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第五章 アトルの街編

第二十四話 妹よ、俺は今日アトルを立ちます。

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 アトルの街を観光出来るのも今日が最後。朝早くからミルと二人、精力的に散策する。新たに得た「鑑定」スキルで知らないものを見るのが楽しくて仕方ないのか、ミルは何件店を回っても疲れた様子を見せない。

「決まった?」

「うん、あれにする!」

 初日に出した宿題。孤児院の子のお土産を決めあぐねていたミルが遂に決断した。

「どのお店?」

「おもちゃ屋さん!」

 そう返事をすると、俺の手を握り先導する。数日の滞在で、賢いミルは街の地図を暗記してしまったようだ。




「本当にそれでいいの?」

「うん、これがいい!」

 ミルが選んだのは初日に入った玩具屋で見つけた、変な表情をした貴族の福笑い。予想外の選択だ。

「どうして、これに決めたの?」

「えっとね、まず、これなら小さい子も遊べる」

 ミルが気に入った物を孤児院の子供すべてが気に入るとは限らない。特別に知能の高い自分ではなく、小さな子に標準を合わせることが出来るのはグッド!

「あと、これはなかなか風刺が効いている」

「風刺?」

「うん。地位の高い貴族に変な表情をさせているところが良い」

 面白い物の見方だ。九歳児から風刺なんて言葉が出るとは思わなかったけれど・・・

「わたしも前は、お貴族様は特別だと思っていた。トキオ先生が孤児院に来てから沢山の貴族とも会って、貴族も平民も同じ人間だってわかったの。オスカー先生はやさしいし、フラン将軍も孤児院の子達と何も変わらない。ブロイ公爵やハルトマン男爵も普通のおじさん。勿論、中には怖い貴族もいるだろうけれど、貴族だからって初めから怖い人だという目で見ちゃダメだってわかった。小さい子がこのおもちゃで遊べば、少しは貴族に対する偏見も無くなるかもしれない。会う前から怖い人だと思ってほしくないの」

 ミルの考えを聞いて驚いた。目から鱗とは、正にこのことだ。偏見は地位の高い者だけが持つ訳じゃない。平民は必要以上に貴族を恐れなくてもいい、地位ではなく人を見るべきだとミルは言っている。いくら賢いとはいえ、まだ九歳児の少女がこんな意見を持ってくれたことが嬉しい。
 運良く、ミルが今まで接してきた貴族は人間性の高い人達だった。それがミルにこのような考え方をもたらせてくれたのであれば、今までミルに接してきたすべての貴族に感謝したい。

「しかも、こうやって、あえて変顔にするのも面白い。こういうの、フラン将軍とかセンスありそう」

 フフフッと不敵な笑みを漏らすミルの頭を撫でる。この子が将来どんな大人になるのか楽しみだ。

「よし、お会計を済ませて宿へ戻ろう」

「うん」



 繋いだ手と逆の腕に、買ったばかりの福笑いを抱えるミル。俺のマジックボックスにしまおうとしたが、ミルが宿まで自分で持って帰りたいと主張してきた。俺も子供の頃は両親と買い物に出かけると、買ってもらった物を自分で持ちたがったことを思い出した。
 充実した人生とは、案外こういった何てことはない日常にあるのだと改めて気付く。笑顔で福袋を抱えるミルを見ているだけで、俺の心の中は満たされていくのだから。

「トキオ先生、アトルの街に連れてきてくれて、ありがとう」

「どういたしまして。この街で経験したことを孤児院のみんなにもいっぱい話してあげてね」

「うん!」

 わずか数日で一人の少女がこれだけ成長した。やはり経験に勝る学びはない。トロンに戻ったら修学旅行を企画して、なんとしてもマザーループの許可を貰おう。成長したミルを見ればマザーループも首を縦に振らざるを得ないだろう。

 あと・・・ドッヂボールブームが終わって結構経つのに、どうしてミルだけはフランのことを将軍と呼び続けているのだろうか?

 ホント、子供って不思議だ。


 ♢ ♢ ♢


 アトルを立つ朝が来た。

 リッカ教会まで馬車を回してくれたマーカスと共に、ハルトマン男爵とタイラーも態々俺達を見送りに来てくれた。

「トキオ師匠、息子をよろしくお願いします」

「トキオ師匠、弟をよろしくお願いいたします」

 息子や弟を思う気持ちに貴族も領主も関係ない。結局、二人に師匠と呼ばれるのをやめさせることは出来なかったが、それも既にどうでもよくなっている。ブロイ公爵家とは全然違うが憎めない人達だ。カミリッカさんの教会があるアトルの街の領主がハルトマン男爵家で本当に良かった。

「ミル、アトルの街はどうだった?」

 ミルと仲良くなったハルトマン男爵は、まるで友達に話し掛けるように質問する。

「すごくいい街だと思う。特に食文化はトロンの街より発展しているから、もっと大々的に宣伝してもいいと思う。あと・・・」

 少し言いよどむミルの頭を撫でると、ハルトマン男爵は優しくも真剣な眼差しで言う。

「改善点があるなら教えて欲しい。ミルのような賢い子の意見は貴重だ」

 言っていいのか判断を委ねるように、俺に視線を送るミル。勿論、俺は頷く。

「あのね、図書館を作るといいと思う。できれば、子供は無料の図書館。そうすれば、勉強したい子の為にもなるし、勉強したい子がどれくらいいるかもわかる。大人からは入館料をもらって、学校を作る資金の足しにも出来る。お金がないなら最初は今ある建物で、ハルトマン男爵が持っている本だけでもいい。子供なら誰でも無料で本が読める場所があるだけで、文字を覚えたいと思う子もいっぱい出てくると思う。学校は無くても、そう言う子に声を掛けて、リッカ教会で読み書きや計算を教えてあげるのもいいと思う」

 ミルの提言にハルトマン男爵や俺だけでなく、デラクール神父とシスターニモも目を見開く。ミルの言う通りだ。学校は無くても勉強は教えられる。俺が現れる前、マザーループとシスターパトリがセラ教会でしてきたように。

「タイラー、ミルの意見を採用する。直ぐに手ごろな物件と、本を集められるだけ集めろ」

「はい、父上。あの赤い風船を持った少女の看板が見える物件ですね」

「そうだ」

 いい領主だ。跡取りのタイラーも、本質を理解するのが早い。

「ミル、よい意見をありがとう。気が変わってワシのところで働く気になったら、いつでも受け入れるからな」

「変わらない!」

「ハハハッ、そうか。まあ、ミルの才能をアトルだけで独占する訳にはいかんか」

 そう言ってミルの頭をガシガシと乱暴に撫でるハルトマン男爵。その手を払いのけようとしないミルには、ハルトマン男爵が優しい領主だとわかっているのだろう。



 ミルとハルトマン男爵、タイラーが話している間に、デラクール神父に小声で話す。

「デラクール神父、実は俺は転移魔法が使えますので、これからは一度来たアトルの街にはいつでも来られます。月に一度くらいは顔を出しますので、困ったことがあれば相談してください。ただ、このことは公にしたくありませんので、セラ教との公式なやり取りは手紙でお願いします」

「なっ、それはまことですか!?」

「しーっ!声が大きいですよ」

「・・・も、申し訳ありません」

 なんか、初めてカミリッカさんの巨大フィギュア前で会った時を思い出す。

「これから忙しくなるでしょが、少し落ち着いたらシスターニモにセラ教の学校を見せてあげたいと思います。俺の転移魔法で行き帰りも一瞬ですので、時間を作ってあげてください」

「本当ですか!あ、ありがとうございます」

「しーっ!声が大きいですよ」

「・・・申し訳ありません」

 この人、絶対に嘘がつけないタイプだな。

「折角なので、シスターニモには内緒にしておきましょう。嬉しいサプライズということで」

「それはいい。嬉しさのあまり固まってしまうニモが想像できます」

 嬉しそうに小さく笑うデラクール神父だが、まだまだ読みが甘いな。シスターニモは固まるのではなく、巨大な「ほえー」だと思うよ。



 それぞれが暫しの別れを惜しむ中、そろそろ馬車を出す時間となったところで大きな声が聞こえた。

「旦那!トキオの旦那!ちょっと待ってくれー!」

「大将!」

 あらわれたのはは屋の大将マルセルさん。背には大きな荷物を抱えている。

「トキオの旦那、昨日デラクール神父に聞いたよ。只者じゃないとは思っていたが、あんた、すげー人だったんだな。孤児院に無料の学校を建てて先生をやっているなんて、そんな話を聞いたら居ても立っても居られなくてよ・・」

 そこまで話すと、背中の荷物を地面に下ろす。

「こいつを餞別代りに持って行ってくれ、旦那のマジックボックスなら問題ねぇだろ」

 中身を確認すると、一人前ずつ丁寧に葉っぱで包まれた大量のが入っていた。

「四十包みある。食文化の勉強がてら子供達に食わしてやってくれ」

「いいんですか?」

「ああ、俺にはこれくらいしかできねぇが、旦那のようなお人の役に立ちてぇんだ」

 これは嬉しい。文化を学ぶのに食べ物程わかりやすい物はない。

「ありがとうございます。じゃあ、お代を・・」

「てやんでぇい!餞別で金が受け取れるかよ!」

「他の物ならいざ知らず、本業のを無料で頂く訳にはいきませんよ。大将のお店を楽しみにしている俺が足を引っ張ってどうするんですか」

「まったく、旦那はつくづく粋なお人だな。だが、これはおいらが勝手に作ってきた物だ。金なんて受け取れねぇ!」

 払う、受け取らない、のやり取りを繰り返していると、ハルトマン男爵が俺とマルセルさんの間に入ってきた。

「その代金、ワシが払う!」

「「ハルトマン男爵・・・」」

「トキオ師匠の言い分もわかるし、マルセルの気持ちもわかる。だから、ここはワシに払わせてくれ」

 俺としてはマルセルさんが損をしないのであればかまわないが、マルセルさんの方は納得いっていない様子だ。

「よく聞けマルセル、これには打算もある。トキオ師匠は大層お前のが気に入ったご様子。お前が店舗を構えるようになれば、またアトルの街に来てもらえるではないか。お前には早く稼いでもらわないとワシも困る」

 無茶苦茶な理由だ。しかし、領主にそこまで言われて無視することもできず、マルセルさんは渋々了承した。

「トキオの旦那、リッカ教会が食堂を出す話しを聞いたよ。おいらも協力させてもらうぜ。腹を空かしていそうなガキを見つけたら、赤い風船を持った少女の看板がある店に行けって教えてやる。勿論、が売れ残っていたら食わせてやるぜ」

「助かります、大将。本当にありがとうございます」

 人一人の力など、たかが知れている。だが、周りの人達がリッカ教の活動を知り、協力してくれる人が増えていけば、いつしかそれは大きな力となる。




 出発直前、最後にもう一度、俺一人で聖堂に入り愛の女神カミリッカ様の女神像前に立つ。他のメンバーは気を利かせてくれたのか、外で待っていてくれた。

「カミリッカさん、育てていただいたお礼と「誓約」の解除の他に、実はもう一つ感謝を伝えたいことがあります。俺にとって、もっとも嬉しかったことです」

 その場に膝をつき胸の前で手を組んで頭を下げる。


 ──妹の友達になってくれて、ありがとうございます 


 どうしても、このことだけは伝えたかった。前世では学校へ通えず、友達も作ることができなかった知世の、初めての友達。シスターパトリやデラクール神父が慈悲の女神チセセラ様と愛の女神カミリッカ様は非常に仲が良いと話す度に、嬉しくて仕方がなかった。二人が神界で俺の物語を観ながらワイワイやっているのを想像するだけで、得も言われぬ幸福感に包まれる。

 聖堂を出ると、皆が微笑みながら俺が出てくるのを待っていてくれた。

「トキオ先生、学校に帰ろ!」

「ああ、トロンへ帰ろう」

 サスケの鬣をひと撫でして御者台に乗る。別れを惜しみながらも、アトルの街で出会った人達が笑顔で手を振ってくれた。

「また、来ます!」

 妹よ、旅は良いものです。

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