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第五章 アトルの街編

第四話 妹よ、俺は今日アトルに出発します。

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 学校も夏休みに入り、遂にアトルの街へ出発する日が来た。

 カミリッカさんの教会で「誓約」を解除してもらうという目的はあるものの、まずは純粋にこの世界で初めての旅を楽しみたい。魔獣の大森林最奥地からトロンの街を目指したのも旅といえなくはないが、あれは旅というよりどちらかというと脱出に近い気がする。しかも最後はコタローに乗せてもらって大幅に時間を短縮した。異世界の旅といえば、やっぱり馬車でしょう!


 マザーループとサンセラだけでなく、朝早くからほとんどの子供が俺達を見送りに校門の前まで足を運んでくれた。

「トキオさん。パトリのこと、よろしくお願いします」

「はい。マーカスもついています。安心してください」

 アトルの街に行くのは、里帰りとなるマーカス、セラ教会からシスターパトリ、トロンの街を代表してブロイ公爵家次男のオスカー、そして俺の四人。移動には五日を予定している。途中、町や村に立ち寄る予定もなく、移動中は全て野宿となる。戦えないシスターパトリと、ほぼ戦力として期待できないオスカーを護衛しながらの旅になるが、俺とマーカスに加えコタローとサスケも居る。安全面ではこれ以上ないほど盤石だ。

「サンセラ、教会と学校の護衛は頼んだぞ」

「お任せください。師匠の不在時にはトロンの盾も二人体制での守衛を務めてくれますし、クルト殿も警備兵を回してくれるとのこと。勿論、子供達とマザーループの安全は命に代えても守ります」

 トロンの盾とクルトから回してもらえる警備兵は外部への抑止力に過ぎない。実際に子供達とマザーループの安全を守るのは、俺の結界とサンセラだ。まあ、結界が易々と破られることはないだろうし、サンセラをどうにかできる者が居るとも思えない。
 念のため、マザーループには俺が転移魔法を使えることは話してある。念話のことは教えていないがサンセラとの連絡手段はあると伝えてあるので、何かあれば一瞬でいつでも帰ってこられる状態だとは知ってもらっている。

「ところで、マザーループ・・・気づいていますか?」

「はい・・・あの子がトキオさんの見送りに来ないなんて・・・あり得ませんから」

「はぁ・・・仕方がない。社会見学がてら連れていきます。勿論、後でみっちりお説教はしておきますので」

「・・・お願いします」



 いつも一緒に居てくれる優しいお姉さんと離れるのが寂しいのか、囲まれたシスターパトリと子供達の話は尽きない。名残惜しいのはわかるが、たまには彼女の居ない生活を送ってみるのも良い経験だ。出発を告げる為、輪に近付く。

「シスター、ちゃんと忘れ物はないか確認した?」
「替えの下着は多めに持った?」
「トキオ先生の言うことをよく聞いてね」
「寝ぐせのまま、アトルの教会の人と会うのは禁止!」
「お小遣いは計画的に使わなきゃ、すぐに無くなっちゃうからね」
「晩のおかずが好きな物でも、いつもみたいに「やったー!」とか叫ぶと恥ずかしいよ」
「お腹出して寝ちゃダメだよ」

 なんか、思っていたのと違った・・・

「シ、シスターパトリ、そろそろ出発しますので馬車に乗ってください」

「はい。じゃあみんな、行ってくるね!」

 子供達の心配?・・・をよそに、シスターパトリは楽しそうだ。聞けば、教会でシスターになってから一度もトロンの街を出たことがないらしい。他の教会を見学するのは彼女の今後にも大いに役立つだろう。

「それではマザーループ、行ってまいります」

「はい。良き旅となるよう祈っております」

 馬車に乗り込み、初日の御者を買って出てくれたマーカスに出発の合図を送る。ゆっくりと進みだした馬車を子供達が追いかけてくる。

「みんなー、夏休みだからって遊んでばかりじゃだめだぞー。ちゃんと宿題もしろよー」

「「「はーい!」」」

 最後に少しだけ先生らしいことを言って学校の敷地を出る。正門ギリギリまで付いてきて声を掛けてくれる子供達の顔は日焼けして真っ黒だ。


 ♢ ♢ ♢


「おっ、立派な馬車ができたじゃねえか」

「はい、おかげさまで」

 城壁の門番として毎日何台もの馬車を見ているマイヤーさんにお墨付きをもらえたのなら上出来だ。新しく買った車を褒められているみたいで悪い気分ではない。まあ、自動車買ったこと無いですけど・・・

 顔見知りではあるが、一応冒険者カードを見せる。ルールだからね。ちなみに、シスターパトリは教会で働く人が持つ聖職者カードなるものが身分証になる。貴族のオスカーはブロイ公爵家の紋章が入ったものを見せるだけでいい。マーカスも貴族だが冒険者カードを提示していた。これで全員通行税は無料になる。

「・・・マイヤーさん」

 こっち、こっちと手招きして、耳元で囁く。

「どうした?」

「子供は無料でしたよね?」

「・・・そうだが」

「なら、大丈夫です」

「なんだよ。変な奴だな・・・まあいい。折角の旅だ、楽しんでこいよ!」

「はい。いってきます」


 城壁の門を潜ると街の喧騒は聞こえなくなり、がらりと雰囲気が変わる。この辺りが前世とは違うところ。魔獣が跋扈するこの世界では、街を一歩出れば安全は保障されない。五分ほど馬車を走らせたところでマーカスに合図を送り、街道の脇に馬車を停車させる。

「ミル、出てこい!」

 返事はない。今出てきたらトロンの街に帰らされると思っているのだろう。

「椅子の下に隠れているのはバレバレだぞ」

 出てこない。なかなか往生際が悪い。

「マザーループに一緒に行く許可はもらってある。そんなところに隠れていないで、ちゃんと椅子に座りなさい」

「本当!」

 現金なものだ。一緒に行けると知った途端、椅子の下から飛び出してきた。背中にリュック、肩に水筒を掛け、旅の準備をしてきているところは褒めてあげたいが、計画性が窺える。

 本来であれば、ミルだけを特別扱いするべきではない。しかし、ミルが特別な子であるのも、また事実。大人顔負けの知能を持つミルを、大人になるまで孤児院に閉じ込めておくのは余りに不憫だ。前世とは違い旅の安全が保障されないこの世界で見聞を広げられるチャンスはそうそう無い。知的好奇心の塊であるミルが身を隠してまで旅に同行したい気持ちは痛いほどわかる。子供の好奇心は蓋をするものではなく育むものという我が校の理念を優先し、今回は大目に見ることにする。俺とコタローが居る以上、危険な目に合うこともないだろう。ただし、お説教は必要だ。


「ミル、街に出入りするには通行税というものがあるのは知っているかい?」

「えっ、お金がいるの・・・知りませんでした・・・ごめんなさい」

 いくら賢くても、こういった部分は子供。税金のシステムまでは知らない。

「トロンの街はたまたま未成年の通行税が無料だったから罪には問われないが、アトルの街も無料とは限らない。もし、通行税を払わずに街へ入っていたら・・・それがどういうことかはわかるな?」

「うん・・・悪いこと」

「そうだ。ルールを守らないのは、たとえ本人に悪気はなくてもダメなことだ。どうして通行税が掛かるかわかるかい?」

「門番さんのお給金が必要だから・・・あと・・・街道の整備とか・・・魔獣がでたら退治しないといけないから・・・冒険者の人に払う依頼料とか・・・」

 やっぱりミルは賢い。通行税を今知ったばかりなのに、その理由を瞬時に理解する。

「正解。一つ勉強になったね」

「・・・うん。トキオ先生、わたし今銅貨を十二枚しか持っていないけれど、これでアルトの街の通行税は足りますか?」

 ミルが持っている銅貨十二枚は、学校が始まると同時に外へ出ることが増える年長組のため始めたお小遣い制度で貰ったものだ。どうせなら普段はお金を手にすることのない孤児院の子供達の金銭感覚の教育にもなるだろうと年中組にも配布することにした。年中組のお小遣いは月に銅貨三枚。つまり、ミルはお小遣いに一切手を付けていないことになる。ちなみに、年長組のお小遣いは月に銀貨三枚だ。

「マーカス、どうなんだ?」

「アトルの街の通行税は、十五歳未満無料ですよ」

「だってさ。そのお金はしまっておきなさい」

「・・・はい」

 マザーループとシスターパトリに育てられているミルにとって、ルールを破るのは二人に対する裏切りになる。流石のミルも落ち込んだ様子だ。本人も十分反省しているようだし、折角の楽しい旅が落ち込んだままでは勿体ない。

「はい、お説教はここまで。これからは思いっきり旅を楽しもう!」

「うん・・・でも、その前に・・」

 そう言うと、ミルはシスターパトリのもとへ向かう。

「シスター、ごめんなさい。わたしは悪いことをしてしまうところでした。今まで知らなかったルールを今日トキオ先生に教えてもらいました。このルールを守ると慈悲の女神チセセラ様に誓います」

「はい、よくできました。慈悲の女神チセセラ様は、ミルがちゃんとルールを守る良い人間だと知っていますよ」

 懺悔するミルの頭を撫でるシスターパトリ。彼女が子供達に好かれる理由がよくわかる。シスターパトリの笑顔と慈悲の女神チセセラ様に懺悔できたことで、ようやくミルの表情も明るくなってきた。

「さあミル、こっちにおいで。折角だから外の景色を見ながら行こう」

「うん。この馬車、トキオ先生が作ったの?」

「そうだぞ。ぱっと見は普通の馬車に見えるが、実は細部に特別な技術を使ってあるのだ」

「なに、なに、特別な技術って?」

「それは移動しながら説明するよ。マーカス出してくれ」

 あらためて、旅のスタートだ。とりあえず、この馬車の性能をミルにたっぷり説明してあげよう。正直、俺は話したくてうずうずしていたのだ。この馬車の凄さをミルならわかってくれる。

 妹よ、俺は今馬車の中で教え子に自慢話を聞いてもらっています。

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