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第五章 アトルの街編

第十三話 妹よ、俺は今宿で休んでいます。

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 ミルとの街ブラは続く。

 他の街を見るだけでも十分社会見学にはなるが、折角なので一つテーマを与えた。孤児院の子供達へのお土産選びだ。アトルの街の特産品でも、みんなで使える物でもいい。帰るまでに何か一つミルにも選ばせる。予算は金貨一枚。天才少女が何を選ぶのか、俺も楽しみだ。
 ただ見るだけではなく実際に買うとなると自然と見る目も厳しくなる。普段、街に出て買い物をすることのないミルにとっては、あれやこれやと商品を手にとっては棚に戻すのも大人になる為の勉強の一つだ。

「慌てて選ばなくてもいいからね。トロンへ帰る前までに決めればいいから」

「・・・うん」

 何かに没頭すると、ミルはもの凄い集中力を発揮する。それ自体は素晴らしいことなのだが、将来研究に没頭するあまり食事も取らず、身だしなみにも気を遣わない研究者になるのではないかと少しだけ心配だ。

 ミルの社会見学と同時進行で俺にもすべきことがある。そう、上田誠(仮)の痕跡を追うこと。トロンよりも王都に近いこの街には何かある筈。そう思いながら見ているのだが、今のところ「最上位鑑定」で製作者セイジョウデンと表示される物には出会っていない。玩具屋で見つけたトランプのように上田誠(仮)臭のするものはあるのだが、それは発案者が上田誠(仮)なだけでセイジョウデンが作った物ではない。まあ、セイジョウデンは百年以上前に生きた人物なのだから、そこら辺にポンポンある訳ないか。ある可能性が高いのは、武器防具屋と魔道具屋だ。

「ミル、あそこの武器屋に寄ってもいいかな?」

「うん、いいよ。わたしも見てみたい!」

 好奇心旺盛少女は健在。戦いとは関係なくても商品には興味があるようだ。

『いよいよですね、トキオ様』

『ああ、いよいよだ』

『必ずや、手裏剣を発見しましょう。できればクナイも手に入れたいですな』

『いや、それはどうでもいい・・・』

『何故・・・』

 こっちが何故だよ。いらないだろ、粗悪品は。コタローよ、忍者に関するものなら何でも欲しがるのは悪い収集家の典型だぞ。

 店に入ってみると、所狭しと剣や槍、軽装鎧などが並んでいる。やはり売れ線はこの辺りか、闘技場もあるし実用性を考えてもそうなるのは当然だな。
 ミルが初めての武器屋に店内を見渡して興奮気味に「うわー」と声をあげる。とりあえずミルに売れ線商品を一通り見せた後、いよいよ本命。俺とコタローは店内奥にずんずん歩を進める。

「また、これか・・・」

 残念ながら、あったのは斥候用お洒落着(忍者装束)と目潰し(まきびし)だけ。アトルの街でも忍者の武器防具は廃れてしまったようだ。そもそも、どうして残っているのが忍者装束とまきびしなんだ?忍者装束はまだわからんでもないが、まきびしって需要あるの?

 諦めて店を出ようとした時、乱雑に入れられ「矢尻、どれでも銅貨一枚!」と書かれた箱の中から発見!

「これ、クナイじゃん・・・」

『おおー、素晴らしい!買いましょう』

「いや、買わないけど・・・」

『何故・・・』

 粗悪品だからだよ。それにしても、クナイも間違って後世に伝わっているのか・・・まきびしを目潰しで使うよりは、よっぽど使える武器だと思うけどなぁ・・・しかも矢尻って。こんなの矢の先に着けたら重くて飛ばないだろう・・・

 結局、何も買わずに店を出た。コタローがグチグチ何か言っているが無視、無視。

「トキオ先生、文房具屋があるよ!」

 ミルが今日一番の笑顔でキラキラ目を輝かせている。トロンの街でも文房具屋に行ったことはないのだろう、興味津々だ。

「よし、入ろう」

「うん!」

 店に入ると、鉛筆やノートを手にとっては「わたしの方がいいのを持っている」と勝ち誇った表情で商品を棚に戻すミル。売っている物はトロンの街とほとんど変わらないが、ミルの可愛らしい姿が見られたからよし。

『ト、トキオ様。あれは!』

「十字手裏剣じゃないか。なぜ文房具屋に?」

 手に取ってみると、今まで武器屋で見たまきびしよりは品質が良い。先端の鋭利さが武器として合格点だ。

「トキオ先生、シリケン買うの?」

「シリケン?!ミルはこれ、知っているの?」

「うん。知っているよ、シリケンでしょ。お知らせを掲示板とかに貼るのに使うやつ」

 画鋲替わりって・・・マジか。でも、おかしくない?四か所尖っているから危険だし、どう考えても画鋲の方が安上がりだよね。いや・・・違う。この世界では画鋲の方が作るのは難しいのか。前世のように工場で大量生産する訳じゃなく職人が一つ一つ手作りするとなると、小さな画鋲は制作難度が高い。しかも壁や掲示板は堅い木製の物が多いから強度も求められる。コルクのボードや壁紙に突き刺す程度だった前世とは条件が違う。

「シリケンをお求めですか?当店のシリケンは四つの先端すべてが鋭利に尖った高性能品ですよ」

 店主が言うように、なかなかの逸品だ。画鋲替わりにするには勿体ない。

「シリケンはどうして四か所も尖っているのですか?」

「先が丸くなっても、何度も使えるからですよ」

 なるほど、興味深い。きっと掲示物を上手く貼ることのできなかった人が「おっ、これいいな」って使い始めたのが普及した切っ掛けなのだろう。十字手裏剣のパラレルワールドを見た気分だ。でも画鋲代わりに使うのなら、四か所は使えないが安全なクナイの方がいいと思う。

『コタロー、買っていくか?』

『お願いします!』

 土産にしたらサンセラも喜びそうだしな。

「ではこれを、店にある分全部ください」

「全部ですか!三十個ありますがよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」

 お値段は一つ銀貨一枚。画鋲としてはかなり高額だが、武器として考えれば決して高くはない。危険だから学校で画鋲替わりには使わないけど。




「少し疲れたから、宿で休憩しよう」

「うん。宿、見てみたい!」

 ということで、一旦宿へ。ちなみに、宿はマーカスがハルトマン男爵家を通じて予約してくれている。どんな所か俺も楽しみだ。



「ここか。わるくないな」

 大通りを一本奥へ入ったところ、教会ともそれ程離れておらず俺達が泊まるには最適な場所だ。前世のホテルと比べれば当然劣るが、雰囲気があっていい感じ。早速中へ入ってみる。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

 受付の若い女性が元気に挨拶してくれる。

「はい。予約してあるトキオです」

「こ、これは失礼しました。ハルトマン男爵より、ご予約は承っております」

 急に畏まっちゃった・・・いつも通りでいいのに。

「普段通りでいいですよ。俺は貴族ではありませんから」

「本当ですか?後から不敬罪とか言わないでくださいね」

「そんなこと言いませんよ。どこからどう見ても、ただの若造でしょ」

「フフフッ、たしかに貴族の方みたいに変な格好していませんね」

「そんなこと言っていいんですか?不敬罪で捕まりますよ」

「い、今のは聞かなかったことにしてください」

 感じの良いお姉さんだ。会話も面白いし、きっとこの宿の看板娘に違いない。

「改めまして、この宿の娘のノラと言います。ようこそお越しくださいました」

「トキオです。トロンの街で教師と冒険者をしています。こっちは生徒のミルです」

「ミルです。お願いします」

 可愛らしく挨拶するミルにノラさんも笑顔を返す。

「食事されますか?」

「いえ、朝から街を散策して少し疲れたので休憩しにきました」

「では、先にお部屋へご案内しますね」

 一階は食堂と併設されており賑わっていたが、階段を上ると落ち着いた雰囲気の空間に変った。ミルは始めて泊まる宿にも物怖じすることなく、キョロキョロと周りを見渡している。案内された部屋は一番奥、この宿で一番高級そうな部屋だ。

「マーカスの奴、こんなに良い部屋じゃなくてもよかったのに・・・」

「マーカス様とお知り合いなのですか?」

 ノラさんの何気ない質問にミルが応える。

「マーカスさんはトキオ先生の弟子だよ」

「えっ、マーカス様のお師匠さん!やっぱり凄い人じゃないですか。私のこと、騙しましたね!」

「勘弁して下さい。俺はどこにでも居る、ただの若造ですって。マーカスには少し剣を教えているだけです」

「なーんだ、剣を教えているだけですか。って、なりませんよ。S級冒険者のマーカス様に剣を教えているなんて、どれだけ凄い人なのですか!」

 綺麗なノリツッコミ。この人、デキるな。

「トキオ先生は超絶凄い先生だよ」

「ちょ、超絶!トキオ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「やめてくださいって、俺のことはトキオでいいですから。これ以上揶揄うのなら「貴族は馬鹿丸出しの服装をしている。あんな恰好で表を歩ける神経がわからない」と言っていた先程の発言を役所に訴えますよ」

「そこまでは言っていません!」

 愉快な人だ。どことなく雰囲気がシスターパトリと似ているせいか、ミルも人見知りすることなく会話出来ている。接客業に適したスキルでも持っているのかな?



「それでは、何かあればいつでも声を掛けてください」

「はい。しばらくの間、よろしくお願いします」

 ノラさんが部屋を出ると、ミルは背負っていたリュックからノートを取り出し、今日アトルの街で見たことや気付いたことを書き始めた。普段は表情に乏しいミルがニコニコしながら鉛筆を走らせる。いい旅になるといいね。

「トキオ先生、次はどこに行く?」

「そうだねー、まだ見ていない店も沢山あるから、もう少し街を散策したいな。あと、闘技場にも行くよ」

「武闘大会に出るの!」

「オスカーが出場するから、みんなで応援しよう」

「トキオ先生は?」

「俺は出場しないよ」

 俺が出場しないと聞いて、ミルはもっと残念がるかと思ったがそうでもないらしい。少し考えると、何かを納得したように頷き始める。

「トキオ先生が出ちゃうと、超絶凄すぎて優勝するに決まっているから他の人が可哀想だもんね」

「ハハハッ、それはどうかな」

「絶対優勝だよ。だいいち、トキオ先生が全力で戦える闘技場があるとも思えない」

 凄い信頼感。ミルには俺がどう見えているのだろう?

『流石はミル。この娘はトキオ様のことを最も理解している人間ですね。「超絶凄い」とは、まさに言い得て妙』

 なにが、言い得て妙だよ。超絶なんて全然上手く言えてないだろ。しかし、なかなか「超絶」ブーム終わらないなぁ・・・

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