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第五章 アトルの街編
第二十三話 妹よ、俺は今魔王を誘っています。
しおりを挟む「魔王とはスキルではなく、魔族国の王のことですか?」
「そうだ。お前が名実ともに魔王となり、俺を受け入れられる体制を整えろ」
まだ魔族国には数年の猶予がある。その間に出来ることはやっておかなければならない。俺が土地改良をしたとしても、その土地を生かし農作物を育てる者、計画的に食糧管理を行える者、自然災害の対策、やっていかなければならないことは沢山ある。第一次産業の中でも農業は最も難しい。国として問題を解決する機関は必要となる。
「トキオ様の言われることはごもっともです。ですが、肝心の僕が魔王を名乗るのに力が足りていません。これから精進したとしても、僅か数年の期間で皆を納得させられるだけの力を得ることは不可能です」
ガイアソーサは力ではなく、他の方法で魔族国を救おうとしてきた。その考えは正しい。力で勝ち取った未来は、それ以上の力で攻められれば簡単に崩壊する。事実、約百六十年前魔族国は崩壊の危機だった。知識でその危機を救った人族に習い、自らが諸国を回って知恵を得ようとした。結果、得意な筈だった戦闘分野は全く磨いていない。同世代の者は才能で圧倒できたとしても、古くから魔族国の軍事部門を担ってきた者達には力を証明しなければ魔王とは認められないのは想像がつく。
「問題無い。俺が教えてやる」
「トキオ様が!しかし、時間が・・・」
「ガイアソーサ、お前から見てオスカーは強かったか?」
急に話を変えたが、ガイアソーサは素直に決勝戦の感想を話す。
「はい。基本ステータスでは僕が圧倒していましたが、それを補って余りある戦闘センス。魔力は僕の方が十倍以上あるにも関わらず、無詠唱で圧倒的なスピードの魔法を放つオスカー殿に僕は魔法を完全に封じられました。結局最後には「直感」に賭けたステータス頼りの攻撃しか僕には残されていませんでした。精進を怠り、才能だけで戦ってきた己を恥じております」
「そうか。ちなみに、俺がオスカーに魔法を教え始めたのは二月ほど前からだ。実戦経験は数日、対人戦に至っては武闘大会が初めてだぞ」
「なっ!あれ程の魔法を僅か数ヶ月で・・・」
「お前は「魔王」スキルのおかげで知能も高い。俺が教えればオスカーよりも短い期間で無詠唱魔法は習得できる。戦い方や基本ステータスの上げ方も、お前より強い俺やサンセラなら教えられる。どうだ、少しの間トロンに来て俺の下で学んでみないか?」
「よろしいのですか?」
「ああ。問題無い」
「よろしくお願いします。どうか、僕に色々なことを教えてください!」
本当に素直な性格だ。人間性も高い。流石は創造神様が「魔王」スキルを与えるだけはある。
「一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「いいぞ」
「人族であるトキオ様が、どうして魔族の僕なんかの為に・・」
当然の疑問だ。人族と魔族の遺恨は完全に払しょくされた訳ではない。特に魔族側は約百六十年前の争いに参加していたものがまだ生存している。人族からすれば過去の歴史になった争いも、魔族にとってはそうとも言えない。
「理由は二つ。一つ目は、俺が魔族国の復興に尽力した人族と同じ考えだからだ。勘違いしているようだから言っておくが、俺が人族の国居るのは偶然で、別段人族に肩入れする気はない。魔族も、獣人族も、人族も関係なく、俺にとっては等しく人類だ」
理性と感情は別だ。ガイアソーサのような人物が魔王になることで、過去の遺恨が少しずつでも和らいでいってほしい。
「二つ目はガイアソーサ、お前が学びを欲しているからだ」
「僕が、学びを・・・それだけの理由で・・・」
「十分な理由じゃないか。俺は教師だからな」
「教師・・・先生・・・」
「お前が魔族国を救うため諸国を見て回った旅の最後はトロンだ。真の魔王になる為、足りないものは俺が全て教えてやる。お前なら一月もあれば十分だろう。その後、修行する最適な場所へも案内してやる。ガイアソーサ、魔王になる覚悟を決めろ」
まっすぐに俺の目を見つめるガイアソーサが、大きく頷く。ガイアソーサと俺の目的は同じだ。世の中、平和の方がいいに決まっている。
話を終え屋敷の外へ出ると、皆一斉に心配そうな表情を向ける。折角の祝賀会に水を差してしまったようで申し訳ない。
「話は終わりました。シスターパトリ、ガイアソーサに色々と教えたいことができましたので、一緒にトロンへ連れて行きます」
「わかりました」
シスターパトリは笑顔で返事をしただけで、それ以上聞かなかった。そんな彼女を見て思うところがあったのか、ガイアソーサは自ら正体を明かす。
「ガイアソーサと申します。魔族です。本当に僕が同行してもよろしいのですか」
「全然かまいません」
「魔族ですよ・・・」
「何か問題でも?」
「怖くはないのですか?」
「はい?どうして私がガイアソーサさんを怖がるのですか?」
人族と魔族の争いから約百六十年。既に形上の和解は成立しており国交も樹立しているが、人族の中には魔族や獣人族に忌避感を持つ者が存在する。それは無知から起こるもの。
「セラ学園は学びを必要としている全ての人に開かれています。そこに種族など関係ありません」
シスターパトリは知っている。過去に種族間の争いがあったこと。その原因が人々の無知から起こったこと。すべての人類は分かり合えることを。
「トロンは僻地ですので、中々他種族の方と触れ合う機会がありません。セラ学園には獣人族の生徒は居ますが魔族の生徒はおりませんので、是非お越しください。みんなも喜ぶと思いますよ」
争いを好まず別の手段で魔族国を救おうとしている優しい「魔王」スキル所有者、ガイアソーサは思う。これから向かうトロンで多くを学び、真の魔王となった自分が過去の遺恨を清算する、それこそが自分に課せられた最大の使命だと。
形だけの国交ではなく人族との協力体制が出来上がっていたなら、食糧問題など初めから陥らなかった。魔王となった暁には、自分の代で必ず終わらせる。未来に遺恨は必要ない。
「ガイアソーサ殿。私はトキオ セラ様の弟子で冒険者をしているマーカス ハルトマンだ。先程は申し訳なかった。こちらで仲直りの祝杯をあげよう」
「僕の方こそ、申し訳ありませんでした。ところでマーカス ハルトマン殿とは、もしかしてS級冒険者「剣聖」のマーカス ハルトマン殿のでしょうか?」
「いかにも。己の力量もわからず、トキオ セラ様との立ち合いを希望して、ボコボコにされた挙句、その場で土下座して弟子入りを志願したマーカス ハルトマンだ」
マーカスから差し出された手をがっちり握ると、ガイアソーサは嬉しそうにグラスを受け取る。
「オスカー殿も申し訳ありませんでした」
「お気になさらず。さあ、一緒に飲みましょう。決勝戦で私と戦った時の感想を聞かせてください」
その後、再開した祝賀会はオスカーとガイアソーサを中心に決勝戦の話で盛り上がった。途中ハルトマン男爵家の悪い癖が出て、ハルトマン男爵とタイラーがガイアソーサと立ち合いをしたいと言い始めたが、俺が即座に夫人へ報告して事なきを得た。酒が入った状態で立ち合いとか神経を疑う。冒険者だってそんなことはしないぞ!
「トキオ師匠、トロンへはいつ立つのですか?」
「明後日です」
ハルトマン男爵が子供の様に寂しげな表情を見せる。
「また、いつでもお越しください」
「ありがとうございます」
「いつの日か、トロンの街にも行かせていただきます。トキオ師匠が作られた学校を見たくなりました」
「是非。お待ちしております」
貴族、それも領主の立場にあるハルトマン男爵が学校に興味を持ってくれるのはありがたい。教育の重要性を広く伝えていくには絶好の機会だ。
ハルトマン男爵がミルの頭を撫でる。
「アトルの街にもミルのような子供が居るかもしれませんからな」
「ええ、すべての子供は可能性の塊です」
リッカ教会とハルトマン男爵家なら、きっと多くの子供達を未来へ導いてくれるだろう。いつの日か、アトルの街にも学校が出来るかもしれない。俺が踏み出した小さな一歩がこの世界の教育を変えていくのなら、こんなに嬉しいことはない。
「ミルよ、気が変わったらいつでも私のところに来てくれよ」
「変わらない!」
「ハハハッ、そうか!」
今度はガシガシとミルの頭を乱暴に撫でるハルトマン男爵。別れを惜しむようなその手をミルは払いどけようとせず、無言で受け止めていた。
宿への帰り道、繋いだ手を強く握るミルが、間もなく去るアトルの街を惜しむように話し始めた。
「街によって色々特色があって、世界って面白いね」
「そうだね。折角生まれてきたのなら、もっと沢山いろんな街を見てみたいね」
「うん。大人になったら、色々な街に行ってみたい」
「行けるさ。ミルは何にだってなれるし何処にだって行ける」
「うん。でも今は、学校でもっと勉強したい」
旅は子供を成長させる。この旅にミルを連れてきて本当に良かった。他の子供達にも旅を経験させてあげたい。トロンの街に戻ったらマザーループと相談だ。
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