しているに等しい。貴族以外、例えば商人などからお見合いがしたいと言ってくるのならわからなくもないですが、今日までに来た手紙は全て貴族から。いったい何が起きているのでしょう?



「父上、これをご覧ください!」

 慌てた様子でエリアス兄様が部屋に駆けこんでくると、持ってきた新聞を広げる。

「なんだ、これは!」

「わかりません。オスカーの奴、アトルの街から帰ってきても忙しそうで、ろくに話す時間もありませんでしたから」

 こっそり近づいてエリアス兄様が持ってきた新聞を除いてみると、そこには衝撃の見出しが書かれていた。

『必殺キックと無詠唱魔法でアトル武闘大会準優勝!謎の魔法職オスカーの正体は、ブロイ公爵家次男オスカー フォン ブロイ様だった!!』

 なんですとー!!!


 ♢ ♢ ♢


「おや、こんな時間まで皆が揃っているとは、何かあったのですか?」

 今日も夕食の時間に帰ってこなかったオスカー兄様を家族全員で待ち構えていたというのに、当の本人は暢気なものだ。

「なんだ、これは?」

 お父様が新聞の記事を見せると、オスカー兄様はおでこに手を当て「あちゃー・・・」と言いながら天を見上げた。

「記事になってしまいましたか・・・」

「説明しろ。お前はハルトマン男爵家に仕えるつもりなのか?」

「まさか、私はセラ学園を離れるつもりなどありません」

「ではなぜ、武闘大会に出場した。しかも、ろくに剣の稽古もしていなかったお前が準優勝とは、どういうことだ?」

「順を追って説明しますので、とりあえず夕食を頂いてもよろしいですか?」

「説明が先だ!」

「わかりましたよ・・・せっかちだなぁ・・・」

「なんだ、その言い草は!さっさと皆に説明しろ!」

「はい、はい、わかりましたから、落ち着いて下さい」

「落ち着いていられるかー!」

 お父様の怒号が広い部屋に木霊する。エリアス兄様、クルト兄様、お母様、皆、怖い顔でうん、うん、と頷いている。かくいう私も、頬を膨らませオスカー兄様を睨みつけた。ただでさえ夏休みで学校にも通えず退屈していたのに、こんな面白そうな話をアトルの街から帰って一週間以上黙っていたのだ。オスカー兄様、許すまじ!




「・・と、言う次第です」

「トキオ殿か・・・」

 まずは出場までの経緯。きっかけはトキオ先生から習っている魔法で対人戦を経験するためだと言っているが、絶対に嘘。オスカー兄様はトキオ先生に作っていただいたマジックアイテムを一刻も早く手にしたかっただけに違いありません。多分、家族全員気付いている。

「それで、どの様な戦いだったのですか?予選から詳しくお聞かせください!」

「焦るな、クルト。ちゃんと話してやるから」

「はい、お願いします!」

 出ました、戦いの話になるとすぐに熱くなる戦闘馬鹿・・おっと失礼、戦闘狂が。でも、私も気になります。たしか、オスカー兄様がトキオ先生の魔法を習い始めたのは冒険者希望組のキャロさん達と同じ二カ月ほど前からだった筈。たった二カ月の指導でオスカー兄様がどのように戦ったのかは戦闘とは無縁の私でも興味が湧きます。




「・・と、いった感じで決勝戦までは進めました」

「なんですか、その戦い方は!是非この目で観たかった・・・どうして私を呼んでくれなかったのですか!」

「落ち着け、クルト。急に出場が決まったことなのにお前を呼べる訳がないだろう」

「前もそうでした!トキオ殿とマーカス殿の立ち合いの時も!オスカー兄上ばかりズルいではないですか!」

「子供みたいなこと言うなよ・・・」

 クルト兄様ではありませんが、私もその場で必殺キックを観たかったです。でも、これでようやく新聞の見出しの意味がわかりました。オスカー兄様曰く、無詠唱魔法が目立たないようにわざと派手な技で注意を引いたとのこと。効果は絶大だったようで、オスカー兄様の想像以上に必殺キックが一人歩きしてしまったのですね。
 それにしても、この話で注目すべきはトキオ先生の指導力です。オスカー兄様に魔法の才能が有ったとしても、二カ月でA級冒険者を倒すなんて考えられません。トキオ先生の学校に通えることを感謝しなければ。

「それで、決勝戦はどのような戦いになったのですか!詳しく教えてください!」

 クルト兄様、少し暑苦しいです・・・

「決勝の相手はオールラウンダーの魔族、ガイアソーサ殿。正直、初めから勝てる可能性は皆無に等しかった。正確にはわからないが、ガイアソーサ殿の基本ステータスは私の十倍以上はあると思う」

「なっ、その様な強者と・・・」

「ああ、マーカスでも勝つのは難しいと言っていた」

 S級冒険者のマーカスさんでも勝てない相手だなんて・・・今まで戦いの場に身を置いていなかったオスカー兄様がそのような方と対峙できるものなのでしょうか・・・

「お前、よくそんな強者と戦えたな」

「ええ、たしかにガイアソーサ殿は他の出場者にはない圧倒的な強者のオーラを纏っていました。しかも、剣、魔法、体術、すべてを使えるのもすぐにわかりました。しかし、私にも不思議なほど怯えの感情は無かった。多分、常日頃から世界最強のオールラウンダーと接していたからでしょう」

「トキオ殿か」

「はい、私より遥かにガイアソーサ殿は強い。それでも、先生とは比べるに値しません。強者と対峙し、改めて先生とサンセラ先輩の偉大さを知りました」

 当然です。トキオ先生こそ最強で最高のお方ですもの!

「は、早く決勝戦の内容を教えてください!」

「焦るな、まったく。クルトは父上に似てせっかちだなぁ・・・」

「お前は、いつも一言多いんだ!早く続きを話せ!」

「はい、はい」




「・・と、言った具合です。まあ、優勝することが目的でもありませんでしたし、相手も悪かったので上出来でしょう」

 決勝戦は、準決勝までとまるで違う壮絶な戦いでした。終始オスカー兄様が攻撃を仕掛けていましたが、相手の方がそれ以上に強かったのでは仕方がありません。

 あれ?!クルト兄様がプルプル震えています。感動しているのでしょうか?

「おかしいではありませんか!」

 何が?

「何がだ?」

「オスカー兄上の話にはトキオ殿から頂いたという短剣が出てきていません。それで、全力を出したと言えるのですか!」

 もの凄く怒っています。クルト兄様がこんなにも怒りを露わにするのを始めて見ました。

「なぜ、全力を出す必要がある?」

「戦いの場で全力を尽くすのは戦士として当然です!」

 これはクルト兄様の方が正しいと思います。

「勘違いするな、クルト。たしかに戦士としての礼儀は欠いているだろう、だが、私は戦士ではない、教師だ!先生から頂いたマジックアイテムも、授けて頂いた魔法も、すべては子供達の為に使う。武闘大会の優勝欲しさに奥の手をすべてさらけ出すほど私は愚かではない!」

「オスカー兄上・・・」

「戦いの場に身を置いているクルトからすれば納得いかないのも理解できる。しかし、私には使命があるの。その為に先生は私に魔法を教えてくださっている。一つは、今後魔法を学ぶ子供達の良き相談相手となる為。もう一つは、学校と教会が危険に晒されたとき私も盾となり戦う為だ。世間には必殺キックのオスカーと思われていた方がいい。実際の戦闘であんなものは何の役にも立たないからな」

 いつもふざけてばかりのオスカー兄様が、今日はトキオ先生に負けないくらいかっこよく見えます。

「申し訳ありませんでした、オスカー兄上。興奮して、一番大切なものが見えていませんでした。謝罪させてください」

 そう言って頭を下げるクルト兄様。自分の間違いに気付き、直ぐに謝罪できるクルト兄様もかっこいいです。

「弟のお前にトロンの軍部を任せっきりの無責任な兄に謝罪などする必要は無いさ。マーカスにも似たようなことを言われたし、戦士なら誰もがそう思うものなのだろう」

「オスカー兄上も立派な戦士ですよ」

「戦士などお断りだ。私がなりたいのは立派な教師だからな」


 事の真相がわかったところで、お母様が口を開く。

「あなた、手紙は私の方ですべてお断りしておけばよろしいですね」

「ああ、当分は必要なさそうだ」

「何ですか、それは?」

「あなたへのお見合いの申し込みです。武闘大会の噂を聞きつけて四件も届いているのですよ」

「はぁ・・・世の中には、もの好きな人が居るのですね・・・」

「ようやく孫の顔が見られるのではと期待してしまったではありませんか」

 貴族はだいたい二十歳前後で結婚する。だが、我が公爵家の男兄弟は全員独身だ。お母様の気持ちもわかります。

「それはどう考えても兄上が悪い」

「そうですよ。長男のエリアスがいつまでも結婚しないから。だいたいエリアスは跡取りとしての自覚が・・」

 話がエリアス兄様に飛び火した。

「母上、今私の結婚話は関係ないでしょう。今日はオスカーの・・」

「黙りなさい!あなたがいつまでも結婚しないから、オスカーやクルトまで結婚しようとしないのではありませんか!公務を頑張っているのは認めます。ですが、公爵家の跡取りとして子孫を残すのも重要な務めだということをわかっているのですか」

「わかっています、十分にわかっていますから、せかさないでください。あっ、そうだオスカー、決勝戦の相手は魔族だと言っていたが、武闘大会へ出場する為だけにわざわざアトルの街まで来たのか?」

 あからさまに話を変えようとしている。見苦しいですわ、エリアス兄様・・・でも、たしかに魔族の方が王都以外の街に来るなんて珍しい・・・

「ガイアソーサ殿なら、今セラ学園に居ますよ」

 なんですと!

「「なに!」」

 私の心の叫びと同時に声を発したのは、お父さまとエリアス兄様。ブルジエ王国の一番端に位置するトロンの街に魔族の方が来たなんて、私が知る限り初めてのことだから驚くのも当然です。

「先生の下で学ぶためにしばらく滞在するそうです。ちなみに、ガイアソーサ殿は冒険者登録をしておりますので、街に滞在するのに何の問題もありません」

「「そういうことは、もっと早く言え!」」

 まったくです。そんな面白そうなことになっているとは、夏休みだからといって家でおちおち休んでなどいられません。だって、孤児院のみんなは、きっとそのガイアソーサさんと遊んだり、魔族国の話を聞いているに違いないですもの。私だけのけ者なんて酷過ぎます。

「オスカー兄様、明日は私も学校へ行きます!」

「どうしたのだ、急に。フランはまだ夏休みじゃないか」

「行くと言ったら、行くのです!」

 はぁ・・・なんで学校には夏休みなんてあるのでしょう。

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