上 下
57 / 118
第四章 トロンの街編

第十話 妹よ、俺は今従魔からの報告を受けています。

しおりを挟む
 男はひたすらに土を掘っていた。

 もう何時間も、睡眠はおろか休息を取ることもなく、ただひたすらに土を掘っている。掘り進んだ先に楽園が待っている訳ではない。それなのに、ひたすら掘り進む。何の為に、何故これ程必死に土を掘っているのか、男には既に理由を考える知能は残っていなかった。




 子供の頃、近所に大嫌いな奴がいた。自分も馬鹿なくせに俺のことを馬鹿だと罵り、気に入らないことがあれば直ぐに暴力を振るう。兎に角その男、バムのことが嫌いでならなかった。
 俺のことを見下しているくせに、何かと俺を遊びに誘ってくる。いつの頃からかバムの声が聞こえると、俺は近所のガキどもが誰も知らない洞窟に身を隠すようになった。洞窟には綺麗な石が沢山ある。バムの声が聞こえなくなるまで、綺麗な石を集めるのが俺の日課になった。

「おい、ジャコウ。俺と一緒に冒険者をやらないか?」

 やなこった。どうして大人になってまで、お前みたいな奴とつるまなきゃならない。俺は大人になったら、もっと沢山綺麗な石を集めるんだ。それで商売をして、おふくろに腹いっぱい飯を食わせてやる。
 そう決めていた筈なのに、気付けばバムと共に村を出ていた。

「ジャコウ、行くな!」

 うるさい。お前についてきても、結局冒険者にはなれなかったじゃないか。挙句には牢屋にぶち込まれて強制労働送りだ。お前に騙されるのは、もうまっぴらなんだよ。

「ジャコウ、戻れ!」

 うるさい。偉そうに指図するな。

「ジャコウ、これ以上あいつを敵に回すな!」

 うるさい。黙れよ。お前こそ、これ以上俺の人生に関わるな。

「ジャコウ、殺されるぞ!」

「うるせぇ、お前と一緒にいるくらいなら、殺された方がましだ!」

 ここを出て、もう一度やり直す。俺は、綺麗な石をいっぱい集めるんだ。




「そろそろいいだろう。ジャコウ、少し広めのスペースを作ってくれ」

「・・・・・・・・・」

 なんだこいつ、偉そうに指図しやがって。まあいい、俺も休息を取りたいから休むスペースは作ってやる。


 男のくせにペンダントなんて握りしめて、何をブツブツ呟いてやがる。気持ち悪い奴だ。こんな奴は放っておいて寝よう。兎に角、今は眠い。


 えっ、なんだこいつ。やめろ、それは俺の腕だ。綺麗な石を掘る大切な商売道具だ。食うな。


「やめろ、助けてくれ、助けてくれ、バム・・・」


 俺は何処で間違えた?何時から間違っていた?脱獄した時か?教会を襲った時か?冒険者になる為、村を出た時か?綺麗な石を集めなくなった時か?それとも・・・お前に出会った時か?

 なあ、バム。教えてくれ・・・




「対価は得た。お前の願いを言え」

「どうしても殺したい人間が居る。ぶっ壊したい街がある」

「面白そうだな。その願い、叶えてやる」


 ♢ ♢ ♢


『トキオ様、動きがありました』

『そうか。魔獣の様子は?』

『既に大量の魔獣が集まっています』

『強い反応はあるか?』

『はい、召喚されたのはデビルロードで間違いないでしょう。直ぐ近くにはトキオ様に強い敵意を持つ人間も居ます。私が行ってデビルロード共々殺してきましょうか?』

『いや、既に魔獣が集まっているのなら、このまま纏めて連れてきてもらった方が対処しやすい。ばらけると駆除が大変そうだからな』

『確かに』

『トロンの街近郊まで来るのに、どれくらいかかりそうだ?』

『今の行軍速度ですと、明日の明朝といったところでしょうか』

『もう暫く監視して正確な到着時間がわかったら戻れ。明日は一緒に戦うぞ』

『それは楽しみですね。それでは、もう暫く監視してから戻ります』

『ああ、頼んだぞ』




「トキオ先生、どうかしたの?」

「何でもないよ、ミーコ」

 緊急会議から二日。大方の予想通りジャンセンが動き出す。

「緊急の用が入ったので残りの時間は自習にします。ガイン、頼んだぞ」

「わかりました」

 この二日間、スタンピードに備えて動くブロイ公爵家や冒険者組合と違い、俺は一切の生活スタイルを変えていない。教師として教壇に立ち続けている。

「えぇぇ、やっとわたしに試験の順番が回ってきたのに。九の段なんだよ。今日メダルがもらえると思ったのに」

「ごめんよ、ミーコ。ガインにメダルを預けておくから、俺の代わりに試験をしてもらうかい?」

「ダメだよ。トキオ先生にもらえるメダルだから嬉しいんだもん。ガンちゃんにもらっても嬉しくないよ」

 おい、ミーコさんや。楽しみにしてくれていたのは嬉しいが、そんなこと言っちゃあガインが落ち込むぞ。

「ミーコ、トキオ先生に迷惑かけちゃダメ!」

「ミルちゃん・・・わかった。ごめんなさい・・・」

 普段は声を荒げることのないミルに叱られて、ミーコが少し落ち込む。

「ごめんね、ミーコ。次の計算の授業で一番に試験をしてあげるから、それまで待っていてくれるかな?」

「うん。わがまま言ってごめんなさい」

 頭を撫でてあげると、いつものような笑顔を見せて席に戻る。

「それじゃあ、ガイン、マリシア、あとのことは頼むよ」

「「はい」」

 教壇を後にしようとするとミルが何かを察してか、叫ぶように声をあげた。

「トキオ先生。わたし明後日の理科の実験、楽しみにしているから!」

 ミルの鬼気迫る声にカルナも反応する。

「わたしも、わたしも楽しみ!」

 俺もまだまだだな・・・普段と変わりなくしているつもりだったが、何かを感じ取った子供達を不安にさせていたとは・・・

「期待していていいよ。面白い実験を用意してあるから」

 子供達の日常を脅かす、それは俺の充実した日々を邪魔しているのと同じだ。やはり、ジャンセンは許せんな。



 今日の門番だったトロンの盾のスネルに冒険者組合と公爵家へ伝言を頼み、俺達は教会の来客室に集合した。

「マザーループ、明日の朝スタンピードが発生します。これから俺とサンセラは対処に向かいますので、学校の方はよろしくお願いします」

「先生、私も・・」

「駄目だ」

 オリバー男爵邸でも戦う意思を見せようとしたオスカーの言葉を制止する。

「王都の学校で少し習った程度の剣術が実践で通用するとでも思っているのか。日々訓練に明け暮れるクルト達や、魔獣を狩ることで生計を立てる冒険者を甘く見るな。本格的に魔法を習い始めたばかりのお前では、戦力にならないどころか足手まといだ」

「・・・・・・・・・」

 戦う才能があったにも関わらず努力してこなかったのはオスカー自身だ。悔しかったら強くなれ。戦う準備をしてこなかったオスカーに、戦場に立つ資格はない。

 普段より厳しい俺の語り口調に、シスターパトリが心配そうな表情を見せる。彼女は学校が始まるのを子供達と同じく楽しみにしていた。シスターとの掛け持ちで年少組の担任という激務を、毎日笑顔でこなしている。何度も何度も孤児院の子供達が学校で学べることへの感謝を俺に伝え、自分自身も充実した日々を送れていると言ってくれる。
 素直で誠実、まっすぐな正義感と優しい心根、他人を妬むことなく努力を怠らない。少しズボラでドジなところもあるが、それもシスターパトリの魅力の一つだ。学園長のマザーループでも、学校を建てた俺でもない。シスターパトリこそがセラ学園の象徴であり、子供達には彼女のような人間を目指してほしい。

「シスターパトリ、心配しないでください。明日も、明後日も、今日と何も変わりません。子供達は元気に学校で学びます」

「・・・はい。トキオさんの言葉を信じます」

 そう言って、無理に作った笑顔を見せる。強い人だ。

「オスカー、明日未明にノーラン、アルバ、キャロの三人を連れて城壁に登れ。折角だ、冒険者希望の子供達に魔獣との実践を見せる。三人にはこれ以上ない社会見学だろ」

「わかりました」

 ここで話しておきたいことは全て伝え終えた。最終確認の打ち合わせに冒険者ギルドへ向かうべく席を立つ。

「行くぞ、サンセラ」

「はい、師匠」

 学校のことはこの人達に任せてられる。戦うのは俺達の仕事だ。

「トキオさん」

「はい」

 スタンピードの話をする間、一言も口を挟まなかったマザーループに呼び止められる。

「ご武運を」

「はい、行ってまいります」

 帰る場所がある。守るべき場所がある。大好きな場所がある。とても幸せなことだ。


 ♢ ♢ ♢


 トキオとサンセラを送り出した後、ループは直ぐに動いた。

「オスカーさん、ノーラン達のことお願いします」

 言葉とは別に、「パトリに話があるので部屋を出ていけ」との意味を受け取ったオスカーは一礼して部屋を出た。パトリもそう受け取る。


「トキオセラ様が教会へお戻りになるまで、子供達のことはパトリとラーラさんに任せます」

「マザー・・・私も・・」

「なりません。子供達の世話をラーラさん一人に押し付けるつもりですか」

「トキオセラ様は私達戦えない者の為に戦場へ赴いてくださいます。私も、何もせずにはいられません!」

「ならば尚更です。トキオセラ様が最も大切になされているのが何かを、わからないあなたではないでしょう」

 パトリは頷くしかなかった。



 数分後、冷水で身を清めたループは真新しい修道服に身を包み、聖堂へ続く扉の前に現れる。待ち構えていたパトリに水が半分だけ注がれたコップを渡されると、それをゆっくり三度に分けて口に運んだ。

「これより、トキオセラ様がこの地へお戻りになるまで、聖堂の扉に触れることを禁じます」

 ループはそう宣言すると、一人聖堂に入室して内側から鍵をかける。

 神託が下りトロンの地に教会を開くまでの日々。マイヤーから始まった孤児院。自分と同じく神託が下ったパトリが教会を訪れた日。幾度となく訪れた教会存続の危機。二度目の神託。トキオセラ様が教会を訪れた日。トキオセラ様から伺った慈悲の女神チセセラ様の前世。トキオセラ様が孤児院と教会の為に起こしてくださった数々の奇跡。トキオセラ様が建ててくださった学校。人生においての大きな出来事、大切な想い。信仰する慈悲の女神チセセラ様像の前へたどり着くまでに、頭の中からそれらを全て消し去る。

 ただ一つの願い。それだけで思考を埋め尽くし、一心に祈りを捧げるために。


 ──神よ、トキオセラ様をお守りください

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

異世界サバイバルセットでダンジョン無双。精霊樹復活に貢献します。

karashima_s
ファンタジー
 地球にダンジョンが出来て10年。 その当時は、世界中が混乱したけれど、今ではすでに日常となっていたりする。  ダンジョンに巣くう魔物は、ダンジョン外にでる事はなく、浅い階層であれば、魔物を倒すと、魔石を手に入れる事が出来、その魔石は再生可能エネルギーとして利用できる事が解ると、各国は、こぞってダンジョン探索を行うようになった。 ダンジョンでは魔石だけでなく、傷や病気を癒す貴重なアイテム等をドロップしたり、また、稀に宝箱と呼ばれる箱から、後発的に付与できる様々な魔法やスキルを覚える事が出来る魔法書やスキルオーブと呼ばれる物等も手に入ったりする。  当時は、危険だとして制限されていたダンジョン探索も、今では門戸も広がり、適正があると判断された者は、ある程度の教習を受けた後、試験に合格すると認定を与えられ、探索者(シーカー)として認められるようになっていた。  運転免許のように、学校や教習所ができ、人気の職業の一つになっていたりするのだ。  新田 蓮(あらた れん)もその一人である。  高校を出て、別にやりたい事もなく、他人との関わりが嫌いだった事で会社勤めもきつそうだと判断、高校在学中からシーカー免許教習所に通い、卒業と同時にシーカーデビューをする。そして、浅い階層で、低級モンスターを狩って、安全第一で日々の糧を細々得ては、その収入で気楽に生きる生活を送っていた。 そんなある日、ダンジョン内でスキルオーブをゲットする。手に入れたオーブは『XXXサバイバルセット』。 ほんの0.00001パーセントの確実でユニークスキルがドロップする事がある。今回、それだったら、数億の価値だ。それを売り払えば、悠々自適に生きて行けるんじゃねぇー?と大喜びした蓮だったが、なんと難儀な連中に見られて絡まれてしまった。 必死で逃げる算段を考えていた時、爆音と共に、大きな揺れが襲ってきて、足元が崩れて。 落ちた。 落ちる!と思ったとたん、思わず、持っていたオーブを強く握ってしまったのだ。 落ちながら、蓮の頭の中に声が響く。 「XXXサバイバルセットが使用されました…。」 そして落ちた所が…。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

最強の英雄は幼馴染を守りたい

なつめ猫
ファンタジー
 異世界に魔王を倒す勇者として間違えて召喚されてしまった桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)は、女神から力を渡される事もなく一般人として異世界アストリアに降り立つが、勇者召喚に失敗したリメイラール王国は、世界中からの糾弾に恐れ優斗を勇者として扱う事する。  そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。

処理中です...